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2024年11月01日

2024年10月の記録

頭が痛い。
読み過ぎのせいか、天気のせいか、親から新型コロナもらったか。
素敵に夜が長くなっているのだから、優雅に本を読んで過ごしたいところだけれど。

<今月のデータ>
購入16冊、購入費用25,242円。
読了17冊。
積読本330冊(うちKindle本152冊)。

ブック

笹まくら (講談社文庫)笹まくら (講談社文庫)感想
主人公が想起するつど、前触れなく現在に過去が交じる。徴兵を忌避した理由が結局何であれ、数年間の地獄または命の代償は、逃亡中の苦労だけで済まなかった。それから20年、生きて戻った男たちとの断絶、絶えず他者の言動の真意を測り続ける暮らし。笹まくら。自分の良心の満足のために行動することを自ら戒める場面は、自分にはその権利が無いとの意味なら、業苦だろう。引き換え、醜い中年の田舎女と蔑んだ阿貴子は、回想の中でどんどん美しく賢く変わりゆき、現実的でしかし自由に振る舞う姿が鮮やかに脳裏に残る。彼女の真摯が切ない。
読了日:10月27日 著者:丸谷才一 ファイル

庭仕事の愉しみ庭仕事の愉しみ感想
ヘッセも庭を愛した人だったと知る。庭にまつわる散文や詩、手紙などを集めたものである。だだっ広い敷地に立つ姿や、庭でレトロな如雨露や籠に囲まれて作業をする写真なども掲載されている。花壇と畑。人間の領域と森のせめぎ合い。文章も詩的だ。『静かにしていると、瞬時のあいだ世界の調和が草の中で歌うのが聞こえてきたりする、そんなひとときが毎日あります』。草むしりを礼拝に喩えている箇所がある。もし禅を知っていたら「庭禅」とも喩えたかもしれない。惜しむらくは私が詩に不調法な事。長い散文か、短歌程度に短くないと落ち着かない。
読了日:10月23日 著者:ヘルマン ヘッセ

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)感想
英語の映画に日本語字幕をつける字幕翻訳者さん。吹替との違いや、字数制限、禁止用語などとの闘いのほか、良い映画を観客の胸に響かせたい思いの障害となる商業主義への批判がかなりを占める。最近のYouTubeは映画も多く公式アップロードされており、日本語対応していなくても自動翻訳機能が使える。ほぼ意味は取れるが、直訳で性別もニュアンスも判別不能である。あれを見ると字幕翻訳者さんの存在は当分重要だと感じる。映画館で観たタミル映画を字幕なしで観ているが、そろそろ字幕が恋しい。翻訳であっても字幕は味わい深いものだから。
読了日:10月16日 著者:太田 直子 ファイル

最新版 小さな会社のWeb担当者になったら読む本最新版 小さな会社のWeb担当者になったら読む本感想
BtoC業種ではないし、BtoB営業の必要もさほど無い。それでも「会社」であることの表明と、なにより求職者向けのアピールが必要な時代である。大きく分けてウェブサイトとSNS、それぞれの考え方と必要を見定めるにはちょうどよかった。なんせ外注が好きでない性分なので、ウェブサイトの内容見直しと、採用専用サイトの立ち上げ、目的にかなうSNSの企画を進める。クラウドソーシング、SNS連動ツール、アクセス解析も新たな武器として試してみたい。ひとり情シス兼ひとりWeb担もそろそろ卒業しないとなあ。2023年版。
読了日:10月15日 著者:山田 竜也

だれも教えてくれなかった エネルギー問題と気候変動の本当の話 (14歳の世渡り術プラス)だれも教えてくれなかった エネルギー問題と気候変動の本当の話 (14歳の世渡り術プラス)感想
フランス発、世界で読まれているという環境本。エネルギーにはグリーンもクリーンも無い。大規模に使えばどれだってダーティと著者は指摘する。エネルギーを人力に換算すると、現代の日本人はひとりが600人の奴隷を使っていることになるという。それくらい、膨大なエネルギーを消費しないと現代人は生きられない。進化も平和も福祉国家も、エネルギー供給あってこそ。そしてこの世界は拡大することでしか安定しえないという事実。これらを考え合わせると原発は最適解、という結論になるか。日本語翻訳監修は「エネルギーをめぐる旅」の古館さん。
長期で歴史を見ると、化石エネルギーを使用することで人間一人の能力をはるかに超えて生産することができるようになった。これにより農業従事者が減って工業従事者が増えた。さらにエネルギーが安価になり、工業従事者が減ってサービス業従事者が増えた。ここで現在、AIが出てきてサービス業従事者が減ることになるのか。そしてAIはとんでもなくエネルギーを喰う。今新たな革命と呼ばれるのはそこも含めての話なのだろう。
読了日:10月15日 著者:ジャン=マルク・ジャンコヴィシ,クリストフ・ブレイン

使い切れない農地活用読本使い切れない農地活用読本感想
農地を持っている訳でもないのに読みたがるのは、家周りの農地の近未来を想像するからだ。この週末は70歳前後と思しき農家さんが協力し合って稲刈りをしていた。しかし近く手が回らなくなる農地の割合は少なくないだろう。手がかからない、といってもそれなりにかかるのだが、クロモジ、クルミ、ミツマタなどの有用植物、ミツバチの蜜源植物、枝物、それ以外の木を植えるなど、各地から集まったアイデアにわくわくする。ただし収穫の無い木を農地に植えるには農業委員会に申請が必要。許可されればさらに税務上および登記上の申請が必要とのこと。
読了日:10月14日 著者:

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)感想
当時世間を騒がせた二人の道行き。つまるところ野枝には家事子育ての生活能力も独力で稼ぐ自立能力も無い。親戚知人にとっても傍迷惑だったことが初っ端から書かれる。そして男性から見た野枝と女性が見る野枝の評価の落差もつぶさにほのめかされるあたり、意地悪いのう。寂聴さん43歳、出家前の作。地頭の良さ以外に取り得の無い野枝の"野性"、野枝の内にたぎる女の本能が、理性で抑え込んでもすり抜ける恋情が、市子の中にも、また歳が倍ほどもなり経験を積んだはずの自分の中にも確かにあって自尊心と絡み合っていることに気づいて慄く。
読了日:10月14日 著者:瀬戸内 寂聴

日本改革原案2050: 競争力ある福祉国家へ日本改革原案2050: 競争力ある福祉国家へ感想
祝幹事長就任。小川さんの凄いところは、ガチンコの質問に答えられない、または言葉を濁すことが無い政策オタクぶりだ。切り取りで消費税増税論者のように揶揄されるが、ずっと人口激減収入減の日本を救う方策を考え続けてきたことをこの本が証明する。今回、2014年の原案から更に修正を加えている。所得税、法人税、相続税の増税ならびに消費税の時限減税だ。常にインプットを怠らない。実現が難しくてもよりあらまほしき在り方を考え続ける。あくまで個人としての案なので、今の幹事長の立場では違うことも言わざるをえないだろうけれども。
読了日:10月12日 著者:小川 淳也

地球の冷やし方地球の冷やし方感想
ときめいて、やらずにいられなくなるような、お金のかからない、環境に良いこと。って言ってもいち個人でできることは微々たるものだしな、と思ったが。ソーラーフードドライヤーと、パッシブ・ソーラー・ハウスの鶏小屋いいなあ! 楽しいなあ! しかしつくりかたを聞いても難易度が高い。誰かつくって売ってくれんかなの方向に考えてしまう。著者は発明家を自称し、廃バイクで風力発電機をつくってしまうような人だから、と言い訳したいところだが、なんでも自分でやってみる、それが真に環境に優しい生きかたであることは間違いないのだ。
読了日:10月11日 著者:藤村靖之

国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか (講談社+α新書 672-3C)国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか (講談社+α新書 672-3C)感想
諸国と比べ、競争力は圧倒的に高いのに生産性が顕著に低い日本について、根本原因は20人未満のミクロ企業が成長しないまま存続できるシステムだと結論している。企業において生産性と賃金、生産性と企業規模には相関関係があり、生産性と労働者の給料水準がもっとも因果関係が強いと検証されたという。おおむねこの論理により、日本の最低賃金は急上昇を始めた。60年守られてきた中小企業は尻を叩かれるのだ。倒産やM&Aにより淘汰する"グランドデザイン"。これは人口激減と巨大地震を控えた国家には必要なことだろう。正論、8割がた納得。
ミクロ企業は効率が悪いという話。管理する側から言えばそりゃ効率は悪い。しかし一企業の固定費率が高くなりがちなのも社員の守備範囲が広くなりがちなのも、一概に悪いことではない。新しいITツールの取入れが遅いとの指摘は図星だった。規模が小さいからIT化の効果を感じづらく、効率の悪い方法で不便を感じない。最先端会計ソフトの必要も感じない。とはいえ、最近は中小企業向けの諸アプリも充実してきており、それなりに取り入れてはいる。問題は、企業が成長しない点なのだと解釈する。社員、経営者共に教育への貪欲さが必要だろう。
常識が全て根底から変わっていく、という経験を今の日本人はしたことがない。例えばイギリスでは最低賃金を毎年4.2%上げ続けた結果、20年で2倍になったという。それっておかしくないか? それが経済のあるべき姿である、という考えがどうも私は馴染まないのだが(だって20年経ってもニンジンはニンジン、親子丼は親子丼やろ)、資本主義諸国がその方向で動いている以上、同調しなければ脱落するだけである。毎年4.2%以上の昇給、か。労働分割による専門性向上も、歯車の歯が細かくなるだけで良いことだとは思わないがなあ。
読了日:10月10日 著者:デービッド アトキンソン ファイル

