2019年01月07日
2018年12月の記録
国際社会や国のことへの関心は、年々増す一方だ。
時事物のノンフィクションも出来るだけタイムリーに読むようになり、
読んで大いに同意したり、目から鱗が落ちたりするのだが、不思議と、すっと忘れてしまう。
どんどん情勢が変わっていくからかもしれない。
それに加え、本を読んで得られるカタルシスというものは、忘却機能があるらしい。
本質的な部分や、人間や自然のことは、自分の中に知識が蓄積されている実感がある。
そういう本を、どんどん読んでいきたい。
<今月のデータ>
購入14冊、購入費用11,339円。
読了11冊。
積読本146冊(うちKindle本51冊)。

12月の読書メーター
読んだ本の数:11
タイワニーズ 故郷喪失者の物語の感想
台湾にルーツを持つ11人の著名人を取材したノンフィクション。日本、台湾、中国の複雑な歴史と、日本人の排他的無関心に因る彼らの困難、特に故国を喪失させられたことへの贖罪に、著者はこの本を位置づけている。しかし、私はそれは哀感が過ぎると感じた。日本人の民族的独自性、優位性なんてとっくに幻想だ。そして台湾に関しては、二重国籍は少しも異常なことではないと知った。ここに挙がるどの人もパワフルで、その複雑を抱えている故に魅力的だ。もっと知りたい。もっと台湾を好きになりたくなった。武術か観光か、来年は必ず台湾へ行こう。
読了日:12月31日 著者:野嶋 剛
Tomoi (小学館文庫)の感想
聖なる夜、ねぇ。とつぶやいて思い出したのはこの本だった。何度目かの再読。私にとってボーイズラブの延長線上で楽しんだ漫画だし、ドタバタな風味も大好きなんだけど、なんだろうね、このひたひたと胸を満たす透明なものは。純粋な悲しみ。祈り。そんな稀なるものが私の中にもあるんかなぁと思わせてくれる。安易なカタルシスを与えてくれないところがいい。異国の青い空。ただ想像して、TOMOIと共にいつまでも見上げていたい気分だ。
読了日:12月25日 著者:秋里 和国弐
緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」の感想
日本のあるべき民主主義、また国政というものを考える際に、枝野氏の言論は真っ当なものだと私は感じる。個々の政策や、過去の政権運営の失敗は別としてね。テレビも新聞も含め、報道は偏向がかかるし、一部を切り取っても錯誤を生む。こうして全文書き起こしで読めたのが良かった。彼は「事実」の扱いがクリアだ。当国会で立憲民主党は、政府提出法案の8割に賛成、2割は審議協力の上反対した。議員立法の法案が国会に出るまでの流れを、私は理解していなかったので勉強になった。理解したうえでテレビの報道は見ないと、国民はまず誤解してる。
最近の与党を見ていると、「もののけ姫」の乙事主の台詞と猪たちの猛進(盲信?)を頻繁に思い出す。『モロ、わしの一族を見ろ。みんな小さくバカになりつつある』。権力闘争はいつの時代も小汚いものだけれど、やっぱり、昔に比べると、より人間が小さく、より薄汚いほうへ、きな臭いほうへと向かっているんじゃないかな。
読了日:12月23日 著者:解説 上西 充子,解説 田中 信一郎
考具 ―考えるための道具、持っていますか?の感想
「考具」とはアイデアと企画を生み出すための知的道具。プロのアイデアマンになるための"インストラクション"本だった。「注目する視点をいつもと違うジャンルで縛る」ツールであるカラーバスが面白い。スマホカメラとセットで。「強制的にアイデアのヒントを頭から引っ張り出」すツールはマインドマップをはじめ、結局のところは同じ。既に目の前や頭の中にあるアイデアの種を引き出すための道具は、頭の中のリミッターを越える。どれが自分のツールとして性分に合っているかを見極めること。勝手に自分で可能性に蓋をするのはやめ。絞るのは後。
読了日:12月22日 著者:加藤 昌治
山行記 (文春文庫)の感想
楽しみにしていたエッセイはゆったり読もうと、お風呂に持ち込んだ。『きょう一日を生きのびるのは精神ではなくからだなのであり、動物としてのからだは動くのを好むようにできているのであるから、その自然にまかせる』。心の均衡の危うい時期を越えて、南木さんが自身に噛んで含めるように、心とからだの刹那を記し残す文章は、山歩きの素晴らしさを確実に掴んでいて、陶然とする。『ふだんはキーボードをたたいたり、箸で漬物をつまんだりしているだけの指が命を支える』。生きている実感、というのは、私はこれのことだと思う。沁みました。
読了日:12月22日 著者:南木 佳士
センス・オブ・ワンダーを探して ~生命のささやきに耳を澄ます (だいわ文庫)の感想
福岡先生の話している方向はいつもと同じなんだけど、相手が阿川さんってとこと、子供の頃熱中した本の話が目新しい。さて、「なぜ動的平衡の考え方が主流にならないのか」と訊かれた福岡先生の応え。機械論的な考え方のほうが資本主義社会に馴染むから、動的平衡は一般に受け入れられないのだ、と自己分析している。つまり、全ては動的平衡にあり、人間の単純な因果論的作為は無意味と言ってしまっては、資本主義的活動をしている人は儲からないし、お金や労力を費やして満足していた人は不安に陥るでしょうからね。でも、そっちが本当でしょうね。
生物多様性についての福岡先生の動的平衡の見地からの説明。それぞれの生物が営む生で保っていた地球上における動的平衡を人間が一方的に崩した結果、『二酸化炭素のところが滞っ』て発生したのが温暖化ガスの増加である。だから絶滅危惧種を延命することが重要なのではないとのこと。
読了日:12月18日 著者:阿川 佐和子,福岡 伸一
常備菜2の感想
