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2025年03月01日

2025年2月の記録

Honya Clubで注文した本を近所の宮脇書店で受け取ることにしている。
仕事で使うために、1冊8,000円くらいする本を注文したからか、
「いつもありがとうございます!」と毎回言ってもらえるようになってしまった。
そんなこと言われたら、つい他にも買いたい本を探してしまうではないですか。

<今月のデータ>
購入19冊、購入費用28,058円。
読了12冊。
積読本342冊(うちKindle本161冊)。


ブック

インドの食卓: そこに「カレー」はない (ハヤカワ新書)インドの食卓: そこに「カレー」はない (ハヤカワ新書)感想
著者はインド、パキスタン、中国の各日本大使館勤務の経歴を持つ。公的文献のほか既刊のカレー本やウェブサイトから得た情報もまま含まれているようだが、自身の専門である国際・政治・歴史分野の絡みと、現地や日本で食べた情報は本人しか持っていないものなので興味深い。考えてみれば狭い日本でも食べ物の歴史と派生っぷりは半端でないのに、インドみたいな広大な国土で四方八方から民族や宗教や文化が流入した国の食を読んで知ろうなんて無茶なのだと思い知った。当然ながら"カレー"なんて食べ物は無い。東京に住んでたら食べに行くのに。
読了日:02月23日 著者:笠井 亮平 ファイル

種をあやす──在来種野菜と暮らした40年のことば種をあやす──在来種野菜と暮らした40年のことば感想
昨日も大根を収穫した。種を蒔き、カイワレ葉っぱを愛で、間引きした葉を食べ、時々に抜いては真っ直ぐさに感嘆し、食べた。在来種野菜を育てるとはさらに、種を採る母本を見極め、花を咲かせ、種を熟成させて枯れ果てるまで見守ることだ。その種を大事に集め、また蒔き、途切れなく循環を続けることだ。もともとの種だって、それまでたくさんの人が代々守ってきたから有る。それまでの長い時間を想うとき、季節とともに命を守り継ぐよろこびと使命感が胸に迫るのだ。F1の種やジーンバンクに保管した種とは違うその重みを、尊さと呼びたくなる。
読了日:02月19日 著者:岩﨑 政利

任務の終わり 下 (文春文庫 キ 2-64)任務の終わり 下 (文春文庫 キ 2-64)感想
ふたりの男の子と痩せっぽちの女の子。ホリーの旅立ち。ホリーはいつの間にか愛すべき女性にかわっていた。『心配すんなよ、ホリーベリー。ぼくたちのバンドを引き裂くなんて、だれにもできないよ』。シリーズ1作目のラストを思い出した。中盤でホッジズが癌と自殺を結びつけて考える場面がある。癌細胞が体内で増殖転移するように、自殺も連鎖反応を起こす。自殺は日本同様アメリカでも多いと見えて、キングは憂い、"寂しき若者"への願いをこめる。『物事には好転する可能性があり、あなたが機会さえ与えるなら、かならず好転するからだ』。
読了日:02月17日 著者:スティーヴン・キング ファイル

任務の終わり 上 (文春文庫 キ 2-63)任務の終わり 上 (文春文庫 キ 2-63)感想
久しぶりの<キング>ジェットコースター。ここ数年のキングの小説でドナルド・トランプはもはや常連です。Zの文字はロシアの戦車に描いてあったアレからかと推測したが、ウクライナ侵略開始のが2022年2月、単行本刊行が2018年なら勘違いだろう。さて、仕留めたはずの敵がまさか、の悪夢が再開する。物理攻撃はともかく、心の内側に注がれる悪意はつらい。ホリーに目を奪われるのは、前より内面が人間らしく描写されているからか、私が忘れてるのか。ホッジズものの完結作と聞いている。前作で私が予想したとおり、物語は円環を描くのか。
読了日:02月14日 著者:スティーヴン・キング ファイル

私の身体を生きる私の身体を生きる感想
気軽に読み始めたが、これは家の外や夫の横では読めない、と思った。女性の体は男性のそれと仕組みが違っているゆえ社会性も同じではあり得ない。のみならず、身体の捉えかたは個々人でこんなに違うのだと文筆を生業としている筆者たちは明瞭に知らしめる。狼狽えた。それは、社会生活を営むうえで感じていては支障があるから、あるいは辛いから、私が日々封じ込めている感覚を暴くことでもあるからだ。喜びより怒りに共鳴する。それでも能町みね子の全身を貫くような強烈な怒りの感情には敵わない。わかりようがない。それでも、認めたいと思う。
読了日:02月12日 著者:西 加奈子,村田 沙耶香,金原 ひとみ,島本 理生,藤野 可織,鈴木 涼美,千早 茜,朝吹 真理子,エリイ,能町 みね子,李 琴峰,山下 紘加,鳥飼 茜,柴崎 友香,宇佐見 りん,藤原 麻里菜,児玉 雨子 ファイル

柳宗民の雑草ノオト 2 (ちくま学芸文庫 ヤ 16-2)柳宗民の雑草ノオト 2 (ちくま学芸文庫 ヤ 16-2)感想
その2。その1で大概は網羅されていただろうから、その2はレアな雑草が多いのではとぼんやり想像していたのだけれど、なんのなんの。その数60種。可愛らしいのから憎たらしいのまで、まだこれもあったかと驚くほどあるのだ。『これらの草々の多くを、昔の人々が見捨てることなく、実にうまく利用してきた』。食用、薬用、鑑賞用など、利用してきた知識はなかなか活用する機会が持てそうになくも貴重だと実感する。一方、挙げられた地味な雑草が園芸店に売られる洋物の草花と同種だったり、むしろ原種だったりと、知識量に感嘆することしきりだ。
読了日:02月12日 著者:柳 宗民

現代農業 2025年 03 月号 [雑誌]現代農業 2025年 03 月号 [雑誌]感想
「種取り事始め」で考えこんでは気持ちを重くしていたところで、定期購読の「現代農業」。土壌の性質によって生態系が異なるので、ついては土を団粒化するための生物も違ってきますよねという分析記事から、読者それぞれの独自の取り組み投稿まで硬軟ごっちゃな感じが好い。種は畑のあちこちにばらまくんだよという記事で、目指しているゆるさ加減を思い出してはっと我に返った次第。だいぶ要点が絞れてきた、名づけて粗放系不耕起草生有機栽培でいきます。隣から飛んでくる落ち葉の量が半端じゃないとわかったので焚き火どんどんが欲しいです。
読了日:02月11日 著者:

種採り事始め (育てて楽しむ)種採り事始め (育てて楽しむ)感想
日本農業新聞でおなじみの福田俊さん。家庭菜園ならF1の種を買うのではなく、自分で採種して楽しむのがおすすめと、種苗会社勤務の経験と、農園での経験を踏まえて詳しく解説している。落花生とこぼれ種のマクワウリしか成功体験がない身に、いきなり自家採種は一足飛びすぎた。固定種の種を買い込んだところで、一種類を5本も植えるスペースもなければ、直播では育たない野菜があることもてんで知らないのだもの。心折れそうになったが、まあ1年目は土づくりを進めつつ、固定種を育ててみる、くらいの目標にしておこう。絵袋は下側を切ること。
読了日:02月11日 著者:福田 俊

関口宏・保阪正康の もう一度! 近現代史 明治のニッポン関口宏・保阪正康の もう一度! 近現代史 明治のニッポン感想
BSの番組が好きだった。幕末から明治時代に入る頃になると、記録もそれなりに残っており精神性も現代人に近い。学生の時分には知識の羅列でしかなかった出来事が、ようやく社会の空気や個々の人間の思惑として捉えられる。1年1トピックほども細かく出来事を取り上げる。関口さんはフリップを読みあげて保坂さんの説明を拝聴しているだけではなくて、知識を持ったうえで所感を差し挟んでいる。穏やかな語り口ながら、鋭いものがある。当時の政治家は現代の政治家より優れたものを持っていたのだろうが、歴史は時代の勝者のものならざるを得ない。
読了日:02月10日 著者:保阪 正康,関口 宏 ファイル

ワ-ニャ伯父さん/三人姉妹 (光文社古典新訳文庫 Aチ 2-1)ワ-ニャ伯父さん/三人姉妹 (光文社古典新訳文庫 Aチ 2-1)感想
チェーホフの戯曲を舞台で観て良かった記憶がある。この2編も舞台で観てみたい。さて、自ら働かない生きかたが否定されることは彼らには激動である。自分が変わらなくても周りが変わってゆくぶん取り残されるのは、現代に似ている。今まで生きてきたように生きていては埋もれてゆくだけ。かといって家族のために働いても先は暗く、外で働いても意味を見出せない。働かずとも良心の呵責を覚えずに生きられる人もいるのに、真面目な者が苦しみ、後世の人々が自分たちをどう思うか議論を重ねる。切なくて、いとおしい。わたしたちに似ているから。
『そうよ、大事なのは働くことよ。あたしたちがこんなに塞ぎ込んで、人生を暗いものとしか見られないのは、労働を知らないせいよ。あたしたち、労働を見下してきた人たちの子供ですもの』。
読了日:02月09日 著者:アントン・パーヴロヴィチ チェーホフ ファイル

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季感想
高原の厳しい気候に適応するよう改良した在来品種の羊を、伝統的な方法で放牧する暮らし。羊と土地への思い。古来の手法を守って慎ましく暮らしてきた地が、ワーズワースによって注目され、「美しい湖水地方」という幻想を抱く人が地元住民の何百倍もいる事実を恐ろしく著者が感じているのが興味深い。世界中の「観光地」は多かれ少なかれその感覚を持っているものだと思うからだ。景観があるのは審美のためではなく共生のためなのに、と。また、都市の生活や思想を見聞したうえで、あえて故郷を、伝統的な生業を選ぶ人こそ未来の希望だと私は思う。
昨今のコスト高騰以前から、牧畜だけでは生活できないのも旧来である。出稼ぎや宿泊施設経営などを農場主が手掛けるなかで、著者のユネスコの観光プログラムアドバイザーは異色ではないか。オックスフォード大卒の知性と、その後の短い職務体験からつながった道なのだと推測する。『もう地域に溶け込むことのできない人間に変わ』ることなく、伝統と新しい知識の掛け合わせで未来は生まれる。地方地域は存続することができる。と信じたいが、最新作の紹介文が不穏なのがとても気になる。
集団で放牧された羊は知性を育む。私の好きな『牛たちの知られざる生活』の牛と同様でうれしくなる。彼らは荒天時の避難場所、集団秩序、出産に必要な手順を知り、代々受け継いでいる。人間がすべきは敬意を持ち、手助けすることなのだ。
読了日:02月04日 著者:ジェイムズ リーバンクス,James Rebanks


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 10:54Comments(0)読書

2025年02月01日

2025年1月の記録

今年もしっちゃかめっちゃかな選本で行こう。
読む必要のない本は、慎重に見定めて。

<今月のデータ>
購入10冊、購入費用7,169円。
読了12冊。
積読本334冊(うちKindle本157冊)。


ブック

いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)感想
2016年「すばる」連載。「意地悪」が主題のよもやま話。バカ、デブに代表される二文字の罵倒言葉は、気分に直結して脊髄反射的に発せられる簡潔な性質ゆえに連打してしまうが、知性を駆使した意地悪な言葉は一発で効くとか、質問に答えず四の五のと冗長に続く答弁は、知性が低いのではなく、知性とモラルが分離しているがゆえにその下品さを自覚せずにいられるからとか、すごいことをやってもすごいということを理解する才能がある人にしか理解されないとか、まあ意地悪な文章のオンパレードで爆笑してしまった。樋口一葉を読みたくなった。
読了日:01月30日 著者:橋本 治 ファイル

ちゃぶ台13 特集:三十年後ちゃぶ台13 特集:三十年後
読了日:01月26日 著者:ミシマ社

ドイツ人のすごい働き方 日本の3倍休んで成果は1.5倍の秘密ドイツ人のすごい働き方 日本の3倍休んで成果は1.5倍の秘密感想
社会に浸透した労働観をはじめ、教育制度、商習慣、法整備まで素地がかなり異なる点は踏まえておくべきだろう。長期休暇取得や急な欠員を受容する"バックアップシステム"とは、タスク整理や情報共有のシステム化と同時に、余裕を持ったリソース管理が要となる。それはつまり人件費の増加を意味し、かつ生産性を高く保つには、経営効率が確保されていなければならない。ドイツの中小企業割合が日本同様99%を超えている点を考え併せれば、全経営者が教育を受けた経営のプロとは考え難く、経営者および社会の認識に日本との差がありそうだ。
読了日:01月25日 著者:西村 栄基 ファイル

老警 (角川文庫)老警 (角川文庫)感想
老警とはだれか。練られたミステリ。多すぎる情報を疎んでいるとしてやられる。男は女を、親は我が子と組織を、組織は組織と組織内の権力闘争を想って意を決し、それぞれ隠密に行動する。徹底的に被害者やその家族に焦点を当てない、描こうとすらしない、非情がとかく心地悪い。しかし事件が結末を見、終章で作者が書きたかったものが露わになったとき、彼らと彼らの家族に対する私たちの態度は、見ようとしない、無いものであるかのように扱う、同様の非情であると糾弾されたように感じた。閉じてしまったものを開くにはどうすればよいのだろう。
読了日:01月19日 著者:古野 まほろ ファイル

ぼくは古典を読み続ける 珠玉の5冊を堪能するぼくは古典を読み続ける 珠玉の5冊を堪能する感想
連続講義の新書化。古典のススメ。今は古典新訳文庫や池澤夏樹編集があるので、古典もとっつきやすくなったものだと思う。だからといって、関心を持てるまでにはそれなりに本を読む時間と、人生の経験値を積み上げることが必要なのではないかな。特に私のように読書は娯楽であると認識して育った人間には。そのうち、より深いものへの渇望が生まれる、そんな印象を覚えた。若いうちにわからないなりに読んでおくにこしたことはないのだけど。気候が安定して政治も安定する豊かな時代には文化や学術が世界同時多発かつ爆発的に発達するのが興味深い。
読了日:01月17日 著者:出口 治明 ファイル

マハーバーラタ: インド千夜一夜物語 (光文社新書 47)マハーバーラタ: インド千夜一夜物語 (光文社新書 47)感想
正月に観るインド映画の基礎知識として。しかし「マハーバーラタ」は長すぎて、しかもパンダヴァvs.カウラヴァの物語以外にも、今昔物語や禅問答めいた小話が多々収められているようだ。本書はそれをピックアップしたもの。登場人物は神、聖仙、王、賢者と堂々たる面子だが、性欲をつい我慢でけんかった話が多くて笑った。生命力旺盛である。デヴァとアスラの戦いも面白い。バラモンが編纂したものなので多分にヒンズー寄りと思いきや、アスラがドラヴィダ、デヴァがアーリアなのにデヴァが侵略したことを認めていて、これもまた大らかである。
読了日:01月13日 著者:山際 素男 ファイル

現代家庭療法百科現代家庭療法百科感想
亡き祖父母の本棚を整理して出てきた本を貰い受けた。主婦の友社、昭和58年の刊。家族の体調が悪くなったとき、昔はネット検索なんてないから、このぶ厚い本を祖母も熱心にめくったのだろう。症状と治療法に始まり、漢方療法、ツボの図解から民間療法まで、痛苦を和らげるためのさまざまの方法を、各分野の専門家監修のもとまとめている。病気の説明は現代に劣るかもしれないが、東洋医学や生活の知恵はむしろ現代より充実していると思われるので手元に置く。本書は医師による適正な治療と争うためではなく、むしろ補う目的とする編集後記が熱い。
風邪・インフルエンザの民間療法を抜き書きしてみる。焼いた梅干し。ショウガ湯。ネギとみそ。するめとネギ。ゴボウとみそ。シイタケとはちみつ。レンコンとキンカン。干し柿。卵酒。黒豆。コマツナ。シソ。ニラ。ニンニク。ヤマイモ。酢。キンカン。ショウガ酒。みそ酒。ネギ。玄米とミカン。黒豆とクルミ。キク。ヨモギ。ニワトコの花。ドクダミ。ゆず湯。梅酢。and so on。エンドレス。これがよかろうあれがよかろうと、それぞれに試して得た生活の知恵は、健康になりたい、家族を楽にしたいと願う人々の思いの集合体である。胸アツ。
読了日:01月13日 著者:

転がる珠玉のように (単行本)転がる珠玉のように (単行本)感想
「婦人公論」連載。若干短めのエッセイ。新型コロナの流行期に被っているので、医療関係者や家族の病、死の話題が多め。つられて始終涙ぐんだ。コロナ禍が明けたとて、物価高と生活苦、人不足の話題には事欠かない。でも地べた目線の話は温かみがある。そこにこそ希望を感じる。ならば「クリスマス・キャロル」の精神はなくとも、地べた目線は常に忘れずにありたい。あと、エッセイに起承転結が無いといけないわけではないと思った。起承だけでも、著者のエッセンスはじゅうぶんに発揮されている。Never too late.って素敵な言葉。
著者が保育士になったとき、1年目は子供に病気をもらいまくったが、2年目には鋼鉄の体になったという。人間の体は免疫がつくようにできている。しかし、私たちは今こんなに感染症に振り回されている。これはなぜなのだろう。コロナ禍期の強い行動規制が解除されてもう数年が経つ。隔離やマスクを外した反動だけではないのではないか。過消毒やマイクロバイオームの損失によって、人間という生物自体が弱くなっているんじゃないかとまで思う。あと記憶のスパンも短くなってるが、これはきっとスマホにより依存するようになった、情報過多のせいだ。
読了日:01月12日 著者:ブレイディ みかこ ファイル

インド夜想曲 (白水Uブックス 99 海外小説の誘惑)インド夜想曲 (白水Uブックス 99 海外小説の誘惑)感想
友人の消息を追って始まるインドの旅。インドの実在の場所を、主人公は初めてではなさそうにするする進んでいく。しかし、主人公の思考がインドらしくない。外国人だから当たり前だけど。行く先々で出会う相手との対話に戸惑い、苛立ち、でも着地点は最初から決まっていたような。持て余す夜の時間の無聊を慰めるためのような。その感じが西洋的で、物語としては私は好きではなかった。一個人の中で完結する、排他的なよそよそしさ、と名づけてみる。私のほうの気持ちがインドに寄りすぎているのかも。夜の駅や、高級ホテルの場面の雰囲気が好い。
読了日:01月11日 著者:アントニオ タブッキ

“手”をめぐる四百字: 文字は人なり、手は人生なり“手”をめぐる四百字: 文字は人なり、手は人生なり感想
季刊「銀花」連載。原稿用紙1枚の文章はエッセイとしては短い。しかし百様ならぬ五十様の手跡に目が釘付けになった。写真で挟まれたさまざまの手仕事はもちろん、紙一枚の上に表れる文章のなんと自由なこと。達筆どころか、字面が揃わなかったり、マスからはみ出たり、そもそもマス目を手書きしたり。ああ、これでいいんだ、と、近頃自分の手書き文字の汚さに辟易していた私は胸が軽くなったのだ。出版社からいただいた原稿用紙を持ち出し、写経用の筆ペンで、文字を書く遊びを始めた。マスからついはみ出るような、大らかな字を書く人になりたい。
読了日:01月09日 著者:白洲 正子

東の海神(わだつみ) 西の滄海 十二国記 3 (新潮文庫)東の海神(わだつみ) 西の滄海 十二国記 3 (新潮文庫)感想
この正月に引いたおみくじは最高の内容だった。占いというより激励だった。その流れで再読。私にとってこの本は"初心"みたいなもの、かもしれない。小松尚隆は私のメンターなのだ。『なんだ。そう悲壮な顔をしてどうする。どうせなるようにしかならん。軽く構えろ』。国の存亡の危機にあって発した台詞。上に立つ者の心構え、というか。国を守るため自身は必死に考え、体を張って動くのだけれども、どれだけ苦しくてもそれは自分が引き受けるのだと腹を決め、人々には堂々と接し、鷹揚に笑ってみせる。そうあるべしと心得て、今年に挑みたい。
『民は王などいなくても立ち行く。民がいなければ立ち行かないのは王のほうだ。民が額に汗して収穫したものを掠め取って、王はそれで食っている。その代わりに民が一人一人ではできぬことをやってやる』。
読了日:01月07日 著者:小野 不由美

ガラム・マサラ!ガラム・マサラ!感想
のっけからフルスピードでまくしたてるから、無分別な青春ギャングものに手を出したかと後悔しかけたが、どうして、これはこれでリアルな現代インド社会を俯瞰した物語の運びが興味深い。チャイ売りの屋台稼業は、インドの社会階層としては中の下の下だそうだ。テレビ番組の人気者になるという上っ面な狂騒と、金持ちになりたいというインド人のいつの時代も変わらぬ夢(?)を土台に、ドタバタが繰り広げられる。"インド人なのに"電子煙草を吸う、また伝統的でない薬物を摂取する、欧米文化にかぶれたインテリ階級への嫌みがスパイス。
『アビはバターチキンが売り切れた結婚式ビュッフェ会場のおじさんのような眼で僕たちを見ていた。それくらい怒っていた』。『食べ放題のビュッフェにいるパンジャブ人のように、僕の心臓は爆発しそうだった』。こういう比喩が秀逸でゲラゲラ笑ってしまう。そしてSRKとアーリア・バットはもはや鉄板ネタね。
読了日:01月01日 著者:ラーフル・ライナ ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 17:00Comments(0)読書

2025年01月07日

2024年の総括

積読の棚のいま



2024年、読んだ本の冊数は160冊。
購入費用199,167円。
積読本335冊(うちKindle本157冊)。

積読本はすべて見えるように並べるべし。という方針のもと、年末に夢中で並べなおした。
積読本とは希望。
未知の世界への扉であり、なにかあっても読むべきものがあるという保証。
努めて読みつつ、素敵な出会いとの期待を常に持ちたい。

2025年も良い本に出会えますように。


ブック

2024年、私の心に留まった本たち。

<多様性を失うことへの恐れ>

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫 ア 11-1) あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫 ア 11-1)
 アランナ・コリン