評価と贈与の経済学 (徳間ポケット)評価と贈与の経済学 (徳間ポケット)感想
岡田氏の動画で内田先生との対談本があると聞き、検索したらKindleの中にあったパターン。2013年の出版なのにリーダビリティありすぎて恐い。もう11年経ってるのにまだ同じこと言わなきゃいけない日本が恐い。岡田氏の経歴と周囲に集まる人々の層がわかると、氏がなぜこんなに若者の行動や心情を理解しているのか、分析するのか察せられる。「イワシ化」に加え「自分の気持ち至上主義」「もういいんです症候群」とか「完全記録時代」とかネーミングが絶妙。異質な二人。岡田氏の持論を受け入れられない内田先生の拒絶ぶりも面白い。
読了日:10月08日 著者:内田樹,岡田斗司夫 FREEex ファイル

時が滲む朝 (文春文庫 や 48-2)時が滲む朝 (文春文庫 や 48-2)感想
1989年の天安門事件前夜、大学生たちは正しく愛国と民主主義を主張し、正しくデモに集った。みんな若く、純粋で本気で。しかし退学処分は即ちエリートコースが約束された身分からの転落、時を経て主人公は日本で非正規職に就く。同志は欧米に亡命し、親友は故郷に沈黙した。天安門広場にいなかったとしても、当時希望を覚えた名もなき数多の若者の、いつにもいずれにもあの日々が影を落としている。繰り返し描かれる輝かしい朝日。それは宿命の象徴、どの朝の光景も自らの宿命だったと悟り受容する結末には、希望が確かにある。芥川賞受賞作。
『素晴らしい朝日だ。この黄色い大地に日が昇ってくるのを見て、中華子孫としての血が騒ぎだすんだ』。
読了日:10月08日 著者:楊 逸 ファイル

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 (新潮文庫 ふ 57-3)ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 (新潮文庫 ふ 57-3)感想
前作同様、格差の拡がるイギリス社会で身近に起きる事件、それらを巡る親子の対話が主軸。彼は中2になった。保守党政権の緊縮財政政策による社会インフラの劣化、外国人労働者が増えて変化する人々の認識。フリーランスになるための教育プログラムといい、日本の一歩先を行っているように感じる。ある状況下において、自分が心で感じたように他の人々も感じるはずだと考えて規則を外れた行動を取るか、あるいはそれを切り捨てて規則どおりに行動するかは、その人が何を信じているかが如実に表れるものだと思う。つまり社会への信頼があるかないか。
日本はイギリスに比べ大人も子供も教育が足りていないと感じた。大人が政治や民主主義について日常的に議論することや、また中学2年生に課す課題として、社会問題についてのスピーチ原稿をまとめさせるとか、大人と同様に投票するイベントを設け、EU離脱、気候危機などに関する政策を読んで議論させるとか、日本には無いものだ。事実を共有して、異なる立場間で対話をする習慣が、作法が、日本人にはほとんどないのではないか。大人も子供もその面での成長が阻まれている。それはいま日本の建設的な社会設計を阻害している主要因なんじゃないか。
読了日:10月07日 著者:ブレイディ みかこ ファイル

鳴かずのカッコウ (小学館文庫 て 2-3)鳴かずのカッコウ (小学館文庫 て 2-3)感想
こんな世界があることを、一般の私たちは意識して生活していない。だけどあるんだなあ、と手嶋さんの小説を読むたび思い出す。『インテリジェンスとは、国家が生き残るための選り抜かれた情報だ。どんなに小さな国も、国家が生き抜くにはインテリジェンス機関は欠かせない』。ただ表面化した犯罪を追うだけでは掴み切れない、他国の思惑や企みをあぶり出す任務。今回は船舶の売買を軸にワールドワイドな頭脳戦が繰り広げられる。ウクライナの空母ワリャーグを中国が買った、それが空母遼寧。裏事情のほのめかしに、どこまで真実かとわくわくした。
読了日:10月04日 著者:手嶋 龍一 ファイル

はっとりさんちの狩猟な毎日はっとりさんちの狩猟な毎日感想
息抜きに。最初に読んだ時は、『平穏に暮らす人々に対し、生きることの意味を無理やり考えさせるような挑発をする』服部文祥に振り回される小雪さんと子供たちの大変さに同情し、エピソードのあり得なさにいちいち驚いたものだったが、今回はそれらを当たり前と受け取って読んでしまった。だってそれは服部家の普通だから。服部文祥は真剣やもんね。人はやりたいことをやるべきで、親が親の好きなようにやっても子供は子供でええように育つ。なるようになる。犬も猫も鶏も。
読了日:10月02日 著者:服部小雪,服部文祥

注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 15:39Comments(0)読書

2024年10月01日

2024年9月の記録

やあ、すっかりトライバルラグ祭りになってしまった。
そもそもは夫が興味を示して一緒にあちこち見に行きはじめたものが、
お店の人から熱く聞かされているうちに面白くなってしまったのだ。
こういうときが知識を深めるチャンス。
次はトルコのノンフィクションか、宗教のノンフィクションを読もうか。

<今月のデータ>
購入12冊、購入費用10,862円。
読了16冊。
積読本329冊(うちKindle本152冊)。


ブック

エツコとハリメ: 二人で織ったトルコ絨毯の物語エツコとハリメ: 二人で織ったトルコ絨毯の物語感想
絨毯織りの経験があるハリメさんと、ギョレメ村で絨毯を織った日々の記録。絨毯織りは村滞在の口実としつつも熱心で詳しく、興味深い。糸を選び、経糸を縒り、草木染めの原料を集め、染め、模様と配置を決めて初めて織れる。村の女性たちの間には受け継いだ固有の文様と明文化されない知識の蓄積がある。さらに絨毯には織った人の時間がこもっている。その女性が織る作業にかけた長い長い時間、凝らした工夫、織っていた日々の感情、傍らの誰かとの会話。そして私の間にある時間と距離。手元に触れる絨毯の奇跡を思う。『遊牧民の絨毯はラハット』。
化学染料は1856年に発明された。ハリメさんが絨毯を織り始めたのが1950年代として、既に草木染めをする人は村にいなかったという。簡単に様々な色をくっきりと染められる化学染料を、女性たちは喜んで受け入れたのだろう。結果、草木染めの手法がほとんど忘れられた。現在オールドと呼ばれる絨毯にも化学染料が使われた痕跡が残る。それは年月が経った今見るとことさら差が歴然としている。草木染の美しさが際立っている。『この根を握ったら手が赤く染まったから染料に使えると思って』。バルーチ絨毯の紫を思う。
工房ではなく村の家々で織るとき、絨毯を織るのは家の中だ。薄暗いことも多いだろう。文様は間違えなくても糸の色を間違えることもあるだろう。織り進めてから気づいても、ほどくのは大変な後戻りになる。ハリメさんが「アラーの神じゃないんだから間違えて当たり前」みたいな開き直りをする(これは文様)箇所がある。一般に、売るために織った絨毯とはいえ、職人ではないのだから、織り手の性格によるところはあるだろうけれど、間違いを許容する感覚、まさしく人間らしくて好い。
読了日:09月30日 著者:新藤 悦子

日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く (講談社現代新書 2566)日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く (講談社現代新書 2566)感想
人は得た知識を繋げ、比較し、発想を飛ばしながら自分だけの立体的な網に仕立ててゆく。それが松岡正剛だと、日本の文化、歴史を縦横無尽に引き、緻密で多次元な網で人を圧倒する。見聞きした事象が即座に網のどこかに繋がる。それらがいつ発生し、変転したかの情報だけでなく、さらにそれが現代に残る種々の形こそ大事と知る。日本の有機的で一貫性が無くて外からわかりづらい感じは固有のもの。欧米の論理で説明し尽くせると思いすぎないこと、外からやってきたものを「苗代」に保留すること、極端を封じて本当の「中道」を見えなくしないこと。
一度では到底消化しきれない量の智を頭に詰め込もうとしたせいか、昨夜は頭が漬物石のように重かった。テーマごとに折々読み返すのが良い本。本で買い直しておこう。
読了日:09月30日 著者:松岡 正剛 ファイル

