2022年11月02日
2022年10月の記録
あらゆることが「大きく、早く」がよしとされる時代に、
読書も「たくさん、早く」と追い立てられているような気がする。
メディアやSNSであれば一歩引いて構えられる私も読書は例外である。
そうでなくても歳と共に時間の流れが速く感じられるようになってきている。
ゆっくり深く読むのが読書の醍醐味と知っていても、
飢えたように紙面に食い入ってしまう秋。
<今月のデータ>
購入9冊、購入費用6,496円。
読了17冊。
積読本319冊(うちKindle本156冊、Honto本6冊)。

10月の読書メーター
読んだ本の数:17
アメリカがカルトに乗っ取られた! 中絶禁止、銃は野放し、暴走する政教分離の感想
ドラマ「SWAT」を観ていると、社会の諸問題が日本にあり得ないレベルで盛り込まれていて、そういえば町山さんが言ってたよなあ、と思い出す。多様ゆえの摩擦を直視し、より公平であろうとする人々と、貧困や教育を受ける権利のはく奪によりそれを受け入れることができない人々、多様性に飲み込まれまいと既得権益を振りかざす人々が取り上げられている。町山さん自身のSFとの出会いから始まる「オタク差別をやめろ」がエッセイとして秀逸。何かを深く愛するって素敵なことだ。笑いに乗せて伝えるって高度な技だ。聞こえましたか、文春さん?
アメリカの民主党と共和党の関係を、日本の自民党と野党の関係に照らし合わせてみると、民主主義の制度を基盤とする限り同じ問題を抱えているとわかる。しかし、今の世界的なインフレ圧力下において、なにもかもが極端な方向に動こうとするなかで、アメリカでは民主党から共和党に主導権が移行しそうなのに対し、日本では自民党が劣勢に立たされつつも野党が常軌を逸した動きで支持を失っているように見え、結果自民党優位が保たれるのではないかと危惧される。総じて、未来が明るいとは、どうしても思えないのだ。
読了日:10月31日 著者:町山 智浩
すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)の感想
この世界に登場したジョンが好ましく見える。それは一見ユートピアを模しながら、かつ人々が別段不満を持っていないにもかかわらず、読む私が息苦しさを感じる性質のものだからだろう。私はディストピア小説を街中で読むのが好きだ。現実の世界が小説の世界のようではないことにほっとすると同時に、現実の世界に小説の世界の要素を感じ取って眩惑するのを好む。自然、揺らぎ、不確定さ、自ら何かを創り上げることの達成感、喜び。そういった実感を深く味わって私たちは生きているだろうか? 覚悟を持ち得なかったバーナードのふるまいを笑えるか?
読了日:10月30日 著者:オルダス ハクスリー
古(いにしえ)の武術に学ぶ無意識のちから - 広大な潜在能力の世界にアクセスする“フロー"への入り口 - (ワニプラス)の感想
『人間の運命は完ぺきに決まっていて、完璧に自由である』。若い頃に得た直観以降、求道者として甲野先生の気に留まった世間の事柄や、一般的な認識に反する事象、身体のありようについてたくさんの所見が述べられている。武術に限らない。自分の意志では発揮できない能力や、意識で知覚できないために現実を超越したもののように感じられる事象が遍在すると知ること、それを拡げる方向へ自分の身体を置くようにすることは大事だ。人間即ち自然の摂理。「三脈」は憶えておいて、なんかヤバいなと思ったら必ずやる。ズレたら駄目。念のため。
読了日:10月28日 著者:甲野 善紀,前野 隆司
植物はそこまで知っている: 感覚に満ちた世界に生きる植物たち (河出文庫)の感想
植物には脳も神経もない。だからといって、芽を出し、生長し、花を咲かせ、種をつくって枯れる機能を持った機械ではない。植物は…人間が生体を表わす言葉では表現しづらい。擬人化では、誤ったニュアンスが人間側に返ってくる。だからこの本の「知っている(know)」は言い得て妙だと感心した。研究では植物の持つ能力を知るために、通常の植物のほか、化学薬品に晒してDNA変異を誘発した植物を用いて比較検証などの実験をするそうだ。見る、嗅ぐ、感じる、聞く、憶える…。彼らが生きるために、必要な能力だ。でも、やっぱり不思議な感じ。
読了日:10月22日 著者:ダニエル・チャモヴィッツ
トラックドライバーにも言わせて (新潮新書)の感想
聞いて初めて、知らなかったと自覚する事柄が世界にはたくさんある。日本の運送業界は需要の増大につれて問題を混迷させている。これを読んでからというもの数日、道行く大型トラックを珍しいものでも見つけたかのように観察してしまう。そもそもの大型トラックの仕組みすら知らなかったのだ。エアブレーキの特性、荷積みの難しさ、車体を止める技術、死角。急ブレーキをかければとんでもない破壊力を持つからこそ、ドライバーは客や周りの自家用車らの無理解と横暴にブチ切れることなく、マナーを守り、命を削る。これはなんとかせんといかんで。
読了日:10月20日 著者:橋本 愛喜(はしもと あいき)
半農半林で暮らしを立てる―資金ゼロからのIターン田舎暮らし入門の感想
