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オーナーへメッセージ

2023年07月01日

2023年6月の記録

今年も海の見える一箱古本市&せとうちのみの市に参加することになりました。
読み終えて手放そうと思っている本はたくさんあるのでもうよいようなものの、
もう一冊でも多く読み終えておこうと息巻いてしまう。




<今月のデータ>
購入13冊、購入費用12,262円。
読了16冊。
積読本333冊(うちKindle本165冊、Honto本3冊)。


ブック

NHK出版 学びのきほん フェミニズムがひらいた道 (教養・文化シリーズ)NHK出版 学びのきほん フェミニズムがひらいた道 (教養・文化シリーズ)感想
ひとつには過去の話。私が社会へ出る少し前、男女雇用均等法が話題となり、女性も仕事を持ってバリバリ働くのだと素直に受け取った。社会に出て奮闘しているうちに、聡い同級生はとっとと寿退社して専業主婦になっていた。ひとつには現在の話。それでも女性の地位は過去の活動家の女性が勝ち得てきてくれた贈りものであり、今この時も心を傷だらけにして闘っている女性たちがいる。そのことに無感覚でいたくはない。団結して行動を起こすまでいかなくとも、「あれもまたムーブメントだった」と回顧できる、より良いほうへ向かう流れに沿っていたい。
読了日:06月30日 著者:上野 千鶴子 ファイル

いのちの教室いのちの教室感想
ライアル・ワトソンは南アフリカ共和国に生まれ育った。白人に偏らない環境ゆえに、大地に足のついた言葉を語ることができる。だから「エレファントム」を読んだとき、フィクションかノンフィクションか迷うような独特な印象を受けたのだ。アフリカのブッシュに育つ感覚×動物行動学のハイブリッド。3代以上前に渡ったということは、彼の祖母であるオウマも生粋のアフリカ育ちである。地元の諸民族に一目置かれる特別な女性。コウノトリに縦縞ズボンを履かせ、オウパを大地に葬る。大地に根差す智を我がものとして羽ばたかせる生きかたに敬服する。
読了日:06月25日 著者:ライアル・ワトソン

お茶人のための 茶花の野草大図鑑 改訂普及版お茶人のための 茶花の野草大図鑑 改訂普及版感想
茶花の図鑑なら、日本らしい植物がたくさん載っているとふんで中古で入手。日本のどの地方に自生しているか、いつ頃舶来したか、名の由来など短くも興味深い記述満載で、写真も明瞭。音で聞くと洋物のように思っていた植物でも、漢字で書いて由来の古いものもたくさんあると知る。藪柑子、唐種小賀玉、酢漿草、射干、郁李、藺など、そう書くのか!と驚いたりうっとりしたり、いつまでも頁を繰っていたい満足感。私は茶人ではないので、活ける例は眺めて感心するばかり。花器の形や組み合わせにも定石のようなものがあるようで、茶の道の深さに慄く。
読了日:06月24日 著者:宗匠

海洋プラスチック 永遠のごみの行方 (角川新書)海洋プラスチック 永遠のごみの行方 (角川新書)感想
プラスチックごみ問題の事実を整理してある。熱回収、リサイクル、バイオプラ、いずれにせよ資源を消費することに変わりはない。さらに再生プラスチックの需要とコスト、資源回収時の汚れ問題、素材の複雑化で問題はさらに難解になる。使わないにこしたことはない。さて、海に浮いているはずのプラスチックごみの99%の行方が分からないという。マイクロプラスチックどころかナノプラスチックにまで細粒化されて人間が追跡できないのではと想像してみる。また、生分解性プラスチックは種類ごとに分解される環境が異なる。問題は解決しなさそうだ。
イケアの製品はプラスチックだらけである。環境先進国と呼ばれるスウェーデン発のこの企業は、どのようなスタンスでプラスチック製品を大量生産しているのかふと疑問に思い確認してみた。イケアは自社製品について目標を表明している。リサイクルプラスチックまたは再生可能なプラスチックのみを製品に使用すること。使い捨てプラスチックを廃止すること。リサイクルしやすいPETとPPを多く使うこと。有害成分を削減すること。まあ、そうなるしかないだろう。それを受け入れて購入し、使うかどうかは、こちら側の選択にかかっている。
読了日:06月24日 著者:保坂 直紀 ファイル

農は過去と未来をつなぐ――田んぼから考えたこと (岩波ジュニア新書)農は過去と未来をつなぐ――田んぼから考えたこと (岩波ジュニア新書)感想
日本農業新聞のコラム執筆者。自らを"百姓"の代弁者と位置付ける。なるほど、農家があまりに当たり前と思って口に出さないことが、非農家の私にとっては未知であること、それ故に体感も考え方も違うという事実をお互いに知らないのだと知った。そして「自給」について。「買った方が安い」あるいは自分でつくれない種類の道具を必要と考えると、人は購入に依存した暮らし方へ移行してしまう。いろいろなものを自分でつくり工夫する生活をやめてしまう。農家でなくてもそうだ。やせ我慢でなく「効率を上げる道具」を否む生活をも、私たちは選べる。
読了日:06月22日 著者:宇根 豊 ファイル

楽園とは探偵の不在なり (ハヤカワ文庫JA)楽園とは探偵の不在なり (ハヤカワ文庫JA)感想
自ら創作した謎解きルールの枠内で進行する本格推理ゲーム。設定はともかく「天使」の造形が、全編にわたって不気味な色調に染める。『私はあなたの助けを必要としています』。エラリイを想い出した。期待されようとされまいと、調べずにいられない、推理せずにいられない、探偵の「業」と呼んでよいのではないだろうか。表題はテッド・チャン「地獄とは神の不在なり」を踏まえる。テーマもインスパイアされていると著者があとがきに書いている。そちらも読んだはずだが、読んだときぴしっとこなかったものは片っ端から忘れるお歳頃である。
読了日:06月19日 著者:斜線堂 有紀 ファイル

すべての企業人のためのビジネスと人権入門すべての企業人のためのビジネスと人権入門感想
大手企業を想定した内容。国内外の時事を耳に入れていれば常識的なことばかりである。しかし一方で、理解していない人が少なくないことも、社会を見ていれば判る。人権にはセンスが必要だ。社内のハラスメントや差別だけが人権ではない。そして『人権リスクのない企業など存在しない』。人権に限らず、自社の抱える課題に気づくことによって本業に新たな観点が生まれるのだけどね。著者は経産大臣のアドバイザーも務める。日本政府は経済に影響があるとなると重い腰を上げるが、女性や難民、LGBTQについてはずいぶん冷淡だ。ちぐはぐが目立つ。
煽り帯。『「脱炭素」の次は「人権」が来る!』なんてビジネスのネタみたいに言うなよ。と思ったらほんとに「人権ビジネスは未曽有のフロンティア」って章があってのけぞる。いやいや「環境ビジネス」もたいがい品性に欠けるし。「人権配慮型ビジネス」なら理解できないこともないが、人の多様性に配慮するとか社会課題を解決するとかって意味合いなら、んなたいそうな名前つけんでも企業の創意発案の範囲だし、営業をかける相手の企業に売り込むなどコンサルらしい押しつけがましさである。ビッグビジネスにとか勝機とか、そういうの無しで行こう。
読了日:06月17日 著者:羽生田 慶介 ファイル

謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉 (新潮文庫)謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉 (新潮文庫)感想
やあ、快作。高野さんはムベンベではなく納豆で後世に名を遺すのだなあ。あちこちでつくった人脈がこの件にも怪しい情報や楽しい取材へと導いていくのが、高野さんの円熟味を顕しているようで、安心して読める。息もつかせぬ、アジアを股に掛けたオール納豆な展開。インドのシーク教徒が作る納豆チャーハンが好ましいと同時に、僻地に住むおばあさんが守っている伝統の製法もかけがえなく、食べる全ての人にそれぞれに手前納豆と流儀があるのは、まさに未来への希望だ。巻末解説の小倉ヒラク氏がディープさに追い打ちをかける。次作も見届けないと。
読了日:06月16日 著者:高野 秀行 ファイル

