2018年10月20日
大麻山
数年来温めていたアイデアがありました。
「善通寺駅から大麻山へ登り、金刀比羅宮奥院から下って琴平駅に戻る」です。
というのも、インターネットで検索していてこのようなマップを見つけたからです。
大麻山グリーンラインハイキングコース/善通寺市HP
http://www.city.zentsuji.kagawa.jp/soshiki/50/greenline.html

数々の古墳や、龍王社に葵の滝、展望の開けた山頂。素敵ではないですか。
ただ、計画時に気づかなかったのは、この地図が昭和61年のものであること。
よもやあんな結果になるとは思いもしませんでした。
時候も好くなったことだしと、実行に移したのは先週末。
マップにあるグリーンラインを参考に登ることにしました。
善通寺駅から3kmほど歩くと、「大型案内板」のある登山口です。
立派な看板には平成24年、善通寺市教育委員会となっています。

山裾は民家をはじめ、柑橘類やキウイなどの畑もあるため、日常的に使われています。
歩くにはつまらないけれど、間違いはない、車の通れる道です。
最初の異変は、熊の巣古墳と寺田古墳の間を抜けようとした時でした。
獣よけの鉄柵と、イノシシの箱罠が行く先を塞いで、通れない。
草ぼうぼうを見透かしても、進めそうにありませんでした。
ましてや古墳も見られようがありません。
引き返し、西側の道を大石の方へ登ります。
まっすぐ登る道があるはずが、これも草ぼうぼうで登れそうもない。
熊の巣古墳の上へ迂回、道を辿ります。
思い返せば、この辺がいちばん歩いて楽しい山の道でした。
イノシシの掘り返し跡がそこらじゅうになければ。
山に人が入らなくなって、荒れてるな、というのがその時の印象でした。
人が里山歩きをすれば里山の踏み跡は維持される。
そのために、マップを配って、少し道の手入れをして、登る人を集める。
それが里山の維持に貢献する方法の一つと考えているからです。
椀貸塚の上で道が開け、3方向に道が分かれて、迷いました。
地図によればどちらへ行っても山頂へは登れるはずでした。
真ん中を選びました。
踏み跡とは不思議なものです。
ロープを張ったり印をつけたりしていなくても、先に人が踏んで歩いた跡は見える。
考えなくても、目が慣れればわかります。
本当は、木の幹に印をつけるとか、札を立てるとかしてほしい所ですが、
先の台風でか、倒れてしまった木がそのまま道を塞いでいたりします。
そのくらい手入れの疎かな山だから仕方ない、と思いながら、
先ほどの分岐から進むこと数十分。
踏み跡が消えました。
角度を変えて眺めても、目をすがめても、見えない。
工兵道まで、もう数十メートルのはずなのに!
疎らな幹や低木に遮られて工兵道は見えず、私は焦れて直登しました。
しかし湿った斜面、滑る落ち葉、掴んでも抜ける枯れ木に阻まれ、
時間だけが経ち、ふと振り返ると今まで来た踏み跡が見えない。
工兵道も見えない。
それまでの行きつ戻りつで時間を無駄にし、とっくに午後になっていました。
ここで諦めるのは悔しい、悔しいけれど、悔しいけれど、これは無理だ。
取りあえず下へ下りながら、自分の踏み跡を探します。
少し下にそれらしいのが見えても、下りると、ない。
焦ると、滑るのですね。
何度も滑って転んで、でも怪我をしたら取り返しがつかない。
落ち着け、ゆっくり、大丈夫と自分に言い聞かせました。
なんとか戻り、景色が開けたときの美しかったこと。

善通寺市には意見書を送りました。
看板とインターネットの情報を取り下げるか、定期的に手入れをするか。
どちらかにしないと、私みたいなのが大変な目に会いますから。
最近は、手入れされていない里山が増えたように感じます。
中でも地域に愛される山や、信仰のある山はとても歩きやすいです。
そうでない山は、草が茂り、蜘蛛の巣が張り、イノシシの跡だらけ。
今年、あとどの山を選ぶか悩みどころです。
それにしても、本当に惜しいところまで登っていました。
しかしあの道を思い出すと、とうぶん再挑戦はする気になりません。
「善通寺駅から大麻山へ登り、金刀比羅宮奥院から下って琴平駅に戻る」です。
というのも、インターネットで検索していてこのようなマップを見つけたからです。
大麻山グリーンラインハイキングコース/善通寺市HP
http://www.city.zentsuji.kagawa.jp/soshiki/50/greenline.html