何の技能も持たないまま、人間社会の行く末を憂えて、農林業従事者へ転身。人が事を始めるのに遅すぎることはないという考えに賛成だが、無鉄砲という名の踏み切りの良さを体力気力で補える若さはこのケースには必要である。林業、除雪、米づくりを柱にした設計。意識高いところから入っているので、米づくりは手植え・手刈りから入り、必要を実感しては小型、より大型の農機具へ切り替える遠回り加減に好感。これは売る米の量など、本人の目的と農地面積によって違ってくるだろう。自分の身体を使って、改めて得る種苗法や農薬への考えが興味深い。
読了日:10月17日 著者:市井 晴也
【2021年本屋大賞 翻訳小説部門 第1位】ザリガニの鳴くところの感想
カイアとテイト。カイアとチェイス。あるいはジャンピン。人が他者に近づく、人が他者を受け入れる、人が他者と生きていくとは、と原初的な問いが絶えず浮かぶのは、カイアの孤独ゆえである。あまりに切ない境遇と引き換えにカイアが得たのは大いなる自然との一体感。潟湖の生態系がこんなに豊かとは知らなかった。自然の中にいるカイアはずっと見ていたいほど自由で美しかった。潟湖や海の景色が心象と寄り添ったり歯向かったりと、雄大に物語る。カイアは40年近くをこのうえなく幸せに生きた。そう信じることが、私にいちばんの満足感を与える。
貝殻の伏線も劇的に回収される。カイアがしたことは裏切りだろうか? カイアが独学で得た生物学の知識が、彼女の行動を方向づけたことは間違いない。『命の時計の針が動きつづけている限り、そこには醜いものなど何ひとつないように思えた。これは自然界の暗い側面などではなく、何としても困難を乗り越えるために編み出された方策なのだ。それが人間となれば、もっとたくさんの策を講じたとしても不思議はないだろう』。絵も詩も、得たものは全て生きることを助けた。それが人間社会のルールに沿うかどうかは、結果論なのだと思った。
「潟湖」が何回辞書で確認しても読み方を憶えられず、読み終えた今も怪しいので書いておく。"せきこ"。つい"かたこ"と読んでしまう…。
読了日:10月16日 著者:ディーリア・オーエンズ
アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン (講談社文庫)の感想
あれれ。私、これ好きだな。いつも高野さんが探しに出かけている外国のだと、「ああ、未知生物ね。UMAね。」とそのまんま受け取ってしまうのだけれど、奄美となると生物のような精霊のようなあやかしのような、微妙な差を肌に感じる(気がする)のは不思議な現象だ。キジムナーもケンモンもいるよ。だって会った人がいるんだしさ。白いヤギもそうじゃない?と信じる人の気持ちにぐっと近づくことができる(気がする)。それでいて、奄美方言は異国的でもあって、ぞくっとする。アフガニスタンもこれはこれで鮮やかな視界の転回が興味深い。
読了日:10月13日 著者:高野 秀行
母の記憶に (ケン・リュウ短篇傑作集3)の感想
ハードボイルドなSFも書けるケン・リュウいいね! こちらは東洋風味控えめの短編集。来たるべき未来への不安を突くような「ループの中で」と「残されし者」を印象深く受け取る自分を憂鬱に眺める。一方は戦争。科学技術が進んでも人間が攻撃するのは人間。人殺しに加担した呵責は、相対した者にも、安全な場所から無人機を操る者にも、遠隔操作するAIを設計した者にも等しく圧しかかる。無間地獄。他方は未来潰えた人類の姿。技術進歩はおろか退却しかない暗黒世界に子孫を遺して、私たちは死ぬのか。子孫の賢さ? 問題はそこではない。
読了日:10月11日 著者:ケン リュウ
鶴川日記 (PHP文芸文庫)の感想
夫妻が鶴川村の武相荘を入手したいきさつや暮らしを知りたくて。少しなのが残念。正子さんは田舎暮らしを愛しており、夫君も自らあれこれ手掛け、近隣の人々の助けをも得、さほどの波風なく収まったように受け取れる。戦時下でもあり、華族も農民も現代人とは胆力の桁が違う、と言うべきか。日本において華族の人々が日本文化に果たす役割を思う。富と時間と教養を持った好事家、また研究者として、技術や知識を次世代に伝えねば、日本の価値あるものはぼろぼろと失われてしまう。役割なのだ。また、祖父母の逸話が印象深い。まさしく激動の時代。
『おもうに、維新と名づける破天荒な事業は、祖父が封建武士から陸軍の将官へ、更に海軍提督へと何の躊躇もなく転身したように、過去も未来も打ち捨てて、ひたすら現実の中に飛びこむことのできた人々だけに可能な革命であった。悲しいことに、それは為しとげなければ国が危うい止むに止まれぬ勢いであった。』
読了日:10月11日 著者:白洲 正子
食べられる庭図鑑の感想
この気軽さが好み。庭と畑を区別しない混植スタイル、雑草は抜きすぎないし落ち葉は春まで除かない。気軽に植え、育つものは育て、失敗したら試行錯誤して、その植物とのつき合いかたは自分が決める方式。種は必要なぶんを採取し、残りは庭にばらまくか人にあげる。思わぬところから芽が出るの、いいよなあ。根っこ付きの細ネギや豆苗を植えるのははもちろん、食べた野菜や果物から出てきた種もぽいっと庭に投げて、『種は芽を出したいはず』と待つ。家庭菜園は本職の農家とは違うのだから、きれいな実をたくさんなんて肩肘張らずに楽しめるといい。