音楽と生命 (新書企画室単行本)音楽と生命 (新書企画室単行本)感想
光沢のある装丁が美しくて手に取った本。元となるEテレ「SWITCHインタビュー」の対談は、そういえば観たのだったか。福岡センセと坂本龍一の静かで深い対話はまさに目前に見るようだと思ったのも当然である。二人の対話は、音楽と自然音、近代的医学と民間医療や漢方薬などテーマを変えながら、ロゴスとピュシスという主題を巡り、回帰していく。生きることや音楽の演奏が、そのとき一度きりの存在であるのと同様、このいくつかの対話もそれ自体が一度きりのものである。その尊さを想うと、表紙がますます白く見えるのは、感傷だろうけれど。
読了日:06月13日 著者:坂本 龍一,福岡 伸一 ファイル

DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法感想
地球温暖化こと気候変動は人為由来で二酸化炭素が犯人という前提なので、個人的に怪しいと感じるものを含め、その方向に沿った項目が並ぶ。「今後注目の解決策」は興味深いが、私でも革新的と思えるものは一部だった。分類すると、新しい科学技術の推進、教育・啓発の普及、動植物パワーの復古である。人間が地球にかけ続けている悪影響を逆転にしたいなら、例えば鉱物採掘で更なる環境負荷を増やしたり、遺伝子操作で捻じ曲げたりでなく、自然に沿うのが良い。新しい科学技術は必ずその生産や廃棄の部分で環境負荷や反動が大きくなるのが自明だ。
『大規模な電気事業者のビジネスモデルは分散型エネルギーや分散型ストレージとの共存が困難です。電気事業者は時代遅れになりつつある発電と送電のシステムに投資してきました。電気事業者が抵抗する場合、マイクログリッドにとって最大の壁は技術ではなく、独占です』。「ガイアの夜明け」で愛媛県西条市にできたマイクログリッド施設を取り上げていた。物販棟+ホテルで、電気は創エネ×蓄電池である。大手電気事業者や役所が動けないなら、民間がやるしかない。しかし蓄電池だけで数億! その実行力に敬服する。
紙はバージンパルプよりリサイクルパルプのほうが、森林伐採、水資源消費、化学物質流出すべてを抑える。温室効果ガスで言うなら、それもはるかに排出が少ないとの研究結果が出ている。
読了日:06月11日 著者:ポール・ホーケン

堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書 690)堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書 690)感想
日本で納税している人には読んでほしい。そして判断してほしい。なぜシステムが正常に働いていないのがわかっているのに為政者は止めようとしないか。止められたら困る人がいるからだ。政府や大企業が自分たちの利権優先で決めてしまう枠組みに、私たちは否応なく嵌められてしまう。お金だけでなく、生きる権利すら制限され始めているなかで、私たちはどのように抵抗できるのか。最後まで選択肢を手放さない事。まずはセキュリティや透明性が確立されるまでカードはつくらない、使わないという意思表示をすることだ。「100分de名著」が楽しみ。
『命に関わる感染症を理由に、政府が国民の不安につけこんできたとき、アラームが鳴ったんです。憲法を踏みにじるほど政府が暴走したときに立ち上がるのは、自分のためというより、この先を生きる子供たちに対する、私たち大人の責任ですからね。だから「ノー」と言ったんです。後悔しないために』。
『個人データは最大資産。リスクは極力分散し、安心できるルールができるまでは自己責任で死守せよ』。現代社会の一つの本質。それは今までも断片は見えていたから、不安は感じていた。でもオリンピックのような利権満載イベントだけじゃなく、脱炭素も新型コロナワクチンも復興事業も、全て誰かにとって都合の良い思惑だったようだ。政府とメディアが大手を振って推してくるものほどファクトチェックをしなければならない。ほぼほぼ、都合の悪いものが隠されているということだ。もちろん、堤さんの言葉を鵜呑みにするのではなく自分で確認する。
読了日:06月06日 著者:堤 未果 ファイル

迷蝶の島 (河出文庫)迷蝶の島 (河出文庫)感想
海とヨットと島と。トリックが全てなので、もうなんにも言えません。浅はかな男には同情のかけらも覚えることができず、だからこそ彼女には、もっとやれーとばかり興が乗ってしまった。それだけに、最後は余計じゃなかったかしら。
読了日:06月04日 著者:泡坂妻夫
季刊環境ビジネス2023年春号季刊環境ビジネス2023年春号感想
"環境"をダシにしてがっつり稼ぐ気満々な企業の広告記事ばかりでげんなりする。風向きを知るために仕方ないが、この雑誌は後半が面白い。海外レポートは参考になる。ウクライナ・ロシア情勢を背景に、各国が国内再エネをリスク低減策と判断し切替を進めている。ドイツは再エネを他の電力源より優先すると法的に決めているので、再エネ化が進むのに対し、日本は値上げにしろ電力源の優先順位にしろ、国営みたいな電力会社が自社の収益都合で決めるので、これでは変われるはずがない。今日も天気が良すぎるので太陽光発電を止めるようお達しが来た。
『エネルギーが高いか安いかよりも、自国のエネルギーコストが相対的にどのような位置にあるのかを考えていくことが大切です』。『日本は再エネに振り切った方がいいのではないかと思います。少なくとも自国で供給できるエネルギーならば大きな価格の振れは少ないと思います。この不安定な世界の中で唯一リスクを減らす方策は国内の再エネではないかと考えます。(中略)輸入化石燃料のような不安定なものに頼ることは、経済的にはあまり合理的ではないはずです』。
読了日:06月03日 著者:

風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった (文春文庫)風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった (文春文庫)感想
マラウイで風車を立てて発電し、電気を手に入れる。その重要性を、読んで初めて理解した。この現代に、マラウイには干ばつで飢饉が起こる。食べものもお金も仕事もみるみる無くなり、なす術もなく痩せこけた体で飢えてさ迷う隣人たちを、私と世代の近いこの少年は克明に記憶している。学校にも行けず、同級生も犬も死んだ。電気でもっと簡便に水を手に入れられれば、その余った時間で他の生産的な作業ができる。家族が飢えずにすむようにできる。つまり自然エネルギーで電気をつくれれば、生活の質が桁違いに変わる。その欲求の切実さが胸に刺さる。
無いからこそ、自分の手でつくる。おもちゃも狩りの道具も、子供のときから他の用途に使っていた物や廃品を拾ってつくるのが当たり前という環境が、風力発電設備を自力でつくるという到達点につながっている。遊び方のあらかじめ決められた玩具や、お膳立ての整ったDIYで満足しているのが恥ずかしくなるような、人間の持つ能力の可能性において決定的な相違だ。この貪欲さとポテンシャルが相まって、かの国々は今後爆発的に伸びてゆくのだろう。楽しみだ。
『アフリカ人は毎日、手元にあるわずかなものを使って、なんとか自分の思いどおりのものをつくろうとしている。精いっぱいの想像力を駆使して、アフリカに課せられた難題を克服しようとしている。アフリカが世界がごみと思うものをリサイクルしている。アフリカは世界ががらくたと思うものを再生している』。
読了日:06月02日 著者:ウィリアム・カムクワンバ,ブライアン・ミーラー ファイル

「惜別」の意図「惜別」の意図感想
ええと。これを太宰は素面で書いたんやろか。当時、太宰は多忙だったという。それでも、情報局の要請とあらば拒めるものではなかろうと推察できるけれど、『日本人の生活には西洋文明と全く違つた獨自の凜乎たる犯しがたい品位』や清潔感があったなど、どこまで本気だったのだろうか。末尾の『現代の中國の若い智識人に讀ませて、日本にわれらの理解者ありの感懷を抱かしめ、百發の彈丸以上に日支全面和平に效力あらしめんとの意圖を存してゐます。』が全てを語っているのではないか。執筆を命じた向きへの宣言であり決意表明である。
今のきな臭い世界情勢にあって、ここは私がずっと考えているテーマの一つである。ある程度の正しい情報を得られる社会的位置にある者が、国家権力が旗を振って誘導する筋立てを本当に信じていたのか、信じないならばどのような態度を取り、どのような過程を経て破滅に突き進んだのか。
読了日:06月01日 著者:太宰 治 ファイル

惜別惜別感想
太宰はなぜ魯迅を描こうとしたのか、純粋に疑問に思って。「藤野先生」の逸話への感動や、留学生である魯迅の、同級生から徹頭徹尾はみ出さざるをえない境遇、帰国前の「近代文明を病んで悩んだ」日々への共感あたりに熱を感じる。太宰に魯迅が憑依したというより、魯迅に太宰が憑依したかのような饒舌だったからだ。しかし、あとがきに太宰はこの小説が内閣情報局と文学報国会との依嘱であったと明かしている。文学報国会は情報局の実質的な外郭団体であるとのこと。戦局も悪化した時分でもあり、一挙に胡散臭さが充満するのはやむなしとする。
読了日:06月01日 著者:太宰 治 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 11:49Comments(0)読書

