2023年12月05日
2023年11月の記録
この季節。
エアコンをつけ始めると、部屋の開口部は閉めなければならない。
猫たちは主張する。
廊下へ出たい! 部屋へ入りたい! 廊下へ出たい! 部屋へ入りたい!
開けてくれなきゃドアに爪を立てて自分で開けてみせる!
都度、私は立ちあがってドアを開けることを繰り返す。
座ってもすぐに呼ばれるので集中できず、苛々と本を撫でまわしている。
<今月のデータ>
購入14冊、購入費用11,269円。
読了10冊。
積読本330冊(うちKindle本159冊、Honto本3冊)。
Honto本、ちびちびと消化していたけれど、Booxも捨て、スマホで読む気も起きず、
諦めて放棄することにした。
「月は無慈悲な夜の女王」、「死の鳥」、「シベリア追跡」。
Kindleでいずれ買い直すことになりそう。

日本のコメ問題-5つの転換点と迫りくる最大の危機 (中公新書 2701)の感想
素人へのわかりやすさを心がけて書かれてはいるが、需給や政局により度重ねた政策変更には、素人の頭は追いつかない。つまり、技術の進歩に伴い、少ない労働力で多くの収穫が可能になった。需給から言えば米の収穫量はもう少し減ったほうが、米農家や米産業のためには良い、らしい。しかし余った田んぼをどうするか。小麦や大豆他への転作畑地化、また加工用米、飼料用米に切り替えてでも、いざというとき再び米をつくれる道が残された土地であってほしい。とは感傷か。そして飼料用米は経済的に成り立たない。補助金じゃぶじゃぶを是とするべきか。
田んぼとしての認定ルール。5年以内に、一度は水を張ること。それをしないと田んぼ認定が受けられず、補助金がもらえない。補助金は大きなインセンティヴとして機能してきた。だけど、余った田んぼの活用方法として植えた果樹や設置したビニールハウス、放牧した牛を除去するのは現実的でない。では何が田んぼで何が畑なのか?? もうわからん。補助金の問題が根深すぎて、にっちもさっちもいかない感じがする。とりあえず米も農作物も値上げしよう。スイーツに2,000円出せて、野菜の300円を高く感じるのは間違ってる。
読了日:11月29日 著者:小川 真如
ゾンビ化するアメリカ 時代に逆行する最高裁、州法、そして大統領選の感想
相変わらず日本人から見ると桁の外れた国だなあ。器がでかいようで、なんか生きにくそう。フロリダ州の「ザ・ヴィレッジズ」に度肝を抜かれる。高齢者限定の住宅を建ててつくった、裕福な高齢者限定のコミュニティ、住人は13万人。高齢者が余生を平穏に楽しく暮らすための街。そこまでやるのか。それって、欲求を純粋に求めた形とはいえ、人間社会としてすごく歪だと思う。幸せかな。政治ネタには溜息しか出ないけど、音楽や映画はそのさほど長くない歴史も多様性も映して、だから魅力的で、だから町山さんはアメリカが好きなんだろうと想像する。
「ガラスの天井」ならぬ「ガラスの崖(Glass Cliff)」が現れた。その企業が崖っぷちに追い詰められた時、女性や少数民族が経営陣に抜擢される現象とのこと。曰く、"独自の感性で画期的なアイデアが出ることを期待して"。それって、日本にも既にあるよな。今まで散々、男ばっかりで社会や会社を仕切ってきて、雲行きが怪しくなったら「女性の力」だの「女性らしい感性で」だの、調子の良い事この上ない。ましてや失敗したときには「ほらね」と言わんばかりに責任をなすりつけようとするとはどこまで女々しいのか。その手には乗らんぞ。
読了日:11月24日 著者:町山 智浩
老後を動物と生きるの感想
他者との交流や心身の自由が限られてくる老年期こそ、伴侶動物と暮らすべきだとずっと思ってきた。しかし日本では、安全面、衛生面、管理面などの障壁が先に立って、飼い犬/猫と一緒に入れる老人ホームなどは今も香川県内にはほぼ無い。この本は、老人福祉施設での動物飼育において、規定しておくべき要件のチェックリストや問題点についての論考集である。スイス、ドイツ、オーストリアにおいては、この本が出た2004年の時点で施設への動物受入れが格段に増えているとある。日本は訪問動物が限界だろうか。意地でも猫と離れず自宅で死にたい。
老年期に動物と暮らそうと思うと、人間が先に死んだ場合の備えがどうしたって必要になる。余生の飼養を引き受ける契約も民間団体レベルではあるが、システムとして不安定には違いなく、社会の仕組みとして確立できないものかと思う。外国ではティアハイムの延長として考える精神的素地があるが、日本ではブリーディングのように金儲け目的の悪徳業者がはびこりそうな気がして安心できない。うーん。
読了日:11月23日 著者:マリアンヌ ゲング,デニス・C. ターナー
あなたが私を竹槍で突き殺す前にの感想
タイトルに負けず内容も衝撃的なディストピア小説。より右傾化した日本で総理大臣は小池百合子(推定)、日韓関係は断絶、ヘイトクライムは激増、悪質化の一途にある。在日韓国人の生きる場所を奪う政策が支持され、新大久保にもコリアンの居場所はほとんどない。怖いのは、これが少々過激すぎる設定ではあっても、現実と地続きに見えることだ。著者の来歴を検索したい気持ちを抑えて読み終えた。奥付、同い年の在日韓国人三世だった。同じ日本を生きてきて、私と彼に見える世界がどれだけ隔たっているか。片や強い怒り、片や深い諦めに息が止まる。
『日本国家に刃向かう不逞鮮人』って福田村事件からそのままスライドしてきたみたいな言葉だ。外国にルーツのある人々と共生するための社会制度がことごとく廃止される日本。マイナンバーカード提示義務化に伴う本名開示強制、通名禁止、ヘイトスピーチ解消法廃止、外国人への生活保護給付禁止、特別永住者制度廃止、外国人を対象外とするベーシックインカムの検討。そこまで積極的ではなくとも、そういう排他的な動きにひょっと繋がるのでは、と思ってしまう気配とか、実際に人権を侵害している法制とか、あるからフィクションだと割り切れない。
読了日:11月23日 著者:李龍徳
海をあげる (単行本)の感想
海をもらう。絶望の海。海のような絶望。上間さんは穏やかな、柔らかい声で、相手に伝わるようゆっくり話す人だ。でも心の中にはこんなに憤りと悲しみを抱えていたのだと知る。米軍基地の爆音、水道水汚染や環境破壊、暴力。『いま、まっただなかで暮らしているひとは、どこに逃げたらいいのかわからない』。その深さを想い、言葉にならない。自身も普天間に暮らしながら、困難を抱える若者の、女性たちの言葉を聞く。受け止め、生きることを助ける。当事者でない私たちができることも、たぶん似ている。耳を澄まし、受け止めること。傍に立つこと。
沖縄県に顕著な、貧困状態にある人の多さを社会問題と大局的に捉え、解決方法を模索することも大事だ。しかしそのデータからは思い及ぶことの難しい、たくさんの若者、女性たちそれぞれの痛み、苦しみ、絶望と諦めがあることは見えづらい。ほんとうに酷い。実の親ですら、そして行政にも頼れない若者たちに差し伸べる手は必ず必要だ。その行為すら阻害されて、諦めて流される背中を見送るのはどんな思いだったろう。そこから、若い母親と乳児を保護し、節目を寿いで送り出すシェルター「おにわ」の立ち上げに繋がっていく。なんと尊い営みか。
沖縄に生まれてもいない、育ってもいない、暮らしてもいない私は徹底的に外野だ。むしろ加害者の側ですらある。その私が、沖縄に、沖縄の人々に対してどうあればよいのかは、ずっと考えていることだ。この本を読んで、書き上げた感想、自分で読んで「きれいごとだ」と感じる。とりあえず、読んで終わりにしないと決める。
読了日:11月13日 著者:上間 陽子
おらおらでひとりいぐも (河出文庫)の感想
脳内ひとりごとだだ洩れ系、大好き。止めどのない思考は、濁流となりせせらぎとなり奔流となり、そのときどきの思いに駆られてあっちこっち迷走しながら、人は生きている。辻褄?そんなもん合う訳ないやん。『おらの生ぎるはおらの裁量に任せられているのだな。おらはおらの人生を引き受げる』。女の業もちゃんと書いていて、傷つけた人のこと、離れてしまったきりの人のこと、悔やむけれど、しかたないやん、生きるしかないやん、という苦みも含め、東北弁で書ききったことに喝采をおくる。解説は町田康、これはもうね、当然すぎるね。
読了日:11月12日 著者:若竹千佐子
福田村事件 -関東大震災・知られざる悲劇の感想
関東大震災直後、デマに煽られて「朝鮮人」9人を虐殺したが、実は香川県からの行商人家族の集団だった。妊婦や幼児まで手にかけ、利根川に遺体を突き流した実在の事件だ。朝鮮人であるか否かの事実に関わらず数百人で少数を暴行のうえ虐殺したこと。国のためだったと言い張って悔いず、有罪判決は不服と上告までしたこと。村人から被告に見舞金を出したこと。歴史に残らないよう揃って口を閉ざしたこと。人間の、不変の愚かさがくっきり出ている。怖いのは事件そのものだけでなく、事件を無かったことのように忘れること。そこにぐらいは抗いたい。
被告のひとりの証言。『日本刀を持って出掛けると群衆のなかから、貴様は見物にきたのかと怒鳴りましたので、ついやったような訳です。私は実際相手を斬ったにもかかわらず、予審で三回も否認したのは、摂政宮殿下には玄米を召し上がられている際、不逞鮮人のために国家はどうなることかと憂れへの余りやったような次第ですが、監獄に入れられたので癪にさわったから、事実を否認したのです』。
被害者の地元の女性の証言。『日本人と朝鮮人とまちがえたということは、香川県の言葉と朝鮮の言葉はそんなに似とるんやろかなあ、なんでかしらんと思っておりました。こちらでは朝鮮の人はよくアメ売りに来ました。その人の言葉はなまりとかでわかりました。あの言葉と讃岐の言葉がなんでわからないのかなあ、関東の人ってひどい人やなあと私は思いました。罪のない人をまちがったか何か知らんけど殺すとはひどいとおもいましたよ。それが頭に残っています』。
香川県内には1990年代で46カ所同和地区があったと聞き、その多さに驚いた。瀬戸内海地方は温暖な気候や、人や物の往来の多さのわりに耕せる土地が少ないため、貧しかったと宮本常一も言っていた。面積が小さい香川県は特に、1軒当たりの農地が狭く、小作率も全国一高かった。そのことが、香川の売薬行商人が全国で2番目に多いなど、行商人が多かった理由だろう。「四国辺土」の遍路のことといい、香川県は災害が少なくて良いなど、わりとのほほんとした風土のように自称するが、なかなか深い闇を抱えているのだと最近になって戦慄している。
読了日:11月08日 著者:辻野弥生
生命海流 GALAPAGOSの感想
福岡センセイ、念願叶う。ダーウィンのマーベル号と同じ航路を取ってガラパゴスの島々を旅した記念の誌。装丁も豪華だ。船やコック、ガイドを雇った贅沢な旅とはいえ、自称ニセモノ・ナチュラリストの福岡先生には(きっと私にも)ガラパゴスの自然は厳しいのだろう。それこそ体験しなければわからない。釣竿を持って行ったくらいだから、獲ったり釣ったり生物を子細に観察する機会が全く禁じられたのは誤算だったのではないかしら。ダーウィンの頃は何でもやり放題、捕り放題で大量の標本や剥製を持ち帰ったのにとひき比べてみせるのが微笑ましい。
植物や微生物は『自分たちに必要な分だけ栄養分を作ったり、作ったアンモニアを独占するのではなく、いつも少しだけ多めに活動して、それを他の生命に分け与えてくれた。利己的にならず他を利することもつまり利他性があった。余裕があるところに利他性が生まれ、利他性が生まれると初めて共生が生まれる。利他性はめぐりめぐってまた自分のところに戻ってくる』。そうして何もなかった島に生命は満ちた。生命レベルの利他が無ければ、そもそも生命の繁栄は無かったとの指摘は、壮大で、考えてもみなかったことだった。
読了日:11月05日 著者:福岡 伸一
オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)の感想
初めての小説とは信じられない。実在するのは教師の存在と電信記録、自身の体験だけ。あとは時代の動乱に絡めた人々の受難の歴史、全て日露の膨大な文献にあたって創りあげた架空とは。ソ連という大きな枠組みの中での、女性たちの受難。子供も無縁でいられない。外国籍の人とのつき合いは用心しなさいと教えられ、キューバ危機の報に初恋の人への告白を決心する。人は時代とも世界とも無縁ではいられない。それがむき出しになるソ連と、何も知らないまま守られる日本のいずれが特別なのか、いずれにせよその落差が人の成熟を決するように感じた。
物語として、凄く面白かった。でもそれは米原さん自身がプラハで過ごした幼少期、そこで得た体験や学び方、知識無しにはあり得なくて、かの地の子どもたちがどのような常識と教養を身につけさせられるか、一方で日本の教育がどのような性質のものであるかを痛感せずにいられない。登場人物の痛みを想像する一方で、我が身のほうも苦いものが残る。よい読書体験でした。
読了日:11月03日 著者:米原 万里
オーガニック植木屋の庭づくり: 暮らしが広がるガーデンデザインの感想
ひきちさんの本は4冊目。内容が劇的に違う訳ではないのだけれど、眺めてはイメージをつくり直す過程を繰り返すのが楽しい。今回は「オーガニックとはなにか」「自分の暮らしに合う庭とは」など大きな、かつ現実的な問い立てから、各アイテムの設置方法、望ましい仕様などを細かく書いている。低いレイズドベッド、バイオネスト、野外炉、インセクトホテル、排水用浸透層、睡蓮鉢、雨庭など、やってみたいけれど自分でやれるのかこれは。なものばかり挙げているな私。ま、実際にやってみるこったな。売っている堆肥の性質、注意点は憶えておきたい。
読了日:11月02日 著者:ひきちガーデンサービス 曳地トシ+曳地義治
注:
は電子書籍で読んだ本。
エアコンをつけ始めると、部屋の開口部は閉めなければならない。
猫たちは主張する。
廊下へ出たい! 部屋へ入りたい! 廊下へ出たい! 部屋へ入りたい!
開けてくれなきゃドアに爪を立てて自分で開けてみせる!
都度、私は立ちあがってドアを開けることを繰り返す。
座ってもすぐに呼ばれるので集中できず、苛々と本を撫でまわしている。
<今月のデータ>
購入14冊、購入費用11,269円。
読了10冊。
積読本330冊(うちKindle本159冊、
Honto本、ちびちびと消化していたけれど、Booxも捨て、スマホで読む気も起きず、
諦めて放棄することにした。
「月は無慈悲な夜の女王」、「死の鳥」、「シベリア追跡」。
Kindleでいずれ買い直すことになりそう。


素人へのわかりやすさを心がけて書かれてはいるが、需給や政局により度重ねた政策変更には、素人の頭は追いつかない。つまり、技術の進歩に伴い、少ない労働力で多くの収穫が可能になった。需給から言えば米の収穫量はもう少し減ったほうが、米農家や米産業のためには良い、らしい。しかし余った田んぼをどうするか。小麦や大豆他への転作畑地化、また加工用米、飼料用米に切り替えてでも、いざというとき再び米をつくれる道が残された土地であってほしい。とは感傷か。そして飼料用米は経済的に成り立たない。補助金じゃぶじゃぶを是とするべきか。
田んぼとしての認定ルール。5年以内に、一度は水を張ること。それをしないと田んぼ認定が受けられず、補助金がもらえない。補助金は大きなインセンティヴとして機能してきた。だけど、余った田んぼの活用方法として植えた果樹や設置したビニールハウス、放牧した牛を除去するのは現実的でない。では何が田んぼで何が畑なのか?? もうわからん。補助金の問題が根深すぎて、にっちもさっちもいかない感じがする。とりあえず米も農作物も値上げしよう。スイーツに2,000円出せて、野菜の300円を高く感じるのは間違ってる。
読了日:11月29日 著者:小川 真如


相変わらず日本人から見ると桁の外れた国だなあ。器がでかいようで、なんか生きにくそう。フロリダ州の「ザ・ヴィレッジズ」に度肝を抜かれる。高齢者限定の住宅を建ててつくった、裕福な高齢者限定のコミュニティ、住人は13万人。高齢者が余生を平穏に楽しく暮らすための街。そこまでやるのか。それって、欲求を純粋に求めた形とはいえ、人間社会としてすごく歪だと思う。幸せかな。政治ネタには溜息しか出ないけど、音楽や映画はそのさほど長くない歴史も多様性も映して、だから魅力的で、だから町山さんはアメリカが好きなんだろうと想像する。
「ガラスの天井」ならぬ「ガラスの崖(Glass Cliff)」が現れた。その企業が崖っぷちに追い詰められた時、女性や少数民族が経営陣に抜擢される現象とのこと。曰く、"独自の感性で画期的なアイデアが出ることを期待して"。それって、日本にも既にあるよな。今まで散々、男ばっかりで社会や会社を仕切ってきて、雲行きが怪しくなったら「女性の力」だの「女性らしい感性で」だの、調子の良い事この上ない。ましてや失敗したときには「ほらね」と言わんばかりに責任をなすりつけようとするとはどこまで女々しいのか。その手には乗らんぞ。
読了日:11月24日 著者:町山 智浩


他者との交流や心身の自由が限られてくる老年期こそ、伴侶動物と暮らすべきだとずっと思ってきた。しかし日本では、安全面、衛生面、管理面などの障壁が先に立って、飼い犬/猫と一緒に入れる老人ホームなどは今も香川県内にはほぼ無い。この本は、老人福祉施設での動物飼育において、規定しておくべき要件のチェックリストや問題点についての論考集である。スイス、ドイツ、オーストリアにおいては、この本が出た2004年の時点で施設への動物受入れが格段に増えているとある。日本は訪問動物が限界だろうか。意地でも猫と離れず自宅で死にたい。
老年期に動物と暮らそうと思うと、人間が先に死んだ場合の備えがどうしたって必要になる。余生の飼養を引き受ける契約も民間団体レベルではあるが、システムとして不安定には違いなく、社会の仕組みとして確立できないものかと思う。外国ではティアハイムの延長として考える精神的素地があるが、日本ではブリーディングのように金儲け目的の悪徳業者がはびこりそうな気がして安心できない。うーん。
読了日:11月23日 著者:マリアンヌ ゲング,デニス・C. ターナー