読了日:10月10日 著者:良原リエ
入れ子の水は月に轢かれ (ハヤカワ文庫JA JAオ 16-1)の感想
沖縄復帰50周年に、沖縄ミステリ。沖縄には地上だけでなく地下にも、複雑で根深い歴史が絡みついている。米軍と日本政府に翻弄された時代と、毎年台風に晒される沖縄、生き抜いたおじいやおばあの過去が事件のベースとなる。『国って平気でグァーシーするのさ』。鶴子おばあは喋りに喋る。ところどころ何を言っているか私にはわからない言葉の奥に、不屈のエネルギーを感じる。著者が妙齢の女性と知って驚いた。謎の性質上、意外だったのだが、女だってしたたかでなければ生き抜けなかった時代のことは、そら書いとかななあ。
読了日:10月08日 著者:オーガニック ゆうき
小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常の感想
小さな本屋さんの存在感が年々増していると感じる。店なんて物と金が出入りするだけの場所だと思ってきたからか、この歳になって小さな本屋さんに出会って、本屋という静かな磁場に、変わらず迎えてくれる店主がいることを、ありがたいことだなあと思う。知らない本が並んでいる棚、という意味では、我が家の積読棚も同じだ。本屋さんと同じように静かで豊かで魅力的かと目を遣り、安心する。眺めているだけで知らず時が経つ。まだ読んでいない本でも今必要でない本でも、そこにあるだけで既に仕事をはたしているという言葉に同意して満ち足りる。
読了日:10月04日 著者:辻山 良雄
認知症世界の歩き方の感想
母が認知症に足を突っ込みかけているので、先回りして知っておこうと思った。なにぶん自分の非を認めることができず、私のせいにする習慣が既に構築されている。確認できたのは、症状は人によって違うこと。周りが違和感を持つ行動には理由があること。本人が誰より混乱していること。かといって理不尽になじられて腹を立てないほど人間出来ていないので処しようを知りたかったが、本人の中で起きる事象がメイン。本人が混乱を起こしにくい環境を整えること。いずれ、本人も家族も知っている方がより良い。本人含め、家族で回し読みすることにした。
読了日:10月04日 著者:筧 裕介
新・台湾の主張 (PHP新書)の感想
2016年、蔡英文が総統に選ばれる直前の著。台湾の戦後史と、台湾という国家の形態、日本との関係について。50年間の統治という名の占領をしでかした日本を、好意的に扱ってくれる台湾人は少なくない。"犬"の後に"豚"が来たから相対的に評価が上がったのもあろうが、それだけじゃない、それはいったい何だろうと考え続けている。李登輝は新渡戸稲造の産業振興と八田與一の治水事業、後藤新平の統治運営改革が台湾を底上げしたと評している。その李登輝の政治的手腕、心理的誘導による部分は大きいと察せられるが、それだけが真実ではない。
読了日:10月03日 著者:李 登輝
日本のヤバい女の子 覚醒編 (角川文庫)の感想
日本の古典文学や説話に登場する女性の、置かれた立場や投げ込まれる理不尽を、当人の気持ちを想像して味わう趣向。著者は文学や文化の研究者ではない。しかしずらりと並ぶ巻末の参考文献を見るに、読みはじめたら面白かったんだろうなあ。古代・中世の日本人は、現代人と違う発声で意思疎通したと聞く。私が古典に手が出ないのは、今生きている私と隔絶された「日本」の人々に、理解や共感を持つことが難しいと思っているからだ。習俗も隣国並みに違う。その段差を踏み倒して彼女ら"ヤバい女の子"に想いを寄せる著者は、パワフルかつ情緒豊かだ。
読了日:10月02日 著者:はらだ 有彩
皮膚の下の頭蓋骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 129-2)の感想
孤島の城、クローズドサークル。前作は序章だったのか。と納得しかける程、バーニイの遺したものや革ベルトを糧として、若きコーデリアが本領を発揮する。すなわち観察力の高さもさながら、臆することなく年輩と対等に渡り合い、楽しませることができる知性と教養の発露が眩しい。読むこちらにまったく教養が足りてないのが残念なれど、アイヴォとの対話など読んでいて楽しい。紋切り型の対応と質問でしか事件と相対することができない警察とは対照的である。アクションシーンあり、漁師の男の子との胸キュンシーンあり、良いミステリでした。
読了日:10月01日 著者:P.D.ジェイムズ
注:
は電子書籍で読んだ本。
読書も「たくさん、早く」と追い立てられているような気がする。
メディアやSNSであれば一歩引いて構えられる私も読書は例外である。
そうでなくても歳と共に時間の流れが速く感じられるようになってきている。
ゆっくり深く読むのが読書の醍醐味と知っていても、
飢えたように紙面に食い入ってしまう秋。
<今月のデータ>
購入9冊、購入費用6,496円。
読了17冊。
積読本319冊(うちKindle本156冊、Honto本6冊)。