2023年06月01日

2023年5月の記録

チャットGPTに、ある本の感想を255字以内で書けと指示すれば、一瞬にして滑らかにそれらしく書き上げるのだろう。
私が書く感想は、それに似ていないものでありたい。
後になって読んで、ほかならぬ自分が書いたものだと思えるものでありたい。
人が本を読んで感じたことを、何と結びつけ、何に例えて、どのような感情を覚えたかは必ず異なるはずだから。


<今月のデータ>
購入19冊、購入費用17,133円。
読了14冊。
積読本336冊(うちKindle本163冊、Honto本3冊)。


ブック

ないもの、あります (ちくま文庫)ないもの、あります (ちくま文庫)感想
この厚さの文庫本がもはや千円もするのか、と思ったところが、紙質にも凝った素敵な本だった。クラフト・エヴィング商會さんによる商品カタログである。どれを買おうか、行きつ戻りつ迷う。地獄耳は持っておきたいし、自分を上げる棚もあればいいよな。しかし持っていたらばこそ使いたくなるのも人情で、持っていることでかえって人生に難を呼び込んでしまうことも重々あり得るだろう。何かあったときのお助け用品がいいか。転ばぬ先の杖より、一筋縄のほうが握って心強い気もする。でもいちばんは堪忍袋の緒だなあ。私の堪忍袋のサイズ、ですか…。
読了日:05月31日 著者:クラフト・エヴィング商會

時空旅人 2018年9月号 Vol.45 [ 台湾 見聞録 ー 日本が残した足跡を訪ねて ー]時空旅人 2018年9月号 Vol.45 [ 台湾 見聞録 ー 日本が残した足跡を訪ねて ー]感想
地に足の着いた案内誌。地域ごとに特筆すべき場所や来歴がバランスよく選び出されている印象。『台湾を見て歩くことは日本の歴史をたどること』。それもそうだけれど、台湾は、だけじゃない。大雑把に分類すると、古来からの多民族の暮らしと文化、中国からの流入、ポルトガル、清、日本による統治時代の遺物、その後の中国と混ざりあってある現代。支配の主体がどこであれ、その"統治"によって台湾はとても複雑である。その複雑を超えて、どのような関係が好ましいかが今後も課題だと思う。私が好きな光景は夜市と、その奥で出会った廟。
読了日:05月30日 著者:

楢山節考 (新潮文庫)楢山節考 (新潮文庫)感想
古い因習に縛られた村の物語。と言えばそれだけなのに、暮らしのふとしたタイミングでおりんの生きかたを想う。おりんは身の程を弁え、周りを思いやり、不測に備えられるだけ備えたうえで未練のかけらも無く旅立った。正しい生きかた、心安き生きかた、だろうか。若松英輔のツイートが折良くヒントをくれた。生きるのが下手な人たちには知識は無くても『語り得ない叡知』がある。だから生を肯定することができる。片や孫たちの不遜な在り様には叡智が見えない。先行きは暗い。おたまはどこへ行ったか。この問いに、なぜかある重みが、後を引く。
読了日:05月29日 著者:深沢 七郎

果しなき流れの果に (角川文庫)果しなき流れの果に (角川文庫)感想
全体像がおぼろげにも見えるまで我慢の子。しかし宇宙やら次元やらの観念的な説明に、意識が漂い始める。遅かれ早かれ、人間は地球に住み続けることができなくなる。それは太陽の異変より早く、人間側の所業に起因するのではないか。もし私たちがもっと賢かったなら、環境に害することなく地球上に平和裡に住み続けることができただろうか。小松左京の原風景は敗戦、廃墟の記憶という。鴨野の古家は私たちの豊かさの象徴だ。ノバ・ヤパナでなくここで死にたい。この物語は「日本沈没」と繋がってもいる。壮大な故国消滅、故国喪失の物語だった。
読了日:05月29日 著者:小松 左京 ファイル

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)感想
魯迅。字面に怖気ず、早く読んでおくべきだった。青年期に抱えた葛藤と理想が届かぬ寂莫に共振したことだろう。といって、魯迅の青年期から壮年期は日本と中国の軋轢、中国国内の激動の最中だった。散文では日本留学を志向し、覚り、帰国した心の内が雄弁に語られ、それを知って読む小説は、なんのことない、可笑しみすら覚える日々の光景のようで、あからさまな批判にできない批判、表に出すことを躊躇われる哀しみが底流する。もっとも、大江健三郎は魯迅の小説が含むものを"捨て身の告発"と言い切るので、私の理解力が及んでいないことも解る。
読了日:05月26日 著者:魯迅 ファイル

柳田國男先生随行記柳田國男先生随行記感想
柳田國男が講演で九州へ行く、その世話係として随行した記録。小型録音機などない時代、憶えて書き起こすのが当たり前だった。柳田國男は車窓の景色を見ながら当地の文化や事物、門人の話、新たな着想まで話題に事欠かない。著者は困り果てていたけれど、常人には難しいんじゃないか。一方、研究ばかりではなく、後進を育てることや、得た知識を書籍化して売ること、門人の集まりや入門書の構成にも心を配るなど、民俗学界を盛り立てる方向を考えていた人であったと窺える。真珠湾攻撃前夜のことでもあり、その頃の世相や一般人の心情も興味深い。
読了日:05月24日 著者:今野圓輔

ディズニーキャストざわざわ日記――〝夢の国″にも☓☓☓☓ご指示のとおり掃除しますディズニーキャストざわざわ日記――〝夢の国″にも☓☓☓☓ご指示のとおり掃除します感想
夢の国の"中の人"たちは当然ながら現実を生きている。ほとんどのスタッフは非正規雇用、そのシビアさをそーやろな、そーやろなと読むのは野次馬根性ゆえか、またはオリエンタルランドの労務管理への…野次馬根性ゆえか。本人たちはその事実もそれだけで食べていけないことも解っていて、それでも好きで働いている。著者が就いた職種は"カストーディアルキャスト"、その実は清掃員である。その立場だから見えることがある。夢の国では自分たちが排出した汚物を目にしたくない欲求も叶えられる。音や色彩が過剰なぶん、陰影は強調されて見える。
読了日:05月19日 著者:笠原一郎 ファイル

エフォートレス思考 努力を最小化して成果を最大化するエフォートレス思考 努力を最小化して成果を最大化する感想
前作に続き、リソースを全力投入するのではなく、より少ない努力でより有効な成果を目指す。自律して自身を整えることや、仕事をする相手との関係性に言及したのが目新しいか。相手を信頼できれば、些末な確認作業や気遣いによる消耗を省ける。『あなたの判断を信頼する』と思えるか、また伝えられるか。その観点から相手を選ぶことも必要だと納得した。ワーキングメモリの容量不足は失敗のもとである。手順の簡略化や処理の機械化は当然ながら、他者のネガティブな表情がワーキングメモリに負荷をかけるとは、なかなか自覚しづらいところである。
『ゆっくり動けば、ものごとはスムーズになる。ものごとがスムーズであれば、より速く動ける』。『1日の仕事は、1日ですっかり疲れが取れる程度まで。1週間の仕事は、その週末ですっかり疲れが取れる程度までに制限する』。カフェインや糖分でごまかさない。
読了日:05月17日 著者:グレッグ・マキューン ファイル

魂の退社魂の退社感想
私もじきに著者が退職した歳になる。バブル期と就職氷河期という時代の差もあろうが、お金に対する感覚の隔絶感に目眩がした。この差はまま社会の格差につながる。「何もない」高松でお金を使わない暮らしに開眼し、大企業退職によって脱いだ下駄の高さや自身の無知に気づけたことは、大変良いことである。しかし新聞記者として社会のことを書いていても、自身が体感したのでなければ社会や中小企業というマジョリティのことを広く理解できているわけではないのだ。ぜひ大きめのカイシャにしか所属したことのないまま年を経た人に読んでみてほしい。
大学の先生や会社社長は生業が別にあるから原稿料は「ちょっとしたお小遣い」と表するのに違和感があった。本職があるから正当な原稿料が支払われなくてもいいことにはならないし、原稿料を経費と分類するなら、そこもお金についての考え方が大企業式じゃないかな。大企業勤務とはそんな余裕のあるものではないと言うかもしれないが、仮にも大企業と呼ばれる会社に所属して他より多めの報酬と待遇を得ているのなら、そちら側の人に、金銭的環境的理由で身動きの取れない人が置かれた状況を慮る努力をしてほしいと思うのは無理難題だろうか。
読了日:05月14日 著者:稲垣 えみ子 ファイル