前巻から私の定番になった副菜も多く、気に入っているので、引き続き購入。つくってみたいものの頁の角を折りながら読んでいたのだけど、多すぎるので途中で止めた。定番の食材と持っている調味料でつくれて、しかもシンプルな工程で、日持ちがする。それでこそ常備菜の鑑! なのに少し変わった調味になっていたりして、つくる意欲を喚起してくれる。片っ端からつくるぞ!と思えて、嬉しい。
読了日:12月18日 著者:飛田 和緒
都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)の感想
都市はその経緯がどうであれ、住む者には必然である。この込み入り捩じれた”二重都市”では、見てはいけない建造物や人を見ることも犯罪になる。seeとunsee。景色を真っ直ぐ見通せないことによる不安が人々に色濃い。全てを見てよい立場になった、主人公に訪れる混乱が印象的。一方で、それらの社会規範は無価値と、外国人に言下に否定される。普遍の上に虚構を乗せるのが上手い作家だ。欧州国家は、異質なものが”クロスハッチ”した国家・都市が"クロスハッチ"している。日本だって全てが"トータル"ではないから、私にも感じ取れる。
読了日:12月16日 著者:チャイナ・ミエヴィル
白洲次郎 占領を背負った男 下 (講談社文庫)の感想
「最強のふたり」の著者による白洲次郎の評伝は、吉田茂との強い信頼関係を副題とし、自然と日本の国政を追う形をとる。特に戦後、サンフランシスコ条約締結までの経緯には白洲次郎の水面下の活躍が燦然と輝き、一国が独立してあるということについて考えさせる。白洲次郎と白洲正子、どちらも「粋」を極めた人のような印象を持っていたが、白洲次郎がこれだけ国政に奔走していたところをみても、その「粋」の出所はまったく別のところにあったようだ。ダム工事現場にランドローバーを配置するとか、農作業にカーキのつなぎを着るとか、格好良すぎ。
憲法9条。警察予備隊(自衛隊)。安保条約。再軍備について、経緯や意図を知り、改めて考える。軍を持たず、アメリカの傘の下にも入らない方法は無いのだろうか。理想論を理想と切り捨てず、追及することはできないのだろうか。今の世界情勢は、たぶん機会だ。しかし日本の政財界もアレだから、変革は求めるべくもないのか。
あと、政治家の資質について。安倍家も麻生家も父祖は辣腕で功績を残しているのに、人脈も懐事情も生まれながらに恵まれた立場のはずなのに、なぜ孫はアレなんだろう。白洲次郎は『立場で手に入れただけの権力を自分の能力だと勘違い』する奴に言及していたから、当時からその手の輩はいるのだろうけど。いずれ、このように個々人の挙動や活躍を近接してみてみると、政治家の能力は新聞などでの文面や、恣意的に切り取られた報道映像では、本当のところは見抜けないと理解した。
読了日:12月15日 著者:北 康利
人間と動物の病気を一緒にみる : 医療を変える汎動物学の発想の感想
人間と動物、遠い祖先が同じなら生態に共通点もあるだろう、と理解していると同時に、私たちはどこか別物と決め込んでいるらしい。中でも生物としての危機対応の方法は人間と動物で同じ、と考えた瞬間に開けた視界に驚いた。拒食、失神、身体拘束時の突然死。身体を拘束されることや精神的な圧迫を受けることを命の脅威と感じ、過剰な程の生体反応を見せる症例に、人間は原因不明のショック死や不安障害など個別の名前を付ける。これが生体機能としての抵抗、絶望の意味で動物とどこも違わないなら、そもそもの考え方から変わってしまうではないか。
読了日:12月07日 著者:バーバラ・N・ホロウィッツ,キャスリン・バウアーズ
白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)の感想
明治から昭和時代の日本国の中心、上流階級の日本人の教養と人脈が育まれた世界にまず感嘆した。白洲次郎と正子の結婚は、著者の描き様もあろうがなんとドラマチックなものだったことか。さて、GHQ占領下の日本。いくら良い教養と高い志を持とうとも、敗戦国は敗戦国の扱いを受ける。人対人、国対国のことが、平時よりも濃密に、水面下に在った。日本側の記録とGHQ側の記録には齟齬がある。今となっては真実は闇の中だが、それでも白洲次郎や近衛、吉田の言い分を信じたいと思わせる人の魅力が、この本をぐいぐい読ませる原動力になっている。
日本国憲法が「GHQの押しつけ」と言われる意味を、恥ずかしながら私は初めて理解した。日本は自国の憲法を自主的に作成することができないようにGHQに追い込まれた、といえるだろう。そしてGHQはどこまでも身勝手な戦勝国アメリカの具現だった。日本は独立したのだ、現代の改憲派の言い分には理がある。私も現憲法を違わず死守すべきとは思わない。しかし、粗忽な現自民党の連中に憲法を弄られることは断じて許さない。激しく嫌悪する。憲法に奇しくも具現した国としての健全さ、白洲次郎の言うプリンシプルを決して理解しない輩だからだ。
読了日:12月04日 著者:北 康利
注:
はKindleで読んだ本。
時事物のノンフィクションも出来るだけタイムリーに読むようになり、
読んで大いに同意したり、目から鱗が落ちたりするのだが、不思議と、すっと忘れてしまう。
どんどん情勢が変わっていくからかもしれない。
それに加え、本を読んで得られるカタルシスというものは、忘却機能があるらしい。
本質的な部分や、人間や自然のことは、自分の中に知識が蓄積されている実感がある。
そういう本を、どんどん読んでいきたい。
<今月のデータ>
購入14冊、購入費用11,339円。
読了11冊。
積読本146冊(うちKindle本51冊)。