ベスト・エッセイ2023ベスト・エッセイ2023感想
2022年のエッセイアンソロジー。厳選されたとはいえ、個人的に沁みる打率が高くはならないと気づく。『小説はそれ自体は文字の集積にすぎないものである』。それはエッセイも同じで、楽しむ楽しまないはこちらの都合である。それから、信濃毎日新聞と西日本新聞は人選かセンスか、好いエッセイが多い印象を得た。個別では先に日経で読んだ沢木さんの旅もの、内澤さんのヤギ記は別として、浅田次郎のアジフライと藤沢周の手帳が味わい深い。年の功というべきか。自らの姿を俯瞰して面白がるような、飄々とした文章が字数と釣り合って好ましい。
読了日:09月27日 著者:

ひとり旅立つ少年よ (文春文庫 テ 12-6)ひとり旅立つ少年よ (文春文庫 テ 12-6)感想
聾の少女、犬ときて、今回の主人公は父親に詐欺の技を叩き込まれた12歳の少年。南北戦争前夜、黒人奴隷の解放を巡って民衆同士が対立するアメリカ合衆国を舞台にする意味は深い。皆が自らの権利を主張し不遇を嘆き、立場の異なる者への糾弾や迫害が酷かった時代。でも現代も同じだとテランは伝えようとしている。不平等な世界に独り、その年齢に余る責務を自らに課し進む少年。未来をつくる者。貰い、拾い、盗んだ物がなべて彼を助けるのと同じように、彼を助けた人たちが皆彼の人生の糧になる。尊さが沁みる。『生きものには生き残る力がある』。
読了日:09月27日 著者:ボストン・テラン ファイル

羊飼いの口笛が聴こえる: 遊牧民の世界羊飼いの口笛が聴こえる: 遊牧民の世界感想
1980年代、トルコやイランを巡ってはユルック/遊牧民の村に独り泊まり込む若い日本人女性は勇敢すぎよう。著者の関心は遊牧民の絨毯、羊飼い、ユルト/テント。ヤージュベディル遊牧民の住む村を探し当て、ヤイラで過ごした夏と秋の暮らしは、厳しくものびやかだ。さて絨毯。妻や娘が家事や畑仕事の合間に織った絨毯を、男たちが売りに行く。それぞれ僻地ゆえに、染色技術や文様から織られた地方がわかる。のみならず、トルコの西端で遊牧するユルックが中央アジアのトルクメンの子孫であることの証にもなるのだ。絨毯は雄弁だ。そして美しい。
なお、文様は織り手の腕の見せどころなので、女性たちの工夫と新しい文様の考案によって変遷する部分があるようだ。文様にメッセージ性が強かったのも昔の話、当時でも失われつつあったらしい。口伝は失われるのが早い。それでも古いものには祈りと誇りが込められているのが伝わってくる。昨日見たトゥルクメンのオールドの絨毯も、美しさの先に誇りが窺えて胸がいっぱいになった。
読了日:09月23日 著者:新藤 悦子

Windowsでできる小さな会社のLAN構築・運用ガイド 第4版Windowsでできる小さな会社のLAN構築・運用ガイド 第4版感想
サーバー入替の検討を機に。前版を読んだ8年前から通信技術は格段に進化し、民間レベルのサービスも様変わりした。クラウドやらSaaSやら業者は煽ってくるけれども、小さな会社こそDX化や「簡単・便利!」に踊らされず、手堅くコンパクトに自前でやりましょうという著者の姿勢は好ましい。サーバーの各機能は必要に応じて進めるとして、肝心はセキュリティとアクセスコントロール。ちょっと(かなり)冷や汗の出る部分があるので、着実に修正していく。無線LANも設定さえ着実にできればそうセキュリティを不安に思う必要はないらしい。
読了日:09月21日 著者:橋本 和則

日本の伝統 (知恵の森文庫)日本の伝統 (知恵の森文庫)感想
昭和31年に、岡本太郎は世の中が停滞して"しめっぽい日本"に戻っていると述べた。縄文式土器から銀沙灘/向月台、尾形光琳まで、岡本太郎が評価する芸術は、尖った表現物である。いずれも豊かさゆえに興隆した時代のもの。逆に為政者が人民を抑圧した時代の"ひねこびた"芸術は腐す。その是非は別にして、過去の日本人が遺したものに固執して守るのではなく、糧としさらに展開させてこそ伝統と喝破する主張は押さえておく。元のまま保とうと繰り返し原形をなぞる行為が、逆に本質の逸失、形骸化につながるとの指摘も気に留めておきたい。
読了日:09月20日 著者:岡本 太郎 ファイル

地球再生型生活記 ー土を作り、いのちを巡らす、パーマカルチャーライフデザインー地球再生型生活記 ー土を作り、いのちを巡らす、パーマカルチャーライフデザインー感想
著者の主眼は「生物を多様化させる土をつくる仕組みづくり」に集束する。そのための、生ごみも排泄物も全て土に還す行為の必要性は気持ちだけ賛同しておく。さて、森林と草原の土壌依存度の違いについてのトピックが興味深い。木は落葉しても幹や枝に栄養を蓄えることができるが、草、特に一年草はそれができないため、根や葉ごと腐食として還る形で土壌に栄養を蓄積する。つまり早く腐食土層が厚くなる。そこから草を抜かない・耕さない自然農法の理論に、私の中で繋がった。自然の山火事と炭の有用性もまた、繋がっていることを再認識した。
読了日:09月20日 著者:四井真治

私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月感想
「こんにちはヤギさん!」で、町中でヤギを飼うことが壮絶に難しいことが理解できたので、今作はそう鼻息を荒くせず読んだ。しかしかわいい。そして賢い。まさおのエピソードは胸がギュっとした。私自身がマンション砂漠から緑豊かな地べたに移り、時機を読んで生える草、芽吹く木々のいちいちがワンダーな今は、内澤さんの草歳時記に夢中になる。九月『長月ながく 酷暑終わらず夏枯れのあと 芽吹き花咲きまるで春』ってまさに今。サツキが咲いたもの。去年は渋柿をいただいたのだった。今年もあるならいただけるかな。吊るす場所ができたので。
読了日:09月17日 著者:内澤 旬子

これでもいいのだ (中公文庫 し 56-1)これでもいいのだ (中公文庫 し 56-1)感想
オバサン期に突入して、気持ちに身体がついてこない歯がゆさはあっても、精神的にはほんとうにラクになった。若者の文化は理解できないが感情は読めるし受け流せるし、年寄りの行動も想像力が働いて生温かく見守ることもできる。私は私のしたいことがわかる。というラクさ加減に安心しきってはいけないのだな。人間の認知力は、類似物を一括りにする傾向があり、歳を重ねるほど加速する。しかし他人はそれぞれ個だ。括れば簡単に傷つけ、関係を阻害してしまう。その観察が著者は細かくて興味深い。
読了日:09月15日 著者:ジェーン・スー ファイル

これが見納め: 絶滅危惧の生きものたちに会いに行く (河出文庫)これが見納め: 絶滅危惧の生きものたちに会いに行く (河出文庫)感想
SF作家が動物学者と絶滅危惧種を見るために僻地へ旅する企画。この作家とは銀河ヒッチハイクシリーズの著者で、R・ドーキンスが親密な序文を寄せるのも肯ける傑作だ。独特のユーモアは読者を面白がらせるだけに留まらない。脱線のようでいて、ぐるっと周って人間の愚かさを横から蹴り飛ばす。そして、奥深い自然の中で動物に遭遇したときの、1対1の個として圧倒される素直な感慨はなにものにも替えがたい。自然との対峙のしかたとか、他生物と共存する世界の豊かさ、そのためにこそ活きる人類の知恵も希少動物同様、加速度的に喪っているのだ。
読了日:09月10日 著者:ダグラス・アダムス,マーク・カーワディン,リチャード・ドーキンス ファイル

遊牧民と村々のラグ キリム&パイルラグの本格ガイド遊牧民と村々のラグ キリム&パイルラグの本格ガイド感想
Aged Rugということで、平織りやパイル織りの、トルコからモンゴルにかけてのトライバルラグガイド。いわゆるギャッベ、生命の樹やライオンや風景が織り込まれたようなものはほとんど掲載されておらず、シンプルなもの、あるいはギュルやメダリオンが緻密に織り込まれたものが多いのは著者の好みか時代か。羊や山羊の毛を使い、当時は茜の根やウコンで染めて、今も遊牧民の女性が織ることが多い。部族の誇りや魔よけの祈りが込められていると知ると畏敬の念に圧倒される。
あったらいいねとリビングに敷くものを捜し歩いていたところ、トライバルラグの面白さに気づいた。トライバルラグの発祥は、つまり遊牧民が主たる中央アジアが中心か。これがモンゴルや中国あたりまで来ると、日本人に馴染みのある文様に寄ってくる。むしろ正確にはシルクロード伝いに、遊牧民のシンボルであったライオンは龍や鳳凰に、オオカミの足跡は花に、ギュルやメダリオンは中華文様に変化し、海を越えて日本の緞通が生まれた。絨毯古臭いと思ってた。ごめんなさい。凄いよ。
読了日:09月05日 著者:グランピエ商会 前田 慎司