捕食者なき世界 (文春文庫 S 12-1) 捕食者なき世界 (文春文庫 S 12-1)
 ウィリアム ソウルゼンバーグ


これが見納め: 絶滅危惧の生きものたちに会いに行く (河出文庫) これが見納め: 絶滅危惧の生きものたちに会いに行く (河出文庫)
 ダグラス・アダムス,マーク・カーワディン,リチャード・ドーキンス


世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で (単行本) 世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で (単行本)
 アイウトン・クレナッキ


タネが危ない タネが危ない
 野口 勲



<とことんインド>

シャンタラム(中) (新潮文庫)シャンタラム(下) (新潮文庫) シャンタラム (新潮文庫)
 グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ


ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2)) ラーマーヤナ―インド古典物語 (レグルス文庫)
 河田 清史


デオナール アジア最大最古のごみ山――くず拾いたちの愛と哀しみの物語 デオナール アジア最大最古のごみ山――くず拾いたちの愛と哀しみの物語
 ソーミャ ロイ


インド文化入門 (ちくま学芸文庫) インド文化入門 (ちくま学芸文庫)
 辛島 昇



<知の巨人に圧倒される>

日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く (講談社現代新書 2566) 日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く (講談社現代新書 2566)
 松岡 正剛


生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫) 生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫) >
 宮本 常一



<人ってやつは>

空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫) 空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)
 ジョン・クラカワー


いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫) いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)
 ダフネ・デュ・モーリア


多様性の科学 多様性の科学
 マシュー・サイド


気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか? 気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?
 スティーブン・E・クーニン


不合理だからうまくいく: 行動経済学で「人を動かす」 (ハヤカワ文庫 NF 405) 不合理だからうまくいく: 行動経済学で「人を動かす」 (ハヤカワ文庫 NF 405)
 ダン・アリエリー

  

Posted by nekoneko at 16:59Comments(0)読書

2025年01月07日

2024年12月の記録

年末年始にスマホやテレビ画面を凝視しすぎるのか、
目が痛い。頭も痛くて病気ではないかと疑う。
発光する画面を見る時間を減らさなければ。

<今月のデータ>
購入11冊、購入費用8,973円。
読了15冊。
積読本335冊(うちKindle本157冊)。


ブック

積ん読の本積ん読の本感想
一日に1冊読んだとしても一年で読めるのは365冊。やばい。もう間近だ。危機感に反して、乱雑に、また整然と積まれた本の写真に見とれてしまう。ここで取材されている方々は総じて積読本という存在にポジティブだ。積読している本があるのは毎日ご飯を食べているのと同じ、ごく自然なこと。読んだ本と一緒に読んでいない本もある家のほうが、未知の世界に自分が開かれている。などなど、金言の宝庫だ。私の、一瞬でも自分の意思で読みたいと思い、お金を払うと決めた本たち。全部の積読本の背中が見えるように並べ直して、今年の締めとします。
読了日:12月29日 著者:石井千湖

一枝の桜: 日本人とはなにか (中公文庫 オ 2-1)一枝の桜: 日本人とはなにか (中公文庫 オ 2-1)感想
ロシア人記者の地元文芸誌連載。時代は先の大阪万博直前。高度成長期の、すさまじい速度で国土を破壊し伝統を捨て去る日本を活写している。読めば読むほど奇々怪々な日本人の相反した性質、対して驚きと魅力に溢れる自然や文化。古今、日本に惹かれた数多の外国人が、それぞれの目的のために日本の姿を著してきた、その労力と情熱に改めて心打たれる。自然の美しさの値打ちを知っていながら、それを自ら損なう行動を取る日本人の矛盾は多くが指摘するところだ。これは私も謎に思っている。美しさでは腹は膨れないと考える即物主義なのだろうか。
読了日:12月25日 著者:フセワロード オフチンニコフ ファイル

きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】感想
うまくできている。お金とは何かを「お金の向こう研究所」での物語に乗っけて導いてゆく。サクマドルや水たまりの例えがわかりやすい。経済、外国取引、投資、税金、贈与…各章のまとめだけ拾い読んでも何のこっちゃわからないだろう。お金を増やすこと自体を目的にすると、ただの奪い合いになる。貯めることではなく造ることでしか解決できない。特に今の社会で何が問題であるか、視点の置きかたが白眉で、結論だけ聞いたら「この偽善者め」と鼻白みそうな考えかたも、うっかり騙されておきたいような気分になる。会社の本棚に面陳しておいた。
読了日:12月24日 著者:田内 学

社会保険労務士の世界がよくわかる本社会保険労務士の世界がよくわかる本感想
社労士ノウハウ本。自分で資格取っても法改正や環境変化に継続的にキャッチアップするのはハードルが高い。かといって顧問契約が必要かと迷っていた。当たり前だが起業社労士側からの視点が予想以上に面白かった。『日々の労務相談に対応していくことのみで、顧問先企業の未来がよりよくなることはない』。確かに日々の手続きは多くなくとも、社労士の真価は社員育成や制度の整備・最適化など、いわゆるコンサルの部分であると分析している。簡便なクラウドアプリも生成AIもできない付加価値。なるほど斜陽と揶揄される士業だが、これはあるわ。
読了日:12月24日 著者:大津 章敬,林 由希,中村 秀和,出口 裕美,安中 繁,下田直人 ファイル

開高健名言辞典<漂えど沈まず>: 巨匠が愛した名句・警句・冗句200選開高健名言辞典<漂えど沈まず>: 巨匠が愛した名句・警句・冗句200選感想
開高健のキレッキレの名言を堪能して元本を読む、という流れを期待して読み始めた本だったが、なんか違った。アナログで言葉を拾い集めたという著者の開高健読み込み度は凄い。しかしそれに対して打てば響くレベルで読み手が反応できないと、いや、少なくともその"名言"が書かれた背景をぼんやりとでも思い浮かべられないと、文章の一部であるところのそれはただの言葉でしかないのだ。あと、釣りネタと下ネタ多いからね、余計に文脈の中でないと引くよね。とりあえず「珠玉」を読み直すか、大量に電子化されているエッセイを読むかな。馬馬虎虎。
読了日:12月23日 著者:滝田 誠一郎 ファイル

わたしの農継ぎわたしの農継ぎ感想
これからの日本は大変動と試行錯誤の時代。本人がそれでいいと思うんならなんでもやればいいのだと思う。周りに迷惑をかけない限りは。農のかたちはいろいろある、とわかる。慣行農業、有機、不耕起、自然農法、どれが正しいってものではない。ただ、農家が野菜を育てて採算をとるために今の農法が確立されている現実の尊重と、農家の人が知っていることを何も知らない、お気楽な「真剣な遊び」は別物との自覚を持っておきたい。あと、例えば信州と四国では風土が違う。同じように無農薬や自然農法ができるわけではない、かもしれないと覚えておく。
読了日:12月22日 著者:高橋久美子

タネが危ないタネが危ない感想
野菜のタネは本来、一粒一粒が多様な性質を持つもの。従来と違う環境でも、植えれば気候風土に適応していく力を持つ。日本人がいかに野菜から自家採種し、風土に合うような優れたタネを選抜し固定化してきたかを知ると、タネも驚異だが日本人の根気強さも驚異だ。F1は経済効率性を優先した欠陥種。どうせ家庭菜園をやるなら、固定種の野菜をタネから無農薬×自家堆肥で育ててみたいと思うのは自然だろう。失敗したとしても、私が今から始めればあと20回はタネ取りできる計算だから、どこかの時点で我が家だけのたくましい野菜が完成するはずだ。
F1(一代雑種)野菜は、農家が短期単一栽培しやすく、小売業が大量均一販売しやすくするためにつくられた。伝統野菜・地方野菜っぽい名前がついていても販売側のブランド化したい思惑なだけで、美味しさは目指していない。家庭菜園用に販売しているタネもチェーン店のはF1。F1でない野菜やタネをどこで探せばいいかよくわかった。日々生きていくためにスーパーの野菜もなくてはならないし買う。だけど、できる範囲で、そうじゃない食卓と生活を目指してみる。それにしてもF1、遺伝子組換、放射線育種と人は天に唾する行為を思いつくものだ。
在来種やら固定種やら古来種やらいろいろな呼びかたをするタネの違いを理解したくて。著者は野口種苗研究所の主、三代目。『家庭菜園を楽しむということは、スーパーで売っているような見ばえの良い野菜を、ただ家計の足しに作ることではなく、野菜本来の味を楽しみながら自家採種すれば、野菜の進化の手助けをし、地方野菜を育んで地域おこしの一助にもなる。そんな人が増え、新しい地方野菜が各地に再び生まれる。そんな日がやがて来ることを、毎日夢見ている。』
読了日:12月18日 著者:野口 勲 ファイル

天の光はすべて星 (ハヤカワ文庫 SF フ 1-4)天の光はすべて星 (ハヤカワ文庫 SF フ 1-4)感想
素敵な邦題に惹かれて。古いSFを読むとままあることだが、この小説が書かれた時から思い描く未来が、今の私にとって過去という事実は、なんとも郷愁を呼ぶ。あんなふうだと作者は想像したのだろう。想像された過去、そうはならなかった今。私は“星屑”ではないんだけれど、“星屑”の情熱遺伝子は今も昔も変わらず受け継がれ続けて、それはそうはならなかった今を圧倒して余りあった。エレン。政治家とも対等に渡り合い、自ら望んだように振る舞う姿は古臭くないどころか、格好よさが時代を超越していた。配役はレベッカ・ファーガソンを。
読了日:12月18日 著者:フレドリック・ブラウン

蜜蜂蜜蜂感想
2045年、地球のミツバチは絶滅した。それを挟んだ3つの時代、3つの家族。父と母と子供、妻と夫のやりとりはいつの時代でも相似形を描き、3つの家族のエピソードはパラレルに、しかしミツバチの群れがシンクロした動きを見せるように、浮揚し、軋み、降下し、捻じれ、それぞれの結末へ向かう。いつだって誰かの思うようにはならない世界。人もミツバチも。ブンブン舞って生き延びようとしているだけなんだよな。ノルウェーの作家。アメリカと中国の配置が興味深い。ミツバチ養いたい。あ、逆だ。ミツバチに人間が養われる今が続きますように。
読了日:12月17日 著者:マヤ・ルンデ ファイル

ちゃぶ台6 特集:非常時代を明るく生きる (生活者のための総合雑誌)ちゃぶ台6 特集:非常時代を明るく生きる (生活者のための総合雑誌)感想
安定のちゃぶ台。どうしてこんなにほっとするのか思い返してみる。「経済合理性」の否定!みたいな激しい語調ではなく、これってなんかおかしいよね、だから私はこれを選ぶよ、という個々人の感覚がすくい上げられているから、かな。そしてそれを好ましく感じるから。この号は新型コロナ初期の頃だったので、社会の歪みがいろいろ露わになった時期でもあった。それが落ち着いたら今度は物価上昇に振り回されていて、それでもあの頃感じ取った大事なことは手放してはならないと思う。100円より200円の大根。もうそんな値段じゃ買えないけどね、
読了日:12月16日 著者:

ブート・バザールの少年探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)ブート・バザールの少年探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
どんでん返しは起きずに落着してしまって呆気にとられた。大都市のスラム、居留区に住む貧しい人々。主人公は9歳、目から鼻に抜ける利発さもないのに、近所の子供が姿を消す事件に的外れに探偵ぶってはあしらわれる男の子。その健気さより、いたたまれなさのほうが強いかな。差別、貧困、格差と大人も子供も理不尽を感じながら生きている日常の描写が長く、遅々として進まない。終盤、デオナールのようなごみ集積所を、子供たちを探して歩く親たちの悲しみと怒りが堰を切って暴走する。それでもうやむやになって何も解決しないのがインドらしい。
読了日:12月12日 著者:ディーパ・アーナパーラ ファイル

多様性の科学多様性の科学感想
多様性という言葉は日本でも市民権を得たが、浸透はまだ難しそうだ。会議の場面。参加者の同一性が高いほど話し合いは滑らかで、結論に自信が生まれる。他方、参加者の多様性が高いと反対意見が多く結論はまとまりにくく、自信を持てない結果になる。だからつい同質性の高いグループで出た結論に満足してしまうが、それでは集団の視野が狭く、潜在的固定観念を強化する結果にしかならず、生産性は低くなる。体感と成果が相反する点が重要だ。そこを押して多様性を高めるには人口統計学的多様性/認知的多様性ともに強い意志で取り入れる必要がある。
ヒエラルキー組織は下位メンバーの発言力を弱める。そうでなくても日本人、集団に慣れると違和感を忘れがちだし、無意識に融和的な言葉を選ぶようにもなる。せめてフラットな組織を心掛けるべきだ。あと『標準化を疑う眼』は忘れてはならない。決まりを押しつけたほうが管理は楽だが、最大限、それぞれ独自の環境をつくる権限を与えたほうがメンバーのモチベーションは上がり、総じて生産性は向上する。ほんとうにその決まりは必要か疑う習慣を維持したい。多様性ある集団を評価できる人事評価メソッドは可能か? 課題として覚えておく。
『本書を執筆しようと思ったのは、その多様性がたんに民族的・文化的な問題にとどまらず、ビジネスから政治、歴史学から進化生物学にまで関わる問題だと気づいたのがきっかけだった』。『画一的な集団が抱えるもっとも根深い問題は、情報やデータを的確に理解できないとか、間違った答えを出すとか、与えられたチャンスを十分に活かせないとかいったことではない。真の問題は、本来見なければいけないデータや、訊かなければいけない質問や、つかまえなければいけないチャンスを、自分たちが逃していることに気づいてさえいないことだ』。
読了日:12月11日 著者:マシュー・サイド ファイル

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場感想
栗城史多、享年35。少々無責任だが普通の、悪気のない若者。幸運により高峰に登れてしまった、映える言動が得意なエンターテイナー。ただし山への情熱も敬意も私は感じられなかった。起業家や芸人として資質があったかもしれない。言い換えれば山師。しかし人として他者に誠実でなかったとしても、ビジネスなら破産程度で済むが、エヴェレストは容赦なく命を奪った。傍で助言してくれる人の真心よりメディアでの映えを優先した、欺瞞や法螺ゆえの帰結。死後の取材は難しい。誰しも悔恨や自責回避、美化のフィルターがかかって、事実が見定め難い。
読了日:12月07日 著者:河野 啓 ファイル

空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)感想
クラカワーは機を得て営業公募隊の一員として登頂に挑戦する。そこで大事故は起きた。生き残った自身の苦悶が癒えるのを待たずクラカワーは書いた。苦渋が濃い。高度7500m以上では高度障害、低酸素、極度疲労で誰もが平常の思考力と運動能力を失う。高いスキルを持ったスタッフや常人ならぬ意欲と身体能力を持った同行者も例外ではなく、生きたまま凍りつき、凍りついてなお生き、絶えた。その遺体を一瞥してまた挑戦者が頂上を目指す。自らの命を天秤にかけるほどのエヴェレストの頂への憧れは、どんな因業があって人間の心に巣くうのだろう。
『わたしは望んでいるのだ――あの惨劇の直後、撹乱と苦悩の只中に、あえて自分の気持ちをさらけだすことによって得るものもあるだろう、と。時が経過し苦悶が消散したあとではもう出てこないかもしれない、生のままの厳しい誠実が、わたしの記述にあれば――』。それは誠実であると同時に、ライターとしての野心でもあるのかもしれない。ブクレーエフが「デス・ゾーン」でクラカワーの著述を否定したことへ反論した後記が付録されている。あのような極限状態を正確に書くことは難しい。しかし私はクラカワーのライターとしての矜持と誠実を信じる。
読了日:12月05日 著者:ジョン・クラカワー ファイル

図解 いちばんやさしく丁寧に書いた 会社法の本図解 いちばんやさしく丁寧に書いた 会社法の本感想
会社法は大企業から一人会社まで広く適用されるべく、多岐にわたる膨大な条文を持つ。自社に新たに役員を登用するにあたり、ひととおり読んでもらうためにととにかくわかりやすいものを選んだ。見開きで同内容を文字と図解で表してあるもので、素人がざっくり把握するにはちょうどよい。会社組織の成り立ちから役員の義務など、長く経営にかかわっていれば当たり前のことが、改めて説明されるとそうだったのかと腑に落ちることも多い。経営破綻や清算、M&Aについての条項に目が留まる。会社の終わりには苦いものがある。さて議事録案を作成する。
読了日:12月04日 著者:


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年12月04日

2024年11月の記録

本が読めてない、読む時間がない、と私はしょっちゅうぼやくが、
先月は今年いちばん読めてないとまたぼやいている。
もっと読みたい欲求の裏返しである。
忙しいのと、懸念事項が多いのと、夫が見ているYouTubeに気を取られて。
静かな心持で満喫する秋の夜長はどこへ行った。

<今月のデータ>
購入14冊、購入費用10,291円。
読了8冊。
積読本335冊(うちKindle本158冊)。


ブック

山怪朱 山人が語る不思議な話山怪朱 山人が語る不思議な話感想
先週読んだ「土葬の村」とどこかつながっている。人ならぬ世界との境界なのは山も同じだ。山に日常的に入る人は自身の内なる声、すなわち生存本能の発する微かなサインに敏感になる。自身の生死がかかるからだ。この世ならざる存在に畏敬を持ち、普通に街で生きているときは滅多に触れない感覚を呼び覚ますことは、生物として誰にも必要だと思った。さて、山の怪異もこれだけ集まればパターンが見える。人に害を為すもの、他愛ないもの、真実を見通すもの。狐狸と名づけた存在への「俺のこと騙そうたってそうはいかねーぞ!」の突破力が頼もしい。
読了日:11月28日 著者:田中 康弘 ファイル

柳宗民の雑草ノオト (ちくま学芸文庫 ヤ 16-1)柳宗民の雑草ノオト (ちくま学芸文庫 ヤ 16-1)感想
著者は園芸研究家、柳宗悦の四男にあたる。古来歌集に詠われる七草をはじめ、日本にごく日常に見る雑草を紹介している。葉や花の写真を撮ると名前を教えてくれるアプリを最近は重宝しているが、この本ほど魅力を知ることはできない。この本が断然良い。生える草を、私は好き嫌いして抜いたり抜かなかったりする。しかし次からはもう抜けないなと思った草花がたくさんある。オミナエシ、オトコエシはもはや植えたいし、ヨウシュヤマゴボウすら育ててみたくなる。外来種も渡来して何十年も経てば日本の風景の一部だ。ほやけど、メヒシバだけはいかん。
読了日:11月25日 著者:柳 宗民

土葬の村 (講談社現代新書 2606)土葬の村 (講談社現代新書 2606)感想
いかなる信仰であれ、人にはあるべき葬送の方式がある。それは『非科学的であるとはいえ、死者の霊魂の安静を期するため一層礼意を厚くする趣旨によって行われるもの』かつ、忌まわしきものを寄せないための儀式である。だから本人も遺族も簡単には妥協できない。さて日本国内でも時代や地方をまたいで火葬、土葬、風葬、遺棄葬および様々な風習があったと紹介され、興味深い。少し前まで日本人は葬送に時間と手をかけていた。そこには現代の私が肌で感じられない意味があった。それは失われるが、今後また新しい意味と方式も生まれ行くのだろう。
ほんとうに少し前まで、火葬は主流ではなかった。小豆島では石積葬、佐柳島では海岸葬など、近い地域にも風変わりな葬送が行われていた。葬祭業なんて無くて、村を挙げて儀式を執り行った。いかに壮絶な奇習に見えても、それが人々の心の安寧につながっていた。これから、葬式も埋葬も形がどんどん変わっていく。親のそれと私のそれも既に違う。納得できる形は考えておかないとと思う。
読了日:11月21日 著者:高橋 繁行 ファイル

半分世界 (創元SF文庫)半分世界 (創元SF文庫)感想
突飛な着想を、普遍のものとして世界を描くのとは違って、異質なものは異質なままに、大勢によってさらに展開されていく。そうきたか、と唸ること多し。表題作が面白かった。例えばフジワラーたちが藤原家の本棚に興味を覚え、片っ端から読むという展開には留めず、子供たちが「百年の孤独」の読書感想文を提出するとか、その教養をもって奇想小説を書きあげるあたり。そして、終盤のフジワラーたちをギャフンと言わせる仕掛け、そしてそれすら踏み倒して進むフジワラーたちのエネルギーと発想には人類の進化の謎を連想させるものがある。気がする。
読了日:11月13日 著者:石川 宗生 ファイル

ザイム真理教――それは信者8000万人の巨大カルトザイム真理教――それは信者8000万人の巨大カルト感想
財務省は税収アップと歳出カットを至上命題とする官僚組織、と森永さんは前提する。私は税務や国家運営についてまともに学んだことがないし、森永さんの説明もじゅうぶん理解できたとも言えない。しかしあれこれ辻褄が合うことが多くて、そういうことなのかと瞑目した。とすれば、今報道を賑わせる103万円の壁やトリガー条項について、財務省出身の玉木さん率いる国民民主党が主張していること、財務省は無論、自民党や立憲民主党内からも懸念が示されていることについても符合が合う。財務省の「ご説明」布教は、日本への呪いなのではないか。
読了日:11月07日 著者:森永 卓郎 ファイル

もういちど育てる庭図鑑もういちど育てる庭図鑑感想
良原さんの庭、樹木も花も野菜もごっちゃの庭に私は憧れた。それで2冊目、リボベジ。野菜の果物の種はもちろん、スーパーで買った温室育ちの野菜の切れっぱしや、乾物のカラカラの豆でも、水や土に触れれば葉や芽を出して成長しようとする、その生命力に目を見張る。切れっぱしや休眠期間のない野菜は待ったなしで育とうとするので、時期を間違えると収穫まで到達しないという。あれもこれもやってみたいものが多すぎて、取り急ぎ季節ごとの表に書き出してみた。概して春と秋が試すのに良いようだ。旬も理解できそう。今朝コマツナの根っこ植えた。
読了日:11月04日 著者:良原リエ