10月の読書メーター
読んだ本の数:17

ドラマ「SWAT」を観ていると、社会の諸問題が日本にあり得ないレベルで盛り込まれていて、そういえば町山さんが言ってたよなあ、と思い出す。多様ゆえの摩擦を直視し、より公平であろうとする人々と、貧困や教育を受ける権利のはく奪によりそれを受け入れることができない人々、多様性に飲み込まれまいと既得権益を振りかざす人々が取り上げられている。町山さん自身のSFとの出会いから始まる「オタク差別をやめろ」がエッセイとして秀逸。何かを深く愛するって素敵なことだ。笑いに乗せて伝えるって高度な技だ。聞こえましたか、文春さん?
アメリカの民主党と共和党の関係を、日本の自民党と野党の関係に照らし合わせてみると、民主主義の制度を基盤とする限り同じ問題を抱えているとわかる。しかし、今の世界的なインフレ圧力下において、なにもかもが極端な方向に動こうとするなかで、アメリカでは民主党から共和党に主導権が移行しそうなのに対し、日本では自民党が劣勢に立たされつつも野党が常軌を逸した動きで支持を失っているように見え、結果自民党優位が保たれるのではないかと危惧される。総じて、未来が明るいとは、どうしても思えないのだ。
読了日:10月31日 著者:町山 智浩