電柱マニア電柱マニア感想
電柱マニア向けガイドブック、ではなく電柱マニアが書いたガイドブック。私がこの本を購入したのは、私を含め、現地を見ることが少ない(見ても判別できない)積算担当、資材発注担当が知識を深めるための社内教育図書としてである。さすがオーム社。正しく教育図書だった。当然ながら柱上配電設備だけの説明だが、機器の役割、玉がいしの意味、油入開閉器を柱上で使わない理由などなど知らんことがたくさんあった。がいしの配置パターンや電力会社ごとの腕金形状分類はどちらでもよろしい。窓の外の電柱をちらちら視認しながら読むのが良い。
読了日:09月03日 著者:須賀 亮行


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。
  

Posted by nekoneko at 17:26Comments(0)読書

2024年09月02日

2024年8月の記録

秋の夜長。なんて素敵な響き。
読書と酒と虫の音。
そんな近未来を想像してうっとりする。



<今月のデータ>
購入27冊、購入費用34,427円。
読了15冊。
積読本334冊(うちKindle本158冊)。


ブック

チョプラ警部の思いがけない相続 (ハーパーBOOKS)チョプラ警部の思いがけない相続 (ハーパーBOOKS)感想
舞台はムンバイ。だからといって冒頭『退職することになっていたその日の朝、チョプラ警部は自分が象を一頭、相続したことを知った』に度肝を抜かれないわけではない。子象とはいえ象は象。さっきからこの文章の漢字変換もまともじゃない。象が出てこなければならない理由は、ない。著者はきっと、新興巨大ショッピングモールのエスカレーターに乗る子象とか、リビングで妻とドラマを観る子象、雨期の洪水により裏庭で溺れかける子象、ムンバイを疾走する子象などを描きたかったんじゃないか。なんで小象なのか。何か企みがあると信じて続きを待つ。
読了日:08月31日 著者:ヴァシーム カーン ファイル

捕食者なき世界 (文春文庫 S 12-1)捕食者なき世界 (文春文庫 S 12-1)感想
人間は平地に降り立つや、脅威となる大型捕食動物の殲滅を開始した可能性がある。それはここ数百年に至っては明白で、オオカミもクマも大型ネコ科動物も、脅威の排除、あるいは娯楽や収入のため殺し続けている。結果、被捕食動物=中間捕食者が増え、多量に捕食したために生態系の均衡を欠き、壊滅に至る壮大なメルトダウンが既に観察されている。頂点捕食動物の復権を実行すれば、中間捕食者は健全な恐怖心を取り戻し、植生は復活し、生態は多様性を取り戻せる。しかし「健全な恐怖心」を失っているのは人間も同じだろう。望みは限りなく薄いかと。
例えば日本。オオカミ復活論はずいぶん前から提唱されているけれど、今、どれだけの日本人がその"脅威"を受け入れられるだろう。彼らと共生する能力、天然の危険を回避する術はずいぶん忘れ果てた。かといってオオカミの代わりにシカやイノシシを狩れるだけのハンター数を、既に維持できていない。代わりとなるべきイヌは繋がれている。恐怖心なき食害によって、山林の植生は貧しくなり、荒れ、崩れ、また植物も防衛能力を発動して変化してゆくと予測される。人間はひたすら排除と逃避を繰り返すのか。なんて殺伐として壊滅的な未来像だろう。
原題「Where the Wild Things Were」。『現時点でわかっていることから、生物多様性を維持する上で、頂点捕食者は重大でかけがえのない調整の役割を担っていると思われる。頂点捕食者がいなければ、急速かつ広範な絶滅が進み、生態系は単調なものになるだろう』。
読了日:08月29日 著者:ウィリアム ソウルゼンバーグ

水納島再訪水納島再訪感想
『このまま行けば無人島になる』。水納島には130年の歴史がある。あるいは、130年しかない。島の歴史は沖縄を通じて日本の歴史と、島の人から聞く話は公の記録文書と繋がっている。戦後、増えた人口に対し、僻地から離島、果ては海外まで生きる場所を施策しなければならなかった日本は、今や急激な人口減少に直面し、水納島は先端を行っていると言える。誰も住まなくなれば、伝え繋ぐ痕跡は消えてしまう。人々が語る暮らしのたくましさ、豊かさを感じ取るとき、僻地を復興・振興するのは経済的に無駄とする思考の貧乏臭さを痛切に思う。
読了日:08月27日 著者:橋本 倫史 ファイル

WILDERNESS AND RISK 荒ぶる自然と人間をめぐる10のエピソードWILDERNESS AND RISK 荒ぶる自然と人間をめぐる10のエピソード感想
あちこちの媒体に書いた初期のノンフィクション記事集。調査を基に書かれたクラカワーのノンフィクションが面白いのは「荒野へ」で承知済みだ。事実をスマートに記述するだけではなく、クラカワー自身の実体験が裏打ちし、取材対象に重ね合わせてみせることで、よりリアルに想像させる。苦難があるからこそ魅力的で甘美な体感が得られる活動は、人口が増えればそのぶん自然破壊や危険を増すものでもある。この本に採録された文章には、責任のなすりつけ訴訟や詐欺めいた荒野療法など、アメリカ特有の諸問題も取り上げられていて興味深かった。
読了日:08月24日 著者:ジョン・クラカワー ファイル

飛躍するインド映画の世界飛躍するインド映画の世界感想
祭りだ! 観た/観てないに拘わらず嬉々として読む。北インドのヒンディー語圏映画と南インドのドラヴィタ語圏映画の対比は、どちらが優れている如何ではないながら、私にはやはり南インド映画が魅力的だ。ざっくり南インドのほうが教育水準が高く、温暖で食べものが豊富な土地柄であること、また辺境でありながら交易の拠点でもあった歴史が、文化的な豊かさ、感情表現の豊かさにつながっていると感じる。映画音楽の旋律と韻律の魅力といったら。A.R.ラフマーンの、南インド映画のほうが作曲をやりやすく冒険もできるとのコメントも納得。
映画カーストの人物相関図は圧巻だ。カプール家、バッチャン家をはじめ、血族内に映画人が多すぎる。しかも映画カースト同士の結婚も多く、本人の感情より家系重視に見える感じはまさにジャーティを連想させる。特にアーリヤー・バットとランビール・カプール、ディーピカー・パードゥコーンとランヴィール・シンの2カップルの対比には、解説の明快さゆえに目眩がした。他方で、歌や踊りなど奥深い素養が要求されるインド映画ゆえに映画カーストの家系にあるアドバンテージは大きく、日本の伝統芸能だって排他的な面も無いとは言えないのは同じ。
編者の夏目さん自身が「RRR」を楽しんだとしつつも手厳しい批判を投げかける。構成をはじめアクションや踊り全てが秀でているゆえに、観る側を思考停止させる。確信犯的に宗主国支配の図式を単純化しているのは確かだ。最近のモディの自国賛美、ヒンドゥー教以外の宗教を貶めるやりかたも大問題ではある。しかしそれはそれで胸に留めて、インド映画全般に言えることだが、荒唐無稽上等、ポリコレ棚上げで、大地の豊かな美しさ、家族重視の暮らし、群集のエネルギーや文化を、逃避だけではない楽しみとして観る側としては何度も味わいたいと願う。
読了日:08月23日 著者:夏目 深雪

穴 (新潮文庫)穴 (新潮文庫)感想
それほど主体性のある女性ではない。穴に入ったことにより変異が起きたわけではなくて、引越しを承諾した時から、主人公にとって変異の始まりだったのだろう。結婚して他家に入る、それも相手の肉親と近い距離に住むほど、それは異世界だ。今まで起こり得なかった場面に躊躇ううちに慣れてゆく。いわゆる嫁の立場に共感を覚えつつも、最も近しく感じたのは姑である。姑も昔は嫁だった。主人公と違い、頑張り屋の女性が奮闘する日々が目に浮かぶ。望んで家制度に加担するんじゃない。うまくやっていこうとがんばってきた女性の姿に、実の姑も重なる。
読了日:08月19日 著者:小山田 浩子 ファイル

木を植えた男木を植えた男感想
木を植える。土を整えて種を埋め込む行為は、人間だけのものだ。それもごく限られた意志ある人だけの。ほんとうは、獣や鳥が土を肥やし、種が運ばれて自然に繁るはずの植物がここには無い。集落があるのだからもとは森だったはずなのに、なぜ無くなったのか。人々の様子から殺伐とした経緯が推測される。男は苗を喰われないよう、本業であった羊飼いをやめてまで木を植え続ける。その行為への賛歌だけれど、今並行して読んでいる本に影響されて、生態系が失われた理由、人が木を植える行為で生態系をつくりだすことができるかを考えてしまう。
読了日:08月19日 著者:ジャン ジオノ