パワーパワー感想
反転した世界。ディストピア。物理的な力を手に入れたら、私は同じことをするのだろうか。誇示し、行使し、蔑み、脅し、支配するだろうか。無自覚に。男たちがするのと同じように。やろうと思えばやれるから。力を手に入れた確信が、内から人を変えてしまうみたいだ。道具を得て、人間が動物より上位の存在だと勘違いしたように。否、と思えるのは、目下被虐の立場に無いからで、ただ今も暴力に服従を強いられている女性たちこそ、最初は恐怖から、じきに歓喜をもって力を行使する様はさもあるべく感じる。最初と最後の手紙のパートがまた深い。
トゥンデが恐怖に震える場面には既視感がある。例えば会議室一室に男性40人がいる中で私ひとりいるとき、スーツを着た社会的な会合であっても、腹の底には本能的な緊張が凝る。知人でも黙って真後ろに立たれると怖い。チョコザップも日本版ライドシェアも、自分一人のときは利用をためらうだろう。いわんや夜道をや。これには年齢や容姿は関係ない。ただ力で敵わない相手が傍にいる、腕力を笠に着た誰かに威圧されたことがある、その記憶は否応なくアラームとして働く。
読了日:11月03日 著者:ナオミ・オルダーマン ファイル

未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること (講談社現代新書)未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること (講談社現代新書)感想
人口減に伴い、行政や企業に起きる近未来予測。もはや人口減少の影響を受けない組織や個人は無く、現在進行形である。江戸時代の人口に戻るとしても現代人はある程度のインフラが無ければ生きていけない。人口10万人程度の自治体圏/商圏を多極的につくるイメージは憶えておきたい。需要不足と供給能力不足を目前に、各業界で変革が喫緊である。地場の建設業の場合"外需"はまずないので、規模維持、できれば拡大を目指す。あるいは他社との連携・相乗効果が要だろう。多種の業種スキルがほしい所だが、提供する相手は絞り込まざるを得ないか。
読了日:11月02日 著者:河合 雅司 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 10:16Comments(0)読書

2024年11月01日

2024年10月の記録

頭が痛い。
読み過ぎのせいか、天気のせいか、親から新型コロナもらったか。
素敵に夜が長くなっているのだから、優雅に本を読んで過ごしたいところだけれど。

<今月のデータ>
購入16冊、購入費用25,242円。
読了17冊。
積読本330冊(うちKindle本152冊)。

ブック

笹まくら (講談社文庫)笹まくら (講談社文庫)感想
主人公が想起するつど、前触れなく現在に過去が交じる。徴兵を忌避した理由が結局何であれ、数年間の地獄または命の代償は、逃亡中の苦労だけで済まなかった。それから20年、生きて戻った男たちとの断絶、絶えず他者の言動の真意を測り続ける暮らし。笹まくら。自分の良心の満足のために行動することを自ら戒める場面は、自分にはその権利が無いとの意味なら、業苦だろう。引き換え、醜い中年の田舎女と蔑んだ阿貴子は、回想の中でどんどん美しく賢く変わりゆき、現実的でしかし自由に振る舞う姿が鮮やかに脳裏に残る。彼女の真摯が切ない。
読了日:10月27日 著者:丸谷才一 ファイル

庭仕事の愉しみ庭仕事の愉しみ感想
ヘッセも庭を愛した人だったと知る。庭にまつわる散文や詩、手紙などを集めたものである。だだっ広い敷地に立つ姿や、庭でレトロな如雨露や籠に囲まれて作業をする写真なども掲載されている。花壇と畑。人間の領域と森のせめぎ合い。文章も詩的だ。『静かにしていると、瞬時のあいだ世界の調和が草の中で歌うのが聞こえてきたりする、そんなひとときが毎日あります』。草むしりを礼拝に喩えている箇所がある。もし禅を知っていたら「庭禅」とも喩えたかもしれない。惜しむらくは私が詩に不調法な事。長い散文か、短歌程度に短くないと落ち着かない。
読了日:10月23日 著者:ヘルマン ヘッセ

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)感想
英語の映画に日本語字幕をつける字幕翻訳者さん。吹替との違いや、字数制限、禁止用語などとの闘いのほか、良い映画を観客の胸に響かせたい思いの障害となる商業主義への批判がかなりを占める。最近のYouTubeは映画も多く公式アップロードされており、日本語対応していなくても自動翻訳機能が使える。ほぼ意味は取れるが、直訳で性別もニュアンスも判別不能である。あれを見ると字幕翻訳者さんの存在は当分重要だと感じる。映画館で観たタミル映画を字幕なしで観ているが、そろそろ字幕が恋しい。翻訳であっても字幕は味わい深いものだから。
読了日:10月16日 著者:太田 直子 ファイル

最新版 小さな会社のWeb担当者になったら読む本最新版 小さな会社のWeb担当者になったら読む本感想
BtoC業種ではないし、BtoB営業の必要もさほど無い。それでも「会社」であることの表明と、なにより求職者向けのアピールが必要な時代である。大きく分けてウェブサイトとSNS、それぞれの考え方と必要を見定めるにはちょうどよかった。なんせ外注が好きでない性分なので、ウェブサイトの内容見直しと、採用専用サイトの立ち上げ、目的にかなうSNSの企画を進める。クラウドソーシング、SNS連動ツール、アクセス解析も新たな武器として試してみたい。ひとり情シス兼ひとりWeb担もそろそろ卒業しないとなあ。2023年版。
読了日:10月15日 著者:山田 竜也

だれも教えてくれなかった エネルギー問題と気候変動の本当の話 (14歳の世渡り術プラス)だれも教えてくれなかった エネルギー問題と気候変動の本当の話 (14歳の世渡り術プラス)感想
フランス発、世界で読まれているという環境本。エネルギーにはグリーンもクリーンも無い。大規模に使えばどれだってダーティと著者は指摘する。エネルギーを人力に換算すると、現代の日本人はひとりが600人の奴隷を使っていることになるという。それくらい、膨大なエネルギーを消費しないと現代人は生きられない。進化も平和も福祉国家も、エネルギー供給あってこそ。そしてこの世界は拡大することでしか安定しえないという事実。これらを考え合わせると原発は最適解、という結論になるか。日本語翻訳監修は「エネルギーをめぐる旅」の古館さん。
長期で歴史を見ると、化石エネルギーを使用することで人間一人の能力をはるかに超えて生産することができるようになった。これにより農業従事者が減って工業従事者が増えた。さらにエネルギーが安価になり、工業従事者が減ってサービス業従事者が増えた。ここで現在、AIが出てきてサービス業従事者が減ることになるのか。そしてAIはとんでもなくエネルギーを喰う。今新たな革命と呼ばれるのはそこも含めての話なのだろう。
読了日:10月15日 著者:ジャン=マルク・ジャンコヴィシ,クリストフ・ブレイン

使い切れない農地活用読本使い切れない農地活用読本感想
農地を持っている訳でもないのに読みたがるのは、家周りの農地の近未来を想像するからだ。この週末は70歳前後と思しき農家さんが協力し合って稲刈りをしていた。しかし近く手が回らなくなる農地の割合は少なくないだろう。手がかからない、といってもそれなりにかかるのだが、クロモジ、クルミ、ミツマタなどの有用植物、ミツバチの蜜源植物、枝物、それ以外の木を植えるなど、各地から集まったアイデアにわくわくする。ただし収穫の無い木を農地に植えるには農業委員会に申請が必要。許可されればさらに税務上および登記上の申請が必要とのこと。
読了日:10月14日 著者:

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)感想
当時世間を騒がせた二人の道行き。つまるところ野枝には家事子育ての生活能力も独力で稼ぐ自立能力も無い。親戚知人にとっても傍迷惑だったことが初っ端から書かれる。そして男性から見た野枝と女性が見る野枝の評価の落差もつぶさにほのめかされるあたり、意地悪いのう。寂聴さん43歳、出家前の作。地頭の良さ以外に取り得の無い野枝の"野性"、野枝の内にたぎる女の本能が、理性で抑え込んでもすり抜ける恋情が、市子の中にも、また歳が倍ほどもなり経験を積んだはずの自分の中にも確かにあって自尊心と絡み合っていることに気づいて慄く。
読了日:10月14日 著者:瀬戸内 寂聴

日本改革原案2050: 競争力ある福祉国家へ日本改革原案2050: 競争力ある福祉国家へ感想
祝幹事長就任。小川さんの凄いところは、ガチンコの質問に答えられない、または言葉を濁すことが無い政策オタクぶりだ。切り取りで消費税増税論者のように揶揄されるが、ずっと人口激減収入減の日本を救う方策を考え続けてきたことをこの本が証明する。今回、2014年の原案から更に修正を加えている。所得税、法人税、相続税の増税ならびに消費税の時限減税だ。常にインプットを怠らない。実現が難しくてもよりあらまほしき在り方を考え続ける。あくまで個人としての案なので、今の幹事長の立場では違うことも言わざるをえないだろうけれども。
読了日:10月12日 著者:小川 淳也

地球の冷やし方地球の冷やし方感想
ときめいて、やらずにいられなくなるような、お金のかからない、環境に良いこと。って言ってもいち個人でできることは微々たるものだしな、と思ったが。ソーラーフードドライヤーと、パッシブ・ソーラー・ハウスの鶏小屋いいなあ! 楽しいなあ! しかしつくりかたを聞いても難易度が高い。誰かつくって売ってくれんかなの方向に考えてしまう。著者は発明家を自称し、廃バイクで風力発電機をつくってしまうような人だから、と言い訳したいところだが、なんでも自分でやってみる、それが真に環境に優しい生きかたであることは間違いないのだ。
読了日:10月11日 著者:藤村靖之

国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか (講談社+α新書 672-3C)国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか (講談社+α新書 672-3C)感想
諸国と比べ、競争力は圧倒的に高いのに生産性が顕著に低い日本について、根本原因は20人未満のミクロ企業が成長しないまま存続できるシステムだと結論している。企業において生産性と賃金、生産性と企業規模には相関関係があり、生産性と労働者の給料水準がもっとも因果関係が強いと検証されたという。おおむねこの論理により、日本の最低賃金は急上昇を始めた。60年守られてきた中小企業は尻を叩かれるのだ。倒産やM&Aにより淘汰する"グランドデザイン"。これは人口激減と巨大地震を控えた国家には必要なことだろう。正論、8割がた納得。
ミクロ企業は効率が悪いという話。管理する側から言えばそりゃ効率は悪い。しかし一企業の固定費率が高くなりがちなのも社員の守備範囲が広くなりがちなのも、一概に悪いことではない。新しいITツールの取入れが遅いとの指摘は図星だった。規模が小さいからIT化の効果を感じづらく、効率の悪い方法で不便を感じない。最先端会計ソフトの必要も感じない。とはいえ、最近は中小企業向けの諸アプリも充実してきており、それなりに取り入れてはいる。問題は、企業が成長しない点なのだと解釈する。社員、経営者共に教育への貪欲さが必要だろう。
常識が全て根底から変わっていく、という経験を今の日本人はしたことがない。例えばイギリスでは最低賃金を毎年4.2%上げ続けた結果、20年で2倍になったという。それっておかしくないか? それが経済のあるべき姿である、という考えがどうも私は馴染まないのだが(だって20年経ってもニンジンはニンジン、親子丼は親子丼やろ)、資本主義諸国がその方向で動いている以上、同調しなければ脱落するだけである。毎年4.2%以上の昇給、か。労働分割による専門性向上も、歯車の歯が細かくなるだけで良いことだとは思わないがなあ。
読了日:10月10日 著者:デービッド アトキンソン ファイル

評価と贈与の経済学 (徳間ポケット)評価と贈与の経済学 (徳間ポケット)感想
岡田氏の動画で内田先生との対談本があると聞き、検索したらKindleの中にあったパターン。2013年の出版なのにリーダビリティありすぎて恐い。もう11年経ってるのにまだ同じこと言わなきゃいけない日本が恐い。岡田氏の経歴と周囲に集まる人々の層がわかると、氏がなぜこんなに若者の行動や心情を理解しているのか、分析するのか察せられる。「イワシ化」に加え「自分の気持ち至上主義」「もういいんです症候群」とか「完全記録時代」とかネーミングが絶妙。異質な二人。岡田氏の持論を受け入れられない内田先生の拒絶ぶりも面白い。
読了日:10月08日 著者:内田樹,岡田斗司夫 FREEex ファイル

時が滲む朝 (文春文庫 や 48-2)時が滲む朝 (文春文庫 や 48-2)感想
1989年の天安門事件前夜、大学生たちは正しく愛国と民主主義を主張し、正しくデモに集った。みんな若く、純粋で本気で。しかし退学処分は即ちエリートコースが約束された身分からの転落、時を経て主人公は日本で非正規職に就く。同志は欧米に亡命し、親友は故郷に沈黙した。天安門広場にいなかったとしても、当時希望を覚えた名もなき数多の若者の、いつにもいずれにもあの日々が影を落としている。繰り返し描かれる輝かしい朝日。それは宿命の象徴、どの朝の光景も自らの宿命だったと悟り受容する結末には、希望が確かにある。芥川賞受賞作。
『素晴らしい朝日だ。この黄色い大地に日が昇ってくるのを見て、中華子孫としての血が騒ぎだすんだ』。
読了日:10月08日 著者:楊 逸 ファイル

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 (新潮文庫 ふ 57-3)ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 (新潮文庫 ふ 57-3)感想
前作同様、格差の拡がるイギリス社会で身近に起きる事件、それらを巡る親子の対話が主軸。彼は中2になった。保守党政権の緊縮財政政策による社会インフラの劣化、外国人労働者が増えて変化する人々の認識。フリーランスになるための教育プログラムといい、日本の一歩先を行っているように感じる。ある状況下において、自分が心で感じたように他の人々も感じるはずだと考えて規則を外れた行動を取るか、あるいはそれを切り捨てて規則どおりに行動するかは、その人が何を信じているかが如実に表れるものだと思う。つまり社会への信頼があるかないか。
日本はイギリスに比べ大人も子供も教育が足りていないと感じた。大人が政治や民主主義について日常的に議論することや、また中学2年生に課す課題として、社会問題についてのスピーチ原稿をまとめさせるとか、大人と同様に投票するイベントを設け、EU離脱、気候危機などに関する政策を読んで議論させるとか、日本には無いものだ。事実を共有して、異なる立場間で対話をする習慣が、作法が、日本人にはほとんどないのではないか。大人も子供もその面での成長が阻まれている。それはいま日本の建設的な社会設計を阻害している主要因なんじゃないか。
読了日:10月07日 著者:ブレイディ みかこ ファイル

鳴かずのカッコウ (小学館文庫 て 2-3)鳴かずのカッコウ (小学館文庫 て 2-3)感想
こんな世界があることを、一般の私たちは意識して生活していない。だけどあるんだなあ、と手嶋さんの小説を読むたび思い出す。『インテリジェンスとは、国家が生き残るための選り抜かれた情報だ。どんなに小さな国も、国家が生き抜くにはインテリジェンス機関は欠かせない』。ただ表面化した犯罪を追うだけでは掴み切れない、他国の思惑や企みをあぶり出す任務。今回は船舶の売買を軸にワールドワイドな頭脳戦が繰り広げられる。ウクライナの空母ワリャーグを中国が買った、それが空母遼寧。裏事情のほのめかしに、どこまで真実かとわくわくした。
読了日:10月04日 著者:手嶋 龍一 ファイル

はっとりさんちの狩猟な毎日はっとりさんちの狩猟な毎日感想
息抜きに。最初に読んだ時は、『平穏に暮らす人々に対し、生きることの意味を無理やり考えさせるような挑発をする』服部文祥に振り回される小雪さんと子供たちの大変さに同情し、エピソードのあり得なさにいちいち驚いたものだったが、今回はそれらを当たり前と受け取って読んでしまった。だってそれは服部家の普通だから。服部文祥は真剣やもんね。人はやりたいことをやるべきで、親が親の好きなようにやっても子供は子供でええように育つ。なるようになる。犬も猫も鶏も。
読了日:10月02日 著者:服部小雪,服部文祥

注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年10月01日

2024年9月の記録

やあ、すっかりトライバルラグ祭りになってしまった。
そもそもは夫が興味を示して一緒にあちこち見に行きはじめたものが、
お店の人から熱く聞かされているうちに面白くなってしまったのだ。
こういうときが知識を深めるチャンス。
次はトルコのノンフィクションか、宗教のノンフィクションを読もうか。

<今月のデータ>
購入12冊、購入費用10,862円。
読了16冊。
積読本329冊(うちKindle本152冊)。


ブック

エツコとハリメ: 二人で織ったトルコ絨毯の物語エツコとハリメ: 二人で織ったトルコ絨毯の物語感想
絨毯織りの経験があるハリメさんと、ギョレメ村で絨毯を織った日々の記録。絨毯織りは村滞在の口実としつつも熱心で詳しく、興味深い。糸を選び、経糸を縒り、草木染めの原料を集め、染め、模様と配置を決めて初めて織れる。村の女性たちの間には受け継いだ固有の文様と明文化されない知識の蓄積がある。さらに絨毯には織った人の時間がこもっている。その女性が織る作業にかけた長い長い時間、凝らした工夫、織っていた日々の感情、傍らの誰かとの会話。そして私の間にある時間と距離。手元に触れる絨毯の奇跡を思う。『遊牧民の絨毯はラハット』。
化学染料は1856年に発明された。ハリメさんが絨毯を織り始めたのが1950年代として、既に草木染めをする人は村にいなかったという。簡単に様々な色をくっきりと染められる化学染料を、女性たちは喜んで受け入れたのだろう。結果、草木染めの手法がほとんど忘れられた。現在オールドと呼ばれる絨毯にも化学染料が使われた痕跡が残る。それは年月が経った今見るとことさら差が歴然としている。草木染の美しさが際立っている。『この根を握ったら手が赤く染まったから染料に使えると思って』。バルーチ絨毯の紫を思う。
工房ではなく村の家々で織るとき、絨毯を織るのは家の中だ。薄暗いことも多いだろう。文様は間違えなくても糸の色を間違えることもあるだろう。織り進めてから気づいても、ほどくのは大変な後戻りになる。ハリメさんが「アラーの神じゃないんだから間違えて当たり前」みたいな開き直りをする(これは文様)箇所がある。一般に、売るために織った絨毯とはいえ、職人ではないのだから、織り手の性格によるところはあるだろうけれど、間違いを許容する感覚、まさしく人間らしくて好い。
読了日:09月30日 著者:新藤 悦子

日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く (講談社現代新書 2566)日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く (講談社現代新書 2566)感想
人は得た知識を繋げ、比較し、発想を飛ばしながら自分だけの立体的な網に仕立ててゆく。それが松岡正剛だと、日本の文化、歴史を縦横無尽に引き、緻密で多次元な網で人を圧倒する。見聞きした事象が即座に網のどこかに繋がる。それらがいつ発生し、変転したかの情報だけでなく、さらにそれが現代に残る種々の形こそ大事と知る。日本の有機的で一貫性が無くて外からわかりづらい感じは固有のもの。欧米の論理で説明し尽くせると思いすぎないこと、外からやってきたものを「苗代」に保留すること、極端を封じて本当の「中道」を見えなくしないこと。
一度では到底消化しきれない量の智を頭に詰め込もうとしたせいか、昨夜は頭が漬物石のように重かった。テーマごとに折々読み返すのが良い本。本で買い直しておこう。
読了日:09月30日 著者:松岡 正剛 ファイル

ベスト・エッセイ2023ベスト・エッセイ2023感想
2022年のエッセイアンソロジー。厳選されたとはいえ、個人的に沁みる打率が高くはならないと気づく。『小説はそれ自体は文字の集積にすぎないものである』。それはエッセイも同じで、楽しむ楽しまないはこちらの都合である。それから、信濃毎日新聞と西日本新聞は人選かセンスか、好いエッセイが多い印象を得た。個別では先に日経で読んだ沢木さんの旅もの、内澤さんのヤギ記は別として、浅田次郎のアジフライと藤沢周の手帳が味わい深い。年の功というべきか。自らの姿を俯瞰して面白がるような、飄々とした文章が字数と釣り合って好ましい。
読了日:09月27日 著者:

ひとり旅立つ少年よ (文春文庫 テ 12-6)ひとり旅立つ少年よ (文春文庫 テ 12-6)感想
聾の少女、犬ときて、今回の主人公は父親に詐欺の技を叩き込まれた12歳の少年。南北戦争前夜、黒人奴隷の解放を巡って民衆同士が対立するアメリカ合衆国を舞台にする意味は深い。皆が自らの権利を主張し不遇を嘆き、立場の異なる者への糾弾や迫害が酷かった時代。でも現代も同じだとテランは伝えようとしている。不平等な世界に独り、その年齢に余る責務を自らに課し進む少年。未来をつくる者。貰い、拾い、盗んだ物がなべて彼を助けるのと同じように、彼を助けた人たちが皆彼の人生の糧になる。尊さが沁みる。『生きものには生き残る力がある』。
読了日:09月27日 著者:ボストン・テラン ファイル

羊飼いの口笛が聴こえる: 遊牧民の世界羊飼いの口笛が聴こえる: 遊牧民の世界感想
1980年代、トルコやイランを巡ってはユルック/遊牧民の村に独り泊まり込む若い日本人女性は勇敢すぎよう。著者の関心は遊牧民の絨毯、羊飼い、ユルト/テント。ヤージュベディル遊牧民の住む村を探し当て、ヤイラで過ごした夏と秋の暮らしは、厳しくものびやかだ。さて絨毯。妻や娘が家事や畑仕事の合間に織った絨毯を、男たちが売りに行く。それぞれ僻地ゆえに、染色技術や文様から織られた地方がわかる。のみならず、トルコの西端で遊牧するユルックが中央アジアのトルクメンの子孫であることの証にもなるのだ。絨毯は雄弁だ。そして美しい。
なお、文様は織り手の腕の見せどころなので、女性たちの工夫と新しい文様の考案によって変遷する部分があるようだ。文様にメッセージ性が強かったのも昔の話、当時でも失われつつあったらしい。口伝は失われるのが早い。それでも古いものには祈りと誇りが込められているのが伝わってくる。昨日見たトゥルクメンのオールドの絨毯も、美しさの先に誇りが窺えて胸がいっぱいになった。
読了日:09月23日 著者:新藤 悦子