この世界に登場したジョンが好ましく見える。それは一見ユートピアを模しながら、かつ人々が別段不満を持っていないにもかかわらず、読む私が息苦しさを感じる性質のものだからだろう。私はディストピア小説を街中で読むのが好きだ。現実の世界が小説の世界のようではないことにほっとすると同時に、現実の世界に小説の世界の要素を感じ取って眩惑するのを好む。自然、揺らぎ、不確定さ、自ら何かを創り上げることの達成感、喜び。そういった実感を深く味わって私たちは生きているだろうか? 覚悟を持ち得なかったバーナードのふるまいを笑えるか?
読了日:10月30日 著者:オルダス ハクスリー


『人間の運命は完ぺきに決まっていて、完璧に自由である』。若い頃に得た直観以降、求道者として甲野先生の気に留まった世間の事柄や、一般的な認識に反する事象、身体のありようについてたくさんの所見が述べられている。武術に限らない。自分の意志では発揮できない能力や、意識で知覚できないために現実を超越したもののように感じられる事象が遍在すると知ること、それを拡げる方向へ自分の身体を置くようにすることは大事だ。人間即ち自然の摂理。「三脈」は憶えておいて、なんかヤバいなと思ったら必ずやる。ズレたら駄目。念のため。
読了日:10月28日 著者:甲野 善紀,前野 隆司

植物には脳も神経もない。だからといって、芽を出し、生長し、花を咲かせ、種をつくって枯れる機能を持った機械ではない。植物は…人間が生体を表わす言葉では表現しづらい。擬人化では、誤ったニュアンスが人間側に返ってくる。だからこの本の「知っている(know)」は言い得て妙だと感心した。研究では植物の持つ能力を知るために、通常の植物のほか、化学薬品に晒してDNA変異を誘発した植物を用いて比較検証などの実験をするそうだ。見る、嗅ぐ、感じる、聞く、憶える…。彼らが生きるために、必要な能力だ。でも、やっぱり不思議な感じ。
読了日:10月22日 著者:ダニエル・チャモヴィッツ


聞いて初めて、知らなかったと自覚する事柄が世界にはたくさんある。日本の運送業界は需要の増大につれて問題を混迷させている。これを読んでからというもの数日、道行く大型トラックを珍しいものでも見つけたかのように観察してしまう。そもそもの大型トラックの仕組みすら知らなかったのだ。エアブレーキの特性、荷積みの難しさ、車体を止める技術、死角。急ブレーキをかければとんでもない破壊力を持つからこそ、ドライバーは客や周りの自家用車らの無理解と横暴にブチ切れることなく、マナーを守り、命を削る。これはなんとかせんといかんで。
読了日:10月20日 著者:橋本 愛喜(はしもと あいき)


何の技能も持たないまま、人間社会の行く末を憂えて、農林業従事者へ転身。人が事を始めるのに遅すぎることはないという考えに賛成だが、無鉄砲という名の踏み切りの良さを体力気力で補える若さはこのケースには必要である。林業、除雪、米づくりを柱にした設計。意識高いところから入っているので、米づくりは手植え・手刈りから入り、必要を実感しては小型、より大型の農機具へ切り替える遠回り加減に好感。これは売る米の量など、本人の目的と農地面積によって違ってくるだろう。自分の身体を使って、改めて得る種苗法や農薬への考えが興味深い。
読了日:10月17日 著者:市井 晴也