12月の読書メーター
読んだ本の数:11

台湾にルーツを持つ11人の著名人を取材したノンフィクション。日本、台湾、中国の複雑な歴史と、日本人の排他的無関心に因る彼らの困難、特に故国を喪失させられたことへの贖罪に、著者はこの本を位置づけている。しかし、私はそれは哀感が過ぎると感じた。日本人の民族的独自性、優位性なんてとっくに幻想だ。そして台湾に関しては、二重国籍は少しも異常なことではないと知った。ここに挙がるどの人もパワフルで、その複雑を抱えている故に魅力的だ。もっと知りたい。もっと台湾を好きになりたくなった。武術か観光か、来年は必ず台湾へ行こう。
読了日:12月31日 著者:野嶋 剛


聖なる夜、ねぇ。とつぶやいて思い出したのはこの本だった。何度目かの再読。私にとってボーイズラブの延長線上で楽しんだ漫画だし、ドタバタな風味も大好きなんだけど、なんだろうね、このひたひたと胸を満たす透明なものは。純粋な悲しみ。祈り。そんな稀なるものが私の中にもあるんかなぁと思わせてくれる。安易なカタルシスを与えてくれないところがいい。異国の青い空。ただ想像して、TOMOIと共にいつまでも見上げていたい気分だ。
読了日:12月25日 著者:秋里 和国弐