土を育てる: 自然をよみがえらせる土壌革命土を育てる: 自然をよみがえらせる土壌革命感想
胸がいっぱいだ。福岡正信翁とは思考の根っこが違う。なのに合理的な西洋式で辿り着いた結論が相似してくることに驚嘆する。『自然は耕さない』。人間は土から多くを得るために、自然の法則に反して土を殺すようなことばかりしている。リジェネラティブ農業は土の復権への賛歌である。植物の根は地中から養分や水分を吸い上げるだけでなく、土を耕し、かつ有機化合物を分泌する。土だけ、植物だけを見るのでは片手落ちで、その複雑な相互作用こそが大事。さらにカバークロップも、性質の異なる種を多種ブレンドすることによってより全きものになる。
アメリカという資本主義が強い社会で経済的に成功している点が心強い。それには作物の栽培・牛羊鶏他の飼養だけでなく経営や販売も自前で手掛けて収益を取りこぼさない必要があるが、リジェネラティブ農業なら家族+アルファの人員でこなせるという。希望そのものだと思うが、現在栽培される作物のほとんどは遺伝子組換で、農家は巨大企業の尻に敷かれて青息吐息という。『化学物質や、強欲な企業や、政府の認証や、思いやりのかけらもない市場への依存からの解放』、それに工夫する生業の楽しさ。隔てるのは、果てしない不安と現状依存なのだろう。
牛や肉食を悪者扱いする菜食主義者に向けての提言。『もし本当に地球環境のことを心配するなら、たとえあなた自身が肉を食べないとしても、反芻動物が草を食むことの重要性に目を向けるべきだ』。牛は本来食べる草以外のものを飼料として食べさせられては、メタンガスを放出すると非難されているのだ。
読了日:05月13日 著者:ゲイブ・ブラウン

チャーメインと魔法の家: ハウルの動く城 3 (徳間文庫)チャーメインと魔法の家: ハウルの動く城 3 (徳間文庫)感想
ああ、もう。先に部屋を片付けなさいよ。スーツケースの中を先に見てって言われたでしょ。なんにもしようとしない(できない)チャーメインにイライラする。私だって暇さえあれば本に鼻を突っ込んでいるのは同じだったはずなのに、人間はどこでどうやって大人になるのだろう。さてハウル一家。前回はすっかりだまされたので今回は眉に唾つけて読むも、堂々たる登場だった。すっかり歳相応になったソフィは感情を隠さない。片やハウルは、こりゃソフィに甘えてるんだろうなあ。ハウルの字が汚いとか細かいところでリアルなファンタジー。楽しかった。
読了日:05月13日 著者:ダイアナ・ウィン ジョーンズ ファイル

ハウルの動く城2 アブダラと空飛ぶ絨毯 (徳間文庫)ハウルの動く城2 アブダラと空飛ぶ絨毯 (徳間文庫)感想
アラビアンナイトめいたジンやジンニー、空飛ぶ絨毯が健気な主人公を窮地に陥れる物語。と言いたいくらい物事が真っ当に進まない。ハウルの城が舞台になるのは物語の折り返し地点を過ぎてからという、なんとも悠長な、まったく趣向を変えたお話なのね。終盤にハウルたちと合流したら上手くゆくのかしらと思ったら、なんと!まじか! 道理で物事が真っ直ぐ進まないわけだわ。『今まで、おいらにおせじを言ってくれたのは、この人だけだ』。できすぎなくらい物事が納まる場所に納まって、大団円となる。読み返したらまたにやにやしちゃうんだろうな。
読了日:05月07日 著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ ファイル

食べる つかう あそぶ 庭にほしい木と草の本: 散歩道でも楽しむ食べる つかう あそぶ 庭にほしい木と草の本: 散歩道でも楽しむ感想
どんな植物でも、新芽は頼もしく、花は生命力に満ちて美しい。ならば、自分の好きなものを植えられるならば、眺める楽しみとは別に、役に立つものを植えたいと思うのは不純だろうか。食べる、漬ける、染める、遊ぶ。ニワトリとミツバチもいて、なんて羨ましい庭! たくさんの木や草が紹介されているが、どちらかというと子供と楽しむ目線が強め。私には“食べられる庭”のほうが読んでわくわくしたなあ。あ、でも、ヤマノイモは植えたい。食べられてものづくりにも使える。ムカゴを植えたらいいのね。とりあえず埋めてみよう〜♪
読了日:05月06日 著者:草木屋 著

ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔 (徳間文庫)ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔 (徳間文庫)感想
ジブリのハウルは大好きな映画だけれど、本家のソフィーとハウルの珍道中もめちゃめちゃ楽しい、新しい家族の物語。『ねえソフィー、出口をつなげる場所に注文はあるかい?』 映画にはなかった台詞やエピソードににやにやしてしまう。さらに続きを読めるなんて嬉しいな。ソフィーの、妹たちとのやりとりがいい。あたしは長女だから。その言葉がどれだけソフィーを縛っただろう。思えば、呪いをかけられて初めてソフィーは家を出ると決心できたのだ。思い切りが良くなるところも、力を発揮できるようになるところも、魔女の功か歳の功か。
読了日:05月03日 著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 10:20Comments(0)読書

2023年05月02日

2023年4月の記録

10年来積読だったソローの「森の生活」読破を諦めた。
岩波文庫で字が小さいから…と電子書籍で買い直しもしたが、だめ。
有名な本は偉いと無条件に信じていた頃に勢いで読むのが正解だったか。

<今月のデータ>
購入11冊、購入費用13,832円。
読了12冊。
積読本330冊(うちKindle本158冊、Honto本3冊)。


ブック

暗がり礼賛 明かりと電気の歴史と地球温暖化暗がり礼賛 明かりと電気の歴史と地球温暖化感想
読む途中で「木綿リサイクル」の著者と気づいた。道理で、集めた情報の切り貼りである。著者ご本人は何の専門家でもない。ただ、火の発見から始まるエネルギーのエントロピー増大を現代の電力過剰消費につなげるところは上手い。この流れのいったいどこに人類が踏み止まれるポイントがあっただろうか。昔から学びつつ新しい暮らし方を生み出すことは、理性で考えれば可能だし、個人レベルではあり得る。しかし経済産業省も電力会社も、電力消費量を減らす方向性には全力で抵抗するだろう。今までもこれからも。私たちは、もう止まれない。
読了日:04月29日 著者:前田啓一

雑草のくらし (福音館の科学シリーズ)雑草のくらし (福音館の科学シリーズ)感想
今、ちょうど道端のスイバが色づいている。空き地に茂る草。まったく珍しくもない。なのに、なんて未知の世界なんだろう。それぞれが持てる武器を使って、しばしの栄華を極める。でもそれは毎年は続かなくって、次々と入れ替わっていくものだなんて、気づきもしなかった。ただし、人間が刈ったり抜いたり手を加えれば話は別で、たいてい毎年同じようなものが生えているように記憶している。何もしなければ、空き地は草むらから草藪へと変貌していく。地下の根っこの力は恐ろしいほどだ。地面は、人間がちょっとこま間借りしているようなものだなあ。
読了日:04月29日 著者:甲斐 信枝

土を喰う日々: わが精進十二ヵ月 (新潮文庫)土を喰う日々: わが精進十二ヵ月 (新潮文庫)感想
時短やタイパがもてはやされる時代ゆえに、氏のエッセイはより沁みる。丁寧な料理を、すなわち手間がかかることと認識するべきではない。その食材と正面から向き合うことで旬を捉え、滋味を味わい、味覚と記憶の繋がりに気づくことができる。『旬を喰うこととはつまり土を喰うこと』。その豊かさを我がものにしたいと願う。老人は季節の煮物を尊ぶとある。自分にあと何度季節が巡ってくるかに思いが至るとき、ようやくその時にしかできない作業や食事を愛おしく思えるのだろう。毎年読んでみたいような、そしたら少しはこの境地に近づけるだろうか。
こんにゃくは指でちぎる。豆腐はにぎりつぶす。味がしみやすいと同時に、その感触もまた食事の一部なんだなあと思う。そして自然と食事もつながっていて、山椒、 地梨子にスグリと、身近にないことが悔しく、きっと庭に植えようなど決め込んでみる。持てる時間が限られるなかで、他になにができるだろう。
読了日:04月27日 著者:水上 勉 ファイル