カイアとテイト。カイアとチェイス。あるいはジャンピン。人が他者に近づく、人が他者を受け入れる、人が他者と生きていくとは、と原初的な問いが絶えず浮かぶのは、カイアの孤独ゆえである。あまりに切ない境遇と引き換えにカイアが得たのは大いなる自然との一体感。潟湖の生態系がこんなに豊かとは知らなかった。自然の中にいるカイアはずっと見ていたいほど自由で美しかった。潟湖や海の景色が心象と寄り添ったり歯向かったりと、雄大に物語る。カイアは40年近くをこのうえなく幸せに生きた。そう信じることが、私にいちばんの満足感を与える。
貝殻の伏線も劇的に回収される。カイアがしたことは裏切りだろうか? カイアが独学で得た生物学の知識が、彼女の行動を方向づけたことは間違いない。『命の時計の針が動きつづけている限り、そこには醜いものなど何ひとつないように思えた。これは自然界の暗い側面などではなく、何としても困難を乗り越えるために編み出された方策なのだ。それが人間となれば、もっとたくさんの策を講じたとしても不思議はないだろう』。絵も詩も、得たものは全て生きることを助けた。それが人間社会のルールに沿うかどうかは、結果論なのだと思った。
「潟湖」が何回辞書で確認しても読み方を憶えられず、読み終えた今も怪しいので書いておく。"せきこ"。つい"かたこ"と読んでしまう…。
読了日:10月16日 著者:ディーリア・オーエンズ


あれれ。私、これ好きだな。いつも高野さんが探しに出かけている外国のだと、「ああ、未知生物ね。UMAね。」とそのまんま受け取ってしまうのだけれど、奄美となると生物のような精霊のようなあやかしのような、微妙な差を肌に感じる(気がする)のは不思議な現象だ。キジムナーもケンモンもいるよ。だって会った人がいるんだしさ。白いヤギもそうじゃない?と信じる人の気持ちにぐっと近づくことができる(気がする)。それでいて、奄美方言は異国的でもあって、ぞくっとする。アフガニスタンもこれはこれで鮮やかな視界の転回が興味深い。
読了日:10月13日 著者:高野 秀行


ハードボイルドなSFも書けるケン・リュウいいね! こちらは東洋風味控えめの短編集。来たるべき未来への不安を突くような「ループの中で」と「残されし者」を印象深く受け取る自分を憂鬱に眺める。一方は戦争。科学技術が進んでも人間が攻撃するのは人間。人殺しに加担した呵責は、相対した者にも、安全な場所から無人機を操る者にも、遠隔操作するAIを設計した者にも等しく圧しかかる。無間地獄。他方は未来潰えた人類の姿。技術進歩はおろか退却しかない暗黒世界に子孫を遺して、私たちは死ぬのか。子孫の賢さ? 問題はそこではない。
読了日:10月11日 著者:ケン リュウ

夫妻が鶴川村の武相荘を入手したいきさつや暮らしを知りたくて。少しなのが残念。正子さんは田舎暮らしを愛しており、夫君も自らあれこれ手掛け、近隣の人々の助けをも得、さほどの波風なく収まったように受け取れる。戦時下でもあり、華族も農民も現代人とは胆力の桁が違う、と言うべきか。日本において華族の人々が日本文化に果たす役割を思う。富と時間と教養を持った好事家、また研究者として、技術や知識を次世代に伝えねば、日本の価値あるものはぼろぼろと失われてしまう。役割なのだ。また、祖父母の逸話が印象深い。まさしく激動の時代。
『おもうに、維新と名づける破天荒な事業は、祖父が封建武士から陸軍の将官へ、更に海軍提督へと何の躊躇もなく転身したように、過去も未来も打ち捨てて、ひたすら現実の中に飛びこむことのできた人々だけに可能な革命であった。悲しいことに、それは為しとげなければ国が危うい止むに止まれぬ勢いであった。』
読了日:10月11日 著者:白洲 正子


この気軽さが好み。庭と畑を区別しない混植スタイル、雑草は抜きすぎないし落ち葉は春まで除かない。気軽に植え、育つものは育て、失敗したら試行錯誤して、その植物とのつき合いかたは自分が決める方式。種は必要なぶんを採取し、残りは庭にばらまくか人にあげる。思わぬところから芽が出るの、いいよなあ。根っこ付きの細ネギや豆苗を植えるのははもちろん、食べた野菜や果物から出てきた種もぽいっと庭に投げて、『種は芽を出したいはず』と待つ。家庭菜園は本職の農家とは違うのだから、きれいな実をたくさんなんて肩肘張らずに楽しめるといい。
読了日:10月10日 著者:良原リエ