感動する、を考える感動する、を考える感想
感動ということばを努めて使わなくなって久しい。私が定義するなら、他者あるいは、命を含めた自然との共振だろうか。名前をつけずに味わい、その意味を思い返す類の。だから、感を動かすことを目的にして何かを見たり聴いたりするのは違うのではないかとも思うが、ではなぜ自分が小説を読み映画を観るのかという問いにけつまずく。些細な事にも深く感動できるほうが、人として成熟度が高いとして。だからこそ、安易な感動に心を費やさないほうが、感度を鈍らさず、心を澄ましていられると結論しておく。他者の感動は他者のもの。
いつもは録画までしていた開会式も閉会式も観ず、ボイコットしたパリ五輪の夏に。
読了日:08月12日 著者:相良 敦子

百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術感想
『生きるとは、本といた季節の記憶』。本の匂いに酔っているのか酒に酔っているのか自分に酔っているのか、私情を切り分けず読書の悦楽を気儘に書き散らしたような読書本。速読/遅読、孤独/共有、買う/借りるなど相反する方法論を逆手にとって、A面/B面と併記するのが面白い。新聞書評のために費やす新聞社の手間暇、書評委員会での合議の様子は初めて知った。本屋へ行くと貼ってあるのを必ず読む。紙の新聞の存亡が危ぶまれる今後、どうなるだろうかな。文章の漢字だけに目を跳ばせて概要を掴むコツを覚えた。
読了日:08月08日 著者:近藤 康太郎 ファイル

インド文化入門 (ちくま学芸文庫)インド文化入門 (ちくま学芸文庫)感想
多様極まりないインドにおいて、先にいたドラヴィダ民族と、北西方面から後からやってきたアーリヤ民族という大軸で南北の間に摩擦は生じ、一方で両文化の混交によって今のインド文化が形成されている奥深さったらない。無論その2民族のみで括れるインドでもない。ラーマーヤナが南アジア普く広まり愛されている点に政治的な意図を感じたこともあったが、むしろ地域によって土着の神や伝統と混じり無数のバージョンを展開しているあたり、どうやってもこの国の人々は一元化されたりしないのだなと感嘆した。『インド人全体で行ってきた文化表現』。
モンゴル帝国が内紛している頃、中国から中東・欧州にかけての海上交通が盛んになり、インドの港町が栄えたというマクロな世界史観もダイナミックで素敵だ。チョーラ王ラージャラージャ1世の像や記録も残っている。上半身裸で頭には布を巻くか王冠をかぶっている、その描写はPS1&PS2のアルンモリそのものだ。道理で露出度高かった。タミルの民にとっての宗教、仏教とヒンドゥー教の重さ加減や、ランカ島における仏教の重さなど、映画の中によく表わされていた。あの市場には異国のものも多々取引されていたのだろう。
女性蔑視と女神崇拝、母親至上主義が混じりあった、映画に表れる女性の描かれかたをずっと不思議に感じていた。実際にやはり二面性をもって存在するようだ。女性差別は、マヌ法典まで遡るヒンドゥー教的倫理によって。女神崇拝はさらにアーリヤ民族進出以前、古来の伝統的な土俗の神が、後から来た宗教に取り込まれる形で存在を確立し、今も崇められているということなんだろう。その両方が現代を生きる個人の中で両立するのが、やっぱり不思議だけども。
読了日:08月07日 著者:辛島 昇 ファイル

自然流石けん読本 (サンマーク文庫 A- 4)自然流石けん読本 (サンマーク文庫 A- 4)感想
著者はシャボン玉石けんの創業者である。大手メーカーが巨額の広告費をかけて売り込む合成洗剤の実害と欺瞞に憤りをもって、自ら無添加石けん製造販売の拡大に人生を懸けた。私たちは洗剤を、用途に合わせて使い分けなければならないと信じ込んでいる。即ち信じるよう仕向けられている。著者が当時指摘した資本主義が事実を歪めるやりかた、メーカーによる洗脳は今も解けず、加速度的に人間のからだと環境を蝕んでいるといっていい。全ての洗濯、掃除、身体のケアは石けんひとつでじゅうぶん、と著者は断言する。ここからまた、暮らしを見直したい。
とはいえ、時代は進む。石けんを液体にするのも、歯磨き粉の製造にも著者は肯定的でなかったが、今の社長がそれから何代目か、シャボン玉石けんは液体になったり、ポンプボトルから泡状で出たり、現代の形に添った展開を見せている。スノールも今は液体のものを指すらしい。ここはあえて粉せっけんを導入してみる。使いやすさ、と私が思っているものと、ほんとうの使いやすさのギャップを探ってみる。
手洗いや洗顔と洗濯は石けんに切替済みである。これは、思い返せば私の身体が悲鳴を上げていたからで、石けんに切り替えて症状が落ち着いてからはすっかり忘れていた。確認してみるとシャンプーはノンシリコンながら合成洗剤、手や環境に優しいと謳うハッピーエレファントも合成洗剤。品質表示を面倒がらずにひとつひとつ確認する必要がある。それから、"薬用"も"エキス配合"も安易に飛びつかないこと。良さそうな自然素材も、素地に混ぜても即ちそのものの効果があるとは限らず、人体に害をなすこともある。ならば元より無いほうがいい。
読了日:08月04日 著者:森田 光德

台北プライベートアイ (文春文庫 キ 19-1)台北プライベートアイ (文春文庫 キ 19-1)感想
高野さんが面白いと書いていたので。台北のオモテ側しか歩いたことはないけれど、あの匂いと雑然とした路地、それをもっとディープにした景色を想像しながら読んだ。威勢の良さそうな台湾語の悪態は聞いてみたい。でもそれ以外は、犯罪を含め普通、というか、日本と変わりない民主主義社会で起きる事件のミステリである。社会も似ている。ただ台湾の都市部は日本以上に監視カメラ社会のようだ。家を出てからの全ての行動が録画されているに等しく、それが謎となり鍵となる。続編が出ているが、それはもういいかな。
読了日:08月01日 著者:紀 蔚然 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 14:16Comments(0)読書

2024年08月01日

2024年7月の記録

本を読むときの安楽な姿勢と明かりが、家の中にうまく保てていない。
だから、寝転がって読めるKindle本ばかり消化しているのだな。
愛用の安楽椅子は猫に取られてしまったので、困った。
腹ばいになって読むのは好きだが腰が辛いし…。

<今月のデータ>
購入8冊、購入費用7,440円。
読了9冊。
積読本324冊(うちKindle本152冊)。


ブック

あそび遍路: おとなの夏休み (講談社文庫 く 64-1)あそび遍路: おとなの夏休み (講談社文庫 く 64-1)感想
こんなお遍路のスタイルがあっていいんだ。遍路装束で歩き、美味しいものも食べて、寄り道もする。歩くことが要なのだ。まず外見が遍路になり、次に身体が遍路になり、最後に心が遍路になる。歩くことで体が自然と一体になる。そうすると、身体で感じ、身体で考えるようになるみたいだ。つまり、脳で理屈や都合をこねることを止め、意志的な防御、関門が消える。遍路は自然への回帰。自然は肯定。ああ、私も遍路に出たい。老境に至るまで会社に首根っこを掴まれた私の背にも、遍路の風はいつか吹くだろうか。おっとうちには猫がおった。叶わぬ夢か。
『お接待させていただいて宜しいですか』。お金にせよ食べものにせよ、そのものはささやかながら、真剣な『祈りの眼』で近隣の人々はお接待を申し出る。このお接待という文化は四国くまなくあるわけではない。むしろ、香川に住んでいてもたまにお遍路さんを見かけても、求められれば丁寧に道案内する程度で、著者の体験には驚くしかない。お接待もまた深い行為と知った。香川に入る頃、お遍路さんは涅槃の境地に至るという。寺のある町に引越したのだから、お接待の心には近づきたいものだ。
寄り道した金毘羅さんからの眺めに、著者は『空海の故郷は美しい癒しの平野』と言ってくださった。讃岐の野をそんなにも美しく表現してもらえてうれしい。一方、遍路道沿いにド派手なラブホテルがあることには著者も呆れている。恥を忍んで言えば、この町内には4つもラブホがあるのだ。寺の周囲の住宅は規制するくせに、なぜラブホは規制しないのか。四国八十八カ所を世界遺産にする動きを、私はあっていいと思う。しかし、ならば、遍路道の整備も無論、環境を歩き遍路に優しく、景観を美しく保全する方向に、政経含めて動くよう求める。
読了日:07月25日 著者:熊倉 伸宏 ファイル