小説 不如帰 小説 不如帰 感想
明治31年より「国民新聞」で連載の、文語体で書かれた小説。連続ドラマを観ているように面白かった。文語体ゆえに文を咀嚼しないと読めないのだが、慣れると美しい抑揚や流れに身を委ねるのが心地よい。かといって情景や心の機微を丁寧に味わっていると、これまた流れるように挟まれる皮肉や揶揄に吹き出してしまう。著者も楽しんで書いたと想像される。『この愛をば何人もつんざくあたわじ』。知人から耳にした実話を基にしたため、結末は最初から決まっていたようだ。当時の女性が置かれた立場もさることながら、浪子の悲運に涙が止まらない。
時は明治末期、日清戦争の前後。華族は資産や身分を保証された一方、士官として従軍もした。戦闘を野球のプレーに比べたり、戦艦の寄港地付で手紙や荷物を送るなど、先の戦争とは違った意味で日本人に戦争が身近だった時代である。徴兵ではない、職業軍人が戦地へ赴くことは任務であり責務であり、愛が危機に瀕しているからといって、征くのをやめて妻の元に戻るなどという感覚は皆無だよなあ。そして怪我が治りきらずともまた乗艦するのである。国民新聞が官僚や軍人寄りの立ち位置だった建前かとも考えたが、これは私のほうが平和ボケなのだろう。
読了日:04月26日 著者:徳冨 蘆花 ファイル

自然農・栽培の手引き自然農・栽培の手引き感想
福岡正信翁の「何もしない農法」は必要十分以外を何もしないの意である。この本はその流れを汲む考え方と作業の実際を、優しい挿画も用いて細かく説明している。耕さない。できる限り土を動かさない。収穫後の作物の葉や茎も草も根から抜かない。刈り取り、土の上へ敷く。土に戻す。つまり土を裸にしないことで施肥や灌水の必要がなくなり、しかし土はどんどん豊かになっていくという。自然農を学び、実践する著者が、土や作物が変わっていった実感と感動を率直に綴っている。その体感が確信となって自然農への信頼が溢れている。まず大豆と落花生。
読了日:04月20日 著者:鏡山悦子

台湾海峡一九四九台湾海峡一九四九感想
満州事変勃発が1931年。侵略国日本が敗戦と共に退き、その後中国国内では国共内戦が起きた。隣人同士で殺し合いを続け、最終的に追い詰められた国民党が台湾へ渡ったのが1949年だった。膨大な資料や証言によって、著者は一人ひとりにとっての戦争を記録する。『人の頭蓋骨がどんな脆いか、どれくらいの大きさか、あなたは知らない』。それはアレクシェーヴィチの著作を読む感触に似ていた。しかしこちらの事実は、少なくとも半分がたは日本人の我が事のはずだ。彼らが何十年も身の内に留めて耐えた言葉を、受け取る義務があると私は思う。
ロシアの戦場で五百万人のドイツ兵が死に、捕虜収容所で百万人のドイツ兵が虐待を受けて死んだ。『ドイツ人が全世界に大きな災難をもたらしたことを知っていて、なお虐待を受けた百万人のドイツ人のために不平を訴える権利がある?』とドイツ人の若者が言う。この構図は日本にも当てはまる。日本人はアジア諸国や連合国軍の人々にどれほどの非道をしでかしたか知っているだろうか? 今の日本に生きていて、耳に入るのは原爆の悲劇であり、せいぜい大陸や南方で被った困苦である。被害のみを声高に語るのは片手落ちだと終戦の季節の来るたび思う。
日本陸軍は占領支配した朝鮮、中国、台湾の若者を募り、日本兵として南方へ送った。しかし日本出身の兵士と同等には扱わず、虐待し、現地民や連合国軍兵士の虐殺を強いた。敗戦後、上長である日本兵たちは生きろと彼らに言い置いて自決し、また処刑された。同じく日本軍の一兵卒であった私たちの祖父らは帰還し、戦地でどのような行為をしたかを妻子に語らなかった。今は日本を好意的に見てくれる人も多い。だからといって、祖父らの大陸での所業を無かったことにはしてはならない。その折り合いは私の中でつかない。つけずに、いつまでも抱く。
読了日:04月18日 著者:龍 應台

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)その可能性はすでに考えた (講談社文庫)感想
『その可能性はすでに考えた。』は探偵の決め台詞である。全ての可能性を潰せばそれは「不可能」と呼べるのか。可能性が無限大であれば証明そのものが不可能だ。さらにひとつの可能性/不可能性が他の可能性を潰す自家撞着に陥る場合は深掘りするほど増える。底なしの論理遊び。しっかしまあ、ひとつの不可能事件の真相を究明するのに、ぎゅうぎゅうに要素を詰め込んだものだ。中国の四字熟語、言い廻し、拷問や宗教の蘊蓄。即アニメ化できそうなキャラ造形。国際色豊かなのも、百合も、きっと後々に勃発する何かの伏線なのだろう。気にはなる。
読了日:04月16日 著者:井上 真偽 ファイル

白昼夢の森の少女 (角川ホラー文庫)白昼夢の森の少女 (角川ホラー文庫)感想
どれも面白い。するりと入り込む異界。『路地裏に人形を抱いた女がいた。』なんて書き出されるともうぞくぞくする。ホラーとは違う、ファンタジーでもない、恒川ワールドは年を経て様々な要素を加えてもぶれていない。こう言っては申し訳ないけれど、テーマに沿って編んだ短編集よりも、先入観なしに読めるばらばらなもののほうが、長さも趣向も展開も結末も見当がつかなくて、つまりまとまりなど考えすぎずに身を委ねられるので楽しい。「タイプライターズ」でテレビに初出演された恒川さんはとてもキュートでした。全部読み返したくなった。
読了日:04月15日 著者:恒川 光太郎 ファイル

わたしは英国王に給仕した (河出文庫)わたしは英国王に給仕した (河出文庫)感想
あるチェコ人給仕の一生。彼の人生では次々と『信じられないことが現実にな』った。このしっちゃかめっちゃかがチェコの常識に照らしてどうかが私には判断がつかないことと、第二次世界大戦下で母国を占領したドイツ人を、抵抗せず受け入れる者の視点で描写していることを面白く感じた。そしてこれらが次元の異なる理不尽である点も。稼いだ紙幣を部屋中に敷き詰めて愛でる青年期から、巨万の富を得、失い、人里離れた荒野の肉体労働と孤独に身を埋める晩年へ。ドタバタから静寂へ。ズデニェクの存在によって対照的に浮かび上がる生き方もまた深い。
読了日:04月10日 著者:ボフミル フラバル ファイル

山崎実業アイデアBOOK山崎実業アイデアBOOK感想
好き。しゅっとしているところと、プラスチックでないところ、仕組みがシンプルであるところ、マグネット式やフック式で相手側に加工を要しないところ。今やアイテム数が増えすぎて、ネット上でラインナップが把握できないまでになっているので本刊行は嬉しい。以前から不便に思っていたあたりの解決法に留まらず、次々と繰り出されるアイデアに、ついそのアイテムを使うために自宅を改造したくなってくるという逆転現象が起きるのは、山崎実業ファンのあるある。待て!落ち着け! ここはという箇所から、ひとつずつ取り入れていこうではないか。
読了日:04月09日 著者:

自然農法 わら一本の革命自然農法 わら一本の革命感想
自然農法の祖、バイブルと目される本である。著者が編み出した肥料も農薬も耕うん機も使わない「何もしない農法」は人間の究極の知恵、ではなく、人間は絶対に自然には勝てないことの証と言いきる。それはもはや宗教じみて、だからこそ強い。著者の農法は欧米の有機農業にも影響を与えたと言われるが、それが単に方法論で留まるなら、自分の自然農法とは非なるものと切り捨てる。『仏教でいう大乗的な自然農法と、便宜的な小乗的な自然農法』との比喩は言い得て妙だ。わかりやすい。『人間は自然を壊せても、自然をつくることはできない』。
消費者の『少しでも外観のいいもの、きれいなもの、大きなものを買おうという、ほんのわずかの気持ちが、百姓をここまで追いこみ、苦しめている』。スーパーの売り場で、私だって選ぶ。同じ価格でも形のより良い玉ねぎを消費者が選べば、スーパーは形の悪い玉ねぎを事前に弾くだろう。しなびた小松菜を敬遠すれば、"長持ちさせることができる"パッケージを開発し、それはコスト増となる。過度な選別や無駄な品種改良、ひいては自然なものや適正な価格を外れていってしまう現象は私たちが招き、結果的に農家を苦しめていると鮮やかに糾弾する。
読了日:04月08日 著者:福岡 正信