タイトルに負けず内容も衝撃的なディストピア小説。より右傾化した日本で総理大臣は小池百合子(推定)、日韓関係は断絶、ヘイトクライムは激増、悪質化の一途にある。在日韓国人の生きる場所を奪う政策が支持され、新大久保にもコリアンの居場所はほとんどない。怖いのは、これが少々過激すぎる設定ではあっても、現実と地続きに見えることだ。著者の来歴を検索したい気持ちを抑えて読み終えた。奥付、同い年の在日韓国人三世だった。同じ日本を生きてきて、私と彼に見える世界がどれだけ隔たっているか。片や強い怒り、片や深い諦めに息が止まる。
『日本国家に刃向かう不逞鮮人』って福田村事件からそのままスライドしてきたみたいな言葉だ。外国にルーツのある人々と共生するための社会制度がことごとく廃止される日本。マイナンバーカード提示義務化に伴う本名開示強制、通名禁止、ヘイトスピーチ解消法廃止、外国人への生活保護給付禁止、特別永住者制度廃止、外国人を対象外とするベーシックインカムの検討。そこまで積極的ではなくとも、そういう排他的な動きにひょっと繋がるのでは、と思ってしまう気配とか、実際に人権を侵害している法制とか、あるからフィクションだと割り切れない。
読了日:11月23日 著者:李龍徳

海をもらう。絶望の海。海のような絶望。上間さんは穏やかな、柔らかい声で、相手に伝わるようゆっくり話す人だ。でも心の中にはこんなに憤りと悲しみを抱えていたのだと知る。米軍基地の爆音、水道水汚染や環境破壊、暴力。『いま、まっただなかで暮らしているひとは、どこに逃げたらいいのかわからない』。その深さを想い、言葉にならない。自身も普天間に暮らしながら、困難を抱える若者の、女性たちの言葉を聞く。受け止め、生きることを助ける。当事者でない私たちができることも、たぶん似ている。耳を澄まし、受け止めること。傍に立つこと。
沖縄県に顕著な、貧困状態にある人の多さを社会問題と大局的に捉え、解決方法を模索することも大事だ。しかしそのデータからは思い及ぶことの難しい、たくさんの若者、女性たちそれぞれの痛み、苦しみ、絶望と諦めがあることは見えづらい。ほんとうに酷い。実の親ですら、そして行政にも頼れない若者たちに差し伸べる手は必ず必要だ。その行為すら阻害されて、諦めて流される背中を見送るのはどんな思いだったろう。そこから、若い母親と乳児を保護し、節目を寿いで送り出すシェルター「おにわ」の立ち上げに繋がっていく。なんと尊い営みか。
沖縄に生まれてもいない、育ってもいない、暮らしてもいない私は徹底的に外野だ。むしろ加害者の側ですらある。その私が、沖縄に、沖縄の人々に対してどうあればよいのかは、ずっと考えていることだ。この本を読んで、書き上げた感想、自分で読んで「きれいごとだ」と感じる。とりあえず、読んで終わりにしないと決める。
読了日:11月13日 著者:上間 陽子


脳内ひとりごとだだ洩れ系、大好き。止めどのない思考は、濁流となりせせらぎとなり奔流となり、そのときどきの思いに駆られてあっちこっち迷走しながら、人は生きている。辻褄?そんなもん合う訳ないやん。『おらの生ぎるはおらの裁量に任せられているのだな。おらはおらの人生を引き受げる』。女の業もちゃんと書いていて、傷つけた人のこと、離れてしまったきりの人のこと、悔やむけれど、しかたないやん、生きるしかないやん、という苦みも含め、東北弁で書ききったことに喝采をおくる。解説は町田康、これはもうね、当然すぎるね。
読了日:11月12日 著者:若竹千佐子


関東大震災直後、デマに煽られて「朝鮮人」9人を虐殺したが、実は香川県からの行商人家族の集団だった。妊婦や幼児まで手にかけ、利根川に遺体を突き流した実在の事件だ。朝鮮人であるか否かの事実に関わらず数百人で少数を暴行のうえ虐殺したこと。国のためだったと言い張って悔いず、有罪判決は不服と上告までしたこと。村人から被告に見舞金を出したこと。歴史に残らないよう揃って口を閉ざしたこと。人間の、不変の愚かさがくっきり出ている。怖いのは事件そのものだけでなく、事件を無かったことのように忘れること。そこにぐらいは抗いたい。
被告のひとりの証言。『日本刀を持って出掛けると群衆のなかから、貴様は見物にきたのかと怒鳴りましたので、ついやったような訳です。私は実際相手を斬ったにもかかわらず、予審で三回も否認したのは、摂政宮殿下には玄米を召し上がられている際、不逞鮮人のために国家はどうなることかと憂れへの余りやったような次第ですが、監獄に入れられたので癪にさわったから、事実を否認したのです』。
被害者の地元の女性の証言。『日本人と朝鮮人とまちがえたということは、香川県の言葉と朝鮮の言葉はそんなに似とるんやろかなあ、なんでかしらんと思っておりました。こちらでは朝鮮の人はよくアメ売りに来ました。その人の言葉はなまりとかでわかりました。あの言葉と讃岐の言葉がなんでわからないのかなあ、関東の人ってひどい人やなあと私は思いました。罪のない人をまちがったか何か知らんけど殺すとはひどいとおもいましたよ。それが頭に残っています』。
香川県内には1990年代で46カ所同和地区があったと聞き、その多さに驚いた。瀬戸内海地方は温暖な気候や、人や物の往来の多さのわりに耕せる土地が少ないため、貧しかったと宮本常一も言っていた。面積が小さい香川県は特に、1軒当たりの農地が狭く、小作率も全国一高かった。そのことが、香川の売薬行商人が全国で2番目に多いなど、行商人が多かった理由だろう。「四国辺土」の遍路のことといい、香川県は災害が少なくて良いなど、わりとのほほんとした風土のように自称するが、なかなか深い闇を抱えているのだと最近になって戦慄している。
読了日:11月08日 著者:辻野弥生


福岡センセイ、念願叶う。ダーウィンのマーベル号と同じ航路を取ってガラパゴスの島々を旅した記念の誌。装丁も豪華だ。船やコック、ガイドを雇った贅沢な旅とはいえ、自称ニセモノ・ナチュラリストの福岡先生には(きっと私にも)ガラパゴスの自然は厳しいのだろう。それこそ体験しなければわからない。釣竿を持って行ったくらいだから、獲ったり釣ったり生物を子細に観察する機会が全く禁じられたのは誤算だったのではないかしら。ダーウィンの頃は何でもやり放題、捕り放題で大量の標本や剥製を持ち帰ったのにとひき比べてみせるのが微笑ましい。
植物や微生物は『自分たちに必要な分だけ栄養分を作ったり、作ったアンモニアを独占するのではなく、いつも少しだけ多めに活動して、それを他の生命に分け与えてくれた。利己的にならず他を利することもつまり利他性があった。余裕があるところに利他性が生まれ、利他性が生まれると初めて共生が生まれる。利他性はめぐりめぐってまた自分のところに戻ってくる』。そうして何もなかった島に生命は満ちた。生命レベルの利他が無ければ、そもそも生命の繁栄は無かったとの指摘は、壮大で、考えてもみなかったことだった。
読了日:11月05日 著者:福岡 伸一

初めての小説とは信じられない。実在するのは教師の存在と電信記録、自身の体験だけ。あとは時代の動乱に絡めた人々の受難の歴史、全て日露の膨大な文献にあたって創りあげた架空とは。ソ連という大きな枠組みの中での、女性たちの受難。子供も無縁でいられない。外国籍の人とのつき合いは用心しなさいと教えられ、キューバ危機の報に初恋の人への告白を決心する。人は時代とも世界とも無縁ではいられない。それがむき出しになるソ連と、何も知らないまま守られる日本のいずれが特別なのか、いずれにせよその落差が人の成熟を決するように感じた。
物語として、凄く面白かった。でもそれは米原さん自身がプラハで過ごした幼少期、そこで得た体験や学び方、知識無しにはあり得なくて、かの地の子どもたちがどのような常識と教養を身につけさせられるか、一方で日本の教育がどのような性質のものであるかを痛感せずにいられない。登場人物の痛みを想像する一方で、我が身のほうも苦いものが残る。よい読書体験でした。
読了日:11月03日 著者:米原 万里


ひきちさんの本は4冊目。内容が劇的に違う訳ではないのだけれど、眺めてはイメージをつくり直す過程を繰り返すのが楽しい。今回は「オーガニックとはなにか」「自分の暮らしに合う庭とは」など大きな、かつ現実的な問い立てから、各アイテムの設置方法、望ましい仕様などを細かく書いている。低いレイズドベッド、バイオネスト、野外炉、インセクトホテル、排水用浸透層、睡蓮鉢、雨庭など、やってみたいけれど自分でやれるのかこれは。なものばかり挙げているな私。ま、実際にやってみるこったな。売っている堆肥の性質、注意点は憶えておきたい。
読了日:11月02日 著者:ひきちガーデンサービス 曳地トシ+曳地義治
注:

2023年11月01日
2023年10月の記録
ひと月にこれだけ読めているのに「読めてない!」と感じるのは、
積読の山に追い立てられているからだろう。
客観的には冊数は読めているし、読むべき本も数冊は読んでいる。
晩酌の量を減らせばもっと読めるかもよ、と自分を唆しておく。
一石二鳥。
<今月のデータ>
購入17冊、購入費用20,501円。
読了16冊。
積読本324冊(うちKindle本152冊、Honto本3冊)。

太陽の黄金(きん)の林檎〔新装版〕 (ハヤカワ文庫SF)の感想
皇帝の不興を買う「空飛ぶ機械」や、音を垂れ流す機械をアイスの海に沈める「殺人」など、それぞれテイストが違って凄い。なかでも断然「ぬいとり」が好き。女の手は家の内外に絶え間なく働き、心地よさを、生活を、自他の人生をつくりあげる。まるで意思を持っているかのように動き続ける。もし、明日世界が終わると知ったら、その手は働くことをやめるだろうか? 男の手がとっとと仕事を諦め、動きを止めたとしても、女の手は世界が燃え尽きるその瞬間まで働き続ける、その幻想的な様が素敵。こういうのに出会えるから、短編集は面白い。
読了日:10月29日 著者:レイ ブラッドベリ
家は生態系―あなたは20万種の生き物と暮らしているの感想
いやぁ面白かった。人間の住む環境は微生物だらけだと私は知っている。見えない微生物が世界に大きな役割を担っているとも知っている。しかし家の中に少なくとも8000種近くの生物がいると聞くとさすがにたじろいだ。布団やソファは無論、冷蔵庫にも給湯器にも水道水にも…? 読者の引きつった顔を想像して楽しむかのように、ロブ・ダンは研究の成果から話を展開していく。現代人はついそれらを殲滅できないかと考えるが、その大半は無害または有益で、殺菌は悪手。家の中も外と同様、多様性があってこそ人間の身体は健全に保たれると指摘する。
トキソプラズマの章が興味深い。人間を含む多くの哺乳類が感染するトキソプラズマ原虫の最終目的地は、ネコ科動物の腸管上皮の内層である。トキソプラズマ原虫は宿主にリスクテイキングな行動を促し、おそらくはネコ科動物に遭遇しやすく(捕食されやすく)していると考えられる。人間は操縦されているのだ。フランスでは全国民の50%以上に不顕性感染の証拠が見られた。アメリカで20%以上。感染率が生活や行動の様式によるなら日本はもっと低いか。自由や冒険への指向性、民族性と絡めると、人類の歴史をも左右し得る壮大なテーマではないか。
読了日:10月28日 著者:ロブ・ダン
沖縄から貧困がなくならない本当の理由 (光文社新書)の感想
私が知らない沖縄が書かれている。米軍基地問題において、不満を抑え込むためのじゃぶじゃぶの補助金は、確かに自治体を自律失調に陥れているだろう。同調圧力という日本人特性を更に煮詰めたようなシマ社会も、沖縄県民を総じて幸せにはしていないように見える。「真面目(マーメー)」が最大級の侮辱言葉だと沖縄大学の学生は調査に回答したという。出る杭を折れるまでとことんブチのめすとあれば、どういうメンタリティだろう。全国に突出した貧困の原因を、著者は自尊心の低さに見出している。こういう見方があるととりあえず記憶しておく。
読了日:10月25日 著者:樋口 耕太郎
薬膳ナムル手帖: 野菜のおいしい作りおきの感想
ナムル好き。なぜなら手順が簡単。調味料の種類が少ない。野菜が摂れる。味つけに困らない。日持ちがする。そして野菜は1種類でいい。夫も喜んで食べる。それで薬膳?ええやん! というので飛びついた。通年ある野菜でもよし、旬の野菜はもっとよし。にんにくはたくさん刻んでオリーブオイル/ごま油に漬けておくと日持ちするしすぐに使える。オプションもナッツやきくらげなど常備しているようなものでよい。あとは、油を入れすぎてギトギトにして気持ち悪くならないようにつくるだけ。
読了日:10月23日 著者:植木もも子
保育士よちよち日記――お散歩、お昼寝、おむつ替え…ぜんぜん人手が足りませんの感想
子どもって驚異だよなあ。毎日預かる大変さは想像を絶する。『保育士の仕事は感情労働だ』と著者は言う。予測不能の事態や理不尽な要求、業務過多といった要素は他の職業と変わらない。しかし危険回避と、子どもは大人の張りぼてを見抜くから、常に感情で向き合うのはしんどいという意味か。一方、園児の好意もストレートに得られて幸せホルモンどばどばなら、自尊心とか叱って思いどおりの行動をさせようとか、くだらなく思えないものだろうか。他職種からの転職組、数々の保育園を経験した派遣保育士だからこその構造的発見もあるとよかった。
園長をトップとした厳格なヒエラルキー組織。組織としては変革しにくいだろう。そうでなくても親や役所や世間に対して「なにかあったら大変」意識が強く、厳格化された統一ルールに従うことを求められる。強烈な閉鎖性と同調圧力を感じる。同僚にも干渉しない。有期契約の著者は「園によって違うよね」と肩をすくめて済ませるが、それではますます保育士のなり手も減り、しんどくなっていくだけなんじゃないか。と、親や祖父母の就労証明書を毎年手書きさせられる労務担当者は思う。
読了日:10月22日 著者:大原 綾希子
新たなるインド映画の世界の感想
再読。前回より観た本数も回数も増えて、ラーマ王子とシータ姫そうだったのか!などと瞠目すること多し。言語や宗教の多様ぶりもさながら、映画製作自体が各文化圏で独立していること、音楽も分業制になっていて、古典音楽の習得が必須なことなど、奥深くて面白過ぎる。ただし俳優の多くは映画カーストの出身とか、サルマーン・カーンはひき逃げ事件の悪印象を払拭するために「バジュランギおじさん~」で善い人を演じたとか、知りたくないこともままあるものだ。また知りすぎると感性で観られなくなってしまう部分もあるので、程々で。
読了日:10月19日 著者:夏目 深雪,松岡 環,高倉 嘉男,安宅 直子,岡本 敦史,浦川 留
東京プリズン (河出文庫)の感想
過去と現在、現実と幻想が入り交じって読みづらいが、ヘラジカもベトナムの双子も、最後の公開ディベートに向けて主人公を導く存在である。『日本の天皇ヒロヒトには、第二次世界大戦の戦争責任がある』。アメリカ人にこれを言われると、腹にずんと重い衝撃を感じ、反動でぐっとせり上がるものがある。じゃあ日本人は、いくつもの都市を絨毯爆撃し原発を落とし一方的に裁いたアメリカの所業を、どのように考え、何を求めるのか。あの戦争は加害と被害が両輪だ。今は"同盟国"だろうと、お互い何も思わないほど過去ではない。おそらくこれからも。
マッカーサーは昭和天皇に11回も直接会い、話し、天皇という人と在りかたに理解を深めたのだろう。しかし一般に、アメリカ人は大日本帝国憲法や訳語の定義に沿って昭和天皇こそ第一戦犯と捉え、断罪を求める。日本人にとっての天皇を、歴史の浅いアメリカ、さらに一神教を信仰する国民が大多数のアメリカで、理解することはかなり難しいだろう。そして日本人が自分たちにとっての天皇の存在を論理的に説明することもまた難しいことを自覚し、その双方を理解しておく必要がある。ということをこの小説は独特な形で描いている。
願わくば、日本の子供たちに戦争を起こした日本のことをちゃんと教えてください。拠って立つ自国の歴史の真実を知らないまま、心の備えを持たないまま諸外国の人と向き合うなんて、残酷で恥ずかしい事をさせるな。憲法をヘンな文章だねとか主語が無いのなんでとか言いながらでも、知って、考える素地を養うことは義務教育の義務だ。
読了日:10月14日 著者:赤坂 真理
ひとはなぜ戦争をするのか (講談社学術文庫)の感想
アインシュタインとフロイトの往復書簡。1932年、アインシュタインはフロイトなら戦争の問題解決を阻む障害を取り除く方法を示唆できるのではと問うた。手紙は1通ずつで長くはなく、後半は養老先生と斎藤環氏による解説である。アインシュタイン53歳、フロイト76歳、両者ともユダヤ人でナチスの興隆に伴い西側へ亡命した。フロイトは『文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる』と手紙を締めたが、未だそうはならない。パレスチナ/イスラエル紛争の報道を見るにつけ、ユダヤ人すらそうなら、何が希望かと空を仰ぐ。
読了日:10月13日 著者:アルバート アインシュタイン,ジグムント フロイト
給料の上げ方: 日本人みんなで豊かになるの感想
「日本人の勝算」を読んだのが2019年。政府に直接働きかけ、大企業中小企業を叱咤し、しかし遅々として変わらない日本。ならばとアトキンソン氏は被雇用者に語りかけることにした。立ち上がれ、自己防衛せよと。経営者側の視点でも有用である。近く負担が重くなる日本で、氏の算出した給与上昇率はベア1.4%、定期昇給2.8%で年4.2%。提供するものに価値があるか。値上げにつながる付加価値を提供できるか、また目指しているか。そのうえで給料を上げ続けることができるか。氏が読者に問いかける要点は、即ち企業の課題である。
GDPや物価の上昇を是とする現状への懐疑心は暫時保留として。労働生産性について少しは理解が及んだように思う。「労働生産性が低い」とは個々人の働きの効率が悪いことではない。人の生みだしたものの価値は、不断の努力によってより高いものになるはずで、さすれば価格は上がるはずで、労働者への分配も上がるべきと考える。違っているかもしれないが、とりあえずそのように納得した。
氏は大企業寄りの論調だったように記憶していたが、今回「従業員100~300人の中堅企業がバランスが良い」としていて、目が留まった。労働分配率も、大企業や零細企業より程良いようだ。『厳しさが増すこれからの時代は、環境の変化を先取りし、その都度対応策を打ちながら規模を拡大させていくのが、もっとも現実的かつ有効な企業の成長の道筋のように感じます。つまり、重要なのは単純な規模の大小ではなく、適切なタイミングで適切な規模へ成長することなのです』。
読了日:10月11日 著者:デービッド・アトキンソン
辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦の感想
このお二人のセンスで選んだ課題図書を巡っての対談は面白い。辺境に住む民族は未開なのではなく、あえて稲作や道具を放棄した、とか、国境線近くは辺境だが交易の舞台でもある、とか、朝鮮出兵は文化を均質化する効果をもたらした、とか、数多の研究結果、見聞録から、自身の体験も含めて考え併せ、「世界の見方」をつくっていくのだ。点と点が繋がって"知の網"になる。高野さんはそれを「教養」の形成過程と感じたという。文明や豊かさについて考え直すことの知的興奮はこちらにも伝染して、自分がどんどん「常識」から外れていくのが楽しい。
読了日:10月10日 著者:高野 秀行,清水 克行
ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)の感想
小さな村、ガルヴェイアス。ある日宇宙から落ちてきた巨大な物の正体が何なのかは最後までわからない。ただ空気中に硫黄の臭いが満ち、パンは不味くなった。想像しただけでもしんどい。それでも人は弱くも、愚かにも、悲しくも、だましだまし生きていく。小さな村の人間関係は絡まり合っている。あるエピソードに登場する脇役が次のエピソードの主役になり、関係が輪郭を取りながら物語は進む。郵便配達人のジャネイロは、1年に1度訪れるギニアの地で人が変わったように生き生きとする。それでもガルヴェイアスに戻るのは、自分の場所だからか。
『誰にだって、運命の場所ってもんがあるのさ。誰の世界にも中心がある。あたしの場所はあんたのよりましだとか、そんなことは関係ないの。自分の場所ってのは他人のそれと比べるようなものじゃない。自分だけの大事なもんだからね。どこにあるかなんて、自分にしかわからないの。みんなの目に見える物にはその形の上に見えない層がいくつも重なっているんだ。自分の場所をだれかに説明しようったって無理だよ、わかっちゃもらえないからね』
読み終えたら、また最初から読みたくなる。ひとつには、人柄や人間関係がひととおりわかったから、改めてその人たちの行ないを違った目で見られること。ひとつには、一度気づいたからといって、小さな村の人々は暮らしかたを変えてしまえたりはしなくて、また同じループを数年ごと、数十年ごとに繰り返すだろうから。エンドレスなのだ。
読了日:10月09日 著者:ジョゼ・ルイス ペイショット
「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書)の感想
宮内庁が編纂した昭和天皇の実録は61冊に及ぶという。生涯通じた記録の中でも、対談の焦点は戦前から戦後に集中する。最初から軍人として育てられた唯一の天皇。立憲君主として、神の子孫として、また軍の総統としてのお立場がある故の相克の深さを読み解く。止めることができない懊悩でやせ細る陛下の様子、実母である皇太后に疎開を拒否された日の苦しみなど、私には厳しそうで怖いおじいさんでしかなかった昭和天皇が一人の若い人間として像を結んだ。いたわしい、と思った。他方で、実録編纂の目的に天皇像の形成がある点も留めておきたい。
『我が国は軍事国家だったんだなあと、しみじみわかりました。もう、軍事のことばかりですよ』(半藤)。戦況が悪くなる前から、軍部は本当の戦況を陛下に報告しない。陛下にもそれがわかっていたから、アメリカの短波放送を頼りにご自身で情報を得、あるべき方向を模索していたという。担ぎ上げながら、天皇の意志を平然と無視する陸軍。『軍部にとって天皇とは、最高指揮官などではなく、神殿の壁のようなもの』だったとする半藤さんの評が印象深い。
読了日:10月07日 著者:半藤 一利,御厨 貴,磯田 道史,保阪 正康
(074)船 (百年文庫)の感想
海。日本のまわりを囲む海。ある日は荒れ、ある日は凪ぐ水面の上で、隔絶された船の上では大漁に高揚したり漂流に絶望したりと、ぎゅっと濃縮された人間模様が展開される。なににしてもダイナミックな様相を見せる海の上だからだろうか、あるいは狭い船の上で強調して見えるからだろうか、人々の心の動きもダイナミックに描かれる3篇。なかでも「海神丸」は約2カ月もの太平洋漂流である。陸を離れて何千年も経ったようなと思われるほど、簡単には訪れない死、また一方で簡単に訪れる死。その非業の様相にもまた、海は何を思うことなく在るのみだ。
読了日:10月07日 著者:近藤 啓太郎,野上 弥生子,徳田 秋声
新編 日本の面影 (2) (角川ソフィア文庫)の感想
『私この小泉八雲、日本人よりも本当の日本を愛するです』。引き続き日本愛に満ちた文章。雑誌に掲載する体裁ではなく、本当に愛していたのだとしみじみ読む。「伯耆から隠岐へ」は逸品だ。蒸気船に乗るくだりなどは、乗り心地の悪さに閉口したことを軽妙に書くのも楽しそうだ。一方、帰りの便では穏やかな憂鬱を描き切る、こちらも印象が深い。物質社会から離れた自然への敬慕。晩年に東京の西大久保に屋敷を買って住むのに、静かな環境と和の設えを喜んだという。『余り喜ぶの余りまた心配です。この家に住む事永いを喜びます』。2年余で死去。
読了日:10月03日 著者:ラフカディオ・ハーン
サピエンス日本上陸 3万年前の大航海の感想
人類は3万5000年前に琉球列島に到達し、5000年の間に日本列島全体に拡がったとされる。その過程を検証するプロジェクト。今の日本人の祖となるだけの人々が、広大な大陸から、島影の見えない海へ、漕ぎ出そうと考えたのはなぜか。海面下がどうなっているか、目指す地がどの方向にあるかわからない。失敗は死に直結した。著者は『海に立ち向かった挑戦者』と結論する。人類は直ちに必要のない事に挑む。命がけの遊びを面白がるのは現代も同じだ。拡大解釈すれば、人類が瞬く間に地球全体に拡がって支配者となった理由も。悪い気はしない。
狩猟採集民であった先祖は現代人よりも身体能力に優れ、生きるための必要以上のことに好奇心を持って挑み、技術は無くとも物を創る能力に長けていた。彼らを、現代の自分たちより劣ったものとして考える癖が染みついているのを自覚する。これを鮮やかに取り払いたいと考えている。その流れとしてグレーバーの新刊を読みたい。しかし5,500円か…。
読了日:10月01日 著者:海部 陽介
注:
は電子書籍で読んだ本。
積読の山に追い立てられているからだろう。
客観的には冊数は読めているし、読むべき本も数冊は読んでいる。
晩酌の量を減らせばもっと読めるかもよ、と自分を唆しておく。
一石二鳥。
<今月のデータ>
購入17冊、購入費用20,501円。
読了16冊。
積読本324冊(うちKindle本152冊、Honto本3冊)。