Windowsでできる小さな会社のLAN構築・運用ガイド 第4版Windowsでできる小さな会社のLAN構築・運用ガイド 第4版感想
サーバー入替の検討を機に。前版を読んだ8年前から通信技術は格段に進化し、民間レベルのサービスも様変わりした。クラウドやらSaaSやら業者は煽ってくるけれども、小さな会社こそDX化や「簡単・便利!」に踊らされず、手堅くコンパクトに自前でやりましょうという著者の姿勢は好ましい。サーバーの各機能は必要に応じて進めるとして、肝心はセキュリティとアクセスコントロール。ちょっと(かなり)冷や汗の出る部分があるので、着実に修正していく。無線LANも設定さえ着実にできればそうセキュリティを不安に思う必要はないらしい。
読了日:09月21日 著者:橋本 和則

日本の伝統 (知恵の森文庫)日本の伝統 (知恵の森文庫)感想
昭和31年に、岡本太郎は世の中が停滞して"しめっぽい日本"に戻っていると述べた。縄文式土器から銀沙灘/向月台、尾形光琳まで、岡本太郎が評価する芸術は、尖った表現物である。いずれも豊かさゆえに興隆した時代のもの。逆に為政者が人民を抑圧した時代の"ひねこびた"芸術は腐す。その是非は別にして、過去の日本人が遺したものに固執して守るのではなく、糧としさらに展開させてこそ伝統と喝破する主張は押さえておく。元のまま保とうと繰り返し原形をなぞる行為が、逆に本質の逸失、形骸化につながるとの指摘も気に留めておきたい。
読了日:09月20日 著者:岡本 太郎 ファイル

地球再生型生活記 ー土を作り、いのちを巡らす、パーマカルチャーライフデザインー地球再生型生活記 ー土を作り、いのちを巡らす、パーマカルチャーライフデザインー感想
著者の主眼は「生物を多様化させる土をつくる仕組みづくり」に集束する。そのための、生ごみも排泄物も全て土に還す行為の必要性は気持ちだけ賛同しておく。さて、森林と草原の土壌依存度の違いについてのトピックが興味深い。木は落葉しても幹や枝に栄養を蓄えることができるが、草、特に一年草はそれができないため、根や葉ごと腐食として還る形で土壌に栄養を蓄積する。つまり早く腐食土層が厚くなる。そこから草を抜かない・耕さない自然農法の理論に、私の中で繋がった。自然の山火事と炭の有用性もまた、繋がっていることを再認識した。
読了日:09月20日 著者:四井真治

私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月感想
「こんにちはヤギさん!」で、町中でヤギを飼うことが壮絶に難しいことが理解できたので、今作はそう鼻息を荒くせず読んだ。しかしかわいい。そして賢い。まさおのエピソードは胸がギュっとした。私自身がマンション砂漠から緑豊かな地べたに移り、時機を読んで生える草、芽吹く木々のいちいちがワンダーな今は、内澤さんの草歳時記に夢中になる。九月『長月ながく 酷暑終わらず夏枯れのあと 芽吹き花咲きまるで春』ってまさに今。サツキが咲いたもの。去年は渋柿をいただいたのだった。今年もあるならいただけるかな。吊るす場所ができたので。
読了日:09月17日 著者:内澤 旬子

これでもいいのだ (中公文庫 し 56-1)これでもいいのだ (中公文庫 し 56-1)感想
オバサン期に突入して、気持ちに身体がついてこない歯がゆさはあっても、精神的にはほんとうにラクになった。若者の文化は理解できないが感情は読めるし受け流せるし、年寄りの行動も想像力が働いて生温かく見守ることもできる。私は私のしたいことがわかる。というラクさ加減に安心しきってはいけないのだな。人間の認知力は、類似物を一括りにする傾向があり、歳を重ねるほど加速する。しかし他人はそれぞれ個だ。括れば簡単に傷つけ、関係を阻害してしまう。その観察が著者は細かくて興味深い。
読了日:09月15日 著者:ジェーン・スー ファイル

これが見納め: 絶滅危惧の生きものたちに会いに行く (河出文庫)これが見納め: 絶滅危惧の生きものたちに会いに行く (河出文庫)感想
SF作家が動物学者と絶滅危惧種を見るために僻地へ旅する企画。この作家とは銀河ヒッチハイクシリーズの著者で、R・ドーキンスが親密な序文を寄せるのも肯ける傑作だ。独特のユーモアは読者を面白がらせるだけに留まらない。脱線のようでいて、ぐるっと周って人間の愚かさを横から蹴り飛ばす。そして、奥深い自然の中で動物に遭遇したときの、1対1の個として圧倒される素直な感慨はなにものにも替えがたい。自然との対峙のしかたとか、他生物と共存する世界の豊かさ、そのためにこそ活きる人類の知恵も希少動物同様、加速度的に喪っているのだ。
読了日:09月10日 著者:ダグラス・アダムス,マーク・カーワディン,リチャード・ドーキンス ファイル

遊牧民と村々のラグ キリム&パイルラグの本格ガイド遊牧民と村々のラグ キリム&パイルラグの本格ガイド感想
Aged Rugということで、平織りやパイル織りの、トルコからモンゴルにかけてのトライバルラグガイド。いわゆるギャッベ、生命の樹やライオンや風景が織り込まれたようなものはほとんど掲載されておらず、シンプルなもの、あるいはギュルやメダリオンが緻密に織り込まれたものが多いのは著者の好みか時代か。羊や山羊の毛を使い、当時は茜の根やウコンで染めて、今も遊牧民の女性が織ることが多い。部族の誇りや魔よけの祈りが込められていると知ると畏敬の念に圧倒される。
あったらいいねとリビングに敷くものを捜し歩いていたところ、トライバルラグの面白さに気づいた。トライバルラグの発祥は、つまり遊牧民が主たる中央アジアが中心か。これがモンゴルや中国あたりまで来ると、日本人に馴染みのある文様に寄ってくる。むしろ正確にはシルクロード伝いに、遊牧民のシンボルであったライオンは龍や鳳凰に、オオカミの足跡は花に、ギュルやメダリオンは中華文様に変化し、海を越えて日本の緞通が生まれた。絨毯古臭いと思ってた。ごめんなさい。凄いよ。
読了日:09月05日 著者:グランピエ商会 前田 慎司

電柱マニア電柱マニア感想
電柱マニア向けガイドブック、ではなく電柱マニアが書いたガイドブック。私がこの本を購入したのは、私を含め、現地を見ることが少ない(見ても判別できない)積算担当、資材発注担当が知識を深めるための社内教育図書としてである。さすがオーム社。正しく教育図書だった。当然ながら柱上配電設備だけの説明だが、機器の役割、玉がいしの意味、油入開閉器を柱上で使わない理由などなど知らんことがたくさんあった。がいしの配置パターンや電力会社ごとの腕金形状分類はどちらでもよろしい。窓の外の電柱をちらちら視認しながら読むのが良い。
読了日:09月03日 著者:須賀 亮行


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。
  

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2024年09月02日

2024年8月の記録

秋の夜長。なんて素敵な響き。
読書と酒と虫の音。
そんな近未来を想像してうっとりする。



<今月のデータ>
購入27冊、購入費用34,427円。
読了15冊。
積読本334冊(うちKindle本158冊)。


ブック

チョプラ警部の思いがけない相続 (ハーパーBOOKS)チョプラ警部の思いがけない相続 (ハーパーBOOKS)感想
舞台はムンバイ。だからといって冒頭『退職することになっていたその日の朝、チョプラ警部は自分が象を一頭、相続したことを知った』に度肝を抜かれないわけではない。子象とはいえ象は象。さっきからこの文章の漢字変換もまともじゃない。象が出てこなければならない理由は、ない。著者はきっと、新興巨大ショッピングモールのエスカレーターに乗る子象とか、リビングで妻とドラマを観る子象、雨期の洪水により裏庭で溺れかける子象、ムンバイを疾走する子象などを描きたかったんじゃないか。なんで小象なのか。何か企みがあると信じて続きを待つ。
読了日:08月31日 著者:ヴァシーム カーン ファイル

捕食者なき世界 (文春文庫 S 12-1)捕食者なき世界 (文春文庫 S 12-1)感想
人間は平地に降り立つや、脅威となる大型捕食動物の殲滅を開始した可能性がある。それはここ数百年に至っては明白で、オオカミもクマも大型ネコ科動物も、脅威の排除、あるいは娯楽や収入のため殺し続けている。結果、被捕食動物=中間捕食者が増え、多量に捕食したために生態系の均衡を欠き、壊滅に至る壮大なメルトダウンが既に観察されている。頂点捕食動物の復権を実行すれば、中間捕食者は健全な恐怖心を取り戻し、植生は復活し、生態は多様性を取り戻せる。しかし「健全な恐怖心」を失っているのは人間も同じだろう。望みは限りなく薄いかと。
例えば日本。オオカミ復活論はずいぶん前から提唱されているけれど、今、どれだけの日本人がその"脅威"を受け入れられるだろう。彼らと共生する能力、天然の危険を回避する術はずいぶん忘れ果てた。かといってオオカミの代わりにシカやイノシシを狩れるだけのハンター数を、既に維持できていない。代わりとなるべきイヌは繋がれている。恐怖心なき食害によって、山林の植生は貧しくなり、荒れ、崩れ、また植物も防衛能力を発動して変化してゆくと予測される。人間はひたすら排除と逃避を繰り返すのか。なんて殺伐として壊滅的な未来像だろう。
原題「Where the Wild Things Were」。『現時点でわかっていることから、生物多様性を維持する上で、頂点捕食者は重大でかけがえのない調整の役割を担っていると思われる。頂点捕食者がいなければ、急速かつ広範な絶滅が進み、生態系は単調なものになるだろう』。
読了日:08月29日 著者:ウィリアム ソウルゼンバーグ

水納島再訪水納島再訪感想
『このまま行けば無人島になる』。水納島には130年の歴史がある。あるいは、130年しかない。島の歴史は沖縄を通じて日本の歴史と、島の人から聞く話は公の記録文書と繋がっている。戦後、増えた人口に対し、僻地から離島、果ては海外まで生きる場所を施策しなければならなかった日本は、今や急激な人口減少に直面し、水納島は先端を行っていると言える。誰も住まなくなれば、伝え繋ぐ痕跡は消えてしまう。人々が語る暮らしのたくましさ、豊かさを感じ取るとき、僻地を復興・振興するのは経済的に無駄とする思考の貧乏臭さを痛切に思う。
読了日:08月27日 著者:橋本 倫史 ファイル

WILDERNESS AND RISK 荒ぶる自然と人間をめぐる10のエピソードWILDERNESS AND RISK 荒ぶる自然と人間をめぐる10のエピソード感想
あちこちの媒体に書いた初期のノンフィクション記事集。調査を基に書かれたクラカワーのノンフィクションが面白いのは「荒野へ」で承知済みだ。事実をスマートに記述するだけではなく、クラカワー自身の実体験が裏打ちし、取材対象に重ね合わせてみせることで、よりリアルに想像させる。苦難があるからこそ魅力的で甘美な体感が得られる活動は、人口が増えればそのぶん自然破壊や危険を増すものでもある。この本に採録された文章には、責任のなすりつけ訴訟や詐欺めいた荒野療法など、アメリカ特有の諸問題も取り上げられていて興味深かった。
読了日:08月24日 著者:ジョン・クラカワー ファイル

飛躍するインド映画の世界飛躍するインド映画の世界感想
祭りだ! 観た/観てないに拘わらず嬉々として読む。北インドのヒンディー語圏映画と南インドのドラヴィタ語圏映画の対比は、どちらが優れている如何ではないながら、私にはやはり南インド映画が魅力的だ。ざっくり南インドのほうが教育水準が高く、温暖で食べものが豊富な土地柄であること、また辺境でありながら交易の拠点でもあった歴史が、文化的な豊かさ、感情表現の豊かさにつながっていると感じる。映画音楽の旋律と韻律の魅力といったら。A.R.ラフマーンの、南インド映画のほうが作曲をやりやすく冒険もできるとのコメントも納得。
映画カーストの人物相関図は圧巻だ。カプール家、バッチャン家をはじめ、血族内に映画人が多すぎる。しかも映画カースト同士の結婚も多く、本人の感情より家系重視に見える感じはまさにジャーティを連想させる。特にアーリヤー・バットとランビール・カプール、ディーピカー・パードゥコーンとランヴィール・シンの2カップルの対比には、解説の明快さゆえに目眩がした。他方で、歌や踊りなど奥深い素養が要求されるインド映画ゆえに映画カーストの家系にあるアドバンテージは大きく、日本の伝統芸能だって排他的な面も無いとは言えないのは同じ。
編者の夏目さん自身が「RRR」を楽しんだとしつつも手厳しい批判を投げかける。構成をはじめアクションや踊り全てが秀でているゆえに、観る側を思考停止させる。確信犯的に宗主国支配の図式を単純化しているのは確かだ。最近のモディの自国賛美、ヒンドゥー教以外の宗教を貶めるやりかたも大問題ではある。しかしそれはそれで胸に留めて、インド映画全般に言えることだが、荒唐無稽上等、ポリコレ棚上げで、大地の豊かな美しさ、家族重視の暮らし、群集のエネルギーや文化を、逃避だけではない楽しみとして観る側としては何度も味わいたいと願う。
読了日:08月23日 著者:夏目 深雪

穴 (新潮文庫)穴 (新潮文庫)感想
それほど主体性のある女性ではない。穴に入ったことにより変異が起きたわけではなくて、引越しを承諾した時から、主人公にとって変異の始まりだったのだろう。結婚して他家に入る、それも相手の肉親と近い距離に住むほど、それは異世界だ。今まで起こり得なかった場面に躊躇ううちに慣れてゆく。いわゆる嫁の立場に共感を覚えつつも、最も近しく感じたのは姑である。姑も昔は嫁だった。主人公と違い、頑張り屋の女性が奮闘する日々が目に浮かぶ。望んで家制度に加担するんじゃない。うまくやっていこうとがんばってきた女性の姿に、実の姑も重なる。
読了日:08月19日 著者:小山田 浩子 ファイル

木を植えた男木を植えた男感想
木を植える。土を整えて種を埋め込む行為は、人間だけのものだ。それもごく限られた意志ある人だけの。ほんとうは、獣や鳥が土を肥やし、種が運ばれて自然に繁るはずの植物がここには無い。集落があるのだからもとは森だったはずなのに、なぜ無くなったのか。人々の様子から殺伐とした経緯が推測される。男は苗を喰われないよう、本業であった羊飼いをやめてまで木を植え続ける。その行為への賛歌だけれど、今並行して読んでいる本に影響されて、生態系が失われた理由、人が木を植える行為で生態系をつくりだすことができるかを考えてしまう。
読了日:08月19日 著者:ジャン ジオノ

感動する、を考える感動する、を考える感想
感動ということばを努めて使わなくなって久しい。私が定義するなら、他者あるいは、命を含めた自然との共振だろうか。名前をつけずに味わい、その意味を思い返す類の。だから、感を動かすことを目的にして何かを見たり聴いたりするのは違うのではないかとも思うが、ではなぜ自分が小説を読み映画を観るのかという問いにけつまずく。些細な事にも深く感動できるほうが、人として成熟度が高いとして。だからこそ、安易な感動に心を費やさないほうが、感度を鈍らさず、心を澄ましていられると結論しておく。他者の感動は他者のもの。
いつもは録画までしていた開会式も閉会式も観ず、ボイコットしたパリ五輪の夏に。
読了日:08月12日 著者:相良 敦子

百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術感想
『生きるとは、本といた季節の記憶』。本の匂いに酔っているのか酒に酔っているのか自分に酔っているのか、私情を切り分けず読書の悦楽を気儘に書き散らしたような読書本。速読/遅読、孤独/共有、買う/借りるなど相反する方法論を逆手にとって、A面/B面と併記するのが面白い。新聞書評のために費やす新聞社の手間暇、書評委員会での合議の様子は初めて知った。本屋へ行くと貼ってあるのを必ず読む。紙の新聞の存亡が危ぶまれる今後、どうなるだろうかな。文章の漢字だけに目を跳ばせて概要を掴むコツを覚えた。
読了日:08月08日 著者:近藤 康太郎 ファイル

インド文化入門 (ちくま学芸文庫)インド文化入門 (ちくま学芸文庫)感想
多様極まりないインドにおいて、先にいたドラヴィダ民族と、北西方面から後からやってきたアーリヤ民族という大軸で南北の間に摩擦は生じ、一方で両文化の混交によって今のインド文化が形成されている奥深さったらない。無論その2民族のみで括れるインドでもない。ラーマーヤナが南アジア普く広まり愛されている点に政治的な意図を感じたこともあったが、むしろ地域によって土着の神や伝統と混じり無数のバージョンを展開しているあたり、どうやってもこの国の人々は一元化されたりしないのだなと感嘆した。『インド人全体で行ってきた文化表現』。
モンゴル帝国が内紛している頃、中国から中東・欧州にかけての海上交通が盛んになり、インドの港町が栄えたというマクロな世界史観もダイナミックで素敵だ。チョーラ王ラージャラージャ1世の像や記録も残っている。上半身裸で頭には布を巻くか王冠をかぶっている、その描写はPS1&PS2のアルンモリそのものだ。道理で露出度高かった。タミルの民にとっての宗教、仏教とヒンドゥー教の重さ加減や、ランカ島における仏教の重さなど、映画の中によく表わされていた。あの市場には異国のものも多々取引されていたのだろう。
女性蔑視と女神崇拝、母親至上主義が混じりあった、映画に表れる女性の描かれかたをずっと不思議に感じていた。実際にやはり二面性をもって存在するようだ。女性差別は、マヌ法典まで遡るヒンドゥー教的倫理によって。女神崇拝はさらにアーリヤ民族進出以前、古来の伝統的な土俗の神が、後から来た宗教に取り込まれる形で存在を確立し、今も崇められているということなんだろう。その両方が現代を生きる個人の中で両立するのが、やっぱり不思議だけども。
読了日:08月07日 著者:辛島 昇 ファイル

自然流石けん読本 (サンマーク文庫 A- 4)自然流石けん読本 (サンマーク文庫 A- 4)感想
著者はシャボン玉石けんの創業者である。大手メーカーが巨額の広告費をかけて売り込む合成洗剤の実害と欺瞞に憤りをもって、自ら無添加石けん製造販売の拡大に人生を懸けた。私たちは洗剤を、用途に合わせて使い分けなければならないと信じ込んでいる。即ち信じるよう仕向けられている。著者が当時指摘した資本主義が事実を歪めるやりかた、メーカーによる洗脳は今も解けず、加速度的に人間のからだと環境を蝕んでいるといっていい。全ての洗濯、掃除、身体のケアは石けんひとつでじゅうぶん、と著者は断言する。ここからまた、暮らしを見直したい。
とはいえ、時代は進む。石けんを液体にするのも、歯磨き粉の製造にも著者は肯定的でなかったが、今の社長がそれから何代目か、シャボン玉石けんは液体になったり、ポンプボトルから泡状で出たり、現代の形に添った展開を見せている。スノールも今は液体のものを指すらしい。ここはあえて粉せっけんを導入してみる。使いやすさ、と私が思っているものと、ほんとうの使いやすさのギャップを探ってみる。
手洗いや洗顔と洗濯は石けんに切替済みである。これは、思い返せば私の身体が悲鳴を上げていたからで、石けんに切り替えて症状が落ち着いてからはすっかり忘れていた。確認してみるとシャンプーはノンシリコンながら合成洗剤、手や環境に優しいと謳うハッピーエレファントも合成洗剤。品質表示を面倒がらずにひとつひとつ確認する必要がある。それから、"薬用"も"エキス配合"も安易に飛びつかないこと。良さそうな自然素材も、素地に混ぜても即ちそのものの効果があるとは限らず、人体に害をなすこともある。ならば元より無いほうがいい。
読了日:08月04日 著者:森田 光德

台北プライベートアイ (文春文庫 キ 19-1)台北プライベートアイ (文春文庫 キ 19-1)感想
高野さんが面白いと書いていたので。台北のオモテ側しか歩いたことはないけれど、あの匂いと雑然とした路地、それをもっとディープにした景色を想像しながら読んだ。威勢の良さそうな台湾語の悪態は聞いてみたい。でもそれ以外は、犯罪を含め普通、というか、日本と変わりない民主主義社会で起きる事件のミステリである。社会も似ている。ただ台湾の都市部は日本以上に監視カメラ社会のようだ。家を出てからの全ての行動が録画されているに等しく、それが謎となり鍵となる。続編が出ているが、それはもういいかな。
読了日:08月01日 著者:紀 蔚然 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年08月01日

2024年7月の記録

本を読むときの安楽な姿勢と明かりが、家の中にうまく保てていない。
だから、寝転がって読めるKindle本ばかり消化しているのだな。
愛用の安楽椅子は猫に取られてしまったので、困った。
腹ばいになって読むのは好きだが腰が辛いし…。

<今月のデータ>
購入8冊、購入費用7,440円。
読了9冊。
積読本324冊(うちKindle本152冊)。


ブック

あそび遍路: おとなの夏休み (講談社文庫 く 64-1)あそび遍路: おとなの夏休み (講談社文庫 く 64-1)感想
こんなお遍路のスタイルがあっていいんだ。遍路装束で歩き、美味しいものも食べて、寄り道もする。歩くことが要なのだ。まず外見が遍路になり、次に身体が遍路になり、最後に心が遍路になる。歩くことで体が自然と一体になる。そうすると、身体で感じ、身体で考えるようになるみたいだ。つまり、脳で理屈や都合をこねることを止め、意志的な防御、関門が消える。遍路は自然への回帰。自然は肯定。ああ、私も遍路に出たい。老境に至るまで会社に首根っこを掴まれた私の背にも、遍路の風はいつか吹くだろうか。おっとうちには猫がおった。叶わぬ夢か。
『お接待させていただいて宜しいですか』。お金にせよ食べものにせよ、そのものはささやかながら、真剣な『祈りの眼』で近隣の人々はお接待を申し出る。このお接待という文化は四国くまなくあるわけではない。むしろ、香川に住んでいてもたまにお遍路さんを見かけても、求められれば丁寧に道案内する程度で、著者の体験には驚くしかない。お接待もまた深い行為と知った。香川に入る頃、お遍路さんは涅槃の境地に至るという。寺のある町に引越したのだから、お接待の心には近づきたいものだ。
寄り道した金毘羅さんからの眺めに、著者は『空海の故郷は美しい癒しの平野』と言ってくださった。讃岐の野をそんなにも美しく表現してもらえてうれしい。一方、遍路道沿いにド派手なラブホテルがあることには著者も呆れている。恥を忍んで言えば、この町内には4つもラブホがあるのだ。寺の周囲の住宅は規制するくせに、なぜラブホは規制しないのか。四国八十八カ所を世界遺産にする動きを、私はあっていいと思う。しかし、ならば、遍路道の整備も無論、環境を歩き遍路に優しく、景観を美しく保全する方向に、政経含めて動くよう求める。
読了日:07月25日 著者:熊倉 伸宏 ファイル