往復書簡 限界から始まる往復書簡 限界から始まる感想
女性活躍推進とやらで無理やり担ぎ出されようとしている当事者として、防具あるいは武器がほしかった。『悪しき企業文化の、男女不均衡社会の、男の視線を内在化した、女性活躍のスローガンに踊らされた、窮屈な服と靴を押しつけられた、ある種の価値観に骨の髄まで毒された』社会的な個として、どう立ち回ればよいのか。これはいわゆるガラスの崖だ。わかったのは、「構造」の暴力のもとではいずれにせよ女性が傷を負うしかないこと。「自己決定」は、罠だ。物わかりの良いふりはやめて、わきまえずに、生き延びる術を見極める身構えを保つ。
ふたりの女性が、置かれた環境や芽生えた感情に基づいて自覚的非自覚的に選んできた道。女と男、娘と母、女と女、個人と社会などの関係性を絡めて交わす往復書簡である。こんな個人的なことがらを公開して恐ろしくないのかとこちらが危惧するほど、事細かに自身の内面を吐露する文章が双方に現れる。それは結果的に自分にかけた呪いを解く作業でもあったのだろう。現代を生きる女性として、社会変革と個人の幸福追求のバランスを取ることは難しい。しかし真っ当に生きてきたなら、その時ちゃんと選べるはずだと信じることにする。
『年齢を重ねるにつれて、わたしは精神も身体も、壊れものだと感じるようになりました。(中略)打たれたら傷むし、傷つきます。そして度を越せば、壊れます。壊れものは壊れものとして扱う。自分にも、他人にも、それが必要だとわかるようになるまで時間がかかりました。愚かなことでした。』上野先生の述懐が重い。
読了日:07月17日 著者:上野 千鶴子,鈴木 涼美 ファイル

季刊地域 夏号(58号) 2024年 08 月号 [雑誌]: 現代農業 増刊季刊地域 夏号(58号) 2024年 08 月号 [雑誌]: 現代農業 増刊感想
特集は「動物と一緒に農業」。出てくるのはヤギ、ヒツジ、ウシ、ウマ、ブタ、ニワトリ、ガチョウ、アイガモ、タカ、ネコ、イヌなど。動物と一緒にいたい。という発想と、動物になにかをしてもらおう。という発想があるようだ。それぞれに事情やスタイルが違い、どれも個性的。ただ除草にせよ耕うんにせよ、個人でできることではない。動物を扱う側と、農地を持つ側が話し合い、ある程度まとまった地域で少しずつやりかたを固めてゆく。アーリーマジョリティーとしては近所の動向を見張っておきたい。『地域の資源を循環の仕組みで活用すること』。
『飼料を自給するよさは、輸入飼料の価格に影響されないこと。それは同時に、エサ代を海外にだだ漏れさせないことでもある。「自給するか輸入するかの違いって、労賃をどこへ払うかってことでしょ。集落の中に草刈り・草集めの労賃を払うぶんにはいい。雇用を生んでいるから」』。
読了日:07月15日 著者:

コンビニオーナーぎりぎり日記 (汗と涙のドキュメント日記シリーズ)コンビニオーナーぎりぎり日記 (汗と涙のドキュメント日記シリーズ)感想
もともと酒屋など営んでいた訳ではなく、コンビニ黎明期にオーナーになる道を選んだご夫婦の記録。私はダブルワークでMストップの早朝バイトをしていた頃があって、オーナーの人柄は良くなく、コンビニバイト、特に深夜枠は社会の底辺と結論していた。その記憶から、この著者はコンビニ経営には不似合いなほど良い人だと感じた。だからこそコンビニを憎んで当然だし、本部に無断でこの本を書き、いつ辞めてもいいのだと啖呵を切る著者にやるせない感覚を抱いた。いい人に出会おうと、いいこともあろうと、悪い意味でも『コンビニは社会の縮図』。 
私が勤めていた頃より取扱商品も支払方法も桁違いに増えて、今のスタッフは大変だと思う。キャッシュレスや払込については最近はスキャンしたらレジが教えてくれるとあってほっとした。でも、いくら省力化無人化が進んでも、AIは棚に溜まる虫の掃除やトイレ掃除、入荷し続ける商品の補充はしてくれない。コンビニ大量出店時代、24時間営業時代は間もなく終わると思っている。そうすると食品の期限管理はもっとシビアになり、、、どうするんだろね。
コンビニのなにが嫌といって、弁当や総菜の廃棄だ。販売の機会ロスを嫌って多量に捨てるシステムになっている。そのことを著者もわかっていながら、本部の指示でどうしようもないとあれば、慣れる。ファミマは廃棄を身内で処分してもよいようで、夫婦二人ともコンビニ経営に携わっていれば当然、食事は廃棄で済ませることが多くなる。どころか、ほとんどだという。そしてどうせ捨てるのだからと、廃棄の中からほしいものだけつまみ出して食べさしを捨てるくだりに、もっとも嫌悪感を催した。
読了日:07月14日 著者:仁科 充乃 ファイル

あじさいあじさい感想
紫陽花の季節に…と書いてみたくて。女と男の、経緯のはっきりしない意味深なことばのやりとり。7年前になにがあったのか、ことばよりむしろ素振りのほうが能弁であるようなひととき。湿度高く迷う男女のいる部屋に陽が差して、しかし結論は出ないのだ。ほんの数ページの短編を行きつ戻りつしながら、子供の年頃に目を留める。おそらく関係があるのだろうけれど、ほなどうしたいんな、と私は遺影を問い詰めたい。それにしても庭に植えるものならなんでもよさそうなものなのに、どうして紫陽花でなければならなかったのでしょうね。
読了日:07月11日 著者:佐藤 春夫 ファイル

不確かな医学 (TEDブックス)不確かな医学 (TEDブックス)感想
「病の皇帝「がん」に挑む」の著者、ムカジー氏のTEDトークを基にした一篇。医学は、未だ完成されたものではない。医者は過去の知識に得られた知識を重ねて産みだしたモデルに沿って患者に向き合うことの繰り返しなのだ。検査からして正確で一貫性のある検査は無いという前提のもと、原因特定も投薬も正しくない可能性がある中で、自信ある態度でこれまた言動にムラのある個々の患者に処し続けるのは、思えばとんでもなくメンタルに負荷のかかる職業だ。そういうことを理解したうえで医者にかかるようにしたい…ってだいぶ嫌な患者だな。
『医学の最前線で行なわれてきた数えきれないほどの研究が示しているのは、人間の意思決定、特に不確かさ、不正確さ、情報の不完全さに直面したときの意思決定が、医学の未来にとって決定的な役割を担い続けるということです。近道はありません』。
読了日:07月10日 著者:シッダールタ・ムカジー ファイル

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫 ア 11-1)あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫 ア 11-1)感想
人間には腸だけで100兆個の微生物がおり、その他体内体表至る所に共生している。かつて抗生物質の発見によって人間は各種感染症を克服した。しかし引き換えに共生しているマイクロバイオータの均衡を崩し、種々の慢性疾患が生まれたとの主旨だ。抗生物質投与後、すぐさま体内の微生物の組成は多様性を失い、何年も元には戻らない。一方、食事や治療で摂取すればこれまた迅速に組成比バランスが変化することが確認されている。納豆食べたいのも、彼らが欲しがってるんかなあ。よし、なんでも言うこと聴いちゃるぞ。お互いあっての健康だ。
『共生微生物のアンバランスが胃腸疾患、アレルギー、自己免疫疾患、さらには肥満を引き起こしているという科学的証拠が続々と出てきていることを私は知った。体の病気だけではない。不安症、うつ病、強迫性障害、自閉症といった心の病気にも微生物が影響している』。
『女性のほうが免疫系の働きが強いことはみなさんもご存じだろう。ところが、免疫系が関与する慢性病に関しては免疫系の強さが裏目に出る。男性がただの風邪をしょっちゅう引いている一方で、女性は自らの免疫系がもたらす慢性病と闘っている。  自己免疫疾患には幅広い種類があるが、一部を除いてほとんどの病気は男性より女性に多く現れる。アレルギーは、小児期においては女児より男児に多く出るが、思春期以降は女性が多くなる。腸疾患も女性のほうが多い。炎症性腸疾患ではやや多い程度だが、過敏性腸症候群だと二倍の開きが出る』。
姪からなにか感染ったらしく、喉の不調が続いた。咳のひどさにたまりかねて医者へ行くと細菌感染と診断され、抗生物質を処方され、飲む。という一連をほぼ毎年続けている。ということは、侵入した細菌を自力で排除できていないのであり、体内は長期的に常に抗生物質によるマイクロバイオータの乱れ下にあることになる。抗生物質は、重篤な症状を治療するために人間に大事な発明品だ。同時に人間が持っている体内微生物との共生バランスを崩す物質でもある。そのリスクの天秤は、難しい。研究の進展を待つ。次の人間ドックは腸内細菌の検査も受ける。
出産と母体にまつわる研究結果は衝撃的だ。胎内で無菌状態にあった胎児は、産道を通るときに母親の腸内細菌に触れ、受け取るようにできている。そして母乳にも細菌は含まれており、これも乳児の腸内マイクロバイオータ形成の基盤となる。過度な殺菌は乳児に不利益に働く。また母乳に含まれるオリゴ糖は乳児自身の栄養素ではなく、それら腸内細菌の栄養素である可能性があるという。動物の食糞行動についての考察も興味深い。異状行動ではなく、その糞に含まれる微生物を本能的に取り込もうとしている可能性がある。世界はワンダーだらけだ。
読了日:07月09日 著者:アランナ・コリン ファイル

謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMチ 6-1)謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMチ 6-1)感想
イギリスには宗主国だった時代の名残でインド人移民が多い。さらにロンドンのブリック・レーンはベンガル系移民が多いという。正統派ミステリ、過去のコルカタの事件と現在進行形のロンドンの事件が交互に進む構成である。初っ端から酔い潰れている移民の娘アンジョリなど、インドとイギリスの、人間関係のありかたや社会システム、常識の違いをうまく利用しているあたりが野心的だ。だからこそモスクで祈った主人公の最後の決断には引っかかる。愛と思いやり。法より家族。全土に渦巻く贈収賄の論理。果たして何が優先されるべきかわからなくなる。
読了日:07月08日 著者:アジェイ・チョウドゥリー ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。
  

Posted by nekoneko at 10:52Comments(0)読書

2024年07月01日

2024年6月の記録

コペルニクス的大転換、とは胡散臭いほど派手派手しい言葉だけれど、
自分の思考にそれが起こるとは、想像だにしなかったのだ。
体力を消耗するほどの混沌ののち、ひとつひとつ腑に落ちていく。
錯覚か? それは、誰にもわからない。
ただ、どちらを選ぶも自分次第。

<今月のデータ>
購入14冊、購入費用13,838円。
読了16冊。
積読本326冊(うちKindle本154冊)。


ブック

花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION (ちくま文庫)花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION (ちくま文庫)感想
イギリス、ロンドンの真南にあるブライトンに伴侶と住み、かの利発な子息が生まれる前の、初期のエッセイ。燃料をどくどく流し込むがごとくエネルギッシュに、書きたいテーマを描きあげるスタイルはすでにある。そして燃料とは並ならぬ量の酒であるらしい。著者が故郷に似ているというイギリスの町は、リゾート地と呼ばれるのだけれど、貧困世帯が多くて、LGBTQに類される人が多くて、なんでもありな印象を受ける。そして各文章の書き出しから着地点が見えないところ、なのに主張がガツンとあるところに、中毒性がある。いやあ面白かった。
読了日:06月29日 著者:ブレイディ みかこ ファイル

シリアで猫を救うシリアで猫を救う感想
アレッポのキャットマン。自国政府による空爆の下、著者はミニバンを改造した自前の救急車を走らせてボランティアの救助活動をしている。『負傷者を救助し、猫たちにえさをあげ、できるかぎり日常の生活を続ける』。だから邦題は「猫を救う」だが、これはアレッポに生きたすべての命の実話なのだ。故郷を離れず街に残る人々は、生活物資が困窮しても爆撃を受けても、適応し生き延びる術を見出そうとする。人間はできるだけのことをするしかできない。そして、ガザをはじめ地球上の紛争地域ではどこでも、人は命を救い合って生き延びていると知る。
日々の買い物のために『通りにはいつも大勢の人たちが並んでいるので、爆撃されたら甚大な被害が出る。だから政権軍とロシア軍は真っ先に市場やベーカリーを狙った。しかも、わざと市場がいちばん混んでいる時間帯──早朝と夕方──に合わせて。ベーカリーも、パンを買う人の列がいちばん長い朝の時間帯を選んで攻撃した』。政権は東アレッポにいる人間すべてテロリストとみなし、学校や病院を狙って空爆した。反体制派は一般市民が生活する街に立てこもり、そのうち道義を見失い略奪者と化した。どちらにも、ましてISISらにも正義は無い。
読了日:06月28日 著者:アラー・アルジャリール with ダイアナ・ダーク ファイル

印度カリー子のスパイススープ めぐる、ととのう、きれいになる印度カリー子のスパイススープ めぐる、ととのう、きれいになる感想
しまった。「私でもスパイスカレー〜」が上手いつくりで、月イチでつくる程度にはまれたので、同じ気軽さでスープもと手を出してしまった。この人はほんとうにスパイスが好きなんだ。ついカレー風味を想定したけれど、中華風、洋風もとバリエーションの多いレシピ本で、スパイスの多種づかいやアフターのテンパリングを面倒に思う人間には重い。香りの変化を感じ取れる自信もない。とりあえず基本の3スパイス+カルダモンで、気まぐれにつくってみるかな。ひょっとしたら道が拓けるかも。
読了日:06月23日 著者:印度カリー子

心霊電流 下 (文春文庫 キ 2-66)心霊電流 下 (文春文庫 キ 2-66)感想
愛ゆえ、選んでしまう。愛ゆえ、踏み外してしまう。ドラッグや金のためじゃない。だから切ない。そして、かの神は厄介だ。信じるか信じないかの二択を突きつける。生きかたの指針だったはずが、近視眼的なご利益にすり替わっていく。または明らかにトランプの集会やカルト集団を模した独善的な集団的高揚に堕してしまう。神を拒絶したジェイコブズは邪の道へ転落した。かの宗教ではそれは即ち地獄なのだ。その感覚はゆるやかな信仰を持つ私にはわからない。でも人を試すような神はいやだ。どっちみち、喪失には耐えるしかない、その手段なのだから。
読了日:06月23日 著者:スティーヴン・キング ファイル

皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能皮膚という「脳」 心をあやつる神秘の機能感想
進化の過程で人間は大部分の体毛を失った。それにより鋭敏な触覚、皮膚の状態を保つ防衛システムとともに、外部刺激に対する、神経を介さない情報処理を著者は挙げている。神経を介さないとはつまり、皮膚が広大な感覚器であるにもかかわらず、中枢集約型でない情報処理をしていることで、そのために錯覚が少ないのだそうだ。振動や熱、音や光も受け取る。他者に触れる行為は言うに及ばず、物理的に触れなくても受け手は気や気配を感じることができる。つい情報処理の大部分を占める視覚と脳に頼りがちだが、皮膚にはもっと活躍する余地がありそう。
読了日:06月22日 著者:山口 創 ファイル

自然のしくみがわかる地理学入門 (角川ソフィア文庫)自然のしくみがわかる地理学入門 (角川ソフィア文庫)感想
著者は植生地理学者で、この本は自然地理学のほう。地形、気候、植生と土壌の3部構成で、地球まるごとを舞台に、ちゃんと概説でありながら単なる説明に終始しない。研究で滞在した各地のエピソードを交えて、学問分野内に終始しないので、センス・オブ・ワンダーに溢れて心地よくかつ面白く読めた。地形が人の暮らしに影響するのと同様、気候変動は人間の歴史に影響してきた。同じ地球上であっても、地形も、気候も、気象も違っていて、だから植生も文化も民族性も思っている以上に違っている。そして変化し続ける。人文地理学のほうも読みたい。
読了日:06月20日 著者:水野 一晴 ファイル

心霊電流 上 (文春文庫 キ 2-65)心霊電流 上 (文春文庫 キ 2-65)感想
この切なさは何なんだろう。純粋な感情の記憶、年を経るうちに喪った近しい者たち。少年と青年という構図は青年と中年、年齢を超えた個対個へと凝縮してゆく。美しいもの、善きものが禍々しいものに上塗りされようとする不穏の種は、折に触れ蒔かれている。『恐怖に駆られた人々はそれぞれ、ひとりきりの特別な地獄を生きている』。原題は「Revival」。宗教的なものを含め、いくつかの意味合いが込められていそうだ。雷が落ちる直前の総毛立つような緊張感で上巻は終わり。『これが起こり、続いてそれが起こり、結果としてあれが起こった』。
読了日:06月19日 著者:スティーヴン・キング ファイル