安曇野の白い庭 (新潮文庫)安曇野の白い庭 (新潮文庫)感想
若い頃に読んだ氏の「白い庭」の経緯を確かめたかった。しかしやはり氏の傲慢さと他者蔑視に、嫌悪感を持て余す。350坪の土地に、俺は女や女みたいに軟弱な男にはできない仕事をやり上げたのだと自画自賛して憚らない。庭とは思いつきを手あたり次第に植えては挽き倒し植え直しを繰り返す自己満足である。自慢げに花の咲き誇る庭を眺めやるカラー写真。力と意志で現実を捻じ曲げられると信じている庭師の人間性がどうであれ、木は枝を高く伸ばし花は咲き誇る。それは逆に自然の持つ健やかさを、そして人間の小ささを証明しているように見えた。
読了日:04月01日 著者:丸山 健二


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 13:20Comments(0)読書

2023年04月01日

2023年3月の記録

はちみつを量り売りしてもらった。
注いだときにできた泡がまだ残って、陽に光る。
読書は娯楽であってよいけれど、いずれは暮らしと切り離せないもの。
はちみつの美味しさと、蜂や自然や商いのいろいろを想う。




<今月のデータ>
購入15冊、購入費用12,599円。
読了10冊。
積読本333冊(うちKindle本159冊、Honto本3冊)。

ブック

3月の読書メーター
読んだ本の数:10

ルポ 誰が国語力を殺すのかルポ 誰が国語力を殺すのか感想
歳が離れゆくばかりの社員との対話について、時代や教育が変われば自分の年代とは前提条件が異なるだろうと、様子を知りたかったのが読む動機だった。まさか、日本に生まれ育った両親を持ちながら、母語である日本語を失った人たちがいるとは思わなかった。私たちは言葉のやりとりを通して他者とより深く意思疎通する。適切な言葉の力を持たなければ論理的に思考することはおろか、自らの気持ちを認識することもできないのだ。言語能力の個人差は以前からあることだし、機会があれば育てることができる。ただ、思っているより難しいと覚えておく。
読了日:03月26日 著者:石井 光太

いい感じの石ころを拾いに (中公文庫)いい感じの石ころを拾いに (中公文庫)感想
水辺で石を拾う夢を見た。その後、この本を見かけて買ったのは必然だった気がする。思うに、石は丸っこいのが好ましく、"なんかいい感じ"のものを全身で探したく、なにより無為なところがいい。とするとヒスイ海岸はいずれとして、より身近では川よりは河口、海、瀬戸内海よりは太平洋、日本海なのだな。『そんな石、どこにでも落ちてるだろ、と思う者には、今後おそろしい災禍がふりかからんことを』とか『このいまいましい女が、石の素晴らしさを目の当たりにして打ちのめされんことを願い』など、ダーク宮田が顔をのぞかせる。んんん。
読了日:03月26日 著者:宮田 珠己

ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか? (文春新書)ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか? (文春新書)感想
狂ってる。読むに堪えないと絶望しながら読み進めた。国家政府と巨大企業のタッグの前では、暮らしを守りたい個人の気持ちははあまりに無力に思える。このコロナ禍やウクライナ有事は、世界がこじらせた歪みを正す機会になるのだと私は思っていた。しかし世界のテクノロジー企業はほくそ笑んで着々と布石を打っていたのだ。私たちの「食べるものを選ぶ権利」は潰えるのか。終盤では癒され勇気づけられる思いがする。トップの姿勢がそれならば、私たちが正しい知識と倫理のもとにボトムアップでやっていくしかない。叡智がまだ残っているうちに。
『牛舎式だと4年と短い寿命が放牧だと3倍の12年に延びます(動物福祉)。次に草はタダなので、通常畜産で経費の半分を占めるエサ代や牛舎などの設備投資がかからない(経費削減)。牛をうまく使えば土壌の循環能力を再生させ温暖化ガスを土壌中に隔離できる(気候変動対策)。そして運動量も多くストレスが少ないため、牛たちの免疫力が圧倒的に高く、感染症などの病気にかかりにくいんです(病気対策)』。
『脱炭素なら牛と牧草のタッグが最強です』。牛の群れを自然の中を遊牧させる酪農は日本でもあちこちにある。正しく育てれば牛は救世主であると各国の人々が言う。誰が工場で培養された牛肉やら3Dプリンターで整形した寿司ネタやらコオロギやらを食べたいだろう。そして今生きている牛を潰せば補助金を出すと農水省は言うのだ。人工的な生産物で稼ごうとしている大企業の摺り込みは無視して、肚を据えて、正当に育てた野菜や肉を選ぼう。問題は、すでに食べ物の値段が狂っていて、これまでとの相対的な感覚で「高い」と感じてしまうこと。
『土の耕起は微生物の活動を活性化し、大切な土の有機物が分解されてしまった。さらに、休閑の間、作物の被覆がなくなるために、風雨による土壌侵食も深刻化した』。ここ、これから読む予定の本に繋がっていく予定。
読了日:03月25日 著者:堤 未果 ファイル

燃える秋 (角川文庫)燃える秋 (角川文庫)感想
1977年の小説。主人公の言葉づかいも行動も現代からするとだいぶ違和感はあるも、時代も時代、女性が寿退社じゃなく退職して中東へ旅立つなんて、時代に先駆けた生き方を描いた。主人公の年齢設定は三十路。燃える「秋」って女性の年齢のことを暗喩しているのかな。この小説を手に取ったのは、私にもペルシャ絨毯に対する憧憬があるからだった。重量感のあるその存在を、見つめ、色に陶酔し、緻密さに驚愕し、携わる人々が費やした年月に尊崇の念を抱く。いいなあ、イラン行きたい。絨毯にまつわるイラン人の美学を想って、よしとする。
読了日:03月21日 著者:五木 寛之 ファイル

大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち (ヤマケイ新書)大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち (ヤマケイ新書)感想
土についてもっと知りたくて2冊目。前作とアプローチが違う。地質や気候によって岩石から生まれた土が、少なくとも数百年の時間をかけて土壌になる。それは植物や昆虫、微生物、人間が足し算引き算でその土その土に適応してきたからなのだ。日本の土がどういうものか、なぜ山野は何もしなくても繁茂するのに畑には石灰を撒かなければならないか、ひいては農業、主食穀物と日本史、環境問題の根の深さなど、全てが繋がっていると理解できる。ここをふまえたほうが、本当に大事なものを見極められそう。「土」を考えるうえでの基本が理解できる良書。
読了日:03月20日 著者:藤井 一至 ファイル

メガバンク銀行員ぐだぐだ日記――このたびの件、深くお詫び申しあげます (日記シリーズ)メガバンク銀行員ぐだぐだ日記――このたびの件、深くお詫び申しあげます (日記シリーズ)感想
メガバンク現職行員のぶっちゃけ話といえばシリーズとしては目玉かもしれないが、私にはシリーズで最もつまらなかった。なぜなら、銀行員は華々しい入社以来その世界に忙殺される。外界を知らない。支店の格とか出世レースとか俺の顔に泥とか、組織として病的とも思う。「客」の意味が他業種とは違うんじゃないか。他人様の制裁与奪の権利を握っていると誤解していると高慢さがにじみ出る。…私は銀行に恨みでもあるのか?あるんだろうな。真面目な銀行員の皆様、ごめんなさい。あなたに悪気が無いのは知っているんですけれど、共感はできません。
読了日:03月17日 著者:目黒冬弥 ファイル

NUDGE 実践 行動経済学 完全版NUDGE 実践 行動経済学 完全版感想
現代社会のキーワードとしておさえておきたかった本。近接分野にも触れているぶん、厚い。さて、広義に捉えてナッジは人間が一人いれば発生するので、著者の言葉を借りれば、全てのヒューマンはキュレーターである。他人に働きかけをするとき、言い廻し、伝える順番、表現方法などナッジは意識しているつもりだ。働きかけを受け取る場合も、相手の意図や世間の潮流、経済行動学的側面を読み取ったうえで決断することは多々ある。しかしそれでも、自分の意識しない領分でナッジし、またナッジされていることはあるんだなと気づき考え込んでしまった。
『持続可能性の領域などで、新しい規範が生まれつつあると人びとに伝えると、その結果として予言が現実になることがある。多くの人は歴史の流れに逆らいたくないと思っている。あることをしている人が増えているのを目の当たりにすると、それまではむずかしいと思っていたこと、不可能だとすら思っていたことを実現できると考えるようになるかもしれない。実現しないわけがないとさえ考える人だって出てくるだろう』。これは根源的に重要なことを指摘している。社会を動かすのがなべてナッジなら、他者が受け取れる形での表明は人の義務ではないか?
読了日:03月15日 著者:リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン ファイル