日本のあるべき民主主義、また国政というものを考える際に、枝野氏の言論は真っ当なものだと私は感じる。個々の政策や、過去の政権運営の失敗は別としてね。テレビも新聞も含め、報道は偏向がかかるし、一部を切り取っても錯誤を生む。こうして全文書き起こしで読めたのが良かった。彼は「事実」の扱いがクリアだ。当国会で立憲民主党は、政府提出法案の8割に賛成、2割は審議協力の上反対した。議員立法の法案が国会に出るまでの流れを、私は理解していなかったので勉強になった。理解したうえでテレビの報道は見ないと、国民はまず誤解してる。
最近の与党を見ていると、「もののけ姫」の乙事主の台詞と猪たちの猛進(盲信?)を頻繁に思い出す。『モロ、わしの一族を見ろ。みんな小さくバカになりつつある』。権力闘争はいつの時代も小汚いものだけれど、やっぱり、昔に比べると、より人間が小さく、より薄汚いほうへ、きな臭いほうへと向かっているんじゃないかな。
読了日:12月23日 著者:解説 上西 充子,解説 田中 信一郎

「考具」とはアイデアと企画を生み出すための知的道具。プロのアイデアマンになるための"インストラクション"本だった。「注目する視点をいつもと違うジャンルで縛る」ツールであるカラーバスが面白い。スマホカメラとセットで。「強制的にアイデアのヒントを頭から引っ張り出」すツールはマインドマップをはじめ、結局のところは同じ。既に目の前や頭の中にあるアイデアの種を引き出すための道具は、頭の中のリミッターを越える。どれが自分のツールとして性分に合っているかを見極めること。勝手に自分で可能性に蓋をするのはやめ。絞るのは後。
読了日:12月22日 著者:加藤 昌治


楽しみにしていたエッセイはゆったり読もうと、お風呂に持ち込んだ。『きょう一日を生きのびるのは精神ではなくからだなのであり、動物としてのからだは動くのを好むようにできているのであるから、その自然にまかせる』。心の均衡の危うい時期を越えて、南木さんが自身に噛んで含めるように、心とからだの刹那を記し残す文章は、山歩きの素晴らしさを確実に掴んでいて、陶然とする。『ふだんはキーボードをたたいたり、箸で漬物をつまんだりしているだけの指が命を支える』。生きている実感、というのは、私はこれのことだと思う。沁みました。
読了日:12月22日 著者:南木 佳士

福岡先生の話している方向はいつもと同じなんだけど、相手が阿川さんってとこと、子供の頃熱中した本の話が目新しい。さて、「なぜ動的平衡の考え方が主流にならないのか」と訊かれた福岡先生の応え。機械論的な考え方のほうが資本主義社会に馴染むから、動的平衡は一般に受け入れられないのだ、と自己分析している。つまり、全ては動的平衡にあり、人間の単純な因果論的作為は無意味と言ってしまっては、資本主義的活動をしている人は儲からないし、お金や労力を費やして満足していた人は不安に陥るでしょうからね。でも、そっちが本当でしょうね。
生物多様性についての福岡先生の動的平衡の見地からの説明。それぞれの生物が営む生で保っていた地球上における動的平衡を人間が一方的に崩した結果、『二酸化炭素のところが滞っ』て発生したのが温暖化ガスの増加である。だから絶滅危惧種を延命することが重要なのではないとのこと。
読了日:12月18日 著者:阿川 佐和子,福岡 伸一


前巻から私の定番になった副菜も多く、気に入っているので、引き続き購入。つくってみたいものの頁の角を折りながら読んでいたのだけど、多すぎるので途中で止めた。定番の食材と持っている調味料でつくれて、しかもシンプルな工程で、日持ちがする。それでこそ常備菜の鑑! なのに少し変わった調味になっていたりして、つくる意欲を喚起してくれる。片っ端からつくるぞ!と思えて、嬉しい。
読了日:12月18日 著者:飛田 和緒