沖縄復帰50周年に、沖縄ミステリ。沖縄には地上だけでなく地下にも、複雑で根深い歴史が絡みついている。米軍と日本政府に翻弄された時代と、毎年台風に晒される沖縄、生き抜いたおじいやおばあの過去が事件のベースとなる。『国って平気でグァーシーするのさ』。鶴子おばあは喋りに喋る。ところどころ何を言っているか私にはわからない言葉の奥に、不屈のエネルギーを感じる。著者が妙齢の女性と知って驚いた。謎の性質上、意外だったのだが、女だってしたたかでなければ生き抜けなかった時代のことは、そら書いとかななあ。
読了日:10月08日 著者:オーガニック ゆうき


小さな本屋さんの存在感が年々増していると感じる。店なんて物と金が出入りするだけの場所だと思ってきたからか、この歳になって小さな本屋さんに出会って、本屋という静かな磁場に、変わらず迎えてくれる店主がいることを、ありがたいことだなあと思う。知らない本が並んでいる棚、という意味では、我が家の積読棚も同じだ。本屋さんと同じように静かで豊かで魅力的かと目を遣り、安心する。眺めているだけで知らず時が経つ。まだ読んでいない本でも今必要でない本でも、そこにあるだけで既に仕事をはたしているという言葉に同意して満ち足りる。
読了日:10月04日 著者:辻山 良雄


母が認知症に足を突っ込みかけているので、先回りして知っておこうと思った。なにぶん自分の非を認めることができず、私のせいにする習慣が既に構築されている。確認できたのは、症状は人によって違うこと。周りが違和感を持つ行動には理由があること。本人が誰より混乱していること。かといって理不尽になじられて腹を立てないほど人間出来ていないので処しようを知りたかったが、本人の中で起きる事象がメイン。本人が混乱を起こしにくい環境を整えること。いずれ、本人も家族も知っている方がより良い。本人含め、家族で回し読みすることにした。
読了日:10月04日 著者:筧 裕介

2016年、蔡英文が総統に選ばれる直前の著。台湾の戦後史と、台湾という国家の形態、日本との関係について。50年間の統治という名の占領をしでかした日本を、好意的に扱ってくれる台湾人は少なくない。"犬"の後に"豚"が来たから相対的に評価が上がったのもあろうが、それだけじゃない、それはいったい何だろうと考え続けている。李登輝は新渡戸稲造の産業振興と八田與一の治水事業、後藤新平の統治運営改革が台湾を底上げしたと評している。その李登輝の政治的手腕、心理的誘導による部分は大きいと察せられるが、それだけが真実ではない。
読了日:10月03日 著者:李 登輝


日本の古典文学や説話に登場する女性の、置かれた立場や投げ込まれる理不尽を、当人の気持ちを想像して味わう趣向。著者は文学や文化の研究者ではない。しかしずらりと並ぶ巻末の参考文献を見るに、読みはじめたら面白かったんだろうなあ。古代・中世の日本人は、現代人と違う発声で意思疎通したと聞く。私が古典に手が出ないのは、今生きている私と隔絶された「日本」の人々に、理解や共感を持つことが難しいと思っているからだ。習俗も隣国並みに違う。その段差を踏み倒して彼女ら"ヤバい女の子"に想いを寄せる著者は、パワフルかつ情緒豊かだ。
読了日:10月02日 著者:はらだ 有彩


孤島の城、クローズドサークル。前作は序章だったのか。と納得しかける程、バーニイの遺したものや革ベルトを糧として、若きコーデリアが本領を発揮する。すなわち観察力の高さもさながら、臆することなく年輩と対等に渡り合い、楽しませることができる知性と教養の発露が眩しい。読むこちらにまったく教養が足りてないのが残念なれど、アイヴォとの対話など読んでいて楽しい。紋切り型の対応と質問でしか事件と相対することができない警察とは対照的である。アクションシーンあり、漁師の男の子との胸キュンシーンあり、良いミステリでした。
読了日:10月01日 著者:P.D.ジェイムズ

注:

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