皇帝の不興を買う「空飛ぶ機械」や、音を垂れ流す機械をアイスの海に沈める「殺人」など、それぞれテイストが違って凄い。なかでも断然「ぬいとり」が好き。女の手は家の内外に絶え間なく働き、心地よさを、生活を、自他の人生をつくりあげる。まるで意思を持っているかのように動き続ける。もし、明日世界が終わると知ったら、その手は働くことをやめるだろうか? 男の手がとっとと仕事を諦め、動きを止めたとしても、女の手は世界が燃え尽きるその瞬間まで働き続ける、その幻想的な様が素敵。こういうのに出会えるから、短編集は面白い。
読了日:10月29日 著者:レイ ブラッドベリ


いやぁ面白かった。人間の住む環境は微生物だらけだと私は知っている。見えない微生物が世界に大きな役割を担っているとも知っている。しかし家の中に少なくとも8000種近くの生物がいると聞くとさすがにたじろいだ。布団やソファは無論、冷蔵庫にも給湯器にも水道水にも…? 読者の引きつった顔を想像して楽しむかのように、ロブ・ダンは研究の成果から話を展開していく。現代人はついそれらを殲滅できないかと考えるが、その大半は無害または有益で、殺菌は悪手。家の中も外と同様、多様性があってこそ人間の身体は健全に保たれると指摘する。
トキソプラズマの章が興味深い。人間を含む多くの哺乳類が感染するトキソプラズマ原虫の最終目的地は、ネコ科動物の腸管上皮の内層である。トキソプラズマ原虫は宿主にリスクテイキングな行動を促し、おそらくはネコ科動物に遭遇しやすく(捕食されやすく)していると考えられる。人間は操縦されているのだ。フランスでは全国民の50%以上に不顕性感染の証拠が見られた。アメリカで20%以上。感染率が生活や行動の様式によるなら日本はもっと低いか。自由や冒険への指向性、民族性と絡めると、人類の歴史をも左右し得る壮大なテーマではないか。
読了日:10月28日 著者:ロブ・ダン

私が知らない沖縄が書かれている。米軍基地問題において、不満を抑え込むためのじゃぶじゃぶの補助金は、確かに自治体を自律失調に陥れているだろう。同調圧力という日本人特性を更に煮詰めたようなシマ社会も、沖縄県民を総じて幸せにはしていないように見える。「真面目(マーメー)」が最大級の侮辱言葉だと沖縄大学の学生は調査に回答したという。出る杭を折れるまでとことんブチのめすとあれば、どういうメンタリティだろう。全国に突出した貧困の原因を、著者は自尊心の低さに見出している。こういう見方があるととりあえず記憶しておく。
読了日:10月25日 著者:樋口 耕太郎


ナムル好き。なぜなら手順が簡単。調味料の種類が少ない。野菜が摂れる。味つけに困らない。日持ちがする。そして野菜は1種類でいい。夫も喜んで食べる。それで薬膳?ええやん! というので飛びついた。通年ある野菜でもよし、旬の野菜はもっとよし。にんにくはたくさん刻んでオリーブオイル/ごま油に漬けておくと日持ちするしすぐに使える。オプションもナッツやきくらげなど常備しているようなものでよい。あとは、油を入れすぎてギトギトにして気持ち悪くならないようにつくるだけ。
読了日:10月23日 著者:植木もも子

子どもって驚異だよなあ。毎日預かる大変さは想像を絶する。『保育士の仕事は感情労働だ』と著者は言う。予測不能の事態や理不尽な要求、業務過多といった要素は他の職業と変わらない。しかし危険回避と、子どもは大人の張りぼてを見抜くから、常に感情で向き合うのはしんどいという意味か。一方、園児の好意もストレートに得られて幸せホルモンどばどばなら、自尊心とか叱って思いどおりの行動をさせようとか、くだらなく思えないものだろうか。他職種からの転職組、数々の保育園を経験した派遣保育士だからこその構造的発見もあるとよかった。
園長をトップとした厳格なヒエラルキー組織。組織としては変革しにくいだろう。そうでなくても親や役所や世間に対して「なにかあったら大変」意識が強く、厳格化された統一ルールに従うことを求められる。強烈な閉鎖性と同調圧力を感じる。同僚にも干渉しない。有期契約の著者は「園によって違うよね」と肩をすくめて済ませるが、それではますます保育士のなり手も減り、しんどくなっていくだけなんじゃないか。と、親や祖父母の就労証明書を毎年手書きさせられる労務担当者は思う。
読了日:10月22日 著者:大原 綾希子


再読。前回より観た本数も回数も増えて、ラーマ王子とシータ姫そうだったのか!などと瞠目すること多し。言語や宗教の多様ぶりもさながら、映画製作自体が各文化圏で独立していること、音楽も分業制になっていて、古典音楽の習得が必須なことなど、奥深くて面白過ぎる。ただし俳優の多くは映画カーストの出身とか、サルマーン・カーンはひき逃げ事件の悪印象を払拭するために「バジュランギおじさん~」で善い人を演じたとか、知りたくないこともままあるものだ。また知りすぎると感性で観られなくなってしまう部分もあるので、程々で。
読了日:10月19日 著者:夏目 深雪,松岡 環,高倉 嘉男,安宅 直子,岡本 敦史,浦川 留

過去と現在、現実と幻想が入り交じって読みづらいが、ヘラジカもベトナムの双子も、最後の公開ディベートに向けて主人公を導く存在である。『日本の天皇ヒロヒトには、第二次世界大戦の戦争責任がある』。アメリカ人にこれを言われると、腹にずんと重い衝撃を感じ、反動でぐっとせり上がるものがある。じゃあ日本人は、いくつもの都市を絨毯爆撃し原発を落とし一方的に裁いたアメリカの所業を、どのように考え、何を求めるのか。あの戦争は加害と被害が両輪だ。今は"同盟国"だろうと、お互い何も思わないほど過去ではない。おそらくこれからも。
マッカーサーは昭和天皇に11回も直接会い、話し、天皇という人と在りかたに理解を深めたのだろう。しかし一般に、アメリカ人は大日本帝国憲法や訳語の定義に沿って昭和天皇こそ第一戦犯と捉え、断罪を求める。日本人にとっての天皇を、歴史の浅いアメリカ、さらに一神教を信仰する国民が大多数のアメリカで、理解することはかなり難しいだろう。そして日本人が自分たちにとっての天皇の存在を論理的に説明することもまた難しいことを自覚し、その双方を理解しておく必要がある。ということをこの小説は独特な形で描いている。
願わくば、日本の子供たちに戦争を起こした日本のことをちゃんと教えてください。拠って立つ自国の歴史の真実を知らないまま、心の備えを持たないまま諸外国の人と向き合うなんて、残酷で恥ずかしい事をさせるな。憲法をヘンな文章だねとか主語が無いのなんでとか言いながらでも、知って、考える素地を養うことは義務教育の義務だ。
読了日:10月14日 著者:赤坂 真理


アインシュタインとフロイトの往復書簡。1932年、アインシュタインはフロイトなら戦争の問題解決を阻む障害を取り除く方法を示唆できるのではと問うた。手紙は1通ずつで長くはなく、後半は養老先生と斎藤環氏による解説である。アインシュタイン53歳、フロイト76歳、両者ともユダヤ人でナチスの興隆に伴い西側へ亡命した。フロイトは『文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる』と手紙を締めたが、未だそうはならない。パレスチナ/イスラエル紛争の報道を見るにつけ、ユダヤ人すらそうなら、何が希望かと空を仰ぐ。
読了日:10月13日 著者:アルバート アインシュタイン,ジグムント フロイト


「日本人の勝算」を読んだのが2019年。政府に直接働きかけ、大企業中小企業を叱咤し、しかし遅々として変わらない日本。ならばとアトキンソン氏は被雇用者に語りかけることにした。立ち上がれ、自己防衛せよと。経営者側の視点でも有用である。近く負担が重くなる日本で、氏の算出した給与上昇率はベア1.4%、定期昇給2.8%で年4.2%。提供するものに価値があるか。値上げにつながる付加価値を提供できるか、また目指しているか。そのうえで給料を上げ続けることができるか。氏が読者に問いかける要点は、即ち企業の課題である。
GDPや物価の上昇を是とする現状への懐疑心は暫時保留として。労働生産性について少しは理解が及んだように思う。「労働生産性が低い」とは個々人の働きの効率が悪いことではない。人の生みだしたものの価値は、不断の努力によってより高いものになるはずで、さすれば価格は上がるはずで、労働者への分配も上がるべきと考える。違っているかもしれないが、とりあえずそのように納得した。
氏は大企業寄りの論調だったように記憶していたが、今回「従業員100~300人の中堅企業がバランスが良い」としていて、目が留まった。労働分配率も、大企業や零細企業より程良いようだ。『厳しさが増すこれからの時代は、環境の変化を先取りし、その都度対応策を打ちながら規模を拡大させていくのが、もっとも現実的かつ有効な企業の成長の道筋のように感じます。つまり、重要なのは単純な規模の大小ではなく、適切なタイミングで適切な規模へ成長することなのです』。
読了日:10月11日 著者:デービッド・アトキンソン


このお二人のセンスで選んだ課題図書を巡っての対談は面白い。辺境に住む民族は未開なのではなく、あえて稲作や道具を放棄した、とか、国境線近くは辺境だが交易の舞台でもある、とか、朝鮮出兵は文化を均質化する効果をもたらした、とか、数多の研究結果、見聞録から、自身の体験も含めて考え併せ、「世界の見方」をつくっていくのだ。点と点が繋がって"知の網"になる。高野さんはそれを「教養」の形成過程と感じたという。文明や豊かさについて考え直すことの知的興奮はこちらにも伝染して、自分がどんどん「常識」から外れていくのが楽しい。
読了日:10月10日 著者:高野 秀行,清水 克行