数々の古墳や、龍王社に葵の滝、展望の開けた山頂。素敵ではないですか。
ただ、計画時に気づかなかったのは、この地図が昭和61年のものであること。
よもやあんな結果になるとは思いもしませんでした。
時候も好くなったことだしと、実行に移したのは先週末。
マップにあるグリーンラインを参考に登ることにしました。
善通寺駅から3kmほど歩くと、「大型案内板」のある登山口です。
立派な看板には平成24年、善通寺市教育委員会となっています。

山裾は民家をはじめ、柑橘類やキウイなどの畑もあるため、日常的に使われています。
歩くにはつまらないけれど、間違いはない、車の通れる道です。
最初の異変は、熊の巣古墳と寺田古墳の間を抜けようとした時でした。
獣よけの鉄柵と、イノシシの箱罠が行く先を塞いで、通れない。
草ぼうぼうを見透かしても、進めそうにありませんでした。
ましてや古墳も見られようがありません。
引き返し、西側の道を大石の方へ登ります。
まっすぐ登る道があるはずが、これも草ぼうぼうで登れそうもない。
熊の巣古墳の上へ迂回、道を辿ります。
思い返せば、この辺がいちばん歩いて楽しい山の道でした。
イノシシの掘り返し跡がそこらじゅうになければ。
山に人が入らなくなって、荒れてるな、というのがその時の印象でした。
人が里山歩きをすれば里山の踏み跡は維持される。
そのために、マップを配って、少し道の手入れをして、登る人を集める。
それが里山の維持に貢献する方法の一つと考えているからです。
椀貸塚の上で道が開け、3方向に道が分かれて、迷いました。
地図によればどちらへ行っても山頂へは登れるはずでした。
真ん中を選びました。
踏み跡とは不思議なものです。
ロープを張ったり印をつけたりしていなくても、先に人が踏んで歩いた跡は見える。
考えなくても、目が慣れればわかります。
本当は、木の幹に印をつけるとか、札を立てるとかしてほしい所ですが、
先の台風でか、倒れてしまった木がそのまま道を塞いでいたりします。
そのくらい手入れの疎かな山だから仕方ない、と思いながら、
先ほどの分岐から進むこと数十分。
踏み跡が消えました。
角度を変えて眺めても、目をすがめても、見えない。
工兵道まで、もう数十メートルのはずなのに!
疎らな幹や低木に遮られて工兵道は見えず、私は焦れて直登しました。
しかし湿った斜面、滑る落ち葉、掴んでも抜ける枯れ木に阻まれ、
時間だけが経ち、ふと振り返ると今まで来た踏み跡が見えない。
工兵道も見えない。
それまでの行きつ戻りつで時間を無駄にし、とっくに午後になっていました。
ここで諦めるのは悔しい、悔しいけれど、悔しいけれど、これは無理だ。
取りあえず下へ下りながら、自分の踏み跡を探します。
少し下にそれらしいのが見えても、下りると、ない。
焦ると、滑るのですね。
何度も滑って転んで、でも怪我をしたら取り返しがつかない。
落ち着け、ゆっくり、大丈夫と自分に言い聞かせました。
なんとか戻り、景色が開けたときの美しかったこと。

善通寺市には意見書を送りました。
看板とインターネットの情報を取り下げるか、定期的に手入れをするか。
どちらかにしないと、私みたいなのが大変な目に会いますから。
最近は、手入れされていない里山が増えたように感じます。
中でも地域に愛される山や、信仰のある山はとても歩きやすいです。
そうでない山は、草が茂り、蜘蛛の巣が張り、イノシシの跡だらけ。
今年、あとどの山を選ぶか悩みどころです。
それにしても、本当に惜しいところまで登っていました。
しかしあの道を思い出すと、とうぶん再挑戦はする気になりません。
Posted by nekoneko at 17:38│Comments(0)
│歩く、登る