往復書簡 限界から始まる往復書簡 限界から始まる感想
女性活躍推進とやらで無理やり担ぎ出されようとしている当事者として、防具あるいは武器がほしかった。『悪しき企業文化の、男女不均衡社会の、男の視線を内在化した、女性活躍のスローガンに踊らされた、窮屈な服と靴を押しつけられた、ある種の価値観に骨の髄まで毒された』社会的な個として、どう立ち回ればよいのか。これはいわゆるガラスの崖だ。わかったのは、「構造」の暴力のもとではいずれにせよ女性が傷を負うしかないこと。「自己決定」は、罠だ。物わかりの良いふりはやめて、わきまえずに、生き延びる術を見極める身構えを保つ。
ふたりの女性が、置かれた環境や芽生えた感情に基づいて自覚的非自覚的に選んできた道。女と男、娘と母、女と女、個人と社会などの関係性を絡めて交わす往復書簡である。こんな個人的なことがらを公開して恐ろしくないのかとこちらが危惧するほど、事細かに自身の内面を吐露する文章が双方に現れる。それは結果的に自分にかけた呪いを解く作業でもあったのだろう。現代を生きる女性として、社会変革と個人の幸福追求のバランスを取ることは難しい。しかし真っ当に生きてきたなら、その時ちゃんと選べるはずだと信じることにする。
『年齢を重ねるにつれて、わたしは精神も身体も、壊れものだと感じるようになりました。(中略)打たれたら傷むし、傷つきます。そして度を越せば、壊れます。壊れものは壊れものとして扱う。自分にも、他人にも、それが必要だとわかるようになるまで時間がかかりました。愚かなことでした。』上野先生の述懐が重い。
読了日:07月17日 著者:上野 千鶴子,鈴木 涼美 ファイル

季刊地域 夏号(58号) 2024年 08 月号 [雑誌]: 現代農業 増刊季刊地域 夏号(58号) 2024年 08 月号 [雑誌]: 現代農業 増刊感想
特集は「動物と一緒に農業」。出てくるのはヤギ、ヒツジ、ウシ、ウマ、ブタ、ニワトリ、ガチョウ、アイガモ、タカ、ネコ、イヌなど。動物と一緒にいたい。という発想と、動物になにかをしてもらおう。という発想があるようだ。それぞれに事情やスタイルが違い、どれも個性的。ただ除草にせよ耕うんにせよ、個人でできることではない。動物を扱う側と、農地を持つ側が話し合い、ある程度まとまった地域で少しずつやりかたを固めてゆく。アーリーマジョリティーとしては近所の動向を見張っておきたい。『地域の資源を循環の仕組みで活用すること』。
『飼料を自給するよさは、輸入飼料の価格に影響されないこと。それは同時に、エサ代を海外にだだ漏れさせないことでもある。「自給するか輸入するかの違いって、労賃をどこへ払うかってことでしょ。集落の中に草刈り・草集めの労賃を払うぶんにはいい。雇用を生んでいるから」』。
読了日:07月15日 著者:

コンビニオーナーぎりぎり日記 (汗と涙のドキュメント日記シリーズ)コンビニオーナーぎりぎり日記 (汗と涙のドキュメント日記シリーズ)感想
もともと酒屋など営んでいた訳ではなく、コンビニ黎明期にオーナーになる道を選んだご夫婦の記録。私はダブルワークでMストップの早朝バイトをしていた頃があって、オーナーの人柄は良くなく、コンビニバイト、特に深夜枠は社会の底辺と結論していた。その記憶から、この著者はコンビニ経営には不似合いなほど良い人だと感じた。だからこそコンビニを憎んで当然だし、本部に無断でこの本を書き、いつ辞めてもいいのだと啖呵を切る著者にやるせない感覚を抱いた。いい人に出会おうと、いいこともあろうと、悪い意味でも『コンビニは社会の縮図』。 
私が勤めていた頃より取扱商品も支払方法も桁違いに増えて、今のスタッフは大変だと思う。キャッシュレスや払込については最近はスキャンしたらレジが教えてくれるとあってほっとした。でも、いくら省力化無人化が進んでも、AIは棚に溜まる虫の掃除やトイレ掃除、入荷し続ける商品の補充はしてくれない。コンビニ大量出店時代、24時間営業時代は間もなく終わると思っている。そうすると食品の期限管理はもっとシビアになり、、、どうするんだろね。
コンビニのなにが嫌といって、弁当や総菜の廃棄だ。販売の機会ロスを嫌って多量に捨てるシステムになっている。そのことを著者もわかっていながら、本部の指示でどうしようもないとあれば、慣れる。ファミマは廃棄を身内で処分してもよいようで、夫婦二人ともコンビニ経営に携わっていれば当然、食事は廃棄で済ませることが多くなる。どころか、ほとんどだという。そしてどうせ捨てるのだからと、廃棄の中からほしいものだけつまみ出して食べさしを捨てるくだりに、もっとも嫌悪感を催した。
読了日:07月14日 著者:仁科 充乃 ファイル

あじさいあじさい感想
紫陽花の季節に…と書いてみたくて。女と男の、経緯のはっきりしない意味深なことばのやりとり。7年前になにがあったのか、ことばよりむしろ素振りのほうが能弁であるようなひととき。湿度高く迷う男女のいる部屋に陽が差して、しかし結論は出ないのだ。ほんの数ページの短編を行きつ戻りつしながら、子供の年頃に目を留める。おそらく関係があるのだろうけれど、ほなどうしたいんな、と私は遺影を問い詰めたい。それにしても庭に植えるものならなんでもよさそうなものなのに、どうして紫陽花でなければならなかったのでしょうね。
読了日:07月11日 著者:佐藤 春夫 ファイル

不確かな医学 (TEDブックス)不確かな医学 (TEDブックス)感想
「病の皇帝「がん」に挑む」の著者、ムカジー氏のTEDトークを基にした一篇。医学は、未だ完成されたものではない。医者は過去の知識に得られた知識を重ねて産みだしたモデルに沿って患者に向き合うことの繰り返しなのだ。検査からして正確で一貫性のある検査は無いという前提のもと、原因特定も投薬も正しくない可能性がある中で、自信ある態度でこれまた言動にムラのある個々の患者に処し続けるのは、思えばとんでもなくメンタルに負荷のかかる職業だ。そういうことを理解したうえで医者にかかるようにしたい…ってだいぶ嫌な患者だな。
『医学の最前線で行なわれてきた数えきれないほどの研究が示しているのは、人間の意思決定、特に不確かさ、不正確さ、情報の不完全さに直面したときの意思決定が、医学の未来にとって決定的な役割を担い続けるということです。近道はありません』。
読了日:07月10日 著者:シッダールタ・ムカジー ファイル

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫 ア 11-1)あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫 ア 11-1)感想
人間には腸だけで100兆個の微生物がおり、その他体内体表至る所に共生している。かつて抗生物質の発見によって人間は各種感染症を克服した。しかし引き換えに共生しているマイクロバイオータの均衡を崩し、種々の慢性疾患が生まれたとの主旨だ。抗生物質投与後、すぐさま体内の微生物の組成は多様性を失い、何年も元には戻らない。一方、食事や治療で摂取すればこれまた迅速に組成比バランスが変化することが確認されている。納豆食べたいのも、彼らが欲しがってるんかなあ。よし、なんでも言うこと聴いちゃるぞ。お互いあっての健康だ。
『共生微生物のアンバランスが胃腸疾患、アレルギー、自己免疫疾患、さらには肥満を引き起こしているという科学的証拠が続々と出てきていることを私は知った。体の病気だけではない。不安症、うつ病、強迫性障害、自閉症といった心の病気にも微生物が影響している』。
『女性のほうが免疫系の働きが強いことはみなさんもご存じだろう。ところが、免疫系が関与する慢性病に関しては免疫系の強さが裏目に出る。男性がただの風邪をしょっちゅう引いている一方で、女性は自らの免疫系がもたらす慢性病と闘っている。  自己免疫疾患には幅広い種類があるが、一部を除いてほとんどの病気は男性より女性に多く現れる。アレルギーは、小児期においては女児より男児に多く出るが、思春期以降は女性が多くなる。腸疾患も女性のほうが多い。炎症性腸疾患ではやや多い程度だが、過敏性腸症候群だと二倍の開きが出る』。
姪からなにか感染ったらしく、喉の不調が続いた。咳のひどさにたまりかねて医者へ行くと細菌感染と診断され、抗生物質を処方され、飲む。という一連をほぼ毎年続けている。ということは、侵入した細菌を自力で排除できていないのであり、体内は長期的に常に抗生物質によるマイクロバイオータの乱れ下にあることになる。抗生物質は、重篤な症状を治療するために人間に大事な発明品だ。同時に人間が持っている体内微生物との共生バランスを崩す物質でもある。そのリスクの天秤は、難しい。研究の進展を待つ。次の人間ドックは腸内細菌の検査も受ける。
出産と母体にまつわる研究結果は衝撃的だ。胎内で無菌状態にあった胎児は、産道を通るときに母親の腸内細菌に触れ、受け取るようにできている。そして母乳にも細菌は含まれており、これも乳児の腸内マイクロバイオータ形成の基盤となる。過度な殺菌は乳児に不利益に働く。また母乳に含まれるオリゴ糖は乳児自身の栄養素ではなく、それら腸内細菌の栄養素である可能性があるという。動物の食糞行動についての考察も興味深い。異状行動ではなく、その糞に含まれる微生物を本能的に取り込もうとしている可能性がある。世界はワンダーだらけだ。
読了日:07月09日 著者:アランナ・コリン ファイル

謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMチ 6-1)謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMチ 6-1)感想
イギリスには宗主国だった時代の名残でインド人移民が多い。さらにロンドンのブリック・レーンはベンガル系移民が多いという。正統派ミステリ、過去のコルカタの事件と現在進行形のロンドンの事件が交互に進む構成である。初っ端から酔い潰れている移民の娘アンジョリなど、インドとイギリスの、人間関係のありかたや社会システム、常識の違いをうまく利用しているあたりが野心的だ。だからこそモスクで祈った主人公の最後の決断には引っかかる。愛と思いやり。法より家族。全土に渦巻く贈収賄の論理。果たして何が優先されるべきかわからなくなる。
読了日:07月08日 著者:アジェイ・チョウドゥリー ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。
  

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2024年07月01日

2024年6月の記録

コペルニクス的大転換、とは胡散臭いほど派手派手しい言葉だけれど、
自分の思考にそれが起こるとは、想像だにしなかったのだ。
体力を消耗するほどの混沌ののち、ひとつひとつ腑に落ちていく。
錯覚か? それは、誰にもわからない。
ただ、どちらを選ぶも自分次第。

<今月のデータ>
購入14冊、購入費用13,838円。
読了16冊。
積読本326冊(うちKindle本154冊)。


ブック

花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION (ちくま文庫)花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION (ちくま文庫)感想
イギリス、ロンドンの真南にあるブライトンに伴侶と住み、かの利発な子息が生まれる前の、初期のエッセイ。燃料をどくどく流し込むがごとくエネルギッシュに、書きたいテーマを描きあげるスタイルはすでにある。そして燃料とは並ならぬ量の酒であるらしい。著者が故郷に似ているというイギリスの町は、リゾート地と呼ばれるのだけれど、貧困世帯が多くて、LGBTQに類される人が多くて、なんでもありな印象を受ける。そして各文章の書き出しから着地点が見えないところ、なのに主張がガツンとあるところに、中毒性がある。いやあ面白かった。
読了日:06月29日 著者:ブレイディ みかこ ファイル

シリアで猫を救うシリアで猫を救う感想
アレッポのキャットマン。自国政府による空爆の下、著者はミニバンを改造した自前の救急車を走らせてボランティアの救助活動をしている。『負傷者を救助し、猫たちにえさをあげ、できるかぎり日常の生活を続ける』。だから邦題は「猫を救う」だが、これはアレッポに生きたすべての命の実話なのだ。故郷を離れず街に残る人々は、生活物資が困窮しても爆撃を受けても、適応し生き延びる術を見出そうとする。人間はできるだけのことをするしかできない。そして、ガザをはじめ地球上の紛争地域ではどこでも、人は命を救い合って生き延びていると知る。
日々の買い物のために『通りにはいつも大勢の人たちが並んでいるので、爆撃されたら甚大な被害が出る。だから政権軍とロシア軍は真っ先に市場やベーカリーを狙った。しかも、わざと市場がいちばん混んでいる時間帯──早朝と夕方──に合わせて。ベーカリーも、パンを買う人の列がいちばん長い朝の時間帯を選んで攻撃した』。政権は東アレッポにいる人間すべてテロリストとみなし、学校や病院を狙って空爆した。反体制派は一般市民が生活する街に立てこもり、そのうち道義を見失い略奪者と化した。どちらにも、ましてISISらにも正義は無い。
読了日:06月28日 著者:アラー・アルジャリール with ダイアナ・ダーク ファイル

印度カリー子のスパイススープ めぐる、ととのう、きれいになる印度カリー子のスパイススープ めぐる、ととのう、きれいになる感想
しまった。「私でもスパイスカレー〜」が上手いつくりで、月イチでつくる程度にはまれたので、同じ気軽さでスープもと手を出してしまった。この人はほんとうにスパイスが好きなんだ。ついカレー風味を想定したけれど、中華風、洋風もとバリエーションの多いレシピ本で、スパイスの多種づかいやアフターのテンパリングを面倒に思う人間には重い。香りの変化を感じ取れる自信もない。とりあえず基本の3スパイス+カルダモンで、気まぐれにつくってみるかな。ひょっとしたら道が拓けるかも。
読了日:06月23日 著者:印度カリー子

心霊電流 下 (文春文庫 キ 2-66)心霊電流 下 (文春文庫 キ 2-66)感想
愛ゆえ、選んでしまう。愛ゆえ、踏み外してしまう。ドラッグや金のためじゃない。だから切ない。そして、かの神は厄介だ。信じるか信じないかの二択を突きつける。生きかたの指針だったはずが、近視眼的なご利益にすり替わっていく。または明らかにトランプの集会やカルト集団を模した独善的な集団的高揚に堕してしまう。神を拒絶したジェイコブズは邪の道へ転落した。かの宗教ではそれは即ち地獄なのだ。その感覚はゆるやかな信仰を持つ私にはわからない。でも人を試すような神はいやだ。どっちみち、喪失には耐えるしかない、その手段なのだから。
読了日:06月23日 著者:スティーヴン・キング ファイル

皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能感想
進化の過程で人間は大部分の体毛を失った。それにより鋭敏な触覚、皮膚の状態を保つ防衛システムとともに、外部刺激に対する、神経を介さない情報処理を著者は挙げている。神経を介さないとはつまり、皮膚が広大な感覚器であるにもかかわらず、中枢集約型でない情報処理をしていることで、そのために錯覚が少ないのだそうだ。振動や熱、音や光も受け取る。他者に触れる行為は言うに及ばず、物理的に触れなくても受け手は気や気配を感じることができる。つい情報処理の大部分を占める視覚と脳に頼りがちだが、皮膚にはもっと活躍する余地がありそう。
読了日:06月22日 著者:山口 創 ファイル

自然のしくみがわかる地理学入門 (角川ソフィア文庫)自然のしくみがわかる地理学入門 (角川ソフィア文庫)感想
著者は植生地理学者で、この本は自然地理学のほう。地形、気候、植生と土壌の3部構成で、地球まるごとを舞台に、ちゃんと概説でありながら単なる説明に終始しない。研究で滞在した各地のエピソードを交えて、学問分野内に終始しないので、センス・オブ・ワンダーに溢れて心地よくかつ面白く読めた。地形が人の暮らしに影響するのと同様、気候変動は人間の歴史に影響してきた。同じ地球上であっても、地形も、気候も、気象も違っていて、だから植生も文化も民族性も思っている以上に違っている。そして変化し続ける。人文地理学のほうも読みたい。
読了日:06月20日 著者:水野 一晴 ファイル

心霊電流 上 (文春文庫 キ 2-65)心霊電流 上 (文春文庫 キ 2-65)感想
この切なさは何なんだろう。純粋な感情の記憶、年を経るうちに喪った近しい者たち。少年と青年という構図は青年と中年、年齢を超えた個対個へと凝縮してゆく。美しいもの、善きものが禍々しいものに上塗りされようとする不穏の種は、折に触れ蒔かれている。『恐怖に駆られた人々はそれぞれ、ひとりきりの特別な地獄を生きている』。原題は「Revival」。宗教的なものを含め、いくつかの意味合いが込められていそうだ。雷が落ちる直前の総毛立つような緊張感で上巻は終わり。『これが起こり、続いてそれが起こり、結果としてあれが起こった』。
読了日:06月19日 著者:スティーヴン・キング ファイル

生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)感想
平地に定住して田畑を開き作物をつくる者(自給中心の村)と、食べるものを手に入れるためにものづくりなどにより交易をした者(自給が成り立たないため交易中心の村)を軸に、日本人が生きるために選択した生業の成り立ちを説く。田畑を拓き、村ができ、行商が訪れ、虹のもとに市が立ち、町ができ、門前に店ができる。それは現代、マルシェに珍しいもの欲しいものを探して回る私まで、15世紀初めから連綿と続いているのだ。日本は平地からすぐ山地だから、切り離してはどちらも成り立たないなど、すべて漏れなく書かんとする情報の量が凄まじい。
なんとか自力で拵えていた道具と、生きていくために売り物としてつくる道具のレベルは段違いで、人は徐々に良い物を購うようになっていった。それが職人を生み日本自慢の技術を育てたわけだが、もっと楽に稼げる職をと望んだ結果、職業は生活を立てていくための単なる手段になり、都市に人が流入し続け、ブルシットジョブが増えていく現代の構図が見えてくる。生業は社会のありかたにつれて変わり続け、昔には戻らない。だけどその面影を手掛かりに、よりあらまほしき暮らしかたの参考にはなるよなあと思う。
牛や馬の放牧の章が興味深い。人や荷を運ぶための牛や馬を育てるのに、日本人は山地や島に放牧した。それを農繁期には村に連れて戻って農耕をさせた。農作業のときだけ借りる、育てた牛を農家に預ける、山と平地で牛を共有するなど様々な派生はあれど原形は同じ。戦後でも放牧した牛を連れ戻しに行く人が居場所は『どこかわからぬがほぼ見当はついている』なんて微笑ましい。Xで太郎丸さんが動画に添えた言葉『遠野の馬たちは初夏になると里から山に上げられる。さまざまな飼い主の馬たちが一斉に集い、晩秋までこの高原で自由に暮らすという』。
読了日:06月18日 著者:宮本 常一 ファイル

今昔物語集 (光文社古典新訳文庫 Aン 2-1)今昔物語集 (光文社古典新訳文庫 Aン 2-1)感想
平安末期、天竺、震旦、本朝の3か国の説話を日本人が編んだ長大物語集。都市伝説のようなものから、実話に尾ひれがついたようなものまで、今読んで面白い小話がひたすら続く。しかし口伝採録ではなく、文献を基にしているらしい。主役が特定されているものもそうでないものもあるのは原典が違うからで、時の権力事情とは関係な…くはなさそう。んで法華経推し。教訓めいた無理やりな締めくくりも後づけっぽいが、著者のアレンジなのか。芥川が短編に仕立ててみたくなるのもわかるような、よい骨格の物語がたくさんある。語ってなんぼの話だよなあ。
読了日:06月13日 著者:作者未詳 ファイル

国語入試問題必勝法 新装版 (講談社文庫 し 31-44)国語入試問題必勝法 新装版 (講談社文庫 し 31-44)感想
これは誰の文章に出てきて、読みたいと思ったのだったか。まあ面白いね、と読み進めて、ふと立川談志だったと思い出した。「バールのようなもの」の作者である。それは入っていないが、突飛な発想、展開、オチと、なるほど談志の新作落語に似た匂いがする。ピョートルとサンマ、既聴感あるある。話の妙、そして眼差しの温かさ。『時代食堂の~』は人情ものっぽいし、わー、これも落語で聴いてみたい。と思えば俄然面白かった。猿蟹合戦を太宰がなぜ「お伽草紙」に入れなかったのかなんて、作者の考察を読むとそれしかないようにさえ思えてきた。
読了日:06月13日 著者:清水 義範 ファイル

文庫 雑草と日本人: 植物・農・自然から見た日本文化 (草思社文庫 い 5-4)文庫 雑草と日本人: 植物・農・自然から見た日本文化 (草思社文庫 い 5-4)感想
何もなかった地面に雨が降った後、凄まじい数の雑草が芽吹き始めた。日本は温暖湿潤であるため雑草がよく繁茂する。だからこそうまくつきあってきたはずだ。作物の生育の邪魔になる雑草を除去する必要がある点は違いない。「雑草が少しある」状態は保つのが難しいから徹底的に取る。長じて『田んぼばかりか家の周囲や庭を草のない状態に保っていることが美徳であり、雑草が生えた状態になっていると、まるで怠け者であるかのように思われてしまう』。他方で草を田畑に鋤き込む肥料として活用するためともある。それもそうだがそれだけか。
読了日:06月12日 著者:稲垣 栄洋 ファイル