小さな村、ガルヴェイアス。ある日宇宙から落ちてきた巨大な物の正体が何なのかは最後までわからない。ただ空気中に硫黄の臭いが満ち、パンは不味くなった。想像しただけでもしんどい。それでも人は弱くも、愚かにも、悲しくも、だましだまし生きていく。小さな村の人間関係は絡まり合っている。あるエピソードに登場する脇役が次のエピソードの主役になり、関係が輪郭を取りながら物語は進む。郵便配達人のジャネイロは、1年に1度訪れるギニアの地で人が変わったように生き生きとする。それでもガルヴェイアスに戻るのは、自分の場所だからか。
『誰にだって、運命の場所ってもんがあるのさ。誰の世界にも中心がある。あたしの場所はあんたのよりましだとか、そんなことは関係ないの。自分の場所ってのは他人のそれと比べるようなものじゃない。自分だけの大事なもんだからね。どこにあるかなんて、自分にしかわからないの。みんなの目に見える物にはその形の上に見えない層がいくつも重なっているんだ。自分の場所をだれかに説明しようったって無理だよ、わかっちゃもらえないからね』
読み終えたら、また最初から読みたくなる。ひとつには、人柄や人間関係がひととおりわかったから、改めてその人たちの行ないを違った目で見られること。ひとつには、一度気づいたからといって、小さな村の人々は暮らしかたを変えてしまえたりはしなくて、また同じループを数年ごと、数十年ごとに繰り返すだろうから。エンドレスなのだ。
読了日:10月09日 著者:ジョゼ・ルイス ペイショット

宮内庁が編纂した昭和天皇の実録は61冊に及ぶという。生涯通じた記録の中でも、対談の焦点は戦前から戦後に集中する。最初から軍人として育てられた唯一の天皇。立憲君主として、神の子孫として、また軍の総統としてのお立場がある故の相克の深さを読み解く。止めることができない懊悩でやせ細る陛下の様子、実母である皇太后に疎開を拒否された日の苦しみなど、私には厳しそうで怖いおじいさんでしかなかった昭和天皇が一人の若い人間として像を結んだ。いたわしい、と思った。他方で、実録編纂の目的に天皇像の形成がある点も留めておきたい。
『我が国は軍事国家だったんだなあと、しみじみわかりました。もう、軍事のことばかりですよ』(半藤)。戦況が悪くなる前から、軍部は本当の戦況を陛下に報告しない。陛下にもそれがわかっていたから、アメリカの短波放送を頼りにご自身で情報を得、あるべき方向を模索していたという。担ぎ上げながら、天皇の意志を平然と無視する陸軍。『軍部にとって天皇とは、最高指揮官などではなく、神殿の壁のようなもの』だったとする半藤さんの評が印象深い。
読了日:10月07日 著者:半藤 一利,御厨 貴,磯田 道史,保阪 正康


海。日本のまわりを囲む海。ある日は荒れ、ある日は凪ぐ水面の上で、隔絶された船の上では大漁に高揚したり漂流に絶望したりと、ぎゅっと濃縮された人間模様が展開される。なににしてもダイナミックな様相を見せる海の上だからだろうか、あるいは狭い船の上で強調して見えるからだろうか、人々の心の動きもダイナミックに描かれる3篇。なかでも「海神丸」は約2カ月もの太平洋漂流である。陸を離れて何千年も経ったようなと思われるほど、簡単には訪れない死、また一方で簡単に訪れる死。その非業の様相にもまた、海は何を思うことなく在るのみだ。
読了日:10月07日 著者:近藤 啓太郎,野上 弥生子,徳田 秋声

『私この小泉八雲、日本人よりも本当の日本を愛するです』。引き続き日本愛に満ちた文章。雑誌に掲載する体裁ではなく、本当に愛していたのだとしみじみ読む。「伯耆から隠岐へ」は逸品だ。蒸気船に乗るくだりなどは、乗り心地の悪さに閉口したことを軽妙に書くのも楽しそうだ。一方、帰りの便では穏やかな憂鬱を描き切る、こちらも印象が深い。物質社会から離れた自然への敬慕。晩年に東京の西大久保に屋敷を買って住むのに、静かな環境と和の設えを喜んだという。『余り喜ぶの余りまた心配です。この家に住む事永いを喜びます』。2年余で死去。
読了日:10月03日 著者:ラフカディオ・ハーン


人類は3万5000年前に琉球列島に到達し、5000年の間に日本列島全体に拡がったとされる。その過程を検証するプロジェクト。今の日本人の祖となるだけの人々が、広大な大陸から、島影の見えない海へ、漕ぎ出そうと考えたのはなぜか。海面下がどうなっているか、目指す地がどの方向にあるかわからない。失敗は死に直結した。著者は『海に立ち向かった挑戦者』と結論する。人類は直ちに必要のない事に挑む。命がけの遊びを面白がるのは現代も同じだ。拡大解釈すれば、人類が瞬く間に地球全体に拡がって支配者となった理由も。悪い気はしない。
狩猟採集民であった先祖は現代人よりも身体能力に優れ、生きるための必要以上のことに好奇心を持って挑み、技術は無くとも物を創る能力に長けていた。彼らを、現代の自分たちより劣ったものとして考える癖が染みついているのを自覚する。これを鮮やかに取り払いたいと考えている。その流れとしてグレーバーの新刊を読みたい。しかし5,500円か…。
読了日:10月01日 著者:海部 陽介

注:

2023年10月02日
2023年9月の記録
こうして見ると先月はKindle本ばかり読んでいる。
細切れの読書が増えているということか。
そうすると「あんまり読めてない」感覚がして不満も高まりがちだ。
しかし実際は本腰で読む本も読めているので、意外に感じた。
<今月のデータ>
購入13冊、購入費用8,679円。
読了12冊。
積読本321冊(うちKindle本156冊、Honto本3冊)。

怪談四代記 八雲のいたずら (講談社文庫)の感想
ラフカディオ・ハーンを曾祖父に持つ学者の随筆。ハーンはギリシャとアイルランドにルーツがある。どちらも一神教一辺倒ではない国だ。神ではない、人に働きかける見えざる存在への親和性はありそうだ。もちろん日本も。私は彼を故国喪失者として見ている部分がある。ハーンは日本に渡って落ち着き、日本の暮らしを楽しんだ。しかし、明治の松江の人々は紅毛だ鬼だと疎み、盆踊りを観ているところへ砂を投げかけられたと記録が残っている。「日本の面影」にはそんな気配は露ほども見せない。仕方ないとはいえ、切ないことだ。
読了日:09月24日 著者:小泉 凡
鬼はもとより (徳間文庫)の感想
藩札という地域通貨のようなシステムを使って藩の財政を立て直すという、経済小説のような時代小説。池井戸潤の江戸時代版みたい。商人と武士の立ち位置の違いについて『利を生むための視野の広さを、国の成り立ちを考える際の視野の広さと混同してはならない。二つはまったく別物であり、そもそも見ている景色がちがう』って現代日本の政治経済を牛耳ってる奴らに聞かせてやりたいね。江戸はなぜ武士が為政者だったのだろうか。重たい覚悟を背負った、武士らしい施政。鬼を引き受ける。数多の命を預かるならば、国を治める者はそうあるべきかと。
読了日:09月23日 著者:青山 文平
日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界 (幻冬舎新書)の感想
国立国語研究所の錚々たる研究者の方々が身近な質問に答える。「させていただいてもよろしいですか?」というややこしい言葉について、『非敬語ではより近い言葉へ、敬語ではより遠い言葉へ、というのが現在の日本語におけるポライトネス意識』としたうえで、距離感と敬意の度合い="遠近"をひとつの言葉にぶっこむ用法と説明する。ユピック・エスキモーの家族の概念や、下駄は外国語で男性名詞か女性名詞かなど、文化の違いにまで考えを及ばせるようなネタが興味深い。カンナダ語の歌を何度聞いても歌えず笑い出してしまう理由もよくわかった。
『拍感覚に慣れていない学習者にとっては、一拍を正しく聞き取ったり、発音したりすることが難しくなります。特に、促音や長音、撥音のリズムは、母語においてそれらを一拍として捉えることをしない多くの学習者にとって難しいのです』。
読了日:09月22日 著者:国立国語研究所編
土と内臓―微生物がつくる世界 ( )の感想
どわー、壮大な微生物の力に圧倒される。著者が『自然の隠れた半分』と呼ぶように、地球上の生物のほとんどは肉眼で見えない。植物と土壌生物、人間と腸内生物の共生。どちらにも言えることは、科学の力で人間にとっての栄養素、植物にとっての有益物質はわかってきているけれど、それが全てじゃない。だから、必要とわかっている栄養素だけ摂ったのではだめなのだ。目先ではよく効くサプリや肥料が喧伝されても、目に見えない部分をじっと想定する胆力が必要。ましてや安易に殺生物剤や抗生物質でマイクロバイオームを攪乱するべきではないだろう。
うちの猫のことを考える。不調があって獣医のところへ行くと、まず抗生物質を処方される。それでたいていの異変は治まる。だけど、その度彼らの腸内に起きていたことを想像すると心穏やかでない。せめてその後の食餌を心がけて整える必要がある。そう、食餌も。総合栄養食を定量与えるのが常識的な責務になっているが、それだけで良い訳がない。様々な食材が必要だ。魚、肉、欲しがるなら野菜、草。いずれは土の上を歩かせてやりたいなあ。そういえば人間や自分の尻を舐めたり、猫同士舐め合ったりするのも微生物の移動・交換にあたるのではないか。
読了日:09月21日 著者:デイビッド・モントゴメリー,アン・ビクレー
図書館島 (海外文学セレクション)の感想
島に育った少年は魔術のごとき異国の文字を学び、本から知った彼方の世界に憧れる。故郷を出て、本の中で読んだ都市の生活を見る。世界にはもっとたくさんの本があって、それも地域によって思想や文化、歴史は様々と知る。一方で、出会う人との関係が深くなるうち、ひとりの人の胸の奥にも物語があると知る。誰かがそれを文字に記すことで、物語は時代を超え、人の間を渡っていくことができる。だけど、記されないものも限りなくあるんだって気づくのだ。それも含めて「図書館」なのかな? 原題「A STRANGER IN OLONDRIA」。
『本とは砦であり、嘆きの場所であり、砂漠に至る鍵であり、橋のない川であり、槍の並ぶ庭なのだ』。この物語は長い。長い物語の先にこの言葉があって、沁みた。
読了日:09月18日 著者:ソフィア・サマター
医療にたかるな (新潮新書)の感想
行政、職員、医者、住民、メディアの全員に財政破綻の原因と責任がある。夕張市の事例はわかりやすいし、総人口が減る一方で高齢者比率と社会保障費率が増大する日本では、明日は我が身だ。市民の要望を叶えるのではなく、どの施策が問題を解決するかを数値と検証で見極める必要がある。個人のモラルで軽々に医者にかからないのがいちばんと思っていたけれど、予防接種と検診の受診率は医療費に相関すること、口腔ケアも重要と知った。これから行政は間違いなく行き届かなくなる。頼らないだけではだめで、個人の自発性と工夫が問われると心得る。
目先の営利を求める医療機関と、不安がるくせに事実を見ない患者の共依存が医療費の増大を招く。自治体の『医療費が高いということは「住民の健康意識が低く、病人が多い」ということです』。住民の甘えに対して著者は厳しい。皆で払った税金を正しく使う方法を、私たちは解ってないんだろう。自身の健康を医者ではなく自らで管理し、一定のリスクはあるものと認め、QOLを考えること。小川淳也代議士が北欧の医療制度について視察をしてきて、似たようなことを言っていたと思い出す。それが自立ってことなんだろう。
読了日:09月13日 著者:村上 智彦
ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF)の感想
ローレンツが初めて書いた本。楽しい読み物だ。世間でも興味から様々な動物を飼うことが珍しくなかった時代に、ローレンツは科学的な目で観察した。imprintingで有名だが、より動物の視点、論理に近づこうとする姿勢が新鮮だったのではないかと思う。主に『逃げようとすればいつでも逃げられるのに、私のそばにとどまっている』半分飼い馴らされた動物たちが主役で、特にコクマルガラスの章が興味深かった。動物本来の遺伝的行動と馴致の影響が葛藤する様もローレンツは観察している。原題は「彼、けものども、鳥ども、魚どもと語りき」。
ライアル・ワトソンがローレンツに師事するのを拒んだというのは前に知っていた。動物を意図的/非意図的に飼い馴らして観察したローレンツと、野性の中に人間がいる状態で育ったワトソンとでは、動物のあるべき姿への考え方も、アプローチも立ち位置も違いすぎて、聞きかじりながら、ワトソンは受け入れることができなかったのではと推測する。結局ワトソンはデズモンド・モリスに師事したのだったか。そちらも読まなければ。
読了日:09月11日 著者:コンラート ローレンツ
瀬戸内文化誌の感想
海と海の民に焦点を当てた論考集。特に漁業の手法に詳しい。さて古来、瀬戸内海は日本各地から京阪への航路として要衝だった。人々はその時代の需要に合わせて、各地各島で様々な産業を手掛け、生計としてきた。しかし決して裕福ではなかったと宮本常一翁は言う。山地が多く、人が増えても養うための土地が少ない。土地の生産力が足りない。増えてはあぶれ、出稼ぎや海賊、遊女に身を落としたという。波のない内海を絶えず大小の船が航行する。潮や天候の具合によって走り、泊まり、名所を見物し、また無事を願う神事を行なう、歴史の末に今がある。
瀬戸内海を横断するフェリーに乗った。昔より少々視点が高いが、岸を離れたらちっぽけなもので、海、空、島、船が目まぐるしく移り変わっていくのを飽かずただ眺める。動く絵巻物のようだと言った旅行者の気持ちがわかる。美しい。もらった海図によると、安全に航行できるルートは非常に限られている。ざあざあ音を立てて流れる瀬戸は大きな船でも思うようには任せず、海底が浅くなっている難所も多い。こんなところで、島を回り込んだ途端にかがり火を焚いた海賊の小舟が一斉に飛び出してくる、なんて妄想をしては震えあがった事でした。
読了日:09月08日 著者:宮本常一
満願 (新潮文庫)の感想
売れに売れたと記憶している短編集。久しぶりの米澤穂信のミステリを、私は楽しみ切ったとはいえない。人の心に巣くう打算に興味がなくなったからだろうか。こちらも知識や経験を積み上げ、世にもっと不思議な事象や数奇があると知ってしまったからだろうか。意表を突かれる感覚がないまま淡々と読んでしまう。切ないことだ。こうなっては、「折れた竜骨」のようなファンタジー系の特殊設定か、「万灯」のように海外事情を織り込むとかいった奇策が必要かもしれない。といって、昨今は海外ミステリも各国からのが日本語で読めるから、難しいかな。
読了日:09月07日 著者:米澤 穂信
地獄変の感想
これは立派にミステリ。深く読むほどに凄惨な絵図。猿が助けを求めたのは何故なのか。大殿様はなぜ顔色を変えたのか。なぜ良秀の娘が"罪人"なのか。仕掛けが細かい。伏線は回収されない。私は大殿様が最も恐ろしい。あれが正気の沙汰か。語り手は何も疑っていないが、読み手はそのとおり信じることができない。良秀の人間性を嫌っていた。のみならず、娘に思うところがあったとしか考えられないではないか。片や良秀は、おそらく結末をわかっていた。わかったうえで、大殿様に頼んだ。そして望んだものを得た。『奈落には己の娘が待っている』。
読了日:09月04日 著者:芥川 竜之介
警視庁 生きものがかりの感想
「生きものがかり」なんて優しそうな響きだから、迷子ペットの捜索するのかと思いきや、その実は希少野生動植物密売捜査。密輸入ブローカーが関西ルートで業者にだの、タイの密輸マーケットへの供給ルートを仕切る組織が国際テロ組織と連携だのと、ガチの警察組織だった。そもそもなぜ密輸するかと言えば、そこにカネが絡むからだ。愛じゃない。生きものを扱うゆえに環境省や動物園/水族館と連携したり、市民への啓発活動になりそうな事案を選んだりと、捜査する側によほど愛を感じる。ジーンズのポケットにスローロリス入れて飛行機に乗るなよ…。
一度密輸された動物を原産地へ戻すのは厳禁事項と知った。原産地に存在しない菌や病気をつけて戻したら、原産地の生態系に壊滅的な影響を与えかねないからだ。戻してやりたい気持ちはやまやまなんだけど、ごめんなあ、悪い人間のせいで。同じ種でも違う地域で生まれた雌雄を交配するのも、遺伝子の系列が交雑するのでタブー。そういうときに、動物園/水族館や研究機関は受け皿になるのだそうで。いろんな事情や役割があるのだなあ。
読了日:09月02日 著者:福原 秀一郎
クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー (ヤマケイ新書)の感想
Oso18のニュースから。クマは雑食性なので肉を喰う。ただ、喰うために生きている人間や家畜を繰り返し襲うのは、リスクが比較的小さく、出産や冬眠のための栄養を貯めるのに効率的だと学習してしまったかららしい。人間が森林を開発して野生動物の生息域に干渉し、人間の居住地と森林の間に緩衝帯を維持せず、野生動物を森林に追い戻す行動を積極的に取らないことが事態を悪化させているという。飼い犬を外に放さなくなったのも大きい。犬による咬傷事故回避や狂犬病予防と、野生動物の市街地流入対策を天秤にかける日も近いのかなと思う。
『クマは、抵抗力のない、自分たちに圧力をかけてこない場所を選んでいるのである。それは市街地においても同様である。リアクションのない場所は、クマにとってはOKと受け止められている。さらにクマにとっては、人里に依存したほうが年間を通じてうま味がある。そのうま味のほうが、抱えるリスクよりも大きいと受け止められている。だから出没が絶えないのである。うま味をつくり出しているのも私たちである』。
読了日:09月01日 著者:田口 洋美
注:
は電子書籍で読んだ本。
細切れの読書が増えているということか。
そうすると「あんまり読めてない」感覚がして不満も高まりがちだ。
しかし実際は本腰で読む本も読めているので、意外に感じた。
<今月のデータ>
購入13冊、購入費用8,679円。
読了12冊。
積読本321冊(うちKindle本156冊、Honto本3冊)。


ラフカディオ・ハーンを曾祖父に持つ学者の随筆。ハーンはギリシャとアイルランドにルーツがある。どちらも一神教一辺倒ではない国だ。神ではない、人に働きかける見えざる存在への親和性はありそうだ。もちろん日本も。私は彼を故国喪失者として見ている部分がある。ハーンは日本に渡って落ち着き、日本の暮らしを楽しんだ。しかし、明治の松江の人々は紅毛だ鬼だと疎み、盆踊りを観ているところへ砂を投げかけられたと記録が残っている。「日本の面影」にはそんな気配は露ほども見せない。仕方ないとはいえ、切ないことだ。
読了日:09月24日 著者:小泉 凡