都市はその経緯がどうであれ、住む者には必然である。この込み入り捩じれた”二重都市”では、見てはいけない建造物や人を見ることも犯罪になる。seeとunsee。景色を真っ直ぐ見通せないことによる不安が人々に色濃い。全てを見てよい立場になった、主人公に訪れる混乱が印象的。一方で、それらの社会規範は無価値と、外国人に言下に否定される。普遍の上に虚構を乗せるのが上手い作家だ。欧州国家は、異質なものが”クロスハッチ”した国家・都市が"クロスハッチ"している。日本だって全てが"トータル"ではないから、私にも感じ取れる。
読了日:12月16日 著者:チャイナ・ミエヴィル

「最強のふたり」の著者による白洲次郎の評伝は、吉田茂との強い信頼関係を副題とし、自然と日本の国政を追う形をとる。特に戦後、サンフランシスコ条約締結までの経緯には白洲次郎の水面下の活躍が燦然と輝き、一国が独立してあるということについて考えさせる。白洲次郎と白洲正子、どちらも「粋」を極めた人のような印象を持っていたが、白洲次郎がこれだけ国政に奔走していたところをみても、その「粋」の出所はまったく別のところにあったようだ。ダム工事現場にランドローバーを配置するとか、農作業にカーキのつなぎを着るとか、格好良すぎ。
憲法9条。警察予備隊(自衛隊)。安保条約。再軍備について、経緯や意図を知り、改めて考える。軍を持たず、アメリカの傘の下にも入らない方法は無いのだろうか。理想論を理想と切り捨てず、追及することはできないのだろうか。今の世界情勢は、たぶん機会だ。しかし日本の政財界もアレだから、変革は求めるべくもないのか。
あと、政治家の資質について。安倍家も麻生家も父祖は辣腕で功績を残しているのに、人脈も懐事情も生まれながらに恵まれた立場のはずなのに、なぜ孫はアレなんだろう。白洲次郎は『立場で手に入れただけの権力を自分の能力だと勘違い』する奴に言及していたから、当時からその手の輩はいるのだろうけど。いずれ、このように個々人の挙動や活躍を近接してみてみると、政治家の能力は新聞などでの文面や、恣意的に切り取られた報道映像では、本当のところは見抜けないと理解した。
読了日:12月15日 著者:北 康利


人間と動物、遠い祖先が同じなら生態に共通点もあるだろう、と理解していると同時に、私たちはどこか別物と決め込んでいるらしい。中でも生物としての危機対応の方法は人間と動物で同じ、と考えた瞬間に開けた視界に驚いた。拒食、失神、身体拘束時の突然死。身体を拘束されることや精神的な圧迫を受けることを命の脅威と感じ、過剰な程の生体反応を見せる症例に、人間は原因不明のショック死や不安障害など個別の名前を付ける。これが生体機能としての抵抗、絶望の意味で動物とどこも違わないなら、そもそもの考え方から変わってしまうではないか。
読了日:12月07日 著者:バーバラ・N・ホロウィッツ,キャスリン・バウアーズ

明治から昭和時代の日本国の中心、上流階級の日本人の教養と人脈が育まれた世界にまず感嘆した。白洲次郎と正子の結婚は、著者の描き様もあろうがなんとドラマチックなものだったことか。さて、GHQ占領下の日本。いくら良い教養と高い志を持とうとも、敗戦国は敗戦国の扱いを受ける。人対人、国対国のことが、平時よりも濃密に、水面下に在った。日本側の記録とGHQ側の記録には齟齬がある。今となっては真実は闇の中だが、それでも白洲次郎や近衛、吉田の言い分を信じたいと思わせる人の魅力が、この本をぐいぐい読ませる原動力になっている。
日本国憲法が「GHQの押しつけ」と言われる意味を、恥ずかしながら私は初めて理解した。日本は自国の憲法を自主的に作成することができないようにGHQに追い込まれた、といえるだろう。そしてGHQはどこまでも身勝手な戦勝国アメリカの具現だった。日本は独立したのだ、現代の改憲派の言い分には理がある。私も現憲法を違わず死守すべきとは思わない。しかし、粗忽な現自民党の連中に憲法を弄られることは断じて許さない。激しく嫌悪する。憲法に奇しくも具現した国としての健全さ、白洲次郎の言うプリンシプルを決して理解しない輩だからだ。
読了日:12月04日 著者:北 康利

注:

Posted by nekoneko at 11:00│Comments(0)
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