地球にちりばめられて (講談社文庫 た 74-5)地球にちりばめられて (講談社文庫 た 74-5)感想
とりどりなルーツと生きかたを持つ人同士が知り合い、集って旅をする。祖国がどこであるか、母語がなにであるか、お互い想像し確認しするけれど、そのうちごたまぜになる状態は、今の欧州では日常なのだろう。結局、その人はその人だ。人は、深く思考するには母語を習熟していなければならない。しかし異国で日々を暮らすのに、相手と気持ちをやり取りするのに、深い語学力は要らないと多和田さんは言っているみたいだ。Hirukoのパンスカは創作言語だけど、だからこそ伝わりやすく、自由でいられる、それがこの小説に軽やかさを持たせている。
読了日:06月09日 著者:多和田 葉子 ファイル

日本人が移民だったころ日本人が移民だったころ感想
日本にも移民を大勢送り出した頃があった。皆が食っていけるだけの食料を生み出せなくて、あるいはもっと豊かに暮らせる地を求めて、戦前には例えばパラオや満州、フィリピン、引き揚げては離島や北海道、戦後に再びブラジルやパラグアイへと家族や親戚ごと渡る、それを国策として政府が旗を振った。著者は近頃の若者が海外で職を得る報道にも触れる。彼らは海を渡り、家族を得て子孫が日本に戻ってくるかもしれない。そうした流れの中に、今の日本の、海外にルーツを持つ人を差別する狭隘な風潮も変わることを期待している。私もそれは好いと思う。
『苦労したねと言われるけれど、もう忘れちゃったよと。今はちゃんとしているし、いいんですよ。これから生きることを考えなきゃね。朝起きたら朗らかに』。
読了日:06月09日 著者:寺尾 紗穂

だからあれほど言ったのに (マガジンハウス新書)だからあれほど言ったのに (マガジンハウス新書)感想
全てブログで読んだ話題をまとめて読み返す。日本の人口は加速度的に減っていく。いろいろな集まりに顔を出して感じるのは、人が減ってからでは打てる手も打てない、現状を維持することに汲々とするしかない諦観である。この調子だと日本の人口は5000万人まで減る。日本において輸入無しに全員が食べていける人口はどのくらいか。明治40年代の人口が5000万人、明治維新時で3000万人。それで全国津々浦々に散らばって暮らしていた事実を繰り返し思う。同時に、あちこちに残り、あるいは生まれる健やかな萌芽は気にかけておきたい。
読了日:06月06日 著者:内田樹 ファイル

(059)客 (百年文庫 59)(059)客 (百年文庫 59)感想
客、と言われて思い浮かぶような小説が選ばれないのがこのシリーズの痛快なところ。むしろ人ならぬもの(に近いようなもの)が登場する点がこの3篇に共通している。吉田健一「海坊主」が好きだ。要素は最低限に絞られ、すっきりした文体で物語が進み、そのすっきりした文体ゆえに、あれ、風変わりな表現をするな、と気づきやすい仕掛けになっていて、真意を量る間もなく予想外の結末を迎える趣向。膝を打った。あとの2篇も、予想だにしない方向へと話が転がり、面白かった。
読了日:06月04日 著者:吉田 健一,牧野 信一,小島 信夫

服従 (河出文庫 ウ 6-3)服従 (河出文庫 ウ 6-3)感想
政局事情は詳しくないなりに。極右政党による政権を避けたいがために、穏健派イスラム政党を選んでしまったフランス。しかし仮に穏健派であっても、基幹となるのはイスラムの教義と世界観であり、個人の自由をなにより重んじるはずのフランス人が、言葉を尽くした思考や議論の末、イスラムの非個人主義の規範を受け入れてしまう脆さは恐ろしい。異教イスラムへの服従、絶対的な神への服従。理想や自由を求め続けるにはエネルギーが要る。日本に置き換えた思考も可能だ。欧米の論理や資本主義に服従し続けるのか。NOを選ぶ胆力は果たしてあるか。
佐藤優のあとがきがこの小説がヨーロッパ人に与えた衝撃や著者の仮定を補足してくれる。「ヨーロッパ人の疲れ」。地続きにあるがゆえに、ヨーロッパの内憂外患に立ち向かい続けるには凄まじいエネルギーが必要なのだと思う。いっこうに一枚岩とはいかないヨーロッパで、人々の内的生命力が衰えているのではないかという恐れは、イスラムの強固さに対比するとき、強く感じられるのだろう。
卑近な例で言えば、欠陥品をゴリ押ししてくる政府に対して、不便を呑んでマイナ保険証をつくらず貫けるのか。歪みのある制度だと知っていて、ふるさと納税の魅力的な返礼品と税制優遇に釣られずにいつづけられるか。思考を停止して、長いものに巻かれてしまえば、楽なのだ。NOと結論したことを、NOと貫くには、「武士は食わねど高楊枝」くらいの、個人的利益を拒める精神力、もっと言えばやせ我慢を保つ必要がある。こういった形の無い主義主張は、弱るとひよるとウェルベックは言っていると思う。さらに貧すれば鈍するものだ。
読了日:06月03日 著者:ミシェル・ウエルベック


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。
  

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2024年06月01日

2024年5月の記録

自分はなにか大いなる存在によって生かされた。

より正確に表現しようとするなら生き延びさせられた、
と感じる出来事があった。
激しい自己嫌悪と、非現実感と、感謝と。
ようやく前向きになってきたのは、忘却のおかげもあるだろうけれど。

生きているうちに何事か成す。
生き延びたのはこのためだったと思えるように、夢見つつ深く植える。

<今月のデータ>
購入20冊、購入費用17,515円。
読了12冊。
積読本329冊(うちKindle本162冊)。


ブック

デオナール アジア最大最古のごみ山――くず拾いたちの愛と哀しみの物語デオナール アジア最大最古のごみ山――くず拾いたちの愛と哀しみの物語感想
東京23区と同じ面積に2000万人がひしめく"夢の街"ムンバイ、その裏側。ムンバイの住民が出すごみはその南東、デオナールの集積場に運ばれる。際限なく増え続けるごみの巨大な山の、麓に住む貧しい人々は有価物を拾って現金収入を得る。定職が無く教育は受けられず貧困から逃れられず、危険物や有毒ガスで身体を損ない、心の健康も損なうかと思いきや、家族への愛も恋心もお洒落心も溢れていて、胸を衝かれる。気の毒に思う。これで人生の収支は釣り合っているというのか。産まれた子に「あなたのものはなにも無いのよ」と告げる胸中ぞ。
ちなみに東京23区の住民は980万人。ムンバイは過密だ。なのに裕福な家庭でもごみ箱すらなく、分別率は10%以下。分別し、有価物を再生に回す役割を担っているのはデオナールの民だった。Deonar Dumping Ground。ごみの山、コンクリートの壁、路地に積まれた拾い集めたと思しき物、それらから生きる糧を得ている人々の住まいは、ストリートビューで見ることができる。汚職、詐欺、手抜き、行き違いなどによって、行政の施策が進まない。ごみ搬入禁止令も、巨大な廃棄物発電所をつくる計画も混沌のうちに頓挫している。
読了日:05月30日 著者:ソーミャ ロイ ファイル

海底大陸海底大陸感想
レトロ図書館と銘打った装丁に惹かれて。少年向けSF、連載されたのは昭和14年と太平洋戦争直前だ。ニューヨークからフランスへ向かうイギリスの豪華客船に、日本人の少年がボーイとして勤務している至って平和なシーンから始まる。そこに『水母に目玉をつけたような』海底人との接触が起きるのだが、生き延びるためとはいえ、目玉の出たクラゲには噛みつきたくない! 『やはり貴下は日本人ですなあ、感心いたしました』というくすぐりとか、日本人が東洋王道主義や正義を主張して正しい側で在ろうとする辺り、時代の空気ではあっただろう。
読了日:05月21日 著者:海野 十三

季刊地域57号(2024春) [雑誌]季刊地域57号(2024春) [雑誌]感想
日本農業新聞を止め、こちらを定期購読することにした。特集は「農地を守る」。注目記事は農地取得の話。農地を取得する必要条件の一つ、経営しなければならない面積の下限が去年廃止された。他の条件はあるものの、大きな変化ではある。あと、放棄農地の活用例。少ない労力で現代ならではの需要に応えるアイデアが興味深い。つまり、農業をちょっとだけ始めてみたい人がやりやすくなったのだ。農地を守るのは行政ではなく民の力。『年をとっても、規模が小さくても、誰もが農業を続けられるようにすること。農家を増やし農地を分かち合うこと』。
経済界が旗を振る法人化、集約化は地域の力を弱めるとも指摘されている。
読了日:05月19日 著者:

豊饒の海 第一巻 春の雪 (新潮文庫)豊饒の海 第一巻 春の雪 (新潮文庫)感想
三島は、と大上段から評せるほど読んでいる訳ではないのだけれど、彼の美へのこだわりを思い返すに、清顕という人格を愛してはいないだろう。どちらかと言えば飯沼や本多の側に自分を映しているように感じる。飯沼や本多に清顕を糾弾させながら、執拗に清顕の内在論理を解き、色気を描写して、それをまた飯沼や本田に目を奪わさせる、その捻じれ具合がなんとも湿っぽい。ゆえに末期は呆気なかった。対極は聡子。貴族階級の生温い決まり事に沿って優雅に生きているとみせて、究極の気儘と決断を一気に貫く潔さ。最初から破滅を肯じて、見事だった。
読了日:05月17日 著者:三島 由紀夫

不合理だからうまくいく: 行動経済学で「人を動かす」 (ハヤカワ文庫 NF 405)不合理だからうまくいく: 行動経済学で「人を動かす」 (ハヤカワ文庫 NF 405)感想
人間の知性は進化すると私は盲信してしまうが、理性は進化しないと知っている。今回も人生を左右する原理に迫る研究結果が楽しすぎる。人生は選択の連続だ。ある選択の一刹那、相手に苛立っていると、その人にもやりとりの背景となる企業にも公正な行動を取らない傾向が強くなる。一時的な感情が、感情と関係ないはずの決定をも左右する。そしてその決定は、その後似た案件でも似た決定をする基軸となる可能性が高いのだ。つまりパターン化する。となると、ひとつの選択はその人の未来をいかようにも変える起点になる。一瞬の選択で、終生ですよ。
親子喧嘩や夫婦喧嘩のような、同じ相手とのやり取りはパターンが固着しやすい。余計な感情が混じっていないか一瞬内観すること、自分が感情的だと自覚したら決定を先送りすることは、いわゆる「機嫌よく生きたほうがうまくいく」を証明していることになる。相手に報復する行動は、喜びと同じ脳部位、線条体を活性化することがわかっている。それは生物として、元始的なアクションということになる。社会的生物である人間にとって、お互いに信頼することは基本的要素である。そうなると謝罪、共感を表す、他者をなだめる行為の重要性にも理解が及ぶ。
読了日:05月16日 著者:ダン・アリエリー

国民の違和感は9割正しい (PHP新書)国民の違和感は9割正しい (PHP新書)感想
違った角度から物事を見る目は大事だ。堤さんの場合、国際NGOや米国野村證券勤務で培ったアンテナによる国際情勢や政府動向の情報、解釈に三度唸らされる。ガザ沖の天然ガス田、新NISA推進に食い込むパソナ、農業事業支援もパソナ、SNS検閲。日本だけでなく他の民主主義国の政府も、国民の目に触れないよう推し進めたい思惑や皮算用で国民を誤誘導しようとするものなのだ。監視しよう。抵抗しよう。『〈民は愚かで弱い〉というのは、私たちがそれを受け入れ、自信を失い、無力になることで得をする誰かからの、刷り込みにすぎません』。
『〈政府は決して、リターンのない投資はしない。メディアが創る物語が、外からどう見えようと、金は嘘をつかないからだ〉』。『「なぜ戦争が無くならないか? 学者や新聞記者はあれこれ分析したがるが、目を皿のようにして入り口ばかり見ていても、戦争の裏側などわからないだろう。金の流れと出口を見るんだ、一目瞭然だよ」』。国民の信仰心や道義心すら、真の目的のカモフラージュとして、殴り合いを続けるための燃料として利用される。科学技術は進歩しても、人間自体は古来なんにも変わっていないのだと、いつになれば私は理解するのか。
読了日:05月15日 著者:堤 未果 ファイル

犯罪小説集 (角川文庫)犯罪小説集 (角川文庫)感想
長編小説のピースになりそうな短編集。作者の長編が概ねそうであるように、心底性根が捻じ曲がった悪人は登場しない。なのにどの短編も明るくは終われず、読み終えて、何が犯罪だったのか、誰が犯罪を犯したのかすら思案してしまうものもある。人の心のちょっとした隙間。何かが欠落した穴。それらを持たない大人などこの世にいない。そこから道を踏み外すのは数十年生きた人生のほんの一瞬だ。例えば善次郎の真面目な人生の、豪士の気弱な優しさの、どこを「だからはお前は」と責められるだろう。作者の思惑どおりはまってしまった。巧い。
読了日:05月12日 著者:吉田 修一 ファイル

八ヶ岳南麓から八ヶ岳南麓から感想
上野さんが50代で建てた山の家「鹿野苑」。上野さんの著書では最も軽いエッセイだ。生活者の気づきに、社会学者のシビアな観察がときどき混じる。マンション暮らしから一軒家への移行にまつわる事々には親近感もあれど、こちらは避暑地、それゆえの興味深い話題も多かった。地域コミュニティのつきあいは「必要ない」の意味。家と家の距離が密でなく、引退した夫婦者ばかりだから、近所のインフラ維持管理は行政だけに任せるということか。田んぼがなければ井手浚いも必要なく、上水は井戸から、下水は浸透桝から地中へ。協同の必要がないのか。
読了日:05月07日 著者:上野 千鶴子 ファイル

カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」 (集英社新書)カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」 (集英社新書)感想
そうか、ネパールだったのか。日本産のチェーン店ではない、外国人の経営する"インドカレー"の店は地方にも増えた。40年余前、インド人に連れられてきたネパール人のコックたちは独立し、それがコックの技能資格を利用した出稼ぎビジネスモデルとして地方にも広がった。その経緯を知ると、インド宮廷料理(ムグライ)の本質からは離れたかもしれないが、むしろ日本式に適応して今の形があると言っていい。生きるため稼ぐために遠い日本を目指したすべての人に敬意を表して、私は「インネパ」とは呼ばずに、楽しんでいただくことにする。
読了日:05月05日 著者:室橋 裕和 ファイル

百姓たちの江戸時代 (ちくまプリマー新書 110)百姓たちの江戸時代 (ちくまプリマー新書 110)感想
江戸末期の百姓の例を挙げている。長野の坂本家は百姓でありながら地主、よろず屋、宿屋、金貸しも営む。金銭の出入りは多く、道具から装飾品、嗜好品まで購入する生活様式は現代に近く感じる。千葉の前嶋家は稲作、多種の畑作、山仕事と地主。家族全員が手に職を持って自給と販売に携わるのが基本形で、労働だけを売るのは避けたとのこと。坂本家でも同じだっただろうか。村の管理下にある共有インフラの整備は村人で協力するものだったが、入会地は徐々に分割、私有化されていたようだ。所有の概念が今と違って興味深い。そこをもう少し知りたい。
読了日:05月02日 著者:渡辺 尚志 ファイル

虫といっしょに庭づくり―オーガニック・ガーデン・ハンドブック虫といっしょに庭づくり―オーガニック・ガーデン・ハンドブック感想
新しい庭に虫たちがやってきた。ひたすら観察しているが、それらをどう遇してよいのか皆目わからないので助けを求める。特にイモムシ、ケムシ。そうですか、テデトールですか…。食害が嫌なら必ず自らとどめを刺せと曳地さんは言う。それは責任だと。オーガニックとは農薬・化学肥料を使わないこと。努めて木を健やかに保ち、多種多様な生きものと共存すること。蟻、蜘蛛にはいてもらう。さらにテントウムシ、鳥に来てもらう。この方針で行けるところまで行こう。冬にはバードフィーダーを置きたい。
読了日:05月02日 著者:ひきちガーデンサービス


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年05月01日

2024年4月の記録

なんでもかんでも興味を覚えたら読み飛ばしているけれど、
私は何の専門家でもないことを忘れないようにしたい。
真摯な科学の追求には敬意を表する。
一方で、違うと感じ取る肌感覚も疎かにしないでいたい。

<今月のデータ>
購入8冊、購入費用10,929円。
読了10冊。
積読本322冊(うちKindle本153冊)。


ブック

複合汚染 (新潮文庫)複合汚染 (新潮文庫)感想
連載開始から半世紀。環境汚染、食品添加物、化学肥料、農薬。私たちはずっと同じことを心配してきたし、これからもそうなんだろう。科学技術は確かに人の生活を便利にしたけれど、やりすぎては健康や自然を損なう。著者は興味を持ったら突撃していく。専門家研究者にも地場の労働者にも、農家から屠畜場まで、"地べた"からの声を集めて書く。科学は、必ずしも全体を説明しえないし、物事を解決に導くとは限らない。日々の営みの中で、何かおかしいと感じ取る肌感覚こそ、自分が大切に思うものを守るために備わった人間の能力だと結論する。
一方で、当時の人々が心配し続けたPCBや有機水銀、排気ガスによる、奇形児や短命化のような明らかな健康被害は以降現れなかった。いや、その後使用し始めた諸々を含め、じわじわと人間を蝕んでいるのか。倫理的に問題がある表現かもしれないけれど、精子減少、肌荒れ、諸アレルギーや発達障害のように見えにくい形で、被害はあるんじゃないかという気が私はしているけれど、複合も複合、要因や自然のあまりの複雑さにそれこそ証明できない。先日は頸動脈疾患の患者の血管からマイクロプラスチックが検出される研究が報告されたとか。
著者の考察。英国紳士の嗜みとされたガーデニングは、農夫でない者が、時候や土と生命の関わり合いに気を留め、肌感覚を保つための社会装置だったと指摘する。日本人は戦後、経済成長のために労働者と農家を切り離してしまった。労働者は土や食物に対する感覚を失って、結果的に公害や農薬・食物添加物による健康被害を受けるまで気づかない鈍感な生き物になってしまった。それは現代、生産の場から遠く離れた消費者根性はますます、サプリやらトクホやら、本質を見失った情報に振り回される弱さを体現しているように思える。
いつから日本人は田畑に生える草を一本残らず抜かなければ気が済まなくなったのかの考察も興味深い。海外の有機農業の畑が草だらけなことに著者は驚く。自然農法なら草は味方だ。科学的にも理解が進んできた草と土の関係を考えれば、草を全て抜くのは合理的でない。著者はそれが始まったのは元禄時代ではないかと考察する。百姓は草の役割を骨身で知っており、全て抜いたりはしなかったはずだ。それを抜き始めたのは、農作業を知らないお上が口出しをするようになってからなのではないかと。では現代、草を抜くのはなぜかを、調べてみたい。
読了日:04月25日 著者:有吉 佐和子 ファイル

気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?感想
気候は常に変動している。国連やメディアが喧伝している"気候危機"は、人類が蓄積したデータが示す事実と食い違っている。科学を情報提供ではなく説得のために歪める現状を憂えた一流科学者による告発である。つまり、進行形で変動している気候の、それぞれの事象は真に変動しているか、一貫した長期トレンドを形成しているか、人為由来と証明できるか。それが明確でないまま脱炭素に莫大な公金と資源をつぎ込むことは、一部の人に利して、本当の問題から目を逸らさせるように感じる。国連や公益団体のレポートであっても、鵜呑みにしない事。
人為由来の異変と結論づけられないはずの研究結果を、一部研究者は語弊を許容し、政府や国連の公式報告書は明らかな作為や虚偽で社会的意思決定を誤誘導し、メディアは気候危機と恐怖を煽る。信じてよい科学を見定めるのがこれほど難しいとは。『極端な気象・気候現象の多くは自然気候変動(エルニーニョなどの現象を含む)の結果であり、10年または数十年規模の気候の自然変動は人為起源の気候変化の背景を成す。気候に人為起源の変化がなくても、極端な気象・気候現象は自然に発生する』。IPCC「極端現象に関する特別報告書(SREX)」
4月17日、ドバイで12時間に1年分の降雨があり、大規模な洪水が起きたとCNNが報じた。その締めくくりに『人為的な要因による気候変動で、ゲリラ豪雨は今後増えることが予想される』と述べた。これは虚偽の報道である。ゲリラ豪雨はたまの異常気象としてありうべき範囲で、人為起源であるかは証明されていないし、今の科学では人為由来と断定できない。そしてひとつの異常気象と気候変動の間を、一足飛びに結びつけてはならない。ただ気候変動により降水のムラが激しくなり、豪雨現象が増えている傾向があり得る、とは覚えておく。
読了日:04月20日 著者:スティーブン・E・クーニン ファイル

山頭火随筆集 (講談社文芸文庫)山頭火随筆集 (講談社文芸文庫)感想
引き続き山頭火。焼き捨てた以降の日記や、「三八九」などに掲載した随筆を集めたもの。随筆は真面目に論じよう、努めて前向きになろうとする気配が無理っぽくてしんどい。かといって泥酔、乱行や不義理の自省と言い訳も度重なればうんざりする。働いて稼がずに生きる世過ぎが、そもそも私には理解しがたい。貧しい人にいただいた喜捨を、いい宿や酒に費やす是非やいかん。と眉をひそめたところで、こちらだって読みながら呑む酒が過ぎており、人のことを言えた義理じゃない。『ほろほろ酔うて木の葉ふる』。風流ではない。この降り積もる苦さよ。
読了日:04月14日 著者:種田 山頭火 ファイル

「わがまま」がチームを強くする。「わがまま」がチームを強くする。感想
ひとりひとりがそうありたいと思う働きかた。それを"わがまま"というワードで"より良い会社"を導きだそうという試み。それにはひとりひとりの社員がわがままを表明する力、上司・経営側にはわがままを引き出す力が必要になる。そのための取組みが種々書かれている。意見を表明する場のハードルを下げる、多数決は取らず議論して決める人を決める、決定権を分散・委譲する、情報の共有・透明化など。だからどれも経営側が仕掛けるべき案件なんだけどね。著者がサイボウズチームワーク総研になっているあたりも、経営陣の企みを感じる。
『手が空いていてぶらぶらしている人がいるくらいの余力がある組織じゃないと、イノベーションは起きない』。これは意見が分かれるところだ。"手が空いていてぶらぶらしている人がいる"のは経営者の精神衛生上、ラクではない。どちらかといえば、「社員には能力の120%くらいの負荷(業務量)をかけたほうが工夫し、結果として業務改善が進む」のほうが受け入れやすい。まあ、こう並べて見ると業務改善とイノベーションは異なるもの、とは言える。そして働かないアリ理論から言っても、余力論のほうが正しい。…と割り切れるかどうか。
読了日:04月09日 著者:サイボウズチームワーク総研