藩札という地域通貨のようなシステムを使って藩の財政を立て直すという、経済小説のような時代小説。池井戸潤の江戸時代版みたい。商人と武士の立ち位置の違いについて『利を生むための視野の広さを、国の成り立ちを考える際の視野の広さと混同してはならない。二つはまったく別物であり、そもそも見ている景色がちがう』って現代日本の政治経済を牛耳ってる奴らに聞かせてやりたいね。江戸はなぜ武士が為政者だったのだろうか。重たい覚悟を背負った、武士らしい施政。鬼を引き受ける。数多の命を預かるならば、国を治める者はそうあるべきかと。
読了日:09月23日 著者:青山 文平


国立国語研究所の錚々たる研究者の方々が身近な質問に答える。「させていただいてもよろしいですか?」というややこしい言葉について、『非敬語ではより近い言葉へ、敬語ではより遠い言葉へ、というのが現在の日本語におけるポライトネス意識』としたうえで、距離感と敬意の度合い="遠近"をひとつの言葉にぶっこむ用法と説明する。ユピック・エスキモーの家族の概念や、下駄は外国語で男性名詞か女性名詞かなど、文化の違いにまで考えを及ばせるようなネタが興味深い。カンナダ語の歌を何度聞いても歌えず笑い出してしまう理由もよくわかった。
『拍感覚に慣れていない学習者にとっては、一拍を正しく聞き取ったり、発音したりすることが難しくなります。特に、促音や長音、撥音のリズムは、母語においてそれらを一拍として捉えることをしない多くの学習者にとって難しいのです』。
読了日:09月22日 著者:国立国語研究所編


どわー、壮大な微生物の力に圧倒される。著者が『自然の隠れた半分』と呼ぶように、地球上の生物のほとんどは肉眼で見えない。植物と土壌生物、人間と腸内生物の共生。どちらにも言えることは、科学の力で人間にとっての栄養素、植物にとっての有益物質はわかってきているけれど、それが全てじゃない。だから、必要とわかっている栄養素だけ摂ったのではだめなのだ。目先ではよく効くサプリや肥料が喧伝されても、目に見えない部分をじっと想定する胆力が必要。ましてや安易に殺生物剤や抗生物質でマイクロバイオームを攪乱するべきではないだろう。
うちの猫のことを考える。不調があって獣医のところへ行くと、まず抗生物質を処方される。それでたいていの異変は治まる。だけど、その度彼らの腸内に起きていたことを想像すると心穏やかでない。せめてその後の食餌を心がけて整える必要がある。そう、食餌も。総合栄養食を定量与えるのが常識的な責務になっているが、それだけで良い訳がない。様々な食材が必要だ。魚、肉、欲しがるなら野菜、草。いずれは土の上を歩かせてやりたいなあ。そういえば人間や自分の尻を舐めたり、猫同士舐め合ったりするのも微生物の移動・交換にあたるのではないか。
読了日:09月21日 著者:デイビッド・モントゴメリー,アン・ビクレー


島に育った少年は魔術のごとき異国の文字を学び、本から知った彼方の世界に憧れる。故郷を出て、本の中で読んだ都市の生活を見る。世界にはもっとたくさんの本があって、それも地域によって思想や文化、歴史は様々と知る。一方で、出会う人との関係が深くなるうち、ひとりの人の胸の奥にも物語があると知る。誰かがそれを文字に記すことで、物語は時代を超え、人の間を渡っていくことができる。だけど、記されないものも限りなくあるんだって気づくのだ。それも含めて「図書館」なのかな? 原題「A STRANGER IN OLONDRIA」。
『本とは砦であり、嘆きの場所であり、砂漠に至る鍵であり、橋のない川であり、槍の並ぶ庭なのだ』。この物語は長い。長い物語の先にこの言葉があって、沁みた。
読了日:09月18日 著者:ソフィア・サマター


行政、職員、医者、住民、メディアの全員に財政破綻の原因と責任がある。夕張市の事例はわかりやすいし、総人口が減る一方で高齢者比率と社会保障費率が増大する日本では、明日は我が身だ。市民の要望を叶えるのではなく、どの施策が問題を解決するかを数値と検証で見極める必要がある。個人のモラルで軽々に医者にかからないのがいちばんと思っていたけれど、予防接種と検診の受診率は医療費に相関すること、口腔ケアも重要と知った。これから行政は間違いなく行き届かなくなる。頼らないだけではだめで、個人の自発性と工夫が問われると心得る。
目先の営利を求める医療機関と、不安がるくせに事実を見ない患者の共依存が医療費の増大を招く。自治体の『医療費が高いということは「住民の健康意識が低く、病人が多い」ということです』。住民の甘えに対して著者は厳しい。皆で払った税金を正しく使う方法を、私たちは解ってないんだろう。自身の健康を医者ではなく自らで管理し、一定のリスクはあるものと認め、QOLを考えること。小川淳也代議士が北欧の医療制度について視察をしてきて、似たようなことを言っていたと思い出す。それが自立ってことなんだろう。
読了日:09月13日 著者:村上 智彦


ローレンツが初めて書いた本。楽しい読み物だ。世間でも興味から様々な動物を飼うことが珍しくなかった時代に、ローレンツは科学的な目で観察した。imprintingで有名だが、より動物の視点、論理に近づこうとする姿勢が新鮮だったのではないかと思う。主に『逃げようとすればいつでも逃げられるのに、私のそばにとどまっている』半分飼い馴らされた動物たちが主役で、特にコクマルガラスの章が興味深かった。動物本来の遺伝的行動と馴致の影響が葛藤する様もローレンツは観察している。原題は「彼、けものども、鳥ども、魚どもと語りき」。
ライアル・ワトソンがローレンツに師事するのを拒んだというのは前に知っていた。動物を意図的/非意図的に飼い馴らして観察したローレンツと、野性の中に人間がいる状態で育ったワトソンとでは、動物のあるべき姿への考え方も、アプローチも立ち位置も違いすぎて、聞きかじりながら、ワトソンは受け入れることができなかったのではと推測する。結局ワトソンはデズモンド・モリスに師事したのだったか。そちらも読まなければ。
読了日:09月11日 著者:コンラート ローレンツ


海と海の民に焦点を当てた論考集。特に漁業の手法に詳しい。さて古来、瀬戸内海は日本各地から京阪への航路として要衝だった。人々はその時代の需要に合わせて、各地各島で様々な産業を手掛け、生計としてきた。しかし決して裕福ではなかったと宮本常一翁は言う。山地が多く、人が増えても養うための土地が少ない。土地の生産力が足りない。増えてはあぶれ、出稼ぎや海賊、遊女に身を落としたという。波のない内海を絶えず大小の船が航行する。潮や天候の具合によって走り、泊まり、名所を見物し、また無事を願う神事を行なう、歴史の末に今がある。
瀬戸内海を横断するフェリーに乗った。昔より少々視点が高いが、岸を離れたらちっぽけなもので、海、空、島、船が目まぐるしく移り変わっていくのを飽かずただ眺める。動く絵巻物のようだと言った旅行者の気持ちがわかる。美しい。もらった海図によると、安全に航行できるルートは非常に限られている。ざあざあ音を立てて流れる瀬戸は大きな船でも思うようには任せず、海底が浅くなっている難所も多い。こんなところで、島を回り込んだ途端にかがり火を焚いた海賊の小舟が一斉に飛び出してくる、なんて妄想をしては震えあがった事でした。
読了日:09月08日 著者:宮本常一

売れに売れたと記憶している短編集。久しぶりの米澤穂信のミステリを、私は楽しみ切ったとはいえない。人の心に巣くう打算に興味がなくなったからだろうか。こちらも知識や経験を積み上げ、世にもっと不思議な事象や数奇があると知ってしまったからだろうか。意表を突かれる感覚がないまま淡々と読んでしまう。切ないことだ。こうなっては、「折れた竜骨」のようなファンタジー系の特殊設定か、「万灯」のように海外事情を織り込むとかいった奇策が必要かもしれない。といって、昨今は海外ミステリも各国からのが日本語で読めるから、難しいかな。
読了日:09月07日 著者:米澤 穂信


これは立派にミステリ。深く読むほどに凄惨な絵図。猿が助けを求めたのは何故なのか。大殿様はなぜ顔色を変えたのか。なぜ良秀の娘が"罪人"なのか。仕掛けが細かい。伏線は回収されない。私は大殿様が最も恐ろしい。あれが正気の沙汰か。語り手は何も疑っていないが、読み手はそのとおり信じることができない。良秀の人間性を嫌っていた。のみならず、娘に思うところがあったとしか考えられないではないか。片や良秀は、おそらく結末をわかっていた。わかったうえで、大殿様に頼んだ。そして望んだものを得た。『奈落には己の娘が待っている』。
読了日:09月04日 著者:芥川 竜之介


「生きものがかり」なんて優しそうな響きだから、迷子ペットの捜索するのかと思いきや、その実は希少野生動植物密売捜査。密輸入ブローカーが関西ルートで業者にだの、タイの密輸マーケットへの供給ルートを仕切る組織が国際テロ組織と連携だのと、ガチの警察組織だった。そもそもなぜ密輸するかと言えば、そこにカネが絡むからだ。愛じゃない。生きものを扱うゆえに環境省や動物園/水族館と連携したり、市民への啓発活動になりそうな事案を選んだりと、捜査する側によほど愛を感じる。ジーンズのポケットにスローロリス入れて飛行機に乗るなよ…。
一度密輸された動物を原産地へ戻すのは厳禁事項と知った。原産地に存在しない菌や病気をつけて戻したら、原産地の生態系に壊滅的な影響を与えかねないからだ。戻してやりたい気持ちはやまやまなんだけど、ごめんなあ、悪い人間のせいで。同じ種でも違う地域で生まれた雌雄を交配するのも、遺伝子の系列が交雑するのでタブー。そういうときに、動物園/水族館や研究機関は受け皿になるのだそうで。いろんな事情や役割があるのだなあ。
読了日:09月02日 著者:福原 秀一郎


Oso18のニュースから。クマは雑食性なので肉を喰う。ただ、喰うために生きている人間や家畜を繰り返し襲うのは、リスクが比較的小さく、出産や冬眠のための栄養を貯めるのに効率的だと学習してしまったかららしい。人間が森林を開発して野生動物の生息域に干渉し、人間の居住地と森林の間に緩衝帯を維持せず、野生動物を森林に追い戻す行動を積極的に取らないことが事態を悪化させているという。飼い犬を外に放さなくなったのも大きい。犬による咬傷事故回避や狂犬病予防と、野生動物の市街地流入対策を天秤にかける日も近いのかなと思う。
『クマは、抵抗力のない、自分たちに圧力をかけてこない場所を選んでいるのである。それは市街地においても同様である。リアクションのない場所は、クマにとってはOKと受け止められている。さらにクマにとっては、人里に依存したほうが年間を通じてうま味がある。そのうま味のほうが、抱えるリスクよりも大きいと受け止められている。だから出没が絶えないのである。うま味をつくり出しているのも私たちである』。
読了日:09月01日 著者:田口 洋美

注:

2023年09月01日
2023年8月の記録
『これは日本の文化一般に通ずる思想ですが、私自身も年をとるということは、ある意味では生涯で一番楽しい時期ではないかと潜かに思っているんです。というのは若い時には知らないで過ごしたさまざまなものが見えてきますからね』。
今月読んだ白洲正子の言葉。
いやー、ほんとに。
時間が足りないよ困ったなあ、とすら思うくらい、年々どんどん楽しくなる。
先日、インド映画「K.G.F」を観に行った。
単なるバイオレンスエンタメでしょ、と思っていたところが、
社会構造や、宗教と母性のつながりなど、いくらでも深掘りしたくなる。
見えてくる、の意味をしみじみ思う。
<今月のデータ>
購入11冊、購入費用9,824円。
読了16冊。
積読本323冊(うちKindle本157冊、Honto本3冊)。