生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)感想
平地に定住して田畑を開き作物をつくる者(自給中心の村)と、食べるものを手に入れるためにものづくりなどにより交易をした者(自給が成り立たないため交易中心の村)を軸に、日本人が生きるために選択した生業の成り立ちを説く。田畑を拓き、村ができ、行商が訪れ、虹のもとに市が立ち、町ができ、門前に店ができる。それは現代、マルシェに珍しいもの欲しいものを探して回る私まで、15世紀初めから連綿と続いているのだ。日本は平地からすぐ山地だから、切り離してはどちらも成り立たないなど、すべて漏れなく書かんとする情報の量が凄まじい。
なんとか自力で拵えていた道具と、生きていくために売り物としてつくる道具のレベルは段違いで、人は徐々に良い物を購うようになっていった。それが職人を生み日本自慢の技術を育てたわけだが、もっと楽に稼げる職をと望んだ結果、職業は生活を立てていくための単なる手段になり、都市に人が流入し続け、ブルシットジョブが増えていく現代の構図が見えてくる。生業は社会のありかたにつれて変わり続け、昔には戻らない。だけどその面影を手掛かりに、よりあらまほしき暮らしかたの参考にはなるよなあと思う。
牛や馬の放牧の章が興味深い。人や荷を運ぶための牛や馬を育てるのに、日本人は山地や島に放牧した。それを農繁期には村に連れて戻って農耕をさせた。農作業のときだけ借りる、育てた牛を農家に預ける、山と平地で牛を共有するなど様々な派生はあれど原形は同じ。戦後でも放牧した牛を連れ戻しに行く人が居場所は『どこかわからぬがほぼ見当はついている』なんて微笑ましい。Xで太郎丸さんが動画に添えた言葉『遠野の馬たちは初夏になると里から山に上げられる。さまざまな飼い主の馬たちが一斉に集い、晩秋までこの高原で自由に暮らすという』。
読了日:06月18日 著者:宮本 常一 ファイル

今昔物語集 (光文社古典新訳文庫 Aン 2-1)今昔物語集 (光文社古典新訳文庫 Aン 2-1)感想
平安末期、天竺、震旦、本朝の3か国の説話を日本人が編んだ長大物語集。都市伝説のようなものから、実話に尾ひれがついたようなものまで、今読んで面白い小話がひたすら続く。しかし口伝採録ではなく、文献を基にしているらしい。主役が特定されているものもそうでないものもあるのは原典が違うからで、時の権力事情とは関係な…くはなさそう。んで法華経推し。教訓めいた無理やりな締めくくりも後づけっぽいが、著者のアレンジなのか。芥川が短編に仕立ててみたくなるのもわかるような、よい骨格の物語がたくさんある。語ってなんぼの話だよなあ。
読了日:06月13日 著者:作者未詳 ファイル

国語入試問題必勝法 新装版 (講談社文庫 し 31-44)国語入試問題必勝法 新装版 (講談社文庫 し 31-44)感想
これは誰の文章に出てきて、読みたいと思ったのだったか。まあ面白いね、と読み進めて、ふと立川談志だったと思い出した。「バールのようなもの」の作者である。それは入っていないが、突飛な発想、展開、オチと、なるほど談志の新作落語に似た匂いがする。ピョートルとサンマ、既聴感あるある。話の妙、そして眼差しの温かさ。『時代食堂の~』は人情ものっぽいし、わー、これも落語で聴いてみたい。と思えば俄然面白かった。猿蟹合戦を太宰がなぜ「お伽草紙」に入れなかったのかなんて、作者の考察を読むとそれしかないようにさえ思えてきた。
読了日:06月13日 著者:清水 義範 ファイル

文庫 雑草と日本人: 植物・農・自然から見た日本文化 (草思社文庫 い 5-4)文庫 雑草と日本人: 植物・農・自然から見た日本文化 (草思社文庫 い 5-4)感想
何もなかった地面に雨が降った後、凄まじい数の雑草が芽吹き始めた。日本は温暖湿潤であるため雑草がよく繁茂する。だからこそうまくつきあってきたはずだ。作物の生育の邪魔になる雑草を除去する必要がある点は違いない。「雑草が少しある」状態は保つのが難しいから徹底的に取る。長じて『田んぼばかりか家の周囲や庭を草のない状態に保っていることが美徳であり、雑草が生えた状態になっていると、まるで怠け者であるかのように思われてしまう』。他方で草を田畑に鋤き込む肥料として活用するためともある。それもそうだがそれだけか。
読了日:06月12日 著者:稲垣 栄洋 ファイル

地球にちりばめられて (講談社文庫 た 74-5)地球にちりばめられて (講談社文庫 た 74-5)感想
とりどりなルーツと生きかたを持つ人同士が知り合い、集って旅をする。祖国がどこであるか、母語がなにであるか、お互い想像し確認しするけれど、そのうちごたまぜになる状態は、今の欧州では日常なのだろう。結局、その人はその人だ。人は、深く思考するには母語を習熟していなければならない。しかし異国で日々を暮らすのに、相手と気持ちをやり取りするのに、深い語学力は要らないと多和田さんは言っているみたいだ。Hirukoのパンスカは創作言語だけど、だからこそ伝わりやすく、自由でいられる、それがこの小説に軽やかさを持たせている。
読了日:06月09日 著者:多和田 葉子 ファイル

日本人が移民だったころ日本人が移民だったころ感想
日本にも移民を大勢送り出した頃があった。皆が食っていけるだけの食料を生み出せなくて、あるいはもっと豊かに暮らせる地を求めて、戦前には例えばパラオや満州、フィリピン、引き揚げては離島や北海道、戦後に再びブラジルやパラグアイへと家族や親戚ごと渡る、それを国策として政府が旗を振った。著者は近頃の若者が海外で職を得る報道にも触れる。彼らは海を渡り、家族を得て子孫が日本に戻ってくるかもしれない。そうした流れの中に、今の日本の、海外にルーツを持つ人を差別する狭隘な風潮も変わることを期待している。私もそれは好いと思う。
『苦労したねと言われるけれど、もう忘れちゃったよと。今はちゃんとしているし、いいんですよ。これから生きることを考えなきゃね。朝起きたら朗らかに』。
読了日:06月09日 著者:寺尾 紗穂

だからあれほど言ったのに (マガジンハウス新書)だからあれほど言ったのに (マガジンハウス新書)感想
全てブログで読んだ話題をまとめて読み返す。日本の人口は加速度的に減っていく。いろいろな集まりに顔を出して感じるのは、人が減ってからでは打てる手も打てない、現状を維持することに汲々とするしかない諦観である。この調子だと日本の人口は5000万人まで減る。日本において輸入無しに全員が食べていける人口はどのくらいか。明治40年代の人口が5000万人、明治維新時で3000万人。それで全国津々浦々に散らばって暮らしていた事実を繰り返し思う。同時に、あちこちに残り、あるいは生まれる健やかな萌芽は気にかけておきたい。
読了日:06月06日 著者:内田樹 ファイル

(059)客 (百年文庫 59)(059)客 (百年文庫 59)感想
客、と言われて思い浮かぶような小説が選ばれないのがこのシリーズの痛快なところ。むしろ人ならぬもの(に近いようなもの)が登場する点がこの3篇に共通している。吉田健一「海坊主」が好きだ。要素は最低限に絞られ、すっきりした文体で物語が進み、そのすっきりした文体ゆえに、あれ、風変わりな表現をするな、と気づきやすい仕掛けになっていて、真意を量る間もなく予想外の結末を迎える趣向。膝を打った。あとの2篇も、予想だにしない方向へと話が転がり、面白かった。
読了日:06月04日 著者:吉田 健一,牧野 信一,小島 信夫

服従 (河出文庫 ウ 6-3)服従 (河出文庫 ウ 6-3)感想
政局事情は詳しくないなりに。極右政党による政権を避けたいがために、穏健派イスラム政党を選んでしまったフランス。しかし仮に穏健派であっても、基幹となるのはイスラムの教義と世界観であり、個人の自由をなにより重んじるはずのフランス人が、言葉を尽くした思考や議論の末、イスラムの非個人主義の規範を受け入れてしまう脆さは恐ろしい。異教イスラムへの服従、絶対的な神への服従。理想や自由を求め続けるにはエネルギーが要る。日本に置き換えた思考も可能だ。欧米の論理や資本主義に服従し続けるのか。NOを選ぶ胆力は果たしてあるか。
佐藤優のあとがきがこの小説がヨーロッパ人に与えた衝撃や著者の仮定を補足してくれる。「ヨーロッパ人の疲れ」。地続きにあるがゆえに、ヨーロッパの内憂外患に立ち向かい続けるには凄まじいエネルギーが必要なのだと思う。いっこうに一枚岩とはいかないヨーロッパで、人々の内的生命力が衰えているのではないかという恐れは、イスラムの強固さに対比するとき、強く感じられるのだろう。
卑近な例で言えば、欠陥品をゴリ押ししてくる政府に対して、不便を呑んでマイナ保険証をつくらず貫けるのか。歪みのある制度だと知っていて、ふるさと納税の魅力的な返礼品と税制優遇に釣られずにいつづけられるか。思考を停止して、長いものに巻かれてしまえば、楽なのだ。NOと結論したことを、NOと貫くには、「武士は食わねど高楊枝」くらいの、個人的利益を拒める精神力、もっと言えばやせ我慢を保つ必要がある。こういった形の無い主義主張は、弱るとひよるとウェルベックは言っていると思う。さらに貧すれば鈍するものだ。
読了日:06月03日 著者:ミシェル・ウエルベック


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。
  

Posted by nekoneko at 16:27Comments(0)読書