万華鏡 (ブラッドベリ自選傑作集) (創元SF文庫)万華鏡 (ブラッドベリ自選傑作集) (創元SF文庫)感想
ジャンル「ブラッドベリ」。架空の世界で起こる出来事も、どこかにありそうな世界で起こる異変もあって、いずれも意表を突かれる。意外性のあるアイデアを組み合わせたというより、物語が勝手にそうなってしまった感が好い。自選と先に知っているせいかどれも読みごたえがある。広島の原爆報道に着想を得たと自ら語った「やさしく雨ぞ降りしきる」は世界の終末の一瞬を描いたもので、西暦2026年の設定である。こんな時世では、ほんとうに2026年にこのような光景が地球のどこかに現れるのではないかと、美しい一瞬が印象を残すゆえに哀しい。
読了日:04月08日 著者:レイ・ブラッドベリ ファイル

入門 山頭火入門 山頭火感想
山頭火の句が沁みるのは、その自然の只中における静けさや透明感だけでなく、どうしようもない我が身の、苦悩や諦観も込みで共感するからだ。しかし町田康を案内にその生涯を追うと、簡単に共感しえない業の深さや絶望が露わになる。町田康もまた自分を同じ側に置いて行為を重ね、心中を慮る。真面目、ゆえに懊悩し、酒に逃げ、見失い、全てをふいにしてしまう。ひと所を守る日常すら辛かった山頭火が行乞の旅に出たのは45歳。"解くすべもない惑い"を、見ぬふりや、自分を赦すことなく、直視し続ける人生は苦行だ。我が句は成ったと思えたのか。
放哉亡き後、井泉水から山頭火に南郷庵、堂守引継ぎの打診もあったという。断ったのは歩き続けることへの切迫感、らしい。昨日、放哉忌の記念行事が西光寺で営まれた。大勢が墓石に日本酒を注いだと新聞にある。酒に狂い、酒を断ち得ない自分、酔って乱行に及ぶ自分、どうしようもない自身を生涯抱えて、満たされることなく死んだ彼らが、孤高の俳人、地域の宝などと呼ばれて弔われることは、今はとても不思議に感じる。
読了日:04月07日 著者:町田康

何もしない何もしない感想
SNSのようなものをattention economyと定義し、それらに対して意識的かつ積極的に抵抗する行為として「何もしない」と題している。結果としては自分の時間を取り戻し、オフラインでありローカルであり自然への回帰などに結論する。そこまでの哲学やアートを引用したアプローチが、私には迂遠ではあった。ただ、「何もしない」ことは責任や義務の回避ではありえないという指摘、「注意」を向ける対象を選別するトレーニング、"外側に可能性をつくりだす"重要性などは興味深かった。『しないほうがよろしいのです』。
読了日:04月06日 著者:ジェニー・オデル,Jenny Odell ファイル

パンダのうんこはいい匂いパンダのうんこはいい匂い感想
タイトル買い。これも中国異文化ものね、と読み始めたら、そうでないもののほうが多いと気づいた。異文化=すべての知らないことと位置付けているためだ。異文化に触れると人間の幅は広がる。それにしても話題の振れ幅、というより、ネタの豊富さに驚嘆する。いち一般人の生活でこんなにネタある?ってくらい。東京在住で国際高校に進学する人生はこんなドラマチックになるんだろうか。いや、地方だから語ることが何もないなんてことはないし著者も転勤組なんだけど。中国の家族の話がやっぱり興味深いな。冷たい烏龍茶、まさに文化の深ーい相違。
読了日:04月05日 著者:藤岡みなみ ファイル

ロバのスーコと旅をするロバのスーコと旅をする感想
ロバの姿はなんとなくわかる。著者も、ごく普通の日本男子だ。しかし、彼らが歩いているのはいったいどこなのか、どのような風景でどんな匂いがするのか見当がつかない。イラン、トルコ、モロッコ。それぞれの土地でロバを手に入れ、共に歩く。ムフタールや警官は善意と職責から、歩く著者に声をかけたり世話したりする。豊かな土地であっても、複雑な民族問題など世情に不安定をはらむからこそ、理不尽とわかっているルールでも旅人に強制しないとならない。そこを徒歩でなんて、そりゃ疑わしく思われても仕方ない。よくぞ無事だったものだ。
読了日:04月02日 著者:高田 晃太郎


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年04月01日

2024年3月の記録

読み過ぎである。
引越作業の多忙で読めなかった反動、と言えばそうだが、
逆に引越が落ち着いて手持ち無沙汰になったということだろう。
運動不足だし、情報過多。
腰を据えて読まなければ理解できないノンフィクションや、登場人物が多すぎる小説でなければ、読むことで自分にたいした負荷はかからないと思っていたけれど、実はかなり疲弊しているようだ。


<今月のデータ>
購入13冊、購入費用12,678円。
読了20冊。
積読本325冊(うちKindle本155冊)。


ブック

愚か者、中国をゆく (光文社新書 350)愚か者、中国をゆく (光文社新書 350)感想
香港に住む10年前、星野さんは香港中文大学に留学し、社会主義色強い中国を旅した。その20年後に訪れた中国は、資本主義色を濃くしていた。公共交通システムから何から、スケールが違う。広大な国土、桁違いの人口、国家の成り立ちに由来する非合理的で超平等な社会の在りかた。わが手に得られるものに対する熱量が尋常でない。星野さんはそれらに納得したうえで、資本主義を取り込んだ中国の行く先を危惧した。『中国では何かが起きる時、徹底的に、破壊的に起きるからである』。人々の長く培った飢餓感は今も暴走している気がする。"激烈"。
「国」がでかすぎて、中国は…と話していても、全体の話はできていない前提が常に頭の隅にある。多様な民族を内包しながら、よくもあの広さの「国」を保てていると改めて驚嘆する。
読了日:03月27日 著者:星野博美 ファイル

自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く (角川ソフィア文庫)自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く (角川ソフィア文庫)感想
「自閉症の子供は方言を話さない」という世間の認識を、専門家が調査する。そんなわかりやすそうなことがそれまで検証されていなかったのかと驚くが、学術的理論と現場の段差、それが最も大きそうだ。さて、自閉スペクトラム症は社会性の障害と言われる。子供が母語を習得する過程で必要な、家族など周囲の模倣や意図の読み取りに難があること、他方で繰り返し見られる映画やアニメからは言語を学びやすいことにこの現象が繋がってくると知った。社会的意味や心理的距離は理解が難しくても、ひとつ用法を覚えれば方言を使うことはできるのでは。
読了日:03月23日 著者:松本 敏治 ファイル

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)感想
なぜこの小説を読もうと思ったのだったか。猫でも犬でもなくても、毛が生えて温かくてまっすぐ見つめてくる生き物、それだけで人は愛着を持ってしまう。タイトルに埋葬とあれば、身構えつつ読まざるを得ないではないか。主人公は独りだ。やって来る人々も独りだ。主人公は見知らぬ五人家族の写真を買って飾る。家族を想像する。独りでなくなりたかったのだろうか。娘を伴侶にして二人になりたかったのだろうか。身勝手でブラフマンに冷淡な娘を、ほんとうに?
読了日:03月20日 著者:小川 洋子 ファイル

読書アンケート2023――識者が選んだ、この一年の本読書アンケート2023――識者が選んだ、この一年の本感想
月刊誌「みすず」で読んでみたいと思っていた読者アンケートは、月刊誌「みすず」が休刊になり、単独で冊子として発刊された。内容は、各界知識人139名が、2023年に読んだ本で印象深かった本を数冊挙げ、所感を添えるもの。寄稿した知識人のうち私が知っているのは数名で、挙げられた本に至っては700冊近いなかで数冊という、自らの教養と関心のへっぽこぶりを思い知らされた。絶版で読みそびれているイスラエル人作家アモス・オズは、取り寄せて読む。何人もが挙げたデイヴィッド・グレーバー「万物の黎明」は、ひきつづき頑張る。
「万物の黎明」について。『(偶像を)破壊するだけの天才はけっこういると思うんですけど、グレーバーの場合、なぜ破壊しなければならないのか、破壊した後に何が立ち上がるのか、という本人のヴィジョンが明確なところが一線を画しているんだと思います』。ブレイディみかこ
読了日:03月19日 著者:

園芸家の一年 (平凡社ライブラリー)園芸家の一年 (平凡社ライブラリー)感想
再読。自由にできる地面を手に入れた途端、私は飽かず眺めては、ああするのはどうだろう、ここはどうしたらいいだろう、あの木は植えたい、これも植えたい、植える場所がまだ決まってないのに球根が届いてしまった、枯れ木のような枝をいつまでもにやにや眺めている、他所様の田畑の草花が羨ましい、など、それはもうチャペックの描くアマチュア園芸家そのものに他ならないのに気づいて、微笑ましく思うのだ。しかしそこには自然に通じるなにか深遠なものがあると、これもこの歳になって気づいたことだ。『一年じゅう春であり、一生、青春時代だ』。
『未来は、わたしたちの先にあるのではない。もうここに、芽の形で存在しているのだから。未来は、もうわたしたちといっしょになっている。今わたしたちといっしょにいないものは、未来になっても存在しないだろう。わたしたちには芽が見えないが、それは芽が地面の下にあるからだ。わたしたちに未来が見えないのは、未来がわたしたちの中にあるからだ。』
読了日:03月19日 著者:カレル チャペック

なんでもないもの 白洲正子エッセイ集<骨董> (角川ソフィア文庫)なんでもないもの 白洲正子エッセイ集<骨董> (角川ソフィア文庫)感想
先日、実用にしなそうな漆芸の箱に惚れ、迷いに迷って購入を申し出た。結局は抽選に外れて手に入らなかったのだが、待っている間に白洲正子の「買ってみなきゃわからないのよ」を思い出した。各媒体に書かれたエッセイ。このざっくばらんな、真実を言い刺すような物言いが好きで、憧れる。先の名言は、続けて日常に使うことをも勧める。使ってこそ眼は養われ、日々の愉しみは増し、ものに味がつくのだと。陶磁器や工芸品、古道具は年々好きになっていて、安いものから気張ったものも、遅まきながら好事家になってみようと、こっそり企んでいる。
『私はあえて「発見」という言葉を用いたが、古いものの中から生活に合ったものを見出すのは、利休以来の日本人の伝統である。現代は独創ばやりの世の中だが、現在を支えているのが過去ならば、先ず古く美しい形をつかまねば、新しいものが見える道理はない。こんな自明のことを皆忘れている。忘れているのではなく、ふり返るのが恐ろしいらしい。が、伝統をしょって生きて行く勇気のないものに、何で新しいものを生み出す力が与えられよう』。
読了日:03月18日 著者:白洲 正子 ファイル

シャンタラム(下) (新潮文庫)シャンタラム(下) (新潮文庫)感想
インドから広大で殺伐とした戦地アフガニスタンへ。日々に溢れていた音楽がぱったり止む。リンはここでも徹頭徹尾当事者ではない。ただカーデルバイと友のために決断した成り行きから、そこにいる。ムジャヒディンたちの傍に居、ムンバイに戻ればまたマフィアの傍に居て、知己を弔う。嘯いてはみるが、自身に大義は無い。祖国を失った者たちはムンバイに吹きだまり、また戻ってくる。逝ったはずの者たちも戻ってきて涙を誘う。ああ、読み終わってしまった…。ムンバイに帰りたい。もう一度初めから、リンが愛した皆に出会いたい。カノをハグしたい。
『ときには正しい理由から、まちがったことをしなければならないこともある。大事なのは、その理由が正しいものであると確信し、自分はまちがったことをしていると認めることだ』とカーデルバイは教えた。マフィア稼業であり、戦争のことだ。カーデルは考え抜いた末にそう信じることで、マフィアの王であり続けた。しかしジョーパダパッティなら、貧しくとも、正しい理由から正しいことをするのが自然でいられるんじゃないのか、リン。仲間を喪って、死者を赦すことを覚えて、そのたび自由になって、リンはようやく帰る場所を見つけることができた。
人は結局は土地と女のために戦っているのだとリンは言う。自ら戦地に赴くムジャヒディンのような戦士のことだ。死への崖っぷちぎりぎりの血みどろの日々が続けば、ごたいそうな大義や理由など吹っ飛んでしまう。ふと現実に戻って、戦争行為をしている地のことを想像するとき、平和な地から戦争行為をつべこべ言うことの空々しさを思った。インドとパキスタンの戦争を題材にした「Raazi」を英語字幕で観ていたら、"nature of war"という言葉が目に焼き付いた。戦争の本質。戦争は守りたいものを守ろうとする人間の本質なのか。
読了日:03月15日 著者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ

1㎡からはじめる自然菜園1㎡からはじめる自然菜園感想
好きにしていい地面を手に入れたので、2平方メートルを自家菜園にすべく掘り返し始めた。ど素人としては、理想めいた方向で指南に沿ってとりあえずやってみるしかない。最初にだけ堆肥を入れて野菜が育つ土をつくったら、あとは草マルチと野菜自身の力で肥料の要を無くす。言うは易し。自分に自然農法ができるのか。それから母がよく言う連作障害、これを避けるための組み合わせプランがいろいろ紹介されている。イラストがまたかわいいのね。落花生から始めたいので、2区画、5月までに土づくり、そのあとに草の種を植えて育てます。
読了日:03月14日 著者:竹内孝功

人類の終着点 戦争、AI、ヒューマニティの未来 (朝日新書)人類の終着点 戦争、AI、ヒューマニティの未来 (朝日新書)感想
民主主義後退の点で知の巨人たちの見解は一致する。私は民主主義の終わりを目の当たりにしているのかもしれず、トッド氏の示唆する、民主主義の次に来る何かを心待ちにしたい気もする。いずれ、人口減少と外国への物的人的依存の克服には痛みを伴うのだろう。西欧vs.世界の様相も興味深い。欧米は直接的な植民地支配は止めても、経済的搾取やイデオロギーの押し付けを止めていない。一方、世界の諸国が持つそれぞれの論理は経済発展とともに明瞭になり、新しくて複雑な国家バランスが現れつつある。意思決定集団を細かく分割するのがよさそう。
安宅氏のAI談義を聞いていると、人間劣化促進機かブルシット・ジョブ判定機としか思えない。AI研究者であるウィテカー氏の指摘は正鵠を射ている。AIと名づけてしまっているそれは知能ではなく、感覚も持っていない、大規模な統計システムでしかない。それは政府や企業など権力者が、権力を簡単に行使できるようにするツールで、一般人を監視し、評価し、管理するためにある。懸念すべきはAIそのものの暴走ではなく権力の暴走。かつ、AIの喧伝によって誰が利益を得ているのかは常に考えておきたい。『現実から目を背けないでください』。
読了日:03月14日 著者:エマニュエル・トッド,マルクス・ガブリエル,フランシス・フクヤマ,メレディス・ウィテカー,スティーブ・ロー,安宅 和人,岩間 陽子,手塚 眞,中島 隆博 ファイル

海からの贈りもの海からの贈りもの感想
落合恵子訳版も読んでみた。格調の高さで有名な吉田健一訳よりもやわらかく、より自然なエッセイとして読め、むしろ物足りなく感じたくらいだ。リンドバーグ49歳の著作。以前読んだ時より私の年齢が近づいているので、当然に受け取れたのかもしれない。ひとりの時間について。やらなければならない事や気にかける事が多すぎて、家でひとりになっても自らを顧みる機会をつい後回しにして、ごぞごぞしてしまう。自らを"満たす"ためには、内なる静寂を感じ取るためのひとりの時間を自ら「切実に欲する」よう心がけたほうが良いとするのには同感だ。
読了日:03月10日 著者:アン・モロウ リンドバーグ

世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で (単行本)世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で (単行本)感想
物語は人を動かす。その文脈で言えば、『私たちはひとつの人類である』という物語に私たちは縛られているのではないか。アメリカや西欧諸国に過剰に迎合し、同じ規範によって行動しなければならないとばかりイデオロギーを取り込んできた。だから、著者の"ひとつの人類"でいることをやめようという提言には不意を突かれた。多様性を叫びながら、自分たちの意に沿わない少数民族の多様性を踏み潰し、収奪するやりかたには否を。まだ残っている自民族の智を、人類の均質化から注意深く拾い守る意志が、いつか世界の終わりを先延ばしする力となる。
著者はブラジルの先住民族、クレナッキ族である。ブラジルには2010年の時点で305の民族と274の言語が確認されている。しかし著者の生まれた1950年代以降、「白人の開発行為」によって先住民族は森と川を奪われ、著者も流浪を余儀なくされた一人である。民族と文化は凄まじい勢いで減っているはずだ。人食い人種などの俗説も白人が意図的に流布した嘘である。ほんとうは多様な英知を持った民であるにもかかわらず、自分たちに抵抗するから迫害した。知れば知るほど反吐の出る所業だ。「万物の黎明」とつながっている。
西洋における概念と土着の叡智が一人の中に結実する様に感嘆したが、それだってどこか上から見ているような言い分であって、お前は何様だ。自ら恥ずかしく思うとともに撤回する。
読了日:03月08日 著者:アイウトン・クレナッキ ファイル

冬物語 (文春文庫 な 26-6)冬物語 (文春文庫 な 26-6)感想
この冬を多忙に送ったせいか、それとも更年期症状か、急に不安になって心臓が大きく打つようなことが増えている。南木さんの文章には薬効がある。南木さんがエッセイに書いた幼少期や闘病期の景色に途切れなく繋がるような、静かな短編集。南木さんが診た人、見送った人や、過去の自らを想いながら描いている。受け入れるほかない運命を、なんとか受け入れられるような心持ちになれそうな、静かな諦観が優しくて、身体の力が抜ける。焦りや不安が解けていく。『末期の目に映る空は見慣れたものより青いのだろうか』。この空は、あの人も見た空。
読了日:03月07日 著者:南木 佳士

デジタル生存競争デジタル生存競争感想
どうしてこの人はこんなことを言うのか。どう考えたら目の前の困っている人を無視して宇宙や火星に莫大な私財をつぎ込めるのか。世界的IT長者に感じていることへの答えに近い。ITにせよ科学技術にせよ、一事に秀でている人は視野が狭いというか、その一事を至上として物事を考えるのだろう。利益が出るか否かが評価基準になり、資本主義が寄ってたかって誉めそやした結果、見たいものしか見ない。そしてありもしない終末に脅えて、一人の人間としては、毛布に頭を突っ込んで震えているのと変わらない。それが排他的になれる理由なんだろう。
読了日:03月07日 著者:ダグラス・ラシュコフ ファイル

図解でわかる 14歳からの水と環境問題図解でわかる 14歳からの水と環境問題感想
①図解と易しい表現でわかりやすく、問題の根深さを理解させてくれる。水資源に極端な偏りがある中国とインド。干ばつに苦しむサハラ以南アフリカ。産業利用で地下水を枯渇させるアメリカ。さらに国にまたがる「国際河川」は関係諸国にはシビアな問題だ。ということはそこに資本主義企業が目をつけないはずがない。日本人としては水の問題というと自然災害がいちばんに挙がるが、上下水道の民間委託も国内に聞く話で、他人事ではない。そして『食糧の輸入は他国の水を奪うこと』は日本人には見えにくい、鈍感になりがちな大問題。
②当たり前のことながら、水は歴史上に帝国や都市を築いた基盤である。水は必ずしも人間の都合に合わせていつでも使える状況にはない。多くある場所(大河)では暴れるし、少ない場所(地下水脈)では探り当て、それを皆が使えるように技術を工夫することが豊かさだったのだ。世界各地で生み出された優れたシステムにはどれも感嘆するばかりだが、利用する人口の増加と、気候変動による環境変化で、持続可能性が脅かされている。
③気候変動により、自然環境は変化する。その変化によって影響を受けない地域はほとんど無いのだろう。自然災害によって、または水不足により生活が成り立たなくなって、人々は生きるためにと農村を捨てて都市へ集中する。産業と生活によって水は汚染される。これらの解決策が無いようにしか思えず、次巻を待つ。巨大ダム否定の流れ。国境を跨いで紛争の種になるだけでなく、日本でも山から海への循環が絶たれる弊害は前から言われ続けている。つくったダムを無くす…ことは現実としてあり得るのだろうか。
④人間が変えることができるのは、人為的システムの部分だけ。堤防や地下調整池は対処である。水を飲用水に変える技術はともかく、新しい技術と施設で何とかしようとする取組み、特にCO2削減を掲げた水素エネルギーという、環境負荷を結果的に増やすやつを紹介してどうする。節水という微々たる「解決のために」も、14歳には身近に感じてもらうために必要かもしれないが、まったく解決策ではない。むしろどこから目標はCO2削減にすり替わったのか。この締めくくりが非常識になる未来を願う。
読了日:03月05日 著者:インフォビジュアル研究所 ファイル

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))感想
あっという間に読み終えてしまった。ラーマ王子は無事シータ姫と相まみえ、国へ戻り、正しく治めました。おしまい。バールミキがその顛末をラーマの息子たちに伝え、語り継いだ。という形になっている。ラーマの治世は千年続いた。ラーマはヴィシュヌ神の生まれ変わりだからね。でもヒンドゥー教の神話じゃなくて"叙事詩"で、お話だけど、ラーマが大縦断したアヨージャからセイロン島まで、実在の地名がわかっていて、史跡があったりする。ラーマの名を取った地名や廟がある。少なくとも紀元前2世紀から語り継がれる物語。スケールがでかすぎる。
カイケイー妃とマンタラーのくだりは絶妙だ。人が悪い気を起こすのに悪魔は必要ない。すぐ後悔してももう元には戻せない苦み加減が好き。インドラジッドの葬列はきっとヒンドゥーの様式そのままなのだろう。火は浄化を意味するのか、象徴的に使われる。物語の中で、悪魔にさらわれたシータは火の中をくぐって純潔を証明しなければならない。シータは悪いことしてないのに。ジャーハルを連想し、また女を火に入れるのかともやもやした。インドとセイロン島の間はGoogleで見ると大きなエンジェルロードみたい。橋のエピソードはいかにもだなあ。
読了日:03月04日 著者:河田 清史 ファイル