文豪怪奇コレクション 恐怖と哀愁の内田百閒 (双葉文庫)の感想
内田百閒の作風を、そういえば知らなかった。怖いとか不思議とか感じる前に、呆気にとられる。怪異自体がわかりやすくないのだ。何が起きたのか、何を主人公が怖がっていたのか、わからないまま終わってしまうものも多い。だいたい主人公本人にもわかっていなかったりする。ただ、常ならざる雰囲気だったり、見えるものが異様だったり、気配がおかしかったり、形容しようのない状況の形容に巧みである。解りやすい「影」を好みと挙げておく。自身が疫病神なんじゃないかと、周りの人間の様子から察してゆく恐怖。次は「安房列車」を読みたい。
読了日:08月31日 著者:内田 百閒
ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)の感想
年々、小説を読みはじめるのが億劫になるようだ。人物を区別し、状況を把握するのが面倒で仕方ない。クリスティの凝った仕掛けとあらば気が抜けないから余計に。からの、一気読み。偶然の出来事も計算し尽くされた策略も、全てが集約される要の瞬間、それが"ゼロ時間"。ならば捜査や推理は時間を遡ってゼロ時間に到達する行為と言えるだろう。それにしてもたいした役者だった。読み返してみても言動に引っかかりが少なく、周りの人物のほうが余程不審な素振りを見せるのがクリスティの設定の妙。読むたび、クリスティ作品が好きだと思い出す。
読了日:08月30日 著者:アガサ・クリスティー
サステイナブルに暮らしたい ―地球とつながる自由な生き方―の感想
できることならサステイナブルに暮らす人でありたい。できる範囲で。さほど無理せずに。心地よく。自分にできる/できない、向いている/向いていない、さらに好き/嫌いは人それぞれだから、こういう本は全てががっちりはまる、なんてことはないのだろうな。著者夫妻の言うように、「今日正しいと思ったこと」をやれる範囲で積み重ねていくのが正解だと思う。それは息苦しい縛りではなくて、ゴミ(と自責)からの解放、選ぶ自由なのだ。取り入れたいアイテムは蓋がガラスのWECK、竹ざる、自家製へちま。クロモジって庭に植えられるのだろうか。
読了日:08月27日 著者:服部雄一郎,服部麻子
白い病 (岩波文庫)の感想
感染症を題材にした作品として、しかもチャペックで気になっていたのを、一箱古本市の店主から購入。こんなに短かく、また戯曲だったとは知らなかったと話したことだった。この物語は、悲惨な最期を迎える病そのものだけでなく、若い世代の行き詰まる世相や、為政者と軍需産業の戦争願望、さらに為政者の策略が大衆に飲み込まれ押し流されていく様子までを描いている。今と同じなのだ。戦争は狂った独裁者だけで始まるものではない。これを普遍と呼んでしまったら、人間はいつまでも愚かだと認めてしまうようじゃないかと狼狽える。希望ははかない。
読了日:08月26日 著者:カレル・チャペック
あなたの会社、その働き方は幸せですか? (単行本)の感想
このお二人が同級生とは、パワフルな組み合わせだ。二人とも数字とファクト、ロジックを持っているので、切れ味が良い。厚生年金保険の適用拡大や終身雇用の廃止、消費税の是非など、解説されると納得だった。労働が流動化することは企業のダイバーシティを促進する。すると人間の考える力が豊かになり新しい発想が生まれる。しかしうちのような、知識と技術だけでなく、特定現場経験の蓄積が物を言う業態である場合は、長く勤めてもらえるような待遇面のインセンティヴはやはり必要だろう。日本的経営が明文化されていないのは怠慢との指摘が痛い。
「育休中に浮いた人件費を他の社員に分与する」発想は私にも無かった。育休の間だけ臨時に人員を補充するのは、雇用管理面から言って面倒だし、中小企業ではまず無理。だったら、それ、やろう!
読了日:08月26日 著者:出口 治明,上野 千鶴子
新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)の感想
ラフカディオ・ハーン、明治23年来日、横浜から出雲へ旅立つ。イザベラ・バードの旅を連想するが、ハーンはもっと熱烈に、見聞きする全てを慈しみ、賛美する。いち日本人としては面映い。しかし観察する筆は写実かつ的確で、紛うかたなき日本の景色、風物、人である。出雲への旅、潜戸への旅、松江の居宅だった屋敷と庭の描写など、つられてうっとりしてしまう。文化や歴史にも造詣を深め、そこら辺の日本人では敵わない。出雲大社への昇殿を許された最初の西洋人として、ハーンほどふさわしい人物はいなかったんじゃないかと感服しきりだった。
『大橋から東の方角の地平線に、鋸の歯のような稜線を描く緑や青の美しい山々の連なりを望むと、神々しい幻影がひとつ空にそびえ立っているのが見える。山裾が遠くの霞に霞んで見えないので、空中にその幻影だけが浮かび上がっているようである。下の方は透き通った灰色で、上は白く霞み、夢かと見まがう万年雪をたたえた悠然たる、幻のような高嶺──それが、大山の雄姿である。』
読了日:08月24日 著者:ラフカディオ・ハーン
世界まちかど地政学NEXTの感想
藻谷さん相変わらずせわしない。Googleマップを駆使して追う私もへとへとである。この世界はどのように出来上がっているのか。重要なのは『何が「あるか」よりも、普通ならあるはずの何が「ないか」を探す観察力』と位置づけて世界を巡る。まさに百国百様、しかし違った中にも『同じ構造が繰り返し現れる』瞬間を追体験する。国内に産業が無いのに消費を煽る資本主義がねじ込まれている貧困国。歴史的条件と戦略の上に奇跡的な立ち位置を確立した小国。国体を維持することは、歴史の偶然と積み重ねのうえの奇跡を、智で先へ繋ぐ努力と見たり。
読了日:08月23日 著者:藻谷 浩介
問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界 (朝日新書)の感想
三次元の物体を、角度を変えて見ると別のもののように見える。それと同じで、アメリカを筆頭とする西側諸国が一枚岩には見えなくなった。アングロサクソン系の国と、ロシア、中国、中東などは、家族の形態も相続方式も違う。それが互いへの許容できなさに影響している可能性を指摘している。日本とドイツはその間の共同体家族構造を持っているので、実はロシア側にも親和性がある。たまたま大戦に負けたために西側についている「状態」は、必然ではないのだ。総じて世界の価値観は、西側的でない国のほうが多い。それが持つ意味をじっくり考えたい。
あとアメリカの衰退。アメリカは『他国を戦争に向かわせることをする国』だとの指摘を池上さんは否定しない。私もアメリカのウクライナや台湾、韓国へのやり口にそれを感じる。戦争はアメリカの存在を誇示できる。戦争は奪える。戦争は儲かる。一方で、軍需品をアメリカ国内で十分生産できなくなったら、生産力のあるドイツや日本に生産させるよう圧力をかけるという予測も、ありそうで怖い。安倍以降、せっせと武器輸出三原則をはずしにかかっているのは、すでにその方向でアメリカから圧がかかっているとみてそう的外れでないのかも。
読了日:08月17日 著者:エマニュエル・トッド,池上 彰
悲しみの歌 (新潮文庫)の感想
その後30年経っても勝呂の懊悩は続いていた。善人であるところの勝呂が善で生きることができない世界。以前は、戦時下の非常、戦争の狂気ゆえと私は理由づけたのだった。ところが30年経ったって、多数の人々は自分の欲望や見栄ばかりで汚いことは他人に擦りつけている。本質は同じと著者は描き出す。どころか、平和ゆえの浅はかな正義感で人を簡単に糾弾するのだと。「くたびれていた」。言葉少なな勝呂の言葉から、他者が理解することは難しい。いつだって非難は簡単で、受容は難しい。『ほんとに、あの人、かなしかった。かなしい人でした』。
読了日:08月16日 著者:遠藤 周作
ソングライン (series on the move)の感想
ソングライン。白人が現れる前、オーストラリア全土にわたって巡らされた伝説の歌の道。言葉や血筋が違っても、アボリジニはその歌さえあれば通じ合うことができるという。アボリジニには"領土"と"道"が同じことばだ。乾燥した低木林や砂漠では降雨量が安定せず、定住できない。だから土地の保有ではなく、誰かに断りなく安心して居られる場所を道として保持しているというのは合理的なシステムだ。『歌われない土地は死んだ土地』。この物語は事実と虚構を織り交ぜて書いたものとあとがきで知った。ソングラインは実在するのか?と慌てた。
読了日:08月15日 著者:ブルース・チャトウィン
山陰土産の感想
遠出しない盆休みのお供に。島崎藤村は次男を連れ、山陰へ汽車の旅をした。当然、JR各駅停車よりさらに遅い汽車で、大阪から小郡まで10日余りかけた。東京とは比べるべくもない山野の"滴るばかりの緑"の深さに目を見張る描写など、街にも山野にも細やかな発見と描写をする様子は、列車が鈍行だからだけでなく、当時における旅行の珍しさと、持ち前の描写力だろう。土地土地の名士が訪れては親子をもてなし、名跡を案内する。羨ましいが忙しない。読もうと思ったのは、山陰の海岸の潜戸の描写があると聞いたからだったか。行くなら夏か。
読了日:08月15日 著者:島崎 藤村
撤退論 歴史のパラダイム転換にむけて (犀の教室)の感想
日頃の内田先生の撤退論に馴染んでいる身には、各論者の撤退論にぴんとこないものも多かった。各氏の専門分野を考えれば、撤退の意味もいろいろで当たり前である。なので、青木真兵氏の、資本に完全に包摂されないように常に距離感を計る必要性や、想田和弘氏の、非常識に思える選択肢を吟味する重要性、平川克美氏の、資本主義社会からの『撤退は敗北でも逃避でもなく、パラダイムの転換である』という実体験など、内田先生の論と親和性の高いものほど印象に強く、また即ち暮らしの中に取り込んでいかなければと私の心持ちを後押しした。
読了日:08月15日 著者:内田樹 編,堀田新五郎,斎藤幸平,白井聡,中田考,岩田健太郎,青木真兵,後藤正文,想田和弘,渡邉格,渡邉麻里子,平田オリザ,仲野徹,三砂ちづる,兪炳匡,平川克美
タクシードライバーぐるぐる日記――朝7時から都内を周回中、営収5万円まで帰庫できませんの感想
今回は都内の大手タクシー会社に勤務するタクシー運転手。毎朝500台のタクシーが時間差で出ていくなんて、想像を絶する。職種柄、同僚や他社のドライバー、客と接触する人数は多いが、どこか淡泊で、意外に一人の時間が長い印象を受けた。心身ともに、自分を保つのが難しそうだ。「一番うまい店に連れてって」なんてテレビ番組があるが、それだって人によるよなあ。東日本大震災の直後。東京駅前には人が溢れ出し、人と車でみるみる渋滞して身動きが取れなくなって、「回送」表示にしても窓越しに乗車を懇願してくる人々の描写には鳥肌が立った。
読了日:08月14日 著者:内田正治
天路の旅人の感想
戦時下、西川一三は密偵の命を受け、内蒙古から西へ向かった。それは敵地の情報を探るという任務、しかし元々は見知らぬ地を歩きたいという本人の情熱ゆえとわかる。蒙古人のラマ僧を装い、読経と御詠歌を会得してまで、そこに帰国や安住のチャンスがあってもあえて先へ先へとまだ見ぬ地を思い描く、その魂の自由さがまさに"天路の旅人"だと沢木さんは感じたのだろう。帰国後、苦行僧のように一心不乱に記録をまとめ続けた3年、その後数十年の淡々とした生活との落差はやはり際立つ。何が幸せだったかなど考えても詮無いことだけれど。
読了日:08月11日 著者:沢木 耕太郎
日本の伝統美を訪ねて (河出文庫)の感想
白洲正子は好奇心旺盛な人だった。面白いと思ったら首を突っ込んでとことんはまる。結果として目が養われる。本質を掴む。あるいは自分の足で歩いて伊勢へ詣でる旅で、古人の実感を理解する。『だって、面白いんだもん。あたくし、いつでも面白いことが先に立つの』。だから彼女の言葉には惹かれる。着物、能、骨董など、長い伝統がある部類のものは素人が想像するよりずっと奥深い。知識だけでなく感覚で深く理解できるようになってはじめて、定石を踏まえたうえで拓ける境地というものがある、そのなにかひとつでも自分のものにしたいと憧れる。
『形がなかったら、心って表せないでしょ。心というのは、どっかにあるけれども、それを取り出して見せるといったら、やっぱり何かの形にしなくちゃならない。それは今も昔も同じだと思います』。『これは日本の文化一般に通ずる思想ですが、私自身も年をとるということは、ある意味では生涯で一番楽しい時期ではないかと潜かに思っているんです。というのは若い時には知らないで過ごしたさまざまなものが見えてきますからね』。
読了日:08月11日 著者:白洲 正子
LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれるの感想
「きく」ことにまつわるあれこれ。『「話を聞く」とは相手のおしゃべりを待つことだと思っている人が多い』という見出しに、私は相手が話し始めるのを待ってしまうのでそのことかと思ったら、相手の話が終わるのを待つという意味だった。全体的に、聴く以外のことをしたがる人が多いわね。私は他人に関心が無いのが欠点であって、相手を決めつけている訳ではないと思っているけれど、引っ繰り返せばそういうことなんだろう。あと聴きかた。集中して聞くのではなく、意識を緊張させない状態で受け止める感じがいいのかな。それと沈黙を恐れないこと。
読了日:08月04日 著者:ケイト・マーフィ
注:
は電子書籍で読んだ本。
今月読んだ白洲正子の言葉。
いやー、ほんとに。
時間が足りないよ困ったなあ、とすら思うくらい、年々どんどん楽しくなる。
先日、インド映画「K.G.F」を観に行った。
単なるバイオレンスエンタメでしょ、と思っていたところが、
社会構造や、宗教と母性のつながりなど、いくらでも深掘りしたくなる。
見えてくる、の意味をしみじみ思う。
<今月のデータ>
購入11冊、購入費用9,824円。
読了16冊。
積読本323冊(うちKindle本157冊、Honto本3冊)。


内田百閒の作風を、そういえば知らなかった。怖いとか不思議とか感じる前に、呆気にとられる。怪異自体がわかりやすくないのだ。何が起きたのか、何を主人公が怖がっていたのか、わからないまま終わってしまうものも多い。だいたい主人公本人にもわかっていなかったりする。ただ、常ならざる雰囲気だったり、見えるものが異様だったり、気配がおかしかったり、形容しようのない状況の形容に巧みである。解りやすい「影」を好みと挙げておく。自身が疫病神なんじゃないかと、周りの人間の様子から察してゆく恐怖。次は「安房列車」を読みたい。
読了日:08月31日 著者:内田 百閒


年々、小説を読みはじめるのが億劫になるようだ。人物を区別し、状況を把握するのが面倒で仕方ない。クリスティの凝った仕掛けとあらば気が抜けないから余計に。からの、一気読み。偶然の出来事も計算し尽くされた策略も、全てが集約される要の瞬間、それが"ゼロ時間"。ならば捜査や推理は時間を遡ってゼロ時間に到達する行為と言えるだろう。それにしてもたいした役者だった。読み返してみても言動に引っかかりが少なく、周りの人物のほうが余程不審な素振りを見せるのがクリスティの設定の妙。読むたび、クリスティ作品が好きだと思い出す。
読了日:08月30日 著者:アガサ・クリスティー


できることならサステイナブルに暮らす人でありたい。できる範囲で。さほど無理せずに。心地よく。自分にできる/できない、向いている/向いていない、さらに好き/嫌いは人それぞれだから、こういう本は全てががっちりはまる、なんてことはないのだろうな。著者夫妻の言うように、「今日正しいと思ったこと」をやれる範囲で積み重ねていくのが正解だと思う。それは息苦しい縛りではなくて、ゴミ(と自責)からの解放、選ぶ自由なのだ。取り入れたいアイテムは蓋がガラスのWECK、竹ざる、自家製へちま。クロモジって庭に植えられるのだろうか。
読了日:08月27日 著者:服部雄一郎,服部麻子

感染症を題材にした作品として、しかもチャペックで気になっていたのを、一箱古本市の店主から購入。こんなに短かく、また戯曲だったとは知らなかったと話したことだった。この物語は、悲惨な最期を迎える病そのものだけでなく、若い世代の行き詰まる世相や、為政者と軍需産業の戦争願望、さらに為政者の策略が大衆に飲み込まれ押し流されていく様子までを描いている。今と同じなのだ。戦争は狂った独裁者だけで始まるものではない。これを普遍と呼んでしまったら、人間はいつまでも愚かだと認めてしまうようじゃないかと狼狽える。希望ははかない。
読了日:08月26日 著者:カレル・チャペック

このお二人が同級生とは、パワフルな組み合わせだ。二人とも数字とファクト、ロジックを持っているので、切れ味が良い。厚生年金保険の適用拡大や終身雇用の廃止、消費税の是非など、解説されると納得だった。労働が流動化することは企業のダイバーシティを促進する。すると人間の考える力が豊かになり新しい発想が生まれる。しかしうちのような、知識と技術だけでなく、特定現場経験の蓄積が物を言う業態である場合は、長く勤めてもらえるような待遇面のインセンティヴはやはり必要だろう。日本的経営が明文化されていないのは怠慢との指摘が痛い。
「育休中に浮いた人件費を他の社員に分与する」発想は私にも無かった。育休の間だけ臨時に人員を補充するのは、雇用管理面から言って面倒だし、中小企業ではまず無理。だったら、それ、やろう!
読了日:08月26日 著者:出口 治明,上野 千鶴子


ラフカディオ・ハーン、明治23年来日、横浜から出雲へ旅立つ。イザベラ・バードの旅を連想するが、ハーンはもっと熱烈に、見聞きする全てを慈しみ、賛美する。いち日本人としては面映い。しかし観察する筆は写実かつ的確で、紛うかたなき日本の景色、風物、人である。出雲への旅、潜戸への旅、松江の居宅だった屋敷と庭の描写など、つられてうっとりしてしまう。文化や歴史にも造詣を深め、そこら辺の日本人では敵わない。出雲大社への昇殿を許された最初の西洋人として、ハーンほどふさわしい人物はいなかったんじゃないかと感服しきりだった。
『大橋から東の方角の地平線に、鋸の歯のような稜線を描く緑や青の美しい山々の連なりを望むと、神々しい幻影がひとつ空にそびえ立っているのが見える。山裾が遠くの霞に霞んで見えないので、空中にその幻影だけが浮かび上がっているようである。下の方は透き通った灰色で、上は白く霞み、夢かと見まがう万年雪をたたえた悠然たる、幻のような高嶺──それが、大山の雄姿である。』
読了日:08月24日 著者:ラフカディオ・ハーン


藻谷さん相変わらずせわしない。Googleマップを駆使して追う私もへとへとである。この世界はどのように出来上がっているのか。重要なのは『何が「あるか」よりも、普通ならあるはずの何が「ないか」を探す観察力』と位置づけて世界を巡る。まさに百国百様、しかし違った中にも『同じ構造が繰り返し現れる』瞬間を追体験する。国内に産業が無いのに消費を煽る資本主義がねじ込まれている貧困国。歴史的条件と戦略の上に奇跡的な立ち位置を確立した小国。国体を維持することは、歴史の偶然と積み重ねのうえの奇跡を、智で先へ繋ぐ努力と見たり。
読了日:08月23日 著者:藻谷 浩介


三次元の物体を、角度を変えて見ると別のもののように見える。それと同じで、アメリカを筆頭とする西側諸国が一枚岩には見えなくなった。アングロサクソン系の国と、ロシア、中国、中東などは、家族の形態も相続方式も違う。それが互いへの許容できなさに影響している可能性を指摘している。日本とドイツはその間の共同体家族構造を持っているので、実はロシア側にも親和性がある。たまたま大戦に負けたために西側についている「状態」は、必然ではないのだ。総じて世界の価値観は、西側的でない国のほうが多い。それが持つ意味をじっくり考えたい。
あとアメリカの衰退。アメリカは『他国を戦争に向かわせることをする国』だとの指摘を池上さんは否定しない。私もアメリカのウクライナや台湾、韓国へのやり口にそれを感じる。戦争はアメリカの存在を誇示できる。戦争は奪える。戦争は儲かる。一方で、軍需品をアメリカ国内で十分生産できなくなったら、生産力のあるドイツや日本に生産させるよう圧力をかけるという予測も、ありそうで怖い。安倍以降、せっせと武器輸出三原則をはずしにかかっているのは、すでにその方向でアメリカから圧がかかっているとみてそう的外れでないのかも。
読了日:08月17日 著者:エマニュエル・トッド,池上 彰


その後30年経っても勝呂の懊悩は続いていた。善人であるところの勝呂が善で生きることができない世界。以前は、戦時下の非常、戦争の狂気ゆえと私は理由づけたのだった。ところが30年経ったって、多数の人々は自分の欲望や見栄ばかりで汚いことは他人に擦りつけている。本質は同じと著者は描き出す。どころか、平和ゆえの浅はかな正義感で人を簡単に糾弾するのだと。「くたびれていた」。言葉少なな勝呂の言葉から、他者が理解することは難しい。いつだって非難は簡単で、受容は難しい。『ほんとに、あの人、かなしかった。かなしい人でした』。
読了日:08月16日 著者:遠藤 周作


ソングライン。白人が現れる前、オーストラリア全土にわたって巡らされた伝説の歌の道。言葉や血筋が違っても、アボリジニはその歌さえあれば通じ合うことができるという。アボリジニには"領土"と"道"が同じことばだ。乾燥した低木林や砂漠では降雨量が安定せず、定住できない。だから土地の保有ではなく、誰かに断りなく安心して居られる場所を道として保持しているというのは合理的なシステムだ。『歌われない土地は死んだ土地』。この物語は事実と虚構を織り交ぜて書いたものとあとがきで知った。ソングラインは実在するのか?と慌てた。
読了日:08月15日 著者:ブルース・チャトウィン


遠出しない盆休みのお供に。島崎藤村は次男を連れ、山陰へ汽車の旅をした。当然、JR各駅停車よりさらに遅い汽車で、大阪から小郡まで10日余りかけた。東京とは比べるべくもない山野の"滴るばかりの緑"の深さに目を見張る描写など、街にも山野にも細やかな発見と描写をする様子は、列車が鈍行だからだけでなく、当時における旅行の珍しさと、持ち前の描写力だろう。土地土地の名士が訪れては親子をもてなし、名跡を案内する。羨ましいが忙しない。読もうと思ったのは、山陰の海岸の潜戸の描写があると聞いたからだったか。行くなら夏か。
読了日:08月15日 著者:島崎 藤村


日頃の内田先生の撤退論に馴染んでいる身には、各論者の撤退論にぴんとこないものも多かった。各氏の専門分野を考えれば、撤退の意味もいろいろで当たり前である。なので、青木真兵氏の、資本に完全に包摂されないように常に距離感を計る必要性や、想田和弘氏の、非常識に思える選択肢を吟味する重要性、平川克美氏の、資本主義社会からの『撤退は敗北でも逃避でもなく、パラダイムの転換である』という実体験など、内田先生の論と親和性の高いものほど印象に強く、また即ち暮らしの中に取り込んでいかなければと私の心持ちを後押しした。
読了日:08月15日 著者:内田樹 編,堀田新五郎,斎藤幸平,白井聡,中田考,岩田健太郎,青木真兵,後藤正文,想田和弘,渡邉格,渡邉麻里子,平田オリザ,仲野徹,三砂ちづる,兪炳匡,平川克美

今回は都内の大手タクシー会社に勤務するタクシー運転手。毎朝500台のタクシーが時間差で出ていくなんて、想像を絶する。職種柄、同僚や他社のドライバー、客と接触する人数は多いが、どこか淡泊で、意外に一人の時間が長い印象を受けた。心身ともに、自分を保つのが難しそうだ。「一番うまい店に連れてって」なんてテレビ番組があるが、それだって人によるよなあ。東日本大震災の直後。東京駅前には人が溢れ出し、人と車でみるみる渋滞して身動きが取れなくなって、「回送」表示にしても窓越しに乗車を懇願してくる人々の描写には鳥肌が立った。
読了日:08月14日 著者:内田正治