乞食の名誉乞食の名誉感想
「100分deフェミニズム論」で紹介された小説。引用された『不覚な違算』は、女性が自らの意志に反して背負わされる家庭内の責務を指している。先日内閣府が発表した調査結果で、育児と介護が女性の活躍を妨げる最たるものと発表していた。それは比重が大きく、挙げやすいだけであって、個人や身内で負担しなくてよい社会システムを構築するのは重要である一方、自身の愛着や同じ女性による反感の部分が小さくないことを伊藤野枝は指摘する。自分を活かしたい根源的な欲求を満たすことの障害を含め、変わっていかないかんだろうとは思うけれど。
読了日:03月15日 著者:伊 藤 野 枝 ファイル

ゼロエフゼロエフ感想
『私が唾棄するのは紋切り型の理解である』。著者は福島を縦横に、歩きに歩く。人の声になった被災地の思いの聞き役に徹し、目に見えないものに耳を澄ます。一人の人の記憶にも年月の奥行きがあり、さらに先祖の記憶、集落の記憶も背負った言葉を、一人の身体で受け止められると思わない。我が事ではないゆえに感じる責務と無力感。しんどい。受け止められない事実を骨身に沁ませて、祈りはその先にあるのだろう。生き残った人間は何かをしたいと思うという。それぞれの鎮魂の作業。遺さなければ消える。だから碑であり野馬追であり紫陽花なのだ。
でも、碑すら人の都合で遷され忘れ去られるのだ。ではこの、作家の業みたいな、言葉にぐるぐる囚われたような文章なら遺るだろうか。何でもいい。大きなものじゃなくていいから、いろんなものを数多く遺しておけば、どれかは後世に伝わるのではないかと、これは複次的に言葉を受け取った者の、ささやかな祈り。
読了日:03月12日 著者:古川 日出男 ファイル

手のひらの京 (新潮文庫)手のひらの京 (新潮文庫)感想
意外に、最近の作品である。年頃の三姉妹を中心とした、京都に暮らす人々の日常。凛が眺める冒頭の鴨川から始まり、そこここに描かれる情景は著者の記憶だろう。暮らす人だけが見る京都、観光客に交じって見る京都の風景は現代的だけど雅だ。愛おしさがにじむ。家から徒歩一時間以内にある神社すべてに初詣に行くのが趣味で、十以上回るとか、京都に暮らしたことがない者には想像もつかない。生まれてからずっと『身体の中へ蓄え続けた京都の息吹』が素敵ね。凛の東京行きを両親が頑強に反対する辺りで万城目学的展開を予想したが、普通に外れた。
読了日:03月02日 著者:綿矢 りさ ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 09:14Comments(0)読書

2023年03月01日

2023年2月の記録

久しぶりに読んだ本が買った本を上回る。
それは端的に言って、AmazonのKindle本セールが刺さらないからである。
気になって古本屋から取り寄せる本は増えている気配。

<今月のデータ>
購入10冊、購入費用11,825円。
読了15冊。
積読本329冊(うちKindle本155冊、Honto本3冊)。


ブック

2月の読書メーター
読んだ本の数:15

なんで家族を続けるの? (文春新書 1303)なんで家族を続けるの? (文春新書 1303)感想
内田也哉子が中野信子にさまざま尋ねる対談。彼女の抱えてきたわだかまりは融けただろうか。中野信子も内田也哉子も特殊な家庭に育ったという自認があった。それは確実に「新しい家族を持つ」ときに影響した訳で、そこに関心を持つ私もまた自分の育った家庭を普通でないと思ってきた。中野信子の回答は端的だ。生物学的にまた脳科学的に見て、家族は何でもありで普通なんて無い。内田也哉子がほっとする気配が感じ取れて、こちらも緩む。本木雅弘も中野信子も姓を変えることに抵抗が無かった話から、自分を薄情だと自責しなくてよいのだと思えた。
読了日:02月28日 著者:内田 也哉子,中野 信子 ファイル

人類の星の時間人類の星の時間感想
素晴らしい著作である。若い頃に読む機会と意欲に恵まれていれば人生の糧になったはずだ。歴史小説集という。ヨーロッパ中心にもかかわらず胸に重たく感じるのは、この選ばれた瞬間の多くが西洋人のみならず、極東の私にも人間の来し方として大きな転換点だったと感じられるからだ。凝縮された一瞬。それが他民族への虐殺と略奪であっても、金儲けや自尊心の為であっても、確かに煌めく。ツヴァイクがオーストリア人であると知ればロシアが3篇入っているのも納得だ。ドストエフスキーとトルストイのが好き。計り知れぬ哀しみ、これもまた煌めく。
読了日:02月27日 著者:シュテファン・ツヴァイク ファイル

園芸家の一年 (平凡社ライブラリー)園芸家の一年 (平凡社ライブラリー)感想
耕作すなわち文化。植物に飼いならされる人間の悲喜こもごもをユーモア満載で綴っている。当時は紳士が嗜む趣味であったようで、なるほど傍から見れば理解しがたい、滑稽ですらあろう姿だが、若い時分には解さない深い深い哲学が庭仕事にはあるからなのだ。そして『わたしたち園芸家は、未来に対して生きている』と断言する。花を植える瞬間はその花が咲いた姿を想うだろう。木を植える瞬間はその木が大きくなった10年後を、さらには見ることの叶わぬ50年後をも想うだろう。いつか自分の庭を得て、体感でわかるようになったら、また読みたい。
訳者あとがきに知った背景は覚えておきたい。チャペックはチェコ人である。この文章が連載された頃、ナチスドイツによる弾圧は既にチェコに及んでいた。兄ヨゼフは逮捕され、強制収容所で亡くなった。カレルはその直前に家で亡くなり、ナチの手を逃れている。そのような時世に、この平和で、笑いに満ちて、何気ない暮らしへの愛溢れる文章が書かれたのだ。それはチャペック兄弟が何を大切に思っていたかを、如実に表していると思った。そしたらその瞬間、とても深い思いが隠されたエッセイだったのだと悟って目が潤んでしまった。
読了日:02月25日 著者:カレル チャペック ファイル

お金に頼らず 生きたい君へ: 廃村「自力」生活記 (14歳の世渡り術)お金に頼らず 生きたい君へ: 廃村「自力」生活記 (14歳の世渡り術)感想
14歳の世渡り術というお題は半ばから踏み倒し、小蕗暮らし近況報告に突入していく。"エネルギーだだ漏れ生活"を脱却して、お金にも文明にも頼らない生活を実現すべく服部文祥は廃村の家と土地を手に入れた。電気、水、燃料を自力でなんとかする暮らし。食料は猟をし、野菜を植え、春を心待ちにする。手あたり次第に木の苗を植えて試せる土地の広大さが羨ましすぎる。服部文祥への私の恋心は差し引いても、胸が疼いた理由。そのキーワードは、桃源郷。人それぞれに違う、その理想郷を実現する一歩を踏み出した、その喜びが溢れているからだ。
人間がいる/いない、獣がいる/いないで村の自然の在りようが違ってくるあたりの観察が興味深い。獣に野菜や果樹の苗や芽を喰われては、労力と金と時間の喪失にがっかりしている。春は限られた回数しかその人に巡ってこない事実を想う。狩猟のときには決して言わなかった『鹿が憎い』にドキリとする。雌鹿を独りで仕留めた、愛すべきナツ(フィクションです)。面倒くさいと口では言いながら、服部文祥は溺愛していると感じる。久保俊治氏の猟犬フチを思い出した。女神だ。ナツの性別は知らんけど。
読了日:02月23日 著者:服部 文祥