病気にならない食う寝る養生: 予約の取れない漢方家が教える病気にならない食う寝る養生: 予約の取れない漢方家が教える感想
著者のツイッターが好きで、日々読んでいるおかげで、中医学の考えかたが自分に根づいてきたと感じる。春だから、新月だから、からだの調子がこうなのだとわかっていると、楽である。この冬はわかっていながら無理をしたので、昨日は部屋に転がって日向でこれを読んでいた。今作は食べることと寝ることに特化している。むしろそこを改善するだけでたいていの不調は解消する。対処薬の要らない身体でありたい。食べものの性質を覚えるのは苦手。つまり、旬のものを、温かくして、よく噛んで、いろいろ食べる。睡眠は問題なし。身土不二、心がける。
読了日:03月03日 著者:櫻井 大典 ファイル

ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))ラーマーヤナ―インド古典物語 (上) (レグルス文庫 (1))感想
ラージャマウリの流れからつい買ってしまった。難解かと思いきや子供にも読める訳文で、インドを舞台にした長い昔ばなしみたいだ。序の解説には、これは吟誦詩人たちが口伝で各地に拡め、それはインドのみならず東南アジアまで広大に伝わる、誰でも知っているお話だという。勇者ラーマが艱難を乗り越え、聖者の力を貰いながら悪魔と戦う物語を、みな固唾をのんで聴き入ったことだろう。その構図は、形式も中身の構成も現代の映画と同じだ。楽しみの中に核と力がある。そしてシータ、いったいなぜなんだー!
読了日:03月02日 著者:河田 清史 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年03月01日

2024年2月の記録

引っ越し、実家に置いていた本も運びこんだ。
えいやっと造りつけた本棚に納めると、案外空間があった。
まあ、3列詰め込んだ区画もあるからこんなものかな。
と思っていたところ、また違う場所から本が出てきた。
引っ越したら買おうと思っていた本も続々届く。



<今月のデータ>
購入23冊、購入費用32,485円。
読了9冊。
積読本334冊(うちKindle本161冊)。


ブック

英国一家、日本をおかわり英国一家、日本をおかわり感想
前回家族で訪れてから10年、再び一家が来日した。とはいえ前作以来あちこちに人脈ができたようで、単独来日しては各地を取材した記録も混じっている。相変わらずの興味を持ったら深掘り体質、一見お断りの店からフードフェスまで片端から食べ、調べ、呑む。柿右衛門窯で人生を懸けんとする職人の姿に理解できない様子を見せるが、厳格に決められた手順や調理法の先に最高を究めようとする在りかたに著者は気づき、賛辞を贈る。これを日本固有とは思わないが、外来のものを日本なりに極みへと突き詰めてゆくのは確かにお家芸、あらまほしき姿だ。
読了日:02月29日 著者:マイケル・ブース ファイル

「ユマニチュード」という革命: なぜ、このケアで認知症高齢者と心が通うのか「ユマニチュード」という革命: なぜ、このケアで認知症高齢者と心が通うのか感想
ユマニチュードは、ケアの技術であり哲学である。手のひらの持つ能力を活かすケア技術と聞きかじりで認識していたけれど、それだけではなくて、ケアされる人の身体ではなく気持ちに働きかけて動かすことで、互いに協力し合う自然なケアをしようとする取り組みだ。相手をちゃんと見つめ、話しかけ、優しく広く触れ、一日トータル20分でも立ってもらう。立つことができれば寝たきりにはならない。『人は死を迎える日まで、立つことができる』。それは本人にも、ケアする周りにも、福音ではないか。最期まで自律を尊重する姿勢に理想を見る。
自宅に独りであれば、立つことができなくなるとき=死ぬときである。病院や施設では、ケアを中心にした環境になることで、ケアする側には十全なケアをしようとして本人ができることもさせないシステムに組み入れ、ケアされる側もケアされる役割に甘んじて自力でできるはずのこともしなくなれば、云わば寝たきりをつくるようなものと考えてみたりする。だから日本の老人が施設で過ごす年月が欧州の国に比べて長いのか、とか。それは不自由だし、不自然だし、自分はそんなの嫌だよな、と思って、先の上野さんの「在宅ひとり死」に行き当たったのだ。
読了日:02月24日 著者:イヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティ

在宅ひとり死のススメ (文春新書 1295)在宅ひとり死のススメ (文春新書 1295)感想
病院死、施設死を経て、自宅死へ。日本人の「死」へ至る道は年々変化している。高齢者は施設に入れるものとの共通認識も薄らぎ、今は人々の希望もかかるコストも、自宅が望ましいと目算される。公的保険で賄えない部分が心配だが、専門家に聞いたところでは緊急コール、訪問介護、保険外自費サービスをフルに使っても月額160万円程度。末期の数カ月なら貯金でなんとかなりそう、と思わせる。"在宅ひとり死"予備軍として、介護保険の動向は気を付けておきたい。年寄りの独居は決して可哀そうではない。ガンでも認知症でも…認知症はまだ怖いな。
祖父は施設で独りの時間を狙ったように朝方逝った。自宅での逝き時に息子が名残惜しんで救急車を呼んでしまい、祖父には望まぬ余生のおまけがついてしまった。動きもしゃべりもできず、さぞ悔やんだろう。逝きかたは家族ではなく、本人が決めるもの。家族の都合で決めた処しかたは、いずれにも後悔を生む。親にも、伴侶にも、自分にも、そのことを肝に銘じ、より良い方策を選びたい。
読了日:02月24日 著者:上野 千鶴子 ファイル

RRRをめぐる対話 大ヒットのインド映画を読み解くRRRをめぐる対話 大ヒットのインド映画を読み解く感想
ラージャマウリの「RRR」について、背景や台詞の真意など、一般日本人にわからない事柄を説明してくれる。特筆すべきは叙事詩「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」だ。台詞のそこここや物語の形に、自分たちの知悉した古き物語のパターンが踏まれていることがインドの、特にテルグの人々には直感され、より楽しんだと知って羨ましく思った。国家として独立して100年に満たないとしても、あんな広大な国家を仮初にも束ねるものは物語である。もちろんその物語を我がものと思わない地方の人々にも、独立運動の翻る旗は訴えるものがあっただろう。
叙事詩を踏んでいる点はひとつ前の「バーフバリ」もおなじで、物語として「そうでなければならなかった」流れが腑に落ちた。すごいなラージャマウリ。ちょっと「ラーマーヤナ」に挑戦してみたい。日本には日本の、そういう"原形"や"原風景"があるのだろうけど、私たちは知らず読みこなしているのだろうか。インドの前に日本のそれを読み解くのが先だろう、という気もする。古事記か。
読了日:02月22日 著者:山田 桂子,山田 タポシ

北海道犬旅サバイバル北海道犬旅サバイバル感想
『銃と犬と荒野へ』。惜し気に寝かせていたのを手に取ったのは、ナツの失踪を聞いたからだ。もしナツがいなくなった後では、もうこの本を読むことはできないと思った。服部文祥の旅の集大成。さらりと読んでしまうが、そこには彼ならではの計算と選択の連続が記録されている。女神ナツ。服部文祥は衒いもなく「かけがえのない存在」と呼ぶ。20分、3時間といなくなる度、動揺し逡巡する。最後に貰った餞別に暴走する服部文祥は全くストイックではない。食べものへの執着の凄まじさは生体としての本能なんだろう、ポリンキーめんたいあじもきっと。
『ナツと登山や猟を三年間ともにして、こうして北海道を一緒に旅できる相棒になったいま、ナツは私にとってかけがえのない存在で、とてもドライに接することなどできない』。『ナツの存在そのものが私にとってやり直しの利かない一方通行のようなものだ』。愛おしい。しかし事故を恐れて家に閉じ込めることはできない。お互いに山と猟を愛する相棒である限り。そういうところが、服部文祥なんだよなあ。ナツ見つかって、本当に良かった。今は本人は自分を責めているだろうけれど、再び旅に出るんだろうなあ。だってナツはまだ若いもの。
読了日:02月18日 著者:服部文祥

バスドライバーのろのろ日記――本日で12連勤、深夜0時まで時間厳守で運転します (日記シリーズ)バスドライバーのろのろ日記――本日で12連勤、深夜0時まで時間厳守で運転します (日記シリーズ)感想
47歳にして教師からバス運転手へ転身。生徒の心が育つさまは見る機会がなかなかないが、バスは物理的に動かす実感がある。と勘繰るぐらい、大きな決断だ。規則を遵守し、乗客に気遣いができる。こんな真面目な性根の人が最終的に辞めたとはどんな捻じれた力学が働いたかと危惧するも、健康上の理由では仕方がない。真面目の反面として、ひとつの嘘と体裁から苦しい心理に追い込まれていくのが辛い。懲罰主義的な会社の方針は、人間の安全を守るためとはいえ、著者の心持ちを萎縮させ、保身に回らせたのも事実。もう少しやりようがありそうだ。
個室に缶詰めで反省文や誓約書を書かされるあたりで、「反省させると犯罪者になります」を思い出した。原因究明と事故回避策は重要だ。しかしそれは当事者に何度も書かせたところで根絶できるものではないし、本人に屈辱感しか残らないとあれば本末転倒だ。ミスや事故の件数の見える化も、効果が限られると同時に、職場の雰囲気づくりに寄与しない。大きなグループ企業の改革はなかなか難事業だと溜息が出た。
読了日:02月17日 著者:須畑 寅夫 ファイル

じぶん時間を生きる TRANSITIONじぶん時間を生きる TRANSITION感想
コロナ禍を機に、人々の中に価値観の転換が生まれ始めたという。地方在住、しかもリモートワークできなかった建設業勤務には実感のない話だ。それ東京の話やろ、という冷めた感覚が否めない。そしてこれもまた東京お得意のブーム煽動ではないのかと疑う。だって著者の言う新しい豊かさ、それは全然新しくない。ただ気づき、回帰していく動き、それは歓迎すべきだと思う。そして自我肥大が薄らいで地面に根っこをおろせるといいですね。最近テレビもSNSも遠ざけているので、東京の喧騒が遠ざかって心安らかだ。好い。これもtransition。
読了日:02月14日 著者:佐宗邦威 ファイル

いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)感想
サキを想起させる意地の悪さ、底なしである。さらにクリスティの観察眼も持ち合わせているとあれば、読むのをやめられるわけがない。好き。ぼんやりした結末などあり得ない。直感や偏見、強い感情が行動を呼び起こし、行動は思いがけず烈火のごとき運命を呼び込む。読みながら、「あーーー」、「もうだからさ~~~」の連続だった。「ボーダーライン」の隻眼の男のメンタリティは気になるし、「十字架の道」の少年が夢見る世界人類共通の祝祭への周囲の大人たちの感想も聞いてみたいところ。棘で傷だらけになる人々を見守る自分も残酷の一部かも。
読了日:02月12日 著者:ダフネ・デュ・モーリア ファイル

還暦からの底力―歴史・人・旅に学ぶ生き方 (講談社現代新書)還暦からの底力―歴史・人・旅に学ぶ生き方 (講談社現代新書)感想
昔の60歳は今の75歳と体力や老化の程度が同じであるとのデータがある。そして歳を取ったからと活動を縮小するのはナンセンス、働くこと、学ぶこと、旅すること、楽しむことに遅すぎることはないと出口さんは言い切る。一方で変わりゆく日本社会について、社会保障や企業のありかたなど、考え方のアップデートを指南する。自分の世代の損得ではなく、若い世代の未来を想って行動できる、こういう考えかたを良識と呼ぶのだろう。気づいたのは、SNSにはエピソードが多いこと。他者のエピソードに引かれて、全体を見誤らないようにしたい。
読了日:02月03日 著者:出口 治明 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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2024年02月01日

2024年1月の記録

年末年始はニュースフィードに書評が溢れた。
あれもこれも面白そうだとは思ったものの、
人は皆嗜好/指向が違うものだという事実は忘れずに読む本を選びたい。
あと、深さもある程度見当をつけられるはずなので、
話題の本でも底の見当がつくものには手を出さないようにしたい。
と言った端から買ってしまった。

<今月のデータ>
購入14冊、購入費用13,636円。
読了13冊。
積読本321冊(うちKindle本159冊)。


ブック

武漢コンフィデンシャル武漢コンフィデンシャル感想
フィクションである。不謹慎か。でも面白かった。武漢という土地は中国の要衝として歴史が深く、病毒研究所も擁するとあっては、そちら系の人々が水面下で血眼になった様が改めて想像される。新型コロナの蔓延さなか、手嶋さんの血も騒いだのだろう。2019年の武漢をプロローグに、列強に蝕まれた時代の武漢、ワシントンDCの炭疽菌テロ、日本陸軍の七三一部隊、雨傘運動下の香港と、各国を股にかけて物語は進む。たくましく、また美しいひとの物語。しかしいつもの幅広い知識・教養が騒々しい。大国の遣りくちに甲斐なくもため息が出た。
読了日:01月31日 著者:手嶋 龍一 ファイル

首都消失 (徳間文庫)首都消失 (徳間文庫)感想
1983-84年の新聞連載小説。東京、ブラックアウト。通信も交通も遮断される。日本ごと沈めなくとも、首都を機能不全にしただけで国の存在すら危うくなる。その設定の下に描かれるのは、打ちひしがれる国民ではなく、日本の未来のために闘う男たちだ。戦後の混乱を見た壮年と、知らず現状に憤る若者の反発も絡めつつ、日本国家が民主主義と独立を維持するために何をやらなければならないかの模擬が続く。なかでも防衛(外交)は熾烈な捻じ込みが続き、日本の平和というやつの脆さが強調される。やりすぎに感じるが、当時の共通認識だったのか。
読了日:01月24日 著者:小松左京 ファイル

帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年 (集英社文庫)帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年 (集英社文庫)感想
福島県浪江町、旧津島村。2011年の原発事故による放射能汚染がひどく、住民の帰還の見通しが立たないまま10年が経過した。朝日の連載。600年の歴史がある旧家も、旧満州から引き揚げた人々が命がけで開拓した田畑も、住民が戻ることなく朽ち、草木に覆われていった。故郷を『予期せぬ理由で一方的にはく奪される』痛みが全編に滲む。詮無い仮定だが、もし、戻れる目処が示されていたら、痛みは和らいだか。人々はもっと帰還できたか。今の能登に既視感を覚える。必ず故郷に戻れると、国が被災者に明言しなきゃ、離れられないだろうに。
読了日:01月22日 著者:三浦 英之 ファイル

自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)感想
自閉症の人と私はどこが違うのだろう。そのヒントがあれば、接するとっかかりも得られるかもと思った。しかし、五感の知覚、言語や記憶処理、感情制御などどれも私とは違う形で発達しているらしい。知性が劣るとか鈍いとか、そういうことではない。人の目を見て発話できないのは私と同じ。わかっていても「できない」。この本は文章による表現という手段を手に入れた著者が13歳の時に書いた。この本の出版を、自閉症の子供を持った世界中の親たちは歓迎したという。子供の心の内面や行動の理由を理解したい。その手掛かりを得たい切実さを想った。
読了日:01月21日 著者:東田 直樹 ファイル

シャンタラム(中) (新潮文庫)シャンタラム(中) (新潮文庫)感想
なんということ。辛すぎる。失われた笑顔、失われた友情。ムンバイは違いすぎる人間がごった混ぜかつ過密だけど、自分以外の人間がいるから生きていけることを強烈に思わせる。裏切りも投獄も、苦境から舞い戻るリンの姿はかっこよすぎるくらいだ。しかし愛する人を失ったリンの、なんと弱っちいことか。『インド人みたいな心はどこにもない』。歌い、踊り、楽しむことを彼らは独りでやらない。いつも誰かと、誰かのためにやっている。自分で選んだことも、誰かが選んだことによって自分が変わることも、全て編み上げるように人生は進んでいくのだ。
読了日:01月21日 著者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ

動画でわかる ヒモトレ入門動画でわかる ヒモトレ入門感想
母が脚に違和感を覚えているので対処を教えようと思い、前に読んだ「ヒモトレ革命」を探したが誰に貸したままなのか見当たらない。もはや本屋にも置かれていないので、別のを取り寄せた。ごく薄いが、ひもを使ったトレーニング方法とひも巻きのエッセンスはこれで十分。思いもかけない異分野の専門家たちが、実際にひもを使った効果を言語化しているのは非常に興味深い。身体にまつわる職業がら、素人のぼんやりした感覚とは精度が違う、"変化"が瞬時に知覚されるようなのだ。なんと不思議な人体。ともあれ、まずは巻いてみて、実感してもらおう。
読了日:01月19日 著者:小関 勲

アナキズム入門 (ちくま新書1245)アナキズム入門 (ちくま新書1245)感想
アナキズムって何。という疑問から。国家や権力というものがいつの時代も公平でない以上、それらへの反発や怒り、闘争を元とするアナキズムは、国家と同じだけ歴史を持つ概念ということになる。言葉で抽象的に突き詰めるのは好きじゃないし、その歴史にもあまり興味はなかったのだが、面白かった。狭義では政府や権力集中の否定、ただ広義にはコモンなど馴染みのある意味合いになる。そして人生を労働、生活、地域、自然環境に密接なものと前提して考えることは、私が普段感じていることごとと親和性が高い。クロポトキン。ルクリュ。気になる。
読了日:01月18日 著者:森 元斎 ファイル

ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う (講談社現代新書)ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う (講談社現代新書)感想
平均余命までの長い"定年後"を日本人はどう暮らそうとするか。企業の定年規定も年金受給も続々後ろ倒しになり、現役時代と変わらずフルタイムで束縛されて働くなんて人生は気が滅入る。老年期に入っても社会からは労働の担い手、個人としては老後資金の補填のためと語られることが多いが、その働き方は企業の対応如何ではなく、現役時代とは違うスタイルに変わるのだそうだ。短時間勤務や自営などに転じ、意識が学びや社会活動、家庭、趣味に振り向けられると知って安堵した。それにより人生の充足感も得ている、皆がそうなることを願う。
読了日:01月17日 著者:坂本 貴志 ファイル

ムスコ物語ムスコ物語感想
母に続き息子デルス君にまつわるエッセイ、こちらも興味深かった。マリさんと伴侶の決断に伴って世界を転々とする生活を強制されたことは、日本では奇特な性質を息子に備えた。マリさんはボヘミアンという捉えかたで書いたが、あとがきにデルス君は無謀な親たちに翻弄される成り行きを我慢していたと書き、母の思い及ばないくらい、母親の影響力というものは絶大なのだと知れる。ともあれ今後が楽しみな青年だ。NHKの番組に出演しては各国の著名人と語り合うマリさんが、差別や理不尽な出来事に遭うたび悪態をつきまくるのが意外かつ好ましい。
読了日:01月14日 著者:ヤマザキ マリ ファイル

ダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろ感想
地方移住の、ひとつのケース。ミュージシャン稼業が行き詰ってからの転身である。周防大島への移住も農業も、著者より奥さんに先見の明があったと言うべきか。移住し、比較的若手として地域の担い手となり、人の役に立つ。だけなら、こういう人生でなければ私も選んだかもしれないと思う。しかし、それだけでなく人を集めるイベントを企画して、地域や個人の営みを活性化し、またタルマーリーや森田真生氏ら、志向の合った人々が繋がっていくダイナミズムが、私には縁遠いものと感じる。ともあれ、やれそうなことをなんでもやってみる心意気は大事。
読了日:01月13日 著者:中村明珍

集まる場所が必要だ――孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学集まる場所が必要だ――孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学感想
頼れるのは遠くの親戚より近くの他人。生活や街の設計は気になっている。著者は社会的インフラの持つ機能と重要性を説く。人々の対面での交流を促進するインフラは、住民の交流や互助行動を増やし、結果として人々のQOLを向上させる。そのための施設を新規に建てるのではなく、既にあるインフラに交流機能を持たせる、また違う機能を持つ施設を掛け合わせるなどの取組が目覚ましい。営利目的ではなく、遠慮や警戒をせずにいることができる、異質な人々がなにかを共有できる場所って大事。市民農園や緑地でもよいのだ。大事なのは排除しないこと。
読了日:01月06日 著者:エリック・クリネンバーグ ファイル

おやじはニーチェ: 認知症の父と過ごした436日おやじはニーチェ: 認知症の父と過ごした436日感想
去年ショーペンハウアーで締めたので、明けはニーチェで。周りがこれは認知症だと思ったら認知症なのだそうだ。著者は体は元気な認知症の父と同居することになる。目を離せないから、理不尽さに怒りながらも対話を繰り返す。その反応を理解したいと認知症関連をはじめ言語学、古典文学、哲学まで書籍を読み漁る。父をハムレットに重ね見るあたりなど、つい「まさに!」と納得しかけたが、やっぱりその人の元々の性格じゃないですか。幸か不幸かすぐ忘れるから、試行錯誤しながらやっていける。『忘れるということは、なんとよいことだろう』、か。
読了日:01月03日 著者:髙橋 秀実 ファイル

巡礼巡礼感想
物語はゴミ屋敷から始まる。臭いや不衛生も当然ながら、主の理解不能な行動に近隣の人々は苛立っている。拾い集めてまでゴミを溜め込む行為は確かに理解不能なのだが、顔の見える距離に暮らしていても、だらしないの悪いのと表層的に切り捨てて、元より知ろうともしない関係性が、皆を追い込んでいく。そして主に視点が移る。昭和らしい一家の年月。誰が悪いわけでもなく、人と人がただやっていくことが難しい。人の業や掛け違い、こじれた記憶が具現化したのだ。守る義務を課せられた者が家に絡めとられるやるせなさ。最後には手放せて良かった。
読了日:01月01日 著者:橋本 治 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

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