戦時下、西川一三は密偵の命を受け、内蒙古から西へ向かった。それは敵地の情報を探るという任務、しかし元々は見知らぬ地を歩きたいという本人の情熱ゆえとわかる。蒙古人のラマ僧を装い、読経と御詠歌を会得してまで、そこに帰国や安住のチャンスがあってもあえて先へ先へとまだ見ぬ地を思い描く、その魂の自由さがまさに"天路の旅人"だと沢木さんは感じたのだろう。帰国後、苦行僧のように一心不乱に記録をまとめ続けた3年、その後数十年の淡々とした生活との落差はやはり際立つ。何が幸せだったかなど考えても詮無いことだけれど。
読了日:08月11日 著者:沢木 耕太郎

白洲正子は好奇心旺盛な人だった。面白いと思ったら首を突っ込んでとことんはまる。結果として目が養われる。本質を掴む。あるいは自分の足で歩いて伊勢へ詣でる旅で、古人の実感を理解する。『だって、面白いんだもん。あたくし、いつでも面白いことが先に立つの』。だから彼女の言葉には惹かれる。着物、能、骨董など、長い伝統がある部類のものは素人が想像するよりずっと奥深い。知識だけでなく感覚で深く理解できるようになってはじめて、定石を踏まえたうえで拓ける境地というものがある、そのなにかひとつでも自分のものにしたいと憧れる。
『形がなかったら、心って表せないでしょ。心というのは、どっかにあるけれども、それを取り出して見せるといったら、やっぱり何かの形にしなくちゃならない。それは今も昔も同じだと思います』。『これは日本の文化一般に通ずる思想ですが、私自身も年をとるということは、ある意味では生涯で一番楽しい時期ではないかと潜かに思っているんです。というのは若い時には知らないで過ごしたさまざまなものが見えてきますからね』。
読了日:08月11日 著者:白洲 正子

「きく」ことにまつわるあれこれ。『「話を聞く」とは相手のおしゃべりを待つことだと思っている人が多い』という見出しに、私は相手が話し始めるのを待ってしまうのでそのことかと思ったら、相手の話が終わるのを待つという意味だった。全体的に、聴く以外のことをしたがる人が多いわね。私は他人に関心が無いのが欠点であって、相手を決めつけている訳ではないと思っているけれど、引っ繰り返せばそういうことなんだろう。あと聴きかた。集中して聞くのではなく、意識を緊張させない状態で受け止める感じがいいのかな。それと沈黙を恐れないこと。
読了日:08月04日 著者:ケイト・マーフィ

注:

2023年08月01日
2023年7月の記録
登山アプリ「ヤマップ」の社長がオフィスに備えつけているという本棚を見た。
人の偉さは読んだ本の冊数で測れないけれど。
若い頃から読み漁り、歩き、社会貢献の方法を考えてきたという言葉の裏打ち。
それだけの智を求めた足跡には違いない。
<今月のデータ>
購入16冊、購入費用14,890円。
読了18冊。
積読本329冊(うちKindle本161冊、Honto本3冊)。

海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれることの感想
『本来、海にすんでいる哺乳類たちが、なぜ自ら海岸に打ち上がり、そして死んでしまうのか、その原因をただただ知りたいと思った』。クジラやイルカが陸に乗り上げて死ぬこと=ストランディングの報せを受けて全国を飛び回り、解剖調査や標本回収を重ねるお仕事。陸に乗り上げてしまうと、浮力が効かず、動けず、自重で自らの内臓を損傷して死ぬという事実に驚いた。それから、彼らの大きさ・重さね。そうか、重機で皮を引っ張らないとお腹の中を見ることができないのか。運ぶにも、埋めるにも、重機。泳いでいる彼らの美しさとのギャップが激しい。
読了日:07月30日 著者:田島 木綿子
いのちのうちがわB面の感想
写真詩集。そうですか、詩がお好きでしたか。服部文祥の文章から丁寧や体裁という余分をそぎ落としたらこうなるのか、と唸った。余計な物を持たずに自分の身体だけで山野を進めば、思考もそぎ落とされるはずで、服部文祥は命を撃つたび、そぎ落とされた言葉でぐるぐる考えるのだろう。『だが銃弾が獲物を破壊し止め刺しで頸動脈を開き 命が絶えるまでの情景や感覚に「善」に分類されるものは何ひとつ見い出すことができない』。撃ち、喰い、考え込み、進む。ちょっと家族の前で読むのがはばかられる。だって写真が死骸とか内臓とかなんだもん。
石川氏と芸術祭に参加したときの、北海道の山旅。『他人の金でこんな旅して意味があるのかという思いも根底にはあるんだけど、アートや芸術祭が、この乞食みたいな山旅を表現として認めてサポートするっていうのは面白い』。
読了日:07月30日 著者:服部 文祥
世界を売った男 (文春文庫)の感想
もう自分は現代ミステリをミステリとして楽しむことができなくなったのかと思っていた。でなければ、なぜ楽しんでいる自分が意外なのか。複層的な謎と、自信たっぷりに真相を決めつける人物たちのおかげで、事態は混沌を深める。PTSDやら記憶障害やらの説明口調がまどろっこしいが、それにしたってタイムトラベルかドッペルゲンガーかと、様々な可能性を当てはめてみる。鍵となる人物が現れてからはするするほどけて、そうか、第二回島田荘司推理小説賞か! 邦題も洒落てる。原題は「遺忘・刑警」。翻訳アプリによると「忘れる・刑事警察」…?
読了日:07月29日 著者:陳 浩基
日本列島回復論 : この国で生き続けるために (新潮選書)の感想
未来の日本人の回帰地点はどこにあるのだろう。日本人の未来という漠としたものを考えるのも飽きてきたが、確かなのは、減る一方の日本人が中央/地方の都市だけに集まって暮らすことが現実的でないことだ。国土やインフラを維持するためには辺境で山林の手入れをする人が必要で、辺境に生活する人がいれば交通網と通信網を含めたある程度のインフラは整備し続ける必要がある。金は無い。「ぽつんと一軒家」ではないが、傷みが進まないよう、ある程度自分たちで維持する努力は必要だろう。社会は自分の事だけをすればよいのではなくなっていくのだ。
読了日:07月29日 著者:井上 岳一
未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること (講談社現代新書)の感想
日本の人口は減りすぎてしまうことが確定した。それは節操と想像力の無い政財界による当然の帰結ながら、なんでも値段が安くなることを歓迎した私たちも同罪である。甘い汁を吸ったジジイどもは逃げ切るつもりのようだが、私たち以降の世代は逃げられない。自分の老後をなんとかするための備えをと繰り返し考える。焦りつつ、年寄りが増えると街がスローダウンするというのは、悪くないとも思う。労働生産性が下がるというなら、一億(弱)総貧乏、皆がそこそこ貧乏になってのんびり暮らそう。曜日や時間限定で開く商店街って発想はなかなか好いな。
2018年の刊行。当時から既に変化は進んでいるので、読みながら現実でも似たような体感があって違和感がない。例えば外食は空席があるのに待たされ、親と同世代のような男性に配膳される。コンビニのガラス窓には年中求人告知が貼ってある。営業時間内のはずなのに閉まっているチェーン店にも慣れた。これからはもっともっと人が足りなくなる。そのときに、過剰なサービス業やブルシットジョブではなく、人が生きてゆくのにほんとうに必要な仕事に、労働力を集めることができる知恵を持ち合わせていることを、ささやかに願う。
読了日:07月27日 著者:河合 雅司
よるねこ (集英社文庫)の感想
姫野カオルコのホラー短編集。9篇てんでばらばらな、名づけようのない、あやかし。まさかね、と不安を誤魔化したがっているうちにがっつり顎に咥えこまれて動けない怖さもさながら、姫野カオルコ独特の文章に意地悪だなあとにやにやしてしまう。登場人物との絶妙な距離感、反復からの突き放しとか。その人物を描き、行為をディスっているようで、物語のゆくえを見守っているこちら側をも弄っているような共犯感とか。姫野カオルコの文章はホラーと相性が良いのかもしれん。『他人より自分がいちばん怖ろしいと申しますから……』。
読了日:07月27日 著者:姫野 カオルコ
ヘンな科学 “イグノーベル賞" 研究40講の感想
イグノーベル賞の受賞研究には発見編と問題解決編がある。その突拍子の無さと本人の真剣さの落差に、確かに笑えるんだけど、笑わせたくて研究の労を取ったわけでは当然なく、目的がある。感動したのは「ジェットコースターで尿路結石が通る」。ビッグサンダーマウンテン指定。ポイントは適度なスピード、細かい横振動、逆さま走行無し、石は6mm以下。で、なかなかの確率。私は結石を持っていないけど、読んだ瞬間に「人類の星の時間」ばりにきらめいて感じられた。AIが持たない好奇心、問題解決への希求、偶然への畏敬の念のなんと尊いことよ。
読了日:07月23日 著者:五十嵐 杏南
〈効果的な利他主義〉宣言! ――慈善活動への科学的アプローチの感想
世界をより良くするために、個々人は慈善活動の費用対効果の向上と公平性を求めるべきとする主旨。つまり富裕国よりも貧困国に寄付するほうが、また医者になるより稼いで寄付するほうがより多くの人を救えると説く。対照的な考え方は、身近または関心があるから援助する行為。それではだめですか?とあえて自分の中に問い立てして読んだ。結論から言うと、最終的にはその人の信条次第だ。しかし、その対象プログラムが実際に効果があるか、問題解決に貢献できるかを客観的に見定める姿勢は必要。評価団体が日本には無いので、見極めが難しいけれど。
エシカル商品やフェアトレード製品購入が搾取や貧困の撲滅に本当に貢献するか。著者は否定的だ。私は肯定派だが、フェアトレード認証を取得できるのは最貧困国ではない、また代金が労働従事者本人に届く証拠は無いとの指摘に反論できない。さらに、雑な考察ながら、家族のいない日本で技能実習生として月収10万円で暮らすのと、貧困国であっても母国の、設備の整った職場で年収10万円で暮らすのを比較して、日本産製品選択がすなわち是とも言いきれない。割増の対価を払うのなら正当性を自分自身で見極める、さもなくば逆効果もあり得るのだ。
『ファットテール分布は直感に反する』。1ドルの価値や所得の不均衡、格差などをグラフで見ると歪さに気づく。公正な数値化と比較はやっぱり大事だ。援助活動もファットテール分布を描く。つまりずば抜けて有効な援助だけに注力すれば絶大な効果を得られるのだが、機能するプログラムとそうでないプログラムを見極めるのは難しく、同時に効果的なプログラムの多くはきわめて効果的だという理由ですでに十分な資金提供を受けているのであり、ほんなんどないせえっちゅうねん。とぼやきたくはなる。これも"見極めが大事"案件。
読了日:07月20日 著者:ウィリアム・マッカスキル
四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼の感想
遍路道と被差別部落の分布が重なる点に着目した著者は四国を歩き始めた。遍路は重たいものを抱えた者、行き場のない者、逃げる者を受け止める。『遍路に出る人はみな何かあるから遍路をする』。そして遍路は、巡り続けることができるのだ。著者は遍路だけで暮らす草遍路に惹かれ、追い始める。それぞれの事情で、歩き続けることによって生きる人生を選ぶ人たち。やっぱり遍路には形式でない、深いなにかがある。山頭火や西行に比べ、現世生身の人間はどうしたって生臭さ金臭さが先に立つが、巡り続けるうちに至る境地は彼らに近づくのだと思った。
遍路つながり。こちらも香川県は手薄に終わるかと思いきや、福田村事件が大きく扱われている。しかしこの事件は最近出た新刊で深く読みたいので、軽く流す。宮本常一翁は書いた。『四国というところは、明治の終わりごろまではそういう遍路や乞食にみちみちたところであった』。たくさんの脱藩者を出した土佐がお遍路に厳しかったり、逆に道後の温泉はお遍路に料金を優遇したり、お遍路に多かったハンセン病者が大島青松園のような療養所に強制収容されたり、途切れなく続く歴史と文化の中に生きているんだなあと感じるところが多かった。
読了日:07月19日 著者:上原 善広
作家の秘められた人生 (集英社文庫)の感想
フランスでの話題作ということだ。作家が作品を書くという行為について、少々ややこしい構造になったミステリ。作家になりたい。書きたい。だからといってなぜ尊敬する作家が隠遁している邸宅に忍び込んで、暴露本を書こうなんて動機が成立するのか。納得がいかない成り行きを保留にしながら探索は進み、達した結末は、それなりのものだった。世間離れした小さな離島の中だけで展開した事件は、20世紀末のバルカン半島の動乱へと広がりを見せる。その掘り進めていく感じが、この作家の持ち味か。物語の中に、幼い魂だけがきらめく。
読了日:07月17日 著者:ギヨーム・ミュッソ
お遍路 (中公文庫)の感想
大正7年、うら若い女性が九州から単身歩き遍路に出る。現代でもよほどの決断だが、当時はもっと有り得ない行動と推測される。途中で会った見知らぬおじいさんと同行する。九州から船で八幡浜へ渡った人は、そこから巡礼を始めると知った。そして順打ちより逆打ちのほうが道が大変で、修行のためあえてそちらを選ぶことも。この記録は結願後、自らの記録と文献資料を併せて時系列に記述する形式。阿波や土佐、伊予に比べ讃岐の記述は薄い。高知から歩き始めたので、讃岐が無心になる頃合いなのか、それとも何も特筆すべきことが無かったのか。
目や足が不自由な人も遍路を巡った。むしろそのような困難を背負った人こそ遍路へ向かった。五体満足でも転がりそうな我らが国分寺の"遍路コロガシ"を皆上り下りしたそうだ。お互い助け合ってではあろうが、なんとも厳しい。善根宿、遍路宿、乞食宿、通夜、野宿。お接待は期待しないからありがたいのであって、迷惑がる人も多かったろう。この時代、国家権力による迫害も激しかったようだ。『幾ら身分はあっても遍路は遍路じゃないか。こら娘、その爺さんによく言ってきかせろ、分ったか。罪は成り立つのじゃが、特別をもって許しとくけに』。
読了日:07月16日 著者:高群 逸枝
こんな一冊に出会いたい 本の道しるべ (NHK趣味どきっ!)の感想
一箱古本市で、よその出店者さんに教えてもらって購入。前にも番組になっていたのだ。新しいほうの、立派な本棚に圧倒された後では確かに物足りない部分はある。収穫は橋本麻里さん。『全部を読破するのは不可能です。それでも本を所蔵し、棚に並べることには大きな意義があります』。橋本家ほどの本は収集できなくても、『本の向こうに広がる世界への入り口』はつくれると思う。前にもどこかに書いたけれど、読まなくても、背中を眺めているうちに得るものがある。橋本さんはそれを自分用の知識のマップと言う。本の処分も、よく吟味しなくては。
読了日:07月15日 著者:平松 洋子,矢部 太郎,渡辺 満里奈,祖父江 慎,橋本 麻里,穗村 弘,飛田 和緒,坂本 美雨,和氣 正幸,菊池 亜希子
めんどくさいロシア人から日本人への感想
6歳からずっと日本で暮らしてればそりゃ日本人でしょ。ソ連時代の人々の暮らしの様子がなんでもカネカネでなかった頃の日本と似ていると気づいたり、帰化の条件に「日本国・日本政府・日本国憲法に反する思想を持っていた過去がないこと」という項目があると知ったり、いろいろ興味深い。「お付き合いする先のゴールがない」から恋愛に積極的になれないって言うのには、反射的にもったいないと思ってしまった。家族や子供を持つ未来は誰もが描けたほうがいいのにな。遺伝子的にどん詰まりなのは私も同じだし。それでもできれば楽しげなのがいいよ。
読了日:07月14日 著者:小原ブラス
「その他の外国文学」の翻訳者の感想
メジャーに扱われない言語で書かれた小説の翻訳者さんを取材した形式。おすすめ本や店頭など、どこかしらで私のアンテナにもかかっているようで、本棚や積読にちらほら見受けるのに気づいて驚いた。若い頃は海外小説ならアメリカと思い込んでいた節があり、またそれ以外は目に入らなかったのだが、最近は新潮クレストや白水社のような大手から小さな出版社まで、実は多く出版されていて有難いことだ。思うに、英語に代表される強者の言語フィルターを通さずに、原語から日本語で読めることは、贅沢でもあり、世界を見る目を養う肝要さを持っている。
読了日:07月10日 著者:
本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること (ちくま文庫)の感想
沖縄は古来、覇権争いの要衝として望まずして権力争いに巻き込まれてきた。基地問題は今の沖縄にとって最たるもの、 アメリカと日本政府の動向は、知るも何も、生活を直接に左右する。敗戦以降、外務省や防衛省はアメリカの意に沿うことを最優先してきた。頻繁に開かれる在日米軍高官との機密会合、政治家は総理になって初めてその鉄の掟と密約を知らされ、背けない。主権国家として有り得ない、日本国民の意思がまるで通用しない領域。この歪みが本土にいるとなんでこんなに見えなくなるのか。「小指の痛み」はいずれ、全身の痛みになるのだろう。
東京南麻布の「ニュー山王ホテル」はアメリカ海軍の管轄下にある。ホテルとして泊まれるが、その実はニューサンノー米軍センター、一般日本人単独では泊まれない。観光協会のサイトでも「米国軍関係者向けの宿泊施設、保養所、社交場」とある。上記「日米地位協定各条に関する日米合同委員会」が開かれる場所でもある。当然治外法権。こういう事実にいちいち衝撃を受けているようでは、激甘の世間知らずなのだと、いったんは思うのに、自分の生活に実害が無いとすぐに忘れる。戦争に巻き込まれる羽目になって初めて、身に沁みるのだろう。
読了日:07月09日 著者:矢部 宏治
ロビンソン・クルーソーを探して (新潮文庫)の感想
デフォーの創作であるロビンソン・クルーソーのモデルであるところの船乗り、セルカークは確かにその島で生きていた。1721年に死去したセルカークの足跡は途切れがちでもちゃんと残っている。すり減りきったナイフとラストの大発見が読みどころではあるが、手がかりを追う探求の旅は、シーナさんや高野さんと違ってひたすら真面目な文章なので、少々退屈気味だった。クルーソーもセルカークも、見晴らしは良いが周りから見えにくい場所に住処を建てて、さらに木を植えた。ということは、デフォーはセルカークに直接会ったのだろうか?
読了日:07月08日 著者:高橋 大輔
秘書綺譚―ブラックウッド幻想怪奇傑作集 (光文社古典新訳文庫)の感想
暗い夜の、人気のない家で、男が怪異に呑まれる。なにもそんなとこに行かなくてもいいのに、頼りがいがあるような無いようなMr.ショートハウスと共に乗り込んでもこちらはまったく安心できないという不思議な設定。その怪異はその人の咎ではなく、過去や他の住人や、つまり外部に由来するのが特徴である。勧善懲悪やら因果応報やら考えずに読めて楽しい。表題をひとつの山場に、その後はがらりと趣向が変わる。イギリスはヒースの野原、アメリカは荒野など、世界は常識ばかりでできてないと言いたげな自由な感じが良い。
読了日:07月07日 著者:アルジャーノン ブラックウッド
こどもの一生 (集英社文庫)の感想
らもさんの本で読んでいないものも残りわずか、と読み惜しんでいた小説。しかし読みながら、私は何を愛おしんでらもさんの本を読むのかが思い出せなくなってきてしまった。というわけで、いちばん心を動かされたのはあとがきである。これはらもさんが書いた脚本の舞台のノベライズだったのだ。笑う態勢万全で来る観客に、恐怖を。その思惑が成ったらもさんは劇場後部でほくそ笑んでいる。この物語は舞台に映える。その視覚を振り切って言葉で構築し直すのは難しかったと思う。失明したりしながらあえて小説として世に出したらもさんの姿を私は愛す。
読了日:07月03日 著者:中島 らも
注:
は電子書籍で読んだ本。
人の偉さは読んだ本の冊数で測れないけれど。
若い頃から読み漁り、歩き、社会貢献の方法を考えてきたという言葉の裏打ち。
それだけの智を求めた足跡には違いない。
<今月のデータ>
購入16冊、購入費用14,890円。
読了18冊。
積読本329冊(うちKindle本161冊、Honto本3冊)。