教養悪口本教養悪口本感想
自称専業インテリ悪口作家。ジアタマのいい人の戯言って面白いな。それもこれくらいの分量に留めるからこそ。理系ながら文学のたしなみもあるので深みはそこそこでも幅広くて面白い。ってこれ悪口じゃありませんよ。プロールの餌もんやとか、あいつはラフレシアとか、毒舌っぽくない超毒舌が好き。すぐ使いたい。ああ、でも、自虐にこそ使いたいな。「重さがマイナス」とか言い出しかねない性格だし、車輪の再発明気質だし、スタックオーバーフローです!とか アセトアルデヒドふざけんな!とか、ユーモアで自分を許すってのも大事じゃね? 好い。
読了日:02月17日 著者:堀元 見 ファイル

サステイナブルに家を建てるサステイナブルに家を建てる感想
家を建てる行為には、金銭面の制限と庶民的願望と環境負荷との板挟みで悩むプロセスがつきものだろう。環境に負荷をかけずに生きられない人間としては、設計士さんの一言が慰めではある。『自分のためだけでなく、次の住まい手のことまで考えて、日本に良質な家をひとつ増やしましょう』。自分の納得がゆく選択を重ねた先に、晴れやかな生活が待っている。現実に考えうる範囲で、自分たちの性格も考慮して、環境に掛ける負荷をできるだけ下げた家だと思う。分譲地を買い、ハウスメーカーの設定した枠の中で選択を重ねるのとは全然違うのだろうな。
読了日:02月16日 著者:服部雄一郎,服部麻子 ファイル

鳥・虫・草木と楽しむ オーガニック植木屋の剪定術鳥・虫・草木と楽しむ オーガニック植木屋の剪定術感想
通りすがりに見る他所様の庭は、本職が剪定したようなものもあれば、自分でしていた剪定が歳取ってできなくなって巨木伸び放題になったようなものもある。今の私に手入れすべき庭はないけれど、自分で何とかできるような、心安らぐような、そんな庭ができたらと妄想する。曳地家メソッド本3冊目。好きなのだ。本書は木の維持管理を主に置いたもの。木が伸びるポテンシャルと、枝ぶり、樹形ごとにまとめられている。人間が見て気持ちのよい、木にとっても心地よい状態というのがあるのだな。全然かわいそうじゃない。「玉散らし」の呼び名を覚えた。
読了日:02月12日 著者:ひきちガーデンサービス(曳地トシ+曳地義治)

(003)畳 (百年文庫)(003)畳 (百年文庫)感想
私の畳生活への憧れはどこから来るんかなあ、と手に取った。しかしどの小説も、畳に明らかな焦点が当たることはなく、役割も存在感も無いに等しい。3篇目などむしろ「窓」なのだが、読み終えると、思い描く場面は畳の部屋でしかありえない、畳の上で展開した出来事であったと思い当たる。日本人の生活の匂い、なのだろう。『軍国歌謡集』が面白い。男は幻想を抱き、女も幻想も抱く。それは相似形でありながら、か弱いはずの女の心情の転換は素早く、強靭で、さらに勇敢だ。それ故に見事に粉砕される男たちの様子が小気味良くすらある、見事な構成。
読了日:02月12日 著者:林芙美子,獅子文六,山川方夫

無農薬で安心・ラクラク はじめての手づくりオーガニック・ガーデン (PHPビジュアル実用BOOKS)無農薬で安心・ラクラク はじめての手づくりオーガニック・ガーデン (PHPビジュアル実用BOOKS)感想
庭全体をバランスよく妄想できるのはこちら。好き。広い庭も狭い庭も、樹木、草花、アプローチ、水場、作業場所、雨水タンクまでいろんなパターンが細かく載っていて、シンボルツリーやその根元、壁際、半日蔭にはシランが素敵など妄想が広がる。木は冬に実のなるものを植えよう。ちなみに特に何も植えない場所、日陰にはドクダミ、日向にはシロツメクサの種をぶちまけることになっている。その土地に合うか合わないかは植えてみるしかないのね。人間だけの時間とは違う、うーんと伸ばしたような時間軸を楽しみたい。コンポストも曳地式がラクそう。
読了日:02月12日 著者:曳地 トシ,曳地 義治

猫と住まいの解剖図鑑猫と住まいの解剖図鑑感想
住まいを考えるとき、人間が困ることを猫にさせないつくりというものがある。猫に物事を禁止しても聴いてもらえないのだから、配置や素材など、人と猫の双方に無理のない妥協点を見出すのがお互いの為だと思うが、それを猫の要望ばかりを容れて俺は我慢かと態度を硬化されては困り果てる。ひいては人間の為だからと穏やかに説明を重ねながら、水を差さないように少しずつ修正を差し入れていくしかないのだろう。精神的に疲れる。そして大手は融通が効かない。助言をくれる専門家が猫エキスパートであったなら、どれだけ楽なことか。繰り返し見返す。
読了日:02月11日 著者:いしまるあきこ

運動未満で体はととのう運動未満で体はととのう感想
呼吸と重心。ここのところ忙しく、目と脳を絶え間なく朝から晩まで働かせるような日々を続けていたら、自分の身体を感じ取れなくなっていた。すっと立つことができなくて、中国武術の時間は目を閉じないと、脳みそで体を動かそうとしてしまう。呼吸と重心。ほんとうのことはシンプルだ。だからこそ効くのだけれど、現代のややこしげな"理論"にインパクト負けしがち。こんな整骨院&ジムが近くにあったら通うのになあ。舌トレーニングはこっそりやる。この動作は中国武術にもあるが、なかなか自分のものにできない。小顔効果もあるとか!
読了日:02月10日 著者:長島康之 ファイル

死ぬ気まんまん (光文社文庫)死ぬ気まんまん (光文社文庫)感想
癌再発の告知を受けた足でジャガーを買ったのは有名な話。命も金も惜しまず暮らして、なのに宣告された余命2年を過ぎて周囲に愛想を尽かされたりする。70歳は死ぬのにちょうど良い、生き延びると困ると公言し、ホスピスに入院して14日で自ら退院してしまったりする。骨にも転移して砕けそうな痛みがあるのに。どどめ色になってしまったのに。私は自然の摂理として緩慢な死は受け入れられると思っている。でも、どどめ色は怖いな。私も立派に死ねるだろうか。洋子さんがホスピスから見たゴッホの夕陽を、私も見られるだろうか。対談がよい。
読了日:02月09日 著者:佐野 洋子 ファイル

生きのびるための流域思考 (ちくまプリマー新書)生きのびるための流域思考 (ちくまプリマー新書)感想
水害を防ぐための方策は、排水機能強化やハザードマップ作成に限らず多岐にわたる。人の生活を守る取り組みは奥深い。さて、市街地化が進むと土地の保水・遊水力は低下する。その変化がハイドログラフに歴然と現れており、すなわちそれは豪雨災害の激甚化を意味する。温暖化による雨量の増加も考え合わせると、ますます事態は悪化すると予想される。治水(国土交通省)だけではない、環境保全(環境省)や農地保全(農林水産省)、森林保全(林野庁)も横断したグリーンインフラの構築が喫緊である。道筋はここに示された。あとはやるだけ。
読了日:02月08日 著者:岸 由二 ファイル

九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
読む順番を違えているのはわかっていたのだけれど。前巻で生じた何かをエラリイは引きずっている。新たにニューヨークで起きた事件に首を突っ込むのを躊躇ったのもつかの間、俄然やる気になったエラリイに警視共々快哉を叫ぶ。ニューヨークにはライツヴィルに無いものがある。ニューヨーク市民による群舞、恐怖、混乱、妄動、からの暴動。警察が事件を解決しない限り理不尽な恐怖に向き合うしかない、都会の不穏な空気がなんとも言えない。手がかりを得てからの焦点を絞った心理戦パート、精神の迷宮パートと、がらりがらりと転換する趣向も魅力だ。
読了日:02月04日 著者:エラリイ・クイーン ファイル

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者感想
医療における医者と患者のやりとりのうまくいかない部分を、行動経済学の側面から分析する。患者は必ずしも医学的に望ましいと思える意思決定をしない。そりゃそうだ。命もかかりお金もかかり、しかもたいてい不意打ちだ。これまで言われてきたインフォームドコンセントの不全を補完する次段階の考え方として、シェアード・ディシジョン・メーキングが出てきた。そこに"ナッジ"することで齟齬や歪みの少ない決断を導く方法が試行錯誤されている。一方、意思決定が合理的でないのは医療者側も同じ。読んでいて息苦しい理由は、深く考えたくない。
読了日:02月02日 著者:大竹 文雄,平井 啓 ファイル


注:ファイルは電子書籍で読んだ本。

  

Posted by nekoneko at 18:09Comments(0)読書