『本来、海にすんでいる哺乳類たちが、なぜ自ら海岸に打ち上がり、そして死んでしまうのか、その原因をただただ知りたいと思った』。クジラやイルカが陸に乗り上げて死ぬこと=ストランディングの報せを受けて全国を飛び回り、解剖調査や標本回収を重ねるお仕事。陸に乗り上げてしまうと、浮力が効かず、動けず、自重で自らの内臓を損傷して死ぬという事実に驚いた。それから、彼らの大きさ・重さね。そうか、重機で皮を引っ張らないとお腹の中を見ることができないのか。運ぶにも、埋めるにも、重機。泳いでいる彼らの美しさとのギャップが激しい。
読了日:07月30日 著者:田島 木綿子


写真詩集。そうですか、詩がお好きでしたか。服部文祥の文章から丁寧や体裁という余分をそぎ落としたらこうなるのか、と唸った。余計な物を持たずに自分の身体だけで山野を進めば、思考もそぎ落とされるはずで、服部文祥は命を撃つたび、そぎ落とされた言葉でぐるぐる考えるのだろう。『だが銃弾が獲物を破壊し止め刺しで頸動脈を開き 命が絶えるまでの情景や感覚に「善」に分類されるものは何ひとつ見い出すことができない』。撃ち、喰い、考え込み、進む。ちょっと家族の前で読むのがはばかられる。だって写真が死骸とか内臓とかなんだもん。
石川氏と芸術祭に参加したときの、北海道の山旅。『他人の金でこんな旅して意味があるのかという思いも根底にはあるんだけど、アートや芸術祭が、この乞食みたいな山旅を表現として認めてサポートするっていうのは面白い』。
読了日:07月30日 著者:服部 文祥

もう自分は現代ミステリをミステリとして楽しむことができなくなったのかと思っていた。でなければ、なぜ楽しんでいる自分が意外なのか。複層的な謎と、自信たっぷりに真相を決めつける人物たちのおかげで、事態は混沌を深める。PTSDやら記憶障害やらの説明口調がまどろっこしいが、それにしたってタイムトラベルかドッペルゲンガーかと、様々な可能性を当てはめてみる。鍵となる人物が現れてからはするするほどけて、そうか、第二回島田荘司推理小説賞か! 邦題も洒落てる。原題は「遺忘・刑警」。翻訳アプリによると「忘れる・刑事警察」…?
読了日:07月29日 著者:陳 浩基


未来の日本人の回帰地点はどこにあるのだろう。日本人の未来という漠としたものを考えるのも飽きてきたが、確かなのは、減る一方の日本人が中央/地方の都市だけに集まって暮らすことが現実的でないことだ。国土やインフラを維持するためには辺境で山林の手入れをする人が必要で、辺境に生活する人がいれば交通網と通信網を含めたある程度のインフラは整備し続ける必要がある。金は無い。「ぽつんと一軒家」ではないが、傷みが進まないよう、ある程度自分たちで維持する努力は必要だろう。社会は自分の事だけをすればよいのではなくなっていくのだ。
読了日:07月29日 著者:井上 岳一


日本の人口は減りすぎてしまうことが確定した。それは節操と想像力の無い政財界による当然の帰結ながら、なんでも値段が安くなることを歓迎した私たちも同罪である。甘い汁を吸ったジジイどもは逃げ切るつもりのようだが、私たち以降の世代は逃げられない。自分の老後をなんとかするための備えをと繰り返し考える。焦りつつ、年寄りが増えると街がスローダウンするというのは、悪くないとも思う。労働生産性が下がるというなら、一億(弱)総貧乏、皆がそこそこ貧乏になってのんびり暮らそう。曜日や時間限定で開く商店街って発想はなかなか好いな。
2018年の刊行。当時から既に変化は進んでいるので、読みながら現実でも似たような体感があって違和感がない。例えば外食は空席があるのに待たされ、親と同世代のような男性に配膳される。コンビニのガラス窓には年中求人告知が貼ってある。営業時間内のはずなのに閉まっているチェーン店にも慣れた。これからはもっともっと人が足りなくなる。そのときに、過剰なサービス業やブルシットジョブではなく、人が生きてゆくのにほんとうに必要な仕事に、労働力を集めることができる知恵を持ち合わせていることを、ささやかに願う。
読了日:07月27日 著者:河合 雅司


姫野カオルコのホラー短編集。9篇てんでばらばらな、名づけようのない、あやかし。まさかね、と不安を誤魔化したがっているうちにがっつり顎に咥えこまれて動けない怖さもさながら、姫野カオルコ独特の文章に意地悪だなあとにやにやしてしまう。登場人物との絶妙な距離感、反復からの突き放しとか。その人物を描き、行為をディスっているようで、物語のゆくえを見守っているこちら側をも弄っているような共犯感とか。姫野カオルコの文章はホラーと相性が良いのかもしれん。『他人より自分がいちばん怖ろしいと申しますから……』。
読了日:07月27日 著者:姫野 カオルコ


イグノーベル賞の受賞研究には発見編と問題解決編がある。その突拍子の無さと本人の真剣さの落差に、確かに笑えるんだけど、笑わせたくて研究の労を取ったわけでは当然なく、目的がある。感動したのは「ジェットコースターで尿路結石が通る」。ビッグサンダーマウンテン指定。ポイントは適度なスピード、細かい横振動、逆さま走行無し、石は6mm以下。で、なかなかの確率。私は結石を持っていないけど、読んだ瞬間に「人類の星の時間」ばりにきらめいて感じられた。AIが持たない好奇心、問題解決への希求、偶然への畏敬の念のなんと尊いことよ。
読了日:07月23日 著者:五十嵐 杏南


世界をより良くするために、個々人は慈善活動の費用対効果の向上と公平性を求めるべきとする主旨。つまり富裕国よりも貧困国に寄付するほうが、また医者になるより稼いで寄付するほうがより多くの人を救えると説く。対照的な考え方は、身近または関心があるから援助する行為。それではだめですか?とあえて自分の中に問い立てして読んだ。結論から言うと、最終的にはその人の信条次第だ。しかし、その対象プログラムが実際に効果があるか、問題解決に貢献できるかを客観的に見定める姿勢は必要。評価団体が日本には無いので、見極めが難しいけれど。
エシカル商品やフェアトレード製品購入が搾取や貧困の撲滅に本当に貢献するか。著者は否定的だ。私は肯定派だが、フェアトレード認証を取得できるのは最貧困国ではない、また代金が労働従事者本人に届く証拠は無いとの指摘に反論できない。さらに、雑な考察ながら、家族のいない日本で技能実習生として月収10万円で暮らすのと、貧困国であっても母国の、設備の整った職場で年収10万円で暮らすのを比較して、日本産製品選択がすなわち是とも言いきれない。割増の対価を払うのなら正当性を自分自身で見極める、さもなくば逆効果もあり得るのだ。
『ファットテール分布は直感に反する』。1ドルの価値や所得の不均衡、格差などをグラフで見ると歪さに気づく。公正な数値化と比較はやっぱり大事だ。援助活動もファットテール分布を描く。つまりずば抜けて有効な援助だけに注力すれば絶大な効果を得られるのだが、機能するプログラムとそうでないプログラムを見極めるのは難しく、同時に効果的なプログラムの多くはきわめて効果的だという理由ですでに十分な資金提供を受けているのであり、ほんなんどないせえっちゅうねん。とぼやきたくはなる。これも"見極めが大事"案件。
読了日:07月20日 著者:ウィリアム・マッカスキル


遍路道と被差別部落の分布が重なる点に着目した著者は四国を歩き始めた。遍路は重たいものを抱えた者、行き場のない者、逃げる者を受け止める。『遍路に出る人はみな何かあるから遍路をする』。そして遍路は、巡り続けることができるのだ。著者は遍路だけで暮らす草遍路に惹かれ、追い始める。それぞれの事情で、歩き続けることによって生きる人生を選ぶ人たち。やっぱり遍路には形式でない、深いなにかがある。山頭火や西行に比べ、現世生身の人間はどうしたって生臭さ金臭さが先に立つが、巡り続けるうちに至る境地は彼らに近づくのだと思った。
遍路つながり。こちらも香川県は手薄に終わるかと思いきや、福田村事件が大きく扱われている。しかしこの事件は最近出た新刊で深く読みたいので、軽く流す。宮本常一翁は書いた。『四国というところは、明治の終わりごろまではそういう遍路や乞食にみちみちたところであった』。たくさんの脱藩者を出した土佐がお遍路に厳しかったり、逆に道後の温泉はお遍路に料金を優遇したり、お遍路に多かったハンセン病者が大島青松園のような療養所に強制収容されたり、途切れなく続く歴史と文化の中に生きているんだなあと感じるところが多かった。
読了日:07月19日 著者:上原 善広


フランスでの話題作ということだ。作家が作品を書くという行為について、少々ややこしい構造になったミステリ。作家になりたい。書きたい。だからといってなぜ尊敬する作家が隠遁している邸宅に忍び込んで、暴露本を書こうなんて動機が成立するのか。納得がいかない成り行きを保留にしながら探索は進み、達した結末は、それなりのものだった。世間離れした小さな離島の中だけで展開した事件は、20世紀末のバルカン半島の動乱へと広がりを見せる。その掘り進めていく感じが、この作家の持ち味か。物語の中に、幼い魂だけがきらめく。
読了日:07月17日 著者:ギヨーム・ミュッソ

大正7年、うら若い女性が九州から単身歩き遍路に出る。現代でもよほどの決断だが、当時はもっと有り得ない行動と推測される。途中で会った見知らぬおじいさんと同行する。九州から船で八幡浜へ渡った人は、そこから巡礼を始めると知った。そして順打ちより逆打ちのほうが道が大変で、修行のためあえてそちらを選ぶことも。この記録は結願後、自らの記録と文献資料を併せて時系列に記述する形式。阿波や土佐、伊予に比べ讃岐の記述は薄い。高知から歩き始めたので、讃岐が無心になる頃合いなのか、それとも何も特筆すべきことが無かったのか。
目や足が不自由な人も遍路を巡った。むしろそのような困難を背負った人こそ遍路へ向かった。五体満足でも転がりそうな我らが国分寺の"遍路コロガシ"を皆上り下りしたそうだ。お互い助け合ってではあろうが、なんとも厳しい。善根宿、遍路宿、乞食宿、通夜、野宿。お接待は期待しないからありがたいのであって、迷惑がる人も多かったろう。この時代、国家権力による迫害も激しかったようだ。『幾ら身分はあっても遍路は遍路じゃないか。こら娘、その爺さんによく言ってきかせろ、分ったか。罪は成り立つのじゃが、特別をもって許しとくけに』。
読了日:07月16日 著者:高群 逸枝


一箱古本市で、よその出店者さんに教えてもらって購入。前にも番組になっていたのだ。新しいほうの、立派な本棚に圧倒された後では確かに物足りない部分はある。収穫は橋本麻里さん。『全部を読破するのは不可能です。それでも本を所蔵し、棚に並べることには大きな意義があります』。橋本家ほどの本は収集できなくても、『本の向こうに広がる世界への入り口』はつくれると思う。前にもどこかに書いたけれど、読まなくても、背中を眺めているうちに得るものがある。橋本さんはそれを自分用の知識のマップと言う。本の処分も、よく吟味しなくては。
読了日:07月15日 著者:平松 洋子,矢部 太郎,渡辺 満里奈,祖父江 慎,橋本 麻里,穗村 弘,飛田 和緒,坂本 美雨,和氣 正幸,菊池 亜希子

6歳からずっと日本で暮らしてればそりゃ日本人でしょ。ソ連時代の人々の暮らしの様子がなんでもカネカネでなかった頃の日本と似ていると気づいたり、帰化の条件に「日本国・日本政府・日本国憲法に反する思想を持っていた過去がないこと」という項目があると知ったり、いろいろ興味深い。「お付き合いする先のゴールがない」から恋愛に積極的になれないって言うのには、反射的にもったいないと思ってしまった。家族や子供を持つ未来は誰もが描けたほうがいいのにな。遺伝子的にどん詰まりなのは私も同じだし。それでもできれば楽しげなのがいいよ。
読了日:07月14日 著者:小原ブラス


メジャーに扱われない言語で書かれた小説の翻訳者さんを取材した形式。おすすめ本や店頭など、どこかしらで私のアンテナにもかかっているようで、本棚や積読にちらほら見受けるのに気づいて驚いた。若い頃は海外小説ならアメリカと思い込んでいた節があり、またそれ以外は目に入らなかったのだが、最近は新潮クレストや白水社のような大手から小さな出版社まで、実は多く出版されていて有難いことだ。思うに、英語に代表される強者の言語フィルターを通さずに、原語から日本語で読めることは、贅沢でもあり、世界を見る目を養う肝要さを持っている。
読了日:07月10日 著者:

沖縄は古来、覇権争いの要衝として望まずして権力争いに巻き込まれてきた。基地問題は今の沖縄にとって最たるもの、 アメリカと日本政府の動向は、知るも何も、生活を直接に左右する。敗戦以降、外務省や防衛省はアメリカの意に沿うことを最優先してきた。頻繁に開かれる在日米軍高官との機密会合、政治家は総理になって初めてその鉄の掟と密約を知らされ、背けない。主権国家として有り得ない、日本国民の意思がまるで通用しない領域。この歪みが本土にいるとなんでこんなに見えなくなるのか。「小指の痛み」はいずれ、全身の痛みになるのだろう。
東京南麻布の「ニュー山王ホテル」はアメリカ海軍の管轄下にある。ホテルとして泊まれるが、その実はニューサンノー米軍センター、一般日本人単独では泊まれない。観光協会のサイトでも「米国軍関係者向けの宿泊施設、保養所、社交場」とある。上記「日米地位協定各条に関する日米合同委員会」が開かれる場所でもある。当然治外法権。こういう事実にいちいち衝撃を受けているようでは、激甘の世間知らずなのだと、いったんは思うのに、自分の生活に実害が無いとすぐに忘れる。戦争に巻き込まれる羽目になって初めて、身に沁みるのだろう。
読了日:07月09日 著者:矢部 宏治

デフォーの創作であるロビンソン・クルーソーのモデルであるところの船乗り、セルカークは確かにその島で生きていた。1721年に死去したセルカークの足跡は途切れがちでもちゃんと残っている。すり減りきったナイフとラストの大発見が読みどころではあるが、手がかりを追う探求の旅は、シーナさんや高野さんと違ってひたすら真面目な文章なので、少々退屈気味だった。クルーソーもセルカークも、見晴らしは良いが周りから見えにくい場所に住処を建てて、さらに木を植えた。ということは、デフォーはセルカークに直接会ったのだろうか?
読了日:07月08日 著者:高橋 大輔

暗い夜の、人気のない家で、男が怪異に呑まれる。なにもそんなとこに行かなくてもいいのに、頼りがいがあるような無いようなMr.ショートハウスと共に乗り込んでもこちらはまったく安心できないという不思議な設定。その怪異はその人の咎ではなく、過去や他の住人や、つまり外部に由来するのが特徴である。勧善懲悪やら因果応報やら考えずに読めて楽しい。表題をひとつの山場に、その後はがらりと趣向が変わる。イギリスはヒースの野原、アメリカは荒野など、世界は常識ばかりでできてないと言いたげな自由な感じが良い。
読了日:07月07日 著者:アルジャーノン ブラックウッド


らもさんの本で読んでいないものも残りわずか、と読み惜しんでいた小説。しかし読みながら、私は何を愛おしんでらもさんの本を読むのかが思い出せなくなってきてしまった。というわけで、いちばん心を動かされたのはあとがきである。これはらもさんが書いた脚本の舞台のノベライズだったのだ。笑う態勢万全で来る観客に、恐怖を。その思惑が成ったらもさんは劇場後部でほくそ笑んでいる。この物語は舞台に映える。その視覚を振り切って言葉で構築し直すのは難しかったと思う。失明したりしながらあえて小説として世に出したらもさんの姿を私は愛す。
読了日:07月03日 著者:中島 